去年の3月5日にメルカリでポチっている。ダース1,200円。1本100円。少々高いかと思って,少し躊躇したことを憶えている。
● 昔の鉛筆は黒鉛を惜しんだであろうから,今の鉛筆より薄くて硬いだろうと思っていた。昭和30年代の鉛筆を使うとそう感じることが多いので。
ところが,これ,けっこういいんですよ。HBとあるのだが,現在の鉛筆のBはあると思う。軟らかい。濃さも充分。
書いてる途中で書き味が変わったりするし,ザラつき感も当然ある。芯質のムラもわかりやすくあるのだが,今使っても充分に実用に耐える。
● 塗装が薄いためだと思うが,六角の角がはっきりと角であるのも何だか新鮮な感じだ。この感じ,悪くないッスよ。
使ってみて,これは買って良かったと思っている。その後,メルカリにも同じ鉛筆の出物はないしね。
円に直せば0.05円。この当時,鉛筆は今よりずっと貴重品だったはずだが,5銭というのは今の感覚だとどのくらいになるのか。現在,最も売れている鉛筆は1本50円だけれども,昭和10年の5銭が今日の50円ということはあるまい。通貨の価値はもっと高かったのではないか。
● 今のように庶民でも等しく持てるわけでもなかったかもしれない。日本がこれだけ豊かになったのは,つい最近のことだ。
当時はずっと貧しかったに違いない。あるいは,鉛筆を買えない層もけっこうな割合で存在したかもしれない。
当然,1本の鉛筆を惜しみ惜しみ使ったことだろう。とすれば,義務教育でも書くことは今より少なかったのではないかと思われる。
● この鉛筆をカールのエンゼル5で削って芯を尖らせると,芯先が折れることがある。いや,尖らせなくても芯が折れやすい。ぼくはあまり筆圧をかける方ではないと思っているのだが,それでも折れる。
今の鉛筆に比べるとザラつきがあったり筆線がかすれることもあるから,当時は今より筆圧をかけて書くのが普通だったのではないか。とすると,芯はいっそう折れることになる。鉛筆の芯は折れるものというのが当時の共通了解事項であったかもしれない。
それを避けようとすれば,芯をあまり尖らせないで,丸まった状態で書いたに違いない。削り捨ててしまう部分は今の半分以下だったろうと思う。
● 芯の減りも今の50円鉛筆より速い。この鉛筆だと1本使い切るのに1ヶ月はかからなくてすみそうだ。
当時の庶民はいよいよ大切に使ったに違いない。当時,補助軸というものがあったのかどうか知らないが,補助軸なしでギリギリ短くなるまで使うという曲芸のようなことを,昔の人はできたのかもしれない。
● そういう鉛筆を令和の御代に,ぼくなんぞが気楽に使っているわけだ。今も生きている昭和10年生まれはそんなに多くないだろう。その鉛筆をこうして使っているわけだ。
禁断のことをしているなどと大げさな気分になるわけではないけれども,一種の贅沢感は感じる。
● 軸は現在の鉛筆より太めのような気がする。軸が浮き上がっているのかもしれない。軸割れも起こりかけている。
が,100年も経つわりには堅牢だと思う。1本100円でも高くなかった。100年前の鉛筆を使うのも面白い。この「海洋鉛筆」だけで充分だが。
● 面白いと思えるのは,「海洋鉛筆」の濃度が充分にあって,鉛筆としての性能に優れているからでもある。そうでなければ,100年前の鉛筆だとわかっていても,けっこうイラつくかも。
ひょっとすると,これは当時の高級鉛筆だったのか。
50をちょこっと使っみる。「海洋鉛筆」とは違って,ひたすらに粗悪。時々,線がかすれたり,まったく書けなくなることがある。
● エベレスト鉛筆を製造していたのは藤田鉛筆。
このあたりの情報は karikachi さんの「文具資料室」に負っている。よくここまで調べたものだ。徒手空拳であったろうに。



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