2025年5月16日金曜日

2025.05.16 外出用の筆箱に補助軸も

● 外出用の筆箱の中身を一部変更。鉛筆の太さを補う補装具として,クツワのぷにゅグリップを入れていたんだけど,キャップを外せば貫通式にもなる樹脂製補助軸に替えることにした。
 長い鉛筆は意匠を愛でる楽しみもあるのだが,貫通式補助軸はそれを隠してしまう。けど,使いやすさを優先。

● 意匠以前に,鉛筆のフォルムっていいじゃないですか。ぼく一個は,鉛筆は筆記具としては軸が細すぎるから,太さを補うのは必須だと思っている。
 鉛筆は補助軸が使えるほどに短くなって一人前だと考えるのだけれども,一方で鉛筆のフォルムの美しさは長さがないと成立しない。
 貫通式の補助軸はそのフォルムも壊してしまう。それでも,やはり使いやすさを優先。

● ちなみに,ステッドラーやファーバーカステルのジャンボ鉛筆には,その美しさは感じないから,あの細さがないと鉛筆の外観は成立しないのだな。
 鉛筆のアンビバレンツはここにあるねぇ。細すぎて太さを付加しないと使いづらいが,細くないと鉛筆じゃない,という。

● この樹脂製の補助軸は安価なうえにグリップが滑らないという点で優れているのだが,金属製の補助軸と同じように締めつけると,ヒビが入りやすいからご注意。そんなにキツく締めなくてもしっかり鉛筆を固定してくれるから大丈夫。
 あと,この補助軸はぼくが持ってる補助軸の中では最もグリップが太いものになる。ぼくは持ちやすいと感じるのだが,人によっては太すぎて使いづらいと感じる向きもあると思う。

● グリップが太くなると,書く字が自然と大きくなる。ぼくは蝿の頭のような小さい字を書くので,この補助軸がそこのところを自然に矯正してくれないかな,とも思っている。
 だったら,普段からこの補助軸を使えばいいじゃないか,って。そうも行かない。他にも,特徴のある補助軸がある。そちらも使いたい。

● この筆箱,厚さがあって収納力は文句なし。安っぽい樹脂製で,小学校低学年の女児が持ってそうだ。大人っぽさは皆無。大人を卒業したいぼくにはピッタリだ。
 それ以上に,安物主義だからね,ぼくは。単なる貧乏性なんだけど,安物の方が落ち着くっていうかさ。高級品,高額品はぼくのフィールドじゃないと思ってるんですよ。
 補助軸ではミミックをいくつか持ってしまってるんだけど,ぼくには要らないものだったかもしれません。

2025年5月15日木曜日

2025.05.15 筆圧問題

● 小学生の頃の筆圧をかけて刻むように書いていた記憶が,鉛筆は紙を彫るように書く筆記具だという刷り込みを作っている(ぼくだけかもしれないが)。全然,そうではない。
 筆圧など要らない。紙の上を滑らせていけば,紙の繊維の凹凸が勝手に黒鉛を削り取ってくれるのだ。使い手が圧をかける必要はない。それを最近になってやっと知った。
 作家の遠藤周作氏が原稿を書くのに Hi-uni の2Bを使っていたそうだが,僭越ながら,頷ける気がする。

● 小学校で習った習字も,鉛筆には筆圧を,と刷り込ませた原因のひとつになっているような気もする。
 小学校の書道では,大きな文字を少なく書く。4文字からせいぜい6文字だったのではないか。筆に墨をたっぷり吸わせて,ゆっくり書けと言われる。トメ・ハネ・ハライには特に注意するよう言われる。
 注意するから力を込める。グッと筆を押し込むことになる。

● 書道はそれでいいのかもしれないが,それが鉛筆を使うときも影響を与えることがあるかもしれない。硬筆書写という言葉もあるけれども,一般筆記にはその書き方はあまり向かない。
 ぼく一個の感想を言うと,「美しい文字」といったことを言い過ぎるように思う。それで飯を喰ってる人もいるからアレだけれども,普通に書きだす文字が美しくなければならない理由など何もない。悪筆という言葉もあるが,これもなくていい言葉だと思う。
 上手下手,美文字,悪筆。ことごとく余計な評価と言うべきで,自分が書いた文字は自分が読めればそれでいい。上手も下手もないし,美しいも汚いもない。

● 書は人なり,とは本当だろうか。キャッチーなコピーを安易に受けつけない方がいいと思っている。
 文字を見ればその人がわかる,といったことを言う人がいるが,いったい何がわかると言うのだろう。
 小さな文字を書く人は,几帳面だが気が小さい人だ,といった程度の,愚にもつかない決めつけを表明するための方便でしかないのではないか。三流占いにもなっていない気がするが。

● そんなことは気にしないで,筆圧をかけないで書くことを覚えれば,鉛筆は速く書けるし,長時間使い続けても疲れにくい筆記具であることを,小学生が発見してくれるといい。
 彼らが鉛筆を使う期間はそんなに長くはないのだから,その間にそれを見つけてくれれば,長じてから鉛筆に戻ってくれる可能性が高まるのではないか。あるいは,ずっと鉛筆を使い続けてくれるかもしれない。

● 教師や親は,子供たちの書く字が上手いとか下手だとか,自分の主観で軽々しく評価するな。百歩譲って評価はしてもいいが,それをいちいち口に出すな。壊れたスピーカーじゃあるまいし。
 大人の達筆すぎる文字は読めないことがあるが,子供の文字が読めないということはないはずだ。黙って読んでやれ。
 そうして,子供たちが鉛筆のそうした特性を発見しやすくなるように,できるだけ “いい鉛筆” を使わせること。

2025.05.15 三菱 Hi-uni vs 北星 9606

● リアルの女児が使いかけにした鉛筆を使っているのだが,また Hi-uni のBを併せて使うようになっている。これもメルカリで手に入れた使いかけシリーズということになるのだが,最も短くなっていた1本を使って,あとは女児の使いかけ鉛筆をすべて使い終えてから,Hi-uni の世界に浸るつもりでいた。
 いくら短くなっているといっても30本もあるのだから,Hi-uni の世界に浸るには充分だ。合わせるノートも Campus で何の問題もなし。存分に浸ろうと思っていたわけだ。

● が,それを待たずに2本目の Hi-uni を使っている。ということは,指が Hi-uni を持ちたがっているということだ。
 女児が使いかけにした鉛筆と Hi-uni の間にそれほどの差異はないと,頭では捉えているのだが,指はその小さな差異を無視せずに,Hi-uni を持ちたいと訴えているのだろう。わずかだとしてもオイラはやはり Hi-uni がいいよ,と。

● 基本,身体の訴えを優先させるべきだと思うので,女児の使いかけ鉛筆を全部使ってからだと訴えを退けるようなことはしない。Hi-uni を持たせることにしている。
 そうして,頭では捉えきれない,Hi-uni の何がいいのかを身体が教えてくれるのを待つことにする。焦らず,指先からの伝言を待つことにする。

● しかし,まぁ,現に使っていると,すぐにでも言語化できないかと思うのだが,すでに書いたことに付加するところはまだ出てこない。
 滑らかに書ける。芯がなかなか減らない。芯を長く出して,かつ細くしても,芯が折れない。書いているときに芯の硬さは感じないので,硬い軟らかいの他に,芯の剛性が別にあるのだろうか。

● 2日前に北星9606推しであると言ったのだが,9606と比べても Hi-uni が優れていることは間違いないと思う。何が違うのかというと,芯の湿り気のようなものだ。
 9606の方が湿っぽい感じがする。Hi-uni は少し紙を突き放すようなところがある。だからといって,書きづらいとかそういうことはなくて,しっかりと紙を捕らえてくれる。

● 紙に捕まる度合いが Hi-uni の方が少ない。思うさま速度を出して書くなら,9606より Hi-uni がいいだろう。
 Hi-uni の方が滑らか度が高いと言ってもいいのかもしれないが,普通に書いてる分には,書いてる最中の感触はそんなに違わない。9606も充分に滑らかで,力を抜いて書いても筆線はしっかり残る。
 さらに言葉を換えると,Hi-uni の方が自在度が高い。紙に捕まらない分,こちらの意思がすばやく伝わる。

● ただし,価格は,9606は Hi-uni のほぼ3分の1。

2025年5月13日火曜日

2025.05.13 北星鉛筆9606を推す

● 北星鉛筆は,9500,9606,クラフツマン,が3本柱。それ以外にもあるけれども,Amazon と実店舗で入手しやすいのはこの3つ。
 9500は外出用の筆箱に入れている。旅行先でも自宅にいるときと同じことしかしないので,ホテルや街なかのデスクやテーブルに座って,取りだす。
 これなら家にいた方がいいんじゃないか,と思いながらね。家にいるときにやってることを,場所を変えてやることの楽しさってのも,あるにはあるんだけど。

● クラフツマンは和製 BLACKWING の趣がある。特に,クラフツマンの2Bは BLACKWING の Balanced とどこが違うのかわからないほどだ。
 BLACKWING 自体が,鉛筆本体は,芯も含めて,和製なので(ぼくは北星が製造しているんじゃないかと睨んでいる),この言い方はちょっとおかしいのだけど。
 クラフツマンだけは Amazon でも扱っていない。高級ダイソーである Standard Products の専売なのだが,HB〜2Bが入手不可能な状態にあるのは残念だ。

● 初回入荷分を売り切ったら再入荷はしないという方針のようだ。店舗によってはHB〜2B以外でも入手できないことがあるが,売れ筋のHB〜2Bはどの店に行ってもない。
 ぼくの知る限り,ひとつもない。銀座にも川崎にも青森にも宇都宮にもない。

● 6B〜4Hの12硬度セットはあるので,そちらを買えばいいのだが,硬度別のバラ売り,半ダース箱売りは,初回入荷分のみらしい。
 12硬度セットは絵を描かない人には不要なものだし,絵を描く人でも12硬度を均等に使うことなどあるまいから,ここはぜひとも改善してもらいたいところだが,Standard Products としては,使わなくてもセットで買ってもらわないと手間に見合わないのかもしれない。

● けれども,上記の3本柱の中で,ぼくの推しは9606だ。HBしかないが,北星ならHBが一般筆記にも最善。北星のHBは,他社よりだいぶ濃いし,軟らかだ。
 B罫のノートに文字を書いていくなら,北星であればHBが最適。トンボならB,三菱なら2Bと続けたくなるのだが,そこまで言ってしまうと筆が走りすぎの感があるな。

● ノートに文字を載せていくときの滑らかさ,紙と協働で奏でる筆記音,指先に受ける快感。今まで使ったことのある鉛筆の中で(と言っても,そんなにたくさんは使っていないのだが),使っていて最も楽しいのは9606。
 正直に言うと,コスパもある。今なら Amazon でダース657円で買える。1本55円はお買い得どころではないレベルだと思う(ただし,Amazon はもっと安いことがある。1本46円のときがあった)。

● 消しゴム付き鉛筆の消しゴムを使うことはまずない。字を消すには普通の消しゴムを使う方がストレスがない。
 あれは単なる装飾品だと心得ているので,消しゴム付きであることのメリットは享受していない。鉛筆としてすこぶる優秀ということだ。

● その意匠からして,9606は社会人に宛てているのだと思うのだが,こういう鉛筆は小学生にこそ使ってもらいたいものだ。
 低学年の児童は,カラフルな絵柄が印刷された鉛筆を使いたがるかもしれないが,大人になろうと背伸びを始める4年生くらいになっていれば,受け入れるんじゃないかと思うのだが。

● いいものは子供にこそ使わせるべきなのだ。大人なら多少は粗悪であっても,騙し騙し使うこともできるし,上手く手なずけることもできるかもしれないが,子供はそうはいかない。
 だから,子供にこそいいものを。子供なのだから安物でいいというのは間違っている。大人には安物でもまぁまぁいいけれども,子供に与えるものを安物ですませてはいけない。
 子供だから雑に使うし,飽きるのも早いかもしれない。何より,しばしば失くす。そうであっても,子供にはいものを与えるべきだ。

● その伝でさらに言い募ってしまうと,いい齢をした大人が,AよりBがいい,Cはここがちょっと,などと雨夜の品定めに興じているのは,少々以上に浅ましい気がする。
 ぼくもまた,ここでこうして同じことをしているわけなので,浅ましい連中のひとりなのだが,大人になっていれば与えられたものを使いこなして見せろ,とは思う。
 目利きは自分より子供のために使え。

2025年5月12日月曜日

2025.05.12 不定形テキストのためのカード型データベースソフト

● 四半世紀前に「Sidekick95」というソフトを使っていた。基本のスケジューラーの他に,定型カード型データベースと “メモ帳” というテキストエディタが付いていた。
 “メモ帳” もデータベースソフト的な見せ方(タイトルをズラッと縦に並べるだけだが)をしてくれてて,数少ないお気に入りのソフトだった。

● Microsoft が Outlook を出すまでは,その分野を代表するソフトだったらしいのだが,Outlook が出た後に速やかに消滅した。
 カード型データベースソフトのデータは, CSV を介して Excel に持っていった。Excel で何の問題もないんだけど,あの使い勝手は今でもちょっと懐かしい。

● Outlook なんて使う気にならなかったでしょ。Outlook Express は使ってましたけどね。Gmail はない時代だったから。
 Microsoft は余計なことをしてくれたものだ。Sidekick95,面白かったんだけどな。わざわざ秋葉原のラオックスまで買いに行ったんですよ。北関東の田んぼの村からね。

● ちなみに,今は MS-Office は使っていない。退職しちゃうと,会社のパソコンと同じソフトにしておくかなどと考える必要もないし,スマホの比重が爆上がりして,パソコン自体をあまり使わなくなった。このブログもスマホでフリック入力している。
 でも,表計算ソフトをパソコンで使うこともたまにあるので,Google のスプレッドシートを時々使ってますよ。

● パソコンはどんなデータも1件として処理しているんだろうから,すべてのデータがカード型データベースに入っているようなものでしょ。
 ほとんどのアプリケーションソフトはカード型データベースソフトのようなものじゃないですか。

● 今だと,ブログにしろ 𝕏 にしろ,個々の投稿なりポストなりは,不定形のテキストを載せたカードのようなものですよね。
 ブログも 𝕏 も不定形のテキストを扱えるカード型データベースソフトだと考えると,シックリ来る感じ。写真や動画や音声も添付できる,便利なカード型データベースソフトだ。

● たまたま,外に向けて公開もされるので,他者とのやりとりも発生することがあるが,それはついでのようなもの。
 非公開に設定することもできるから,公開は本質ではない。

● 問題は,𝕏 の場合がそうなのだが,自分のポストをすべて読むことがデフォルトではできないこと。検索機能も弱い。
 ポスト数が万を超えると,目当てのものを探すには全文検索をかけるしかないのだけれども,文字どおりに全文を検索対象にしているのかどうか。

● 𝕏 の仕様はデジタルメモとして秀逸なので,とりあえずメモに落としておくのに使いやすい。そうした使い方をしている人も多いのではと想像する。
 そのためには,公開が時に邪魔になる。非公開を貫くためには最初から非公開に設定しておいて,フォロワーがひとりも発生しないようにしないといけない。自分も誰もフォローしないのが前提だ。

● そのためのアカウントと普通にリア充自慢をするためのアカウントを作って,両者を使い分けるのは甚だ厄介だ。面倒くさい。若者たちはあたりまえのようにそうしているらしいのだが。
 𝕏 の仕様を真似たメモアプリもある。画像も音声も添付できる。それを使ってカード型データを溜めて行くか。しかし,同様に,これは 𝕏 にあげていいのか,メモアプリにすべきかと,一瞬でも考えなければならない。

● おそらく,最善解は公開を完全にやめて,𝕏 を完全非公開にするか,メモアプリしか使わないことなのだが,この時代,なかなかそこには踏み切れない。
 公開の誘惑というのがある。自分を世に見せたいという浅薄な悪魔の誘惑を振り切るのが難しい。
 不定形テキストに対応したカード型データベースソフトは溢れているのだけれど,公開という悪魔が心安くそれらを使うことを阻んでいる。

2025年5月11日日曜日

2025.05.11 使い終える間際の鉛筆

● もうすぐ使い終えそうになると,鉛筆をこんなふうにしてしまう。芯だけにしてしかも全体を細く尖らせる。シャープペンの芯を長く出したような状態というか。
 芯がポッキリ折れることもあるわけですね。だから,こんなふうにはしない方がいい。

● しかし,こうしても,しかも筆圧をかけても,折れない鉛筆がいい鉛筆。
 この鉛筆は折れないだろうと踏んだので,あえてこうした。

● はい,折れなさそうです。ただし,書きづらくはなる。
 こうされてしまった鉛筆は,半分殺されたようなものだ。木軸を剥ぎ取られて芯が裸にされてるわけだもんね。芯だけでは鉛筆たり得ない。

● ただ,こうすることにも利点はある。筆圧をかけずに紙の上を滑らせるように書くのが身につくことだ。
 筆圧をかけてもかけなくても,筆線の強弱や濃さは変わらない。筆圧をかけたからといって筆線の表情が豊かになるわけではない。ならば,筆圧など余計なものだ。排除すべし。

● 筆圧をかけると芯が折れそうな状態にすると,否応なしに筆圧を抜くようになる。鉛筆は万年筆と同様に疲れの少ない筆記具であることが実感される。
 子供の頃はそれができなかった。小さい手ではできなくて当然だったと思うが。

2025年5月10日土曜日

2025.05.10 鉛筆はいいものだ

● 鉛筆というのは,じつにどうも使いでのある筆記具だ。その鉛筆,少なくとも社会人になってからは,自分が常用することはないと思っていた。
 若い頃はモンブランの万年筆なんぞに興味を持って,颯爽とモンブランを使っているカッコいい自分をイメージしたりしていた。文具すきな若者たちにずいぶんいたであろう群衆の一人だった。

● 鉛筆はカッコいいものではなかったのだ。鉛筆なんて子供が使うものとする決めつけ度は,半世紀前の方が今より強かったかもしれない。
 それが棺桶に片脚を突っ込む年齢になって鉛筆を常用するようになったのだから,非常に大げさに言えば,人生はわからないものだ。
 しかも,実際に使ってみると,鉛筆とはいものだと思っているのだから,いよいよわからないものだ。

● 子供の頃には当然,鉛筆を使っていた。記憶をまさぐってみても,鉛筆の心地よさは出てこない。
 が,今は心地いいと感じるのだ。鉛筆じたいが半世紀前よりも良くなっているのは確かなのだろうが,そこに理由を求めるわけには行かない。
 鉛筆は頑丈で劣化が少ないからか,半世紀前の鉛筆が今でもフリマアプリに出てくるし,都市部ではリサイクルショップにあったりする。比較的入手しやすい。それらは心地よくないかといえば,そうでもないからだ。

● 子供の頃は,させられる勉強のために鉛筆を使っていた(鉛筆は使わされるものだった)のに対して,今は自発性によっているからだ,というのも心地よさの理由にはならないような気がする。
 子供の頃は鉛筆しか使ったことかなかったから,他の筆記具と比べることができなかった。それゆえ鉛筆のよさがわからなかった?

● 一番シックリ来るのは,子供の小さな手では鉛筆を十全に取り扱うことが難しかったからというものだ。
 が,そもそも記憶が正しいとは限らないから,これ以上は考えないでおこう。
 今は,鉛筆に心地よさを感じるがゆえに常用している。心地いいと感じるのがなぜかは,依然としてよくわからない。

● 滑り具合,黒煙の黒さの程のよさ,といったところだろうか。黒々しい黒というのがインクの世界では流行っているらしいが,ぼくは好きになれない。重さを感じて鬱陶しくなる。
 万年筆を使っていた頃も黒インクは避けていた。ボールペンも然り。黒は可能な限り使わない。
 その点,黒鉛で描かれる黒は受けとめやすい。黒は黒鉛程度の濃さ(薄さ)でちょうどいいのだ。

● 鉛筆は日本で生まれたものでもないし,日本だけで使われているのでもないが,日本では鉛筆を硬筆と呼んだりする。
 日本の書道にあたるものは世界の各地にあるのかもしれないが(カリグラフィーはその範疇に入れたくなる),硬筆と言うのは言い得て妙だと思う。文字に濃淡や強弱を付けやすい。

● 万年筆でも同様にそれは可能だから,鉛筆だけの特徴にするわけにはいかないのだが,水分を含まないのに鉛筆には微かにしなる感じを受ける。芯は焼き固めているのだから,物理的にしなるはずはないのだけれども,径が2㎜もあると力の吸収力を持つのだろうか。
 シャープペンだと1.3㎜でもその感覚を覚えることはないから,2㎜という太さが必要なのか。あるいは,鉛筆の木軸がその役割を担当しているのか。

2025.05.10 SYSTEMIC からクリアカバーに替えて気分転換

● コクヨの SYSTEMIC は,ノートカバーの中で最も機能的というか,痒いところに手が届く配慮がなされているというか,さすがコクヨだと思わせる逸品だと思う。
 SYSTEMIC の良いところは,Campus ノートを測量野帳に変えるところだ(モレスキンに変えると言ってしまっては,Campus ノートに失礼だ。Campus の紙質はモレスキンほどひどくない)。表紙に厚みと硬さを与える。堅牢性も付与するような気がする。

● ぼくの場合は立って書くことはないので,ノートの表紙に厚みを加えることもないっちゃない。Campus ノートを測量野帳に変える必要はないわけだ。
 ただし,机やテーブルで書くときにも,表紙が厚く硬い方が書きやすい。立って書くなんてことはない人でも,SYSTEMIC を使うのはけっこうお勧めだ。

● ので,Campus ノートをずっと SYSTEMIC に装着していたのだが,気分を変えたくなった。
 ビニール製のクリアカバーに変更。軽快感が出る。しばらく,軽快感を優先してみることにする。

● 軽快感とは,見た目にもひと回り小さくなることであり,厚ぼったさが取れて薄くなることであり,Campus を丸めて掌に収めることができることだ。
 SYSTEMIC は表紙に厚さと硬さを与え,無線綴じの Campus ノートであっても手を離しても綴じないように机やテーブルに表紙を固定してくれるが(それでも中紙は浮き上がってしまうけど),若干容積を増やすし,分厚くするし,丸めるなんてことはできなくなる。

● 測量野帳のカバーもそうだが,このビニール製のカバーは意外に丈夫で長持ちする。ビニールってすぐに破れたりすり減ったりするイメージがあるが,今どきのは耐久性があるのだね。
 Campus ノートはあと20冊ほどあるのだが,このカバー1枚ですむと思う。カバーを買い足すことはないんじゃないかな。

2025.05.10 Xperia10Ⅲを使いだして,そろそろ3年

● スマホは Xperia10Ⅲを使用中。色はピンク。iPhone ではなくて,Android 派。
 昔,一度だけ iPhone を使ったことがあるのだが,2ヶ月で忍耐の限度を越えた。囲われてる感が鬱陶しい。

● 8月で丸3年になる。同じ機種を3年も使い続けるのは,ひょっとすると初めてかも。
 Ⅳが出てからⅢを買ったのだが,新古品で26,000円だったかな。

● 10Ⅲはカメラ機能に苦情が多いらしい。が,素人が 𝕏 にあげるだけの写真を撮るのに,機能を問題にすることはない。
 きれいな写真を撮ることに情熱を傾ける人もいると思うが,ぼくが写真を撮るのはメモ代わりのことがほとんどだ。写ってりゃいい。

● 次に買うのも Xperia10Ⅴで決まり。Ⅶが出てからⅤを買うことになりそうだ。
 Ⅴでスピーカーがステレオになった。ⅥはⅤからそんなに変わってないんじゃないか。Ⅶにも画期的な変化があるとは考えにくい。

● 最もリソースを喰うのはゲームだろう。ゲーマーの皆さんは1か5を買って下さい。
 ぼくくらいの使い方(𝕏 や You Tube を見たり,ちょこっとフリックでテキスト入力をする)なら,そもそも最新型である必要がない。記憶容量も128GBもあってはもてあますほどだ。

● もはや,パソコンやスマホに3万円以上出す気はなし。コモディティ化というのだそうだが,スマホはそういうものになった。職業や収入や年齢に関係なく,誰でも持っている。
 今日のフラッグシップが明日はあたりまえになる。そういうものに大金はかけられない。そもそも,大金なんてないけれど。

● 最新型を追っかけるマニアが昔はいたが,今もいるんだろうか。いたとしても,よほど少なくなっているのではないか。変わり者として白い目で見られる存在になっちゃってそうだ。
 変わり者は嫌いではないし,白い目で見られることを気にすることもないと思うが,自分がその列に並ぶことはない。おそらく,そういう人が多数派のはずで,ぼくもその多数派の一人という,つまらない話ではある。

● ちなみに,Xperia を携帯用の音楽再生プレーヤーとして使うことはない。専用機(WALKMAN)を使っている。
 が,自宅で音楽を聴くときには,Xperia からBTスピーカーに飛ばして聴いている。それ以外の聴き方をすることもない。そもそも,ぼくはCDプレーヤーもレコードプレーヤーも持っていない。
 

2025年5月9日金曜日

2025.05.09 ブログは消えるのか?

● So-net が3月いっぱいでブログサービスを廃止したことを,最近知った。So-net ブログを利用していた人は引っ越しに大わらわだったでしよ。
 テキストは問題ないはずだが,写真もまとめて保存できたんですかね。これができないと,引っ越すのは呪いたくなるほどに面倒だったはずだが。

● ネット上の無料サービスは突然なくなることがある。有料のものも同じ。Google のような大手であっても同様で,それは所与の前提としなければならないものだった。
 とにかくフロンティアを切り拓くようなもので,過去になかったものを出すわけだから,上手く行くかどうかなんてやってみなければわからない。使う側もそういうものだと覚悟して臨まなければならない。

● ネット上のサービスは燎原の火のごとく広まるのも速いが,消えるのも同様に速い。ダメとなったらあっという間にダメになる。
 日本企業の So-net は,悪く言えば素速い決断ができずに,ズルズルと現状維持を続けてしまったのだと思うのだが,それでも結局,ブログサービスを捨てることになった。

● ブログって時代から見捨てられてますかね。人様に読んでもらうためにではなく,自身のためにログを残すには 𝕏 より便利なんだけどね。
 𝕏 って昔のやつは読めなくなるからね。Twilog 併用が必須だけれども,𝕏 になった際に不安定さが浮き彫りになったしね。

● かといって,Facebook なんてノイズが多すぎて使う気にならんでしょ。Instagram もこれに準ずる。 
 ノイズが多いというのは,たとえばFBの友だちが彼の友だちにバースデーメッセージを出すと,それがこちらのTMにも表示されてしまうといったことね。それを防ぐ手立てがない。
 ああいうものは祝われる人にだけ届けばいいものでしょうよ。あの仕様は耐え難かった。今はどうなってるのか知らんがね。

● もうひとつ。広告という名のノイズ。しかも,個人情報を抜き取ったり,詐欺を働いたり,ウィルスをばら撒いたりする,かなりヤバいものでも,金さえ払ってくれるんだったら全部載せるよ的な拝金主義をザッカーバーグは体現しているのか,と思わせるようなところがあった。
 おそらく,反ユダヤ主義を助長するのに彼はひと役かったのではないか。

● 実際,ブログは読まれなくなっている。黎明期にはどうでもいい日記でも読んでもらえたろうが,今はそうではない。
 人様に読んでもらうことを第一義にするのであれば,ブログという選択はあり得ないものになっている。読んでもらえないのだから,アフェリエイトの手段にもならない。

● しかし,ブログは消えるかというと,そんなことはないとも思う。細々と残るだろう。少なくとも,現在まで生き残っている SNS サービスよりも長生きするのではないか。
 読まれなくてもいい,私は自分のために記録を残している,という人が,トータルすればけっこうな数に昇ると思うからだ。

2025年5月8日木曜日

2025.05.08 スマホが入力マシンに

● 𝕏 はもちろんスマホでやっているが,ブログの更新はパソコンでしかできないと思っていた。それのりに長い文章を書くことになるのだから。
 が,去年だったか,那覇に向かう飛行機の中で,このブログを1本更新した。

● 何だ,ちょっと面倒だけれども,スマホでやれるじゃないか。
 何度か繰り返すうちに “ちょっと面倒” の度合いが薄くなり,今ではスマホで更新するのが当たり前になった。

● パソコンは持ち歩く気にならないが(外国人は,女性でも,持ち歩いてる人がけっこういる),スマホはいつも持ち歩いているわけだから,ちょこちょこと入力を続けて,とりあえずの完成形に持っていくという使い方ができる。
 入力はパソコン,スマホは閲覧専用と思っていたけれども,外付けキーボードなしでも,スマホが入力マシンにもなっている。

● 実際,パソコンを起ち上げる機会は大きく減った。CDのリッピングや文書スキャナをつなぐことがなくなれば,パソコンは不要かもしれない。
 パソコンでは無理だがスマホならできることは色々あるが,その逆はそんなにない。

● Windows11 へのアップグレードがなかなか進まないらしいが,そもそもパソコンは昔ほど使われなくなっているのだろう。MS が Windows を更新するとパソコンの買い替え需要が発生して,業界が沸き返ったのはすでに遠い過去のことになった。
 企業や役所では今でも Windows パソコンが使われているのだろうが,パソコンは今や,会社でしか使われないものになりつつある?

● もっとも,だからこそ自分はパソコンを使う,というへそ曲がりがいて当然で,そういうへそ曲がりの中に大物が潜んでいるような気もする。

2025.05.08 忘れるために書く

● ブログや SNS に書くと,その内容をキレイに忘れてしまう。書いたことそのものを忘れることまであったりする。
 それで良いのだと思う。忘れるためにブログや SNS にログをまとめているという人が少なくないのではないか。

● 手書きで書いたものはどこかに残るような気もするが,それもブログや SNS と比べた場合の話で,“書くと忘れる” は一般則として認めていいような気がする。
 児童・生徒は憶えるために書くのであるが,大人は忘れるために記録するのだ。だから,何度も同じことを書くことにもなる。同じことを何度も思いだして,思いだすとまた書くのだから。

● もちろん,書いたのだからこのノートの山のどこかにはあるはずだ,という信頼を自分自身に対して抱けるから,心安らかに忘れることができるのだ。
 であれば,全文検索できた方がいいから最終的にはデジタルにしておくべきではないかというと,さにあらず。

● 書いたものの大半は忘れてしまっても,忘れたままでいても,差し支えないものだからだ。ブログやSNSにしても,自分が書いたものを検索することはあまりない。
 手書きのノートにしても同様で,後で検索しやすいようにと施すアレやコレやの工夫の大半は,それ自体が余計なものだ。

● 書きっ放しにするのがいい。読み返す必要もない。いや,読み返してもいいのだが,読み返さないことを反省する必要はない。
 書いたことはキレイに忘れて,脳内メモリを記憶に用いることを防げれば,書いた甲斐があるというものだ。忘れていいものを忘れるためにこそ,書くのである。

2025.05.08. 文具の広告を見るのが楽しい 2

● 広告で上手いのはパイロットだと思ってますが,パイロットからはジュースアップの2つを。
 勉強の成果を出すのを「ゆるーく応援」してますよっていうね。頑張らないとね,お勉強をね。

● ゼブラからはマイルドライナーの広告。これも人気があるらしい。
 ぼくは使わないんだけれども,マーカーは画材にもなるらしいし,暗記すべきところを強調するのにこんなにいいものはないだろうから。
 ぼくが受験生の頃にはなかった気がする。アンダーラインという言葉がありましたよ(今でもあるんだろうけど)。赤や青の色鉛筆でアンダーラインを引くのが一般的だったような記憶がある。塗りつぶすことはなかった。そのための道具がなかったと思うんだよね。

● 次は三菱鉛筆。どこかの紙製品メーカーと組んでのものですかね。
 これは受験生や勉強中の生徒に向けてのものではなくて,すでに社会人になった人たちに宛てているようだ。たいていの男たちは色には鈍感だろうから(よく言えば,質実剛健),女性に訴えているんでしょう。
 パステルカラー人気は今も続いているようだ。これはパステルカラーというより,全体的に白っぽいという印象なんだけど。

● サクラクレパス。これはゲルインクのリフィルですか。ラメ感って乙女たちに響くんですかねぇ。乙女をとうに過ぎた年齢の女性にも響くんだろうかな。
 ぼくはリアルの女児が使いかけにした鉛筆をメルカリで買って使ってるんだけど,鉛筆の塗装にもラメを入れたのがあるんですよね。使うのがちょっと楽しみなんだけど,さすがに新品のラメ鉛筆を買う気はしないよね。

● 学用品の売場にはこんなのもあった。これはサクラクレパスの製品ではなくて,シードの消しゴムだったり,某社の鉛筆なのだが,サクラってこういうのに都合のいい社名だな。
 神頼み,縁起かつぎは,当然,受験生とその親に宛てたもの。これはもう鉄板でしょうね。太宰府天満宮をはじめ,いろんな神社が合格鉛筆を出してるもの。メーカーにとっても一定の需要をあてこめる,ありがたい習俗行事なんだと思いますよ。受験ってね。

● 神頼みや縁起かつぎから超然としていられる人はそんなに多くない(と思う)。自分も超然としたいられるほど強い人間ではない。超然人間に憧れはするけど。受験なんて案外どうでもよかったものだと気づくのは,歳を重ねた後のことだ。
 五角軸の合格鉛筆も,ぼくが受験生だった時分にはなかったものだ(あったのか)。そういうものを買った記憶はないから。もしあれば,1本くらいは買っていたと思うわ。

● 次は紙製品からいくつか。これはコクヨ。
 写真では隠れてて読みにくいが,「デキる大人は使い分けている。」というコピーが添えられている。本当かねとまず思うけど,売る側の立場になって考えてみなさいよってことね。
 それでも,ぼく一個は使い分けるなと言いたいが。

● トラベラーズノート。「旅を愛するすべての人たちへ」というコピーが入っているこれは,広告と意識することもなく文具店でしばしば目にしている。
 旅を愛する人たちは少なくないだろうし,自分は旅を愛する人間だと思っている人たちはもっと多いだろうから,トラベラーズノートという命名自体が上手いなぁと思う。やられましたって感じ。ロゴもいいじゃないですか。

● これはデルフォニクスのもの。「旅するロルバーン」。
 中紙を入れ替えられるロルバーンは以前からあったと思う。それを旅に使ってねと持ってきた。やっぱ,「旅」ってアピールするんでしょうねぇ。

● ぼくも「旅」の記録は残すことにしているが,ノートではなく手帳でやっている。それをするために,無地のリフィルをいくらでも差し込めるシステム手帳を使っている。
 トラベラーズノートの提唱する,旅するように日常を生きるのに最も合ったやり方は,専用のノートを用意することではなくて,手帳をそのために「も」使うことだと考えている。

● ミドリのMDノート。「書く」を愉しむ。最高の境地でありましょう。
 愉しむのに高価なノートを使う必要はない。愉しみを阻害するような劣悪なノートでは困るけれど,そんなノートは百均でも置いてない。
 MDノートも何冊か持っているが,まだ使うに至っていない。そのときを楽しみに待つとする。

● その他。手帳を使うか使わないかの違いは,人生に何らかの差異をもたらすかもしれないが,どの手帳を使うかによって幸せになったり望みが叶ったりということは,まずまずないでしょ。
 手帳の解説本も多いが,その理由は手帳に過度な期待を持つ人が多いからじゃないかと思うこともある。写真にあるコピーを見ると,愚民ビジネスという言葉が頭をかすめたりもする。

● 「貼る」と「書く」を同居させられるのが紙のいいところ。デジタルだと写真にして載せるしかない。現物はネットに載らない。
 逆に,現物を保存すると,とにかくかさばる。重量のあるものがどんどん重なっていく。ため息とともに,それらを眺めることになる。

● カラースタンプペン。どんなものか,おおよそ見当はつくけれども,手に取ることはなさそうだ。
 現在の文具の扱われ方の潮流を作っているのは女性だ。開発する側も女性が増えているに違いない。ぼくのような人間は文具の開発はとてもできない。

● 付箋といえば,今でもポスト・イットが代表なんだろうけど,付箋の使われ方も,雑に言えば,多様化しているに違いない。
 ぼくなんぞは隠居の身だから,そのあたりの実態を垣間見る機会もないのだが,若い女の子たちはどんなふうに使っているのかね。メーカーはそういったことにも目配りして,新製品を開発してるんでしょうな。

● ハサミこそ,女性のフィールドに属するもの。男たちの多くは,単純な切り貼りにしか使っていないだろう。
 そのくせ,切れ味がどーだ,持ち具合がどーだ,バランスがどーだと,利いたふうなことを抜かす。黙って使ってろ,このボケがッと言いたくなりませんか。

2025年5月7日水曜日

2025.05.07 コーナン川崎小向店へ

● 川崎にいるんだけど,ノートと手帳は持ってきたものの,筆箱を忘れて来た。余生のヨスガになっているものを忘れるとは。忘れないように,ちゃんと用意しておいたにもかかわらず。
 仕方がないのでホテルの部屋にあった油性ボールペンで少し書いてみた。全然ダメだ。

● というわけで,緊急避難的な措置として,鉛筆と携帯用の鉛筆削りを買わなくちゃいけない。いや,帰宅するまで鉛筆とノートなしで過ごしてもいいんだけどさ。
 どうせ買うなら,唯一,気になっている北星鉛筆の黄色の消しゴム付き鉛筆がいい。

● この鉛筆は北星のOEMで,北星印を表に出して販売しているわけではない。ドラッグストアやホームセンターで販売しているらしいので,近くの店を見て回ったんだけども,発見できず。
 これがなぜ気になっているかと言うと,まず北星製であること。次に,9606と中身は同じなのかそれとも違うのかが気になるからだ。

● 𝕏 でコーナンというホームセンターで買ったというポストを見かけたので,先日,コーナン品川旗の台店まで出張ってみたのだが,そこにはなかった。
 コーナンは中部・北陸を中心に出店しているようなのだが(本社は大阪府堺市),首都圏にも店舗はある。ネット情報によると,川崎にも3つあるようだ。
 その中で宿泊しているホテルから最も近い川崎小向店に行ってみることにした。ぼく的には徒歩圏内。まぁ,30分は歩くことになるけれど。

● で,結論から言うと,ここにもなかった。すべて売れてしまったのかもしれない。通年販売はしていないのか,確実に売れるだけしか仕入れないのか。
 あとの2店を回ってみる気力はない。コーナンでもすでに取扱いはないのだと思うのが現実的なように思う。

● ただし,三菱の UNICORN がここにもあった。2月にとあるドラッグストアで買って,かなり気に入っている鉛筆。
 消しゴム付きと消しゴムなしがあるらしいのだが,ぼくが買ったのは消しゴム付きの方。川崎小向店にあったのも同じ。価格は3本セットで195円。1本あたり65円。

● 実際に作っているのは別のメーカーで,三菱鉛筆は名義貸しをしているのではと疑いたくなるくらいに,9800や9852とは別物。
 せっかくだから,買うことにした。ちなみに,店頭にあったのは1セットだけ。それをぼくが買ってしまったので,今から行っても残ってないです。

● では,主に扱っているのはどんな鉛筆かというと,LIFELEX と銘打たれているタイ製の鉛筆だ。コーリン・タイランドが製造したものだろうかと妄想してみる(たぶん違うと思うが)。タイ製の鉛筆はドンキにもあったな。
 これも買ってみることにした。やはり3本セットで107円。

● ナカバヤシの測量野帳「LEVELING NOTE」もあった。ナカバヤシ版の現物を見るのは初めてだ。
 文具店では見かけることがない。メーカーから直接,ユーザー(ゼネコンなど)に納入されるのだろうと思っていたのだが,ホームセンターの中に扱っているところもあったのか。

● 測量野帳と言っても,測量現場よりも一般用途に使われる方が多いだろう。特に「SKETCH BOOK」は測量とは関係のない罫線(3㎜方眼)だ。
 ナカバヤシのは一般用途には浸透してなさそうだから,文字どおり測量現場で使われているのだろうが,だとすると,そんなに多くは消費されていないだろうな。

● これまた,1冊だけ買ってみることにした。コクヨ版も当然あって,コクヨ版の272円(コーナン価格。文具店だと286円)に対して,こちらは250円。
 コクヨ版とは紙質も違うようだが,製本の仕方が異なる。コクヨ版はパタンと開くが,こやつは隙あらば閉じようとする。

● あと,携帯用の鉛筆削りも。140円だったが,ダイソーで売られているのと同じものではないかと思う。
 というわけで,北星製の黄色い消しゴム付き鉛筆は今回も手に入らなかったが,珍しいものを買えたので,まぁまぁ良しとするか。


(追記)

● というわけで,筆箱を忘れてきたので,急遽,鉛筆と携帯用の鉛筆削りを買ったのだが,使い慣れているはずの鉛筆がどうも普段の書き味と違う。UNICORN に感激した記憶があるのだけれども,今回はさほどでもない。
 削り方の問題か。角度が深すぎる。このあたり,あまりセンシティブな方ではないと思っているが,ちょっとこれは気になるかな。

● 筆箱に入れている鉛筆削り(三菱鉛筆の Palette。無印にもある)を買えばよかったよ。わずかなケアレスミスがけっこう効きますわ。
 コーナンでは売ってなかったので,一番安いのをそりあえず買っておいたのだが,無印を回ればよかったよ。


(追記 2025.05.10)

● 先日,コーナンで買ったタイ製の鉛筆(硬度はB:3本で107円:写真の上のやつ)を使ってみた。問題なし。
 ダイソーで4本110円のアイボール製と比べると,こちらはHBなのだが,実質硬度はほぼ同じ。わずかにアイボールの方が使っていて楽しい。ただし,消しゴムはコーナンのタイ製の方がやや上質か。

2025年5月6日火曜日

2025.05.06 川崎で文具店巡り

● 文具は基本,買わない予定。必要なモノはすでに充分以上に手元にある。あとは淡々と使っていくだけのこと。
 とっくにそういう状態になっていたのに,買うのを止められずにいたんだけれども,最近ようやっと文具に対する物欲が消えてきた。

● 物欲というけれど,実際には情報に踊っているようなところがあって,新しい製品が出たことを知ったり,自分が使ったことがないのにメルカリで出くわしたりすると,フラフラと買ってしまうことが続いていた。ならば,情報を遮断すればいい。
 ヤフオクはすでに切ったのだけれども,メルカリアプリもスマホから削除した。じつは二度失敗しているのだけれども,三度目の正直で,今度は上手く行っている。メルカリも切ることに成功した。

● 効果は覿面。物欲というか,文具自体への興味はだいぶ薄まってきた。今あるものを使うだけだという自然体の構えができてきた。
 こうなれば,文具店で諸々の新製品の現物を見ても,焼けぼっくりに火が点くことはないだろう。

● 川崎にいるんだけれども,やりたいこともやらなきゃいけないこともない。ので,お店には迷惑だろうが,文具店巡りをして暇をつぶすことにした。
 まず,ラゾーナのLoFt。買う気がないのだから,熱心に棚を見て回るというふうにはならない。ぼんやりと眺めるだけだ。
 ペンケースがズラッと壁に並んでいた。今一番キテる文具って,ひょっとしてペンケースなのか?

● 続いて,ラゾーナの丸善。三菱鉛筆の uniball ZENTO の特設コーナーが今もある。フラッグシップのシグニチャーモデルは発売日当日に売切れ続出。現在に至るも補充はされていない。
 発売当時の熱気はすでにないし,それを今から作り直すこともできない。販売機会を大きく損ねてしまっとのではないか。それとも,これは意外にアルアルなんだろうか。

● アトレの有隣堂も覗いたが,特にこれといったことはなし。
 Smith もね,文具以外の雑貨にシフトしてる印象を受けた。気のせいか。

2025.05.06 手帳用のボールペン

● 手帳には赤・青・黒・緑の4色の細字ゲルボールペンを使用。大昔にはシャープペンも使っていたのだけれども,紙面が擦られると汚れてしまうのが気になって,ボールペンに替えた。
 あの頃は手帳に直接,予定を書き込んでいたのだろう。間違えたら消しゴムで消せることを優先していたのかもしれない。ほとんど憶えていないんだけど。

● いつからか,今日より先の予定は付箋に書いて貼るようにした。手帳に直接書くのは,過ぎてからログとして書き残す場合。修正の必要がないので,消せないボールペンでよろしい。
 ちなみに,消せるボールペンというのもあるけれども,使ったことはない。使ってみたいと思ったこともない。が,2本ほど買った。なぜだ?

● 赤青黒は今は亡き無印の六角。0.25㎜。キャップ式。ファミマが無印良品の取扱いを止めるときに,半額で放出したのを家人が買って,ぼくに払い下げたのだ。使わないなら買うなよと思うのだが,半額シールにめっぽう弱いタイプなのだ。
 ぼくももらったからには使わなきゃと思ってね。リフィルはファミマにはなかったらしい。無印の通販サイトにも全色はなかったんだっけかな。

● ぺんてるのハイブリッドテクニカのリフィルがぴったりハマるので,0.3㎜を20本ずつ買ったのだった。4年前のこと。
 軸本体は長く保つだろうから,これだけあれば一生使える。が,そんなには要らなかった。半分でも多すぎた。

● 緑はやはり無印の丸型。こちらは無印の現行品。0.4㎜。
 0.3㎜は存在しない。ノック式の SARASARA のリフィルも使えるのだが,SARASARA に限らず,緑色の0.3㎜ってないですよね。唯一の例外が Hi-Tec C COLETO のリフィル。

● その Hi-Tec C COLETO を長く使ってたんですけどね。Hi-Tec C は外出用にしました。そんなことをしないで,これ1本で通すのが正解だった,という気がしなくもない。
 1色1本だと持ち替えるのが面倒。キャップの取り外しは,なお面倒。Hi-Tec C なら線幅を統一できるしね。

● この4色をどう使い分けているかは,気が向いたら書きます。
 が,言うまでもないでしょうが,大したことはしちゃいませんぜ。

2025年5月3日土曜日

2025.05.03 ロートルの余生は減らすことに費やされるべし & 罫線問題

● 南浦和に来ている。駅前の,ヤオコーが1階に入っているビルの4階に文具も扱っている書店があったので,文具売場を覗いてみた。
 と言っても,最初から欲しいモノはひとつもない。ノートと鉛筆があれば足りちゃうんだから,自ずとそうなる。
 ノートも鉛筆も必要量の10倍は手元にある(正確に言うと,ノートは2倍くらいしかない)。これで欲しいモノがあったらおかしいわ。

● モノを増やすのは容易い。バカでもできる。必要な情報はネットにあるし,それを読み解くのに特段の知力は要らない。さらに,買うのは気分がいい。お客様は神様だからね、下にも置かぬ扱いをしてもらえる。
 が,減らすとなると,使うか捨てるか人にあげるか。難しいとは言わないが,時間か踏切りが必要。もらってもらえるとも限らない。
 しかし,ロートルの余生は減らすことに費やされるべし。

● お金も然りで,金を残して死ぬほどバカバカしいことはない。残すほどの金などないという輩が残しがちだからご注意。
 モノを買うのは使ったうちに入らない。それは現金をモノに置換しただけのことで,モノを使って初めて金を使ったことになる。
 後に残らない飲食や旅行に使うのが手っ取り早いでしょ。人が提供するサービスの購入に使う。というようなことを考える,GWの昼下がり。

● ところで。この店は三菱の9000番を取り扱っている。価格は66円。9800より10円高く,9852より10円安い。
 ホクサインもあり。198円は国産鉛筆の最高値になりますか。

● 欲しいモノ,必要なモノはないのだけれども,せっかく来たのだから,記念に何か買ってくか。
 というわけで,A罫の A6 Campus とエポックケミカルの「小さなボード消しけし」を買った。ホワイトボードのイレーサーですね。

● ノートはB罫を常用している。思考は罫線に縛られると言う人がいる。罫線を嫌う人たちだ。
 が,縛ってもらうために罫線入りのノートを使うのだ。縛ってもらった方が書きやすい。

● 横罫が罫線の代表のようで,特に横罫が嫌われる傾向にある。そういう輩が5㎜方眼を使っているのを見ると,何だかなと思うんですよ。
 5㎜方眼はこの世で最も役立たずの罫線だと思っているのでね。5㎜方眼って安直にも程があると思いませんか。
 そもそも論として,罫線の弊害を言う人に見事なクリエイティブを発揮してる人がいるんですかね。縛られようが縛られまいが,アナタの小さな頭には関係ないんじゃないですか。

● ともあれ,縛られるのなら心地よく縛ってもらいたい。それがB罫かな,と。C罫はさすがに狭すぎる。
 A罫は使ったことがないかもしれないので,一回は使ってみるかと思ったんでした。結果,A罫の方がいいじゃないかとなっても,今さら軌道修正するには,在庫を抱えすぎ。このあたり,ほんとにバカですな。われながらそう思いますわ。

● つーか,以上は買うための後付けの理屈なわけね。B罫でいいんですよ。問題を感じないから。問題がないのに変えちゃいけない。
 でも,それじゃ何も買わずに帰ることになっちゃうのでね。

● エポックケミカルのイレーサーはアイディア商品。ティッシュペーパーやキッチンペーパーをイレーサーの本体にして使うという。
 ま,使うかどうかはわからないけどね。いや,できるだけ使うことを考えますよ。

2025年4月30日水曜日

2025.04.30 Hi-uni パワー

● リアルの女児が使いかけにした鉛筆をメルカリで入手して使っているわけですが。かなりいい鉛筆で,Hi-uni と比べても遜色ないじゃん,とか思うんですよ。
 が,短くなって,ハンドル式の鉛筆削りでは削れなくなると,携帯用の鉛筆削りを使うようになり,それも使えなくなると手削りするようになる。

● すると,Hi-uni パワーを実感することになるんですね。Hi-uni の芯が折れにくいことがわかる。
 芯は硬いのにタッチが軟らかい。おぉぉっと思うわけです。芯の減りも少ないわけで,やっぱ,Hi-uni,ダテじゃねーなぁ,と思うんですよ。
 が,そこに到るまでは,さほどに差を感じることはない。

● ただし,その機序は素人にはわからない。黒鉛を増やすと芯は軟らかくなるんでしょ。
 Hi-uni の黒鉛含有量の多さは匂いを嗅いでみればわかる。なのに硬い。

● 上の2本の鉛筆の芯は,おそらく,オリエンタル産業のものだと思う。芯の製造・開発に特化したオリエンタル産業の技術は三菱やトンボのそれをすでに凌駕している,と思ってたんですけどね。
 ちょっとお待ちなせぇ,そーじゃねーんですよ,ってことか。

● オリエンタル産業の最上品は BLACKWING に使われている芯だと思うのだが,Hi-uni や MONO100 の芯と比べて,さてどうですかね。
 高品位になるとどれも似てくるから,同じように感じてしまうんだけどね。

● ちなみに,BLACKWING と北星クラフツマンの芯は,まったく同じか非常に近いもの。
 なので,BLACKWING の幻惑商法にいちいち踊っていないで,黙ってクラフツマン使っとけ,と憎まれ口をききたくなる。BLACKWING の消しゴムなんてどうせ使わんでしょ。

2025年4月28日月曜日

2025.04.28 クツワ補助軸礼賛

上がたんぽぽ,下がクツワ
● 丸軸の鉛筆をホールドするのは,補助軸にとっては難事のようだ。締めが決まらない感じ。
 すでに書いていることで,繰り返しになってしまうんだけれども,問題なく保持するのは,まずミミックとクツワ。たんぽぽ補助軸もまずまず行ける。ポイントと伊東屋は少しガタつく。

● 刮目すべきはクツワ。この安価で素っ気ない補助軸の実力は端倪すべからざるものだ。
 クツワのノック式タイプも同様に問題なし。文具店の学童用品の売場にあるクツワ補助軸が,実用性に関しては最も信頼できる。鉛筆との一体感を保持するのに,クツワ補助軸に勝るものはない。ミミックもクツワに及ばない。
 現場からは以上です。

● 以上なんだけれども,以下に蛇足を加える。
 実用性において最も信頼できるのであれば,おまえはクツワの補助軸しか使っていないのかと問われれば,いいえ,そうではありません,と答えるしかない。
 ポイントもたんぽぽもその他のものも,適当に使っている。

● クツワ補助軸はアルミ製。対して,ポイントや伊東屋,たんぽぽは真鍮製だ。特に,ポイントは真鍮を無垢で使っているので,真鍮特有の質感がある。
 クツワもポイントも道具に徹していて,素っ気ないのは同じなのだが,アルミより真鍮の方が味が出る。

● だからこそ,たとえばトラベラーズファクトリーは,鉛筆やボールペン,消しゴムケース,定規,筆箱を真鍮製にして,ブラス◯◯と銘打ったトラベラーズノートの周辺機器(?)を出している。真鍮はトラベラーズノートの心の友であるかのごとくだ。
 真鍮製にすると一定数は捌けるという目算もあるんだろうか。

● 真鍮は経年変化を楽しめるということの他に,たとえば補助軸であれば,鉛筆の色を選ばないというのも魅力だ。
 ユニ色であれ,オリーブグリーンであれ,赤であれ,黄色であれ,真鍮無垢の補助軸だとしっくり来てしまう。

● 素材が真鍮でることの面白味というのはあるようだ。ので,若干はホールド力に問題があっても,ポイント補助軸を使いたくなることがしばしばある。
 これをアルミで出せるだろうか。そもそもアルミ無垢なんてあるんだろうか。たいていは塗装が施されている。

● クツワ補助軸を使っていると,真鍮よりアルミの方が補助軸としての強度を出せる,したがって実用性をより高いレベルで担保できるのかと思えるのだが,アルミだと面白さに欠けるということね。
 ただし,面白さと実用性とどちらが大切かとなれば,それは実用性に決まっている。ここぞというときにはクツワを選ぶし,補助軸はどらかひとつしか使ってはいけないとなれば,迷うことなくクツワを選ぶ。

● この補助軸はクツワの自社生産によるものではないだろう。どこぞの小さな町工場に委託しているのだと思う。その町工場では,クツワだけではなく数社の商品を手がけているはずだ。
 正真正銘の生産者を知りたい。その Web サイトを確認すると,社長が顔出しをしてたりして,なるほどこういう人が作っているのか,と親近感を抱くことになるだろう。これは大事に使わなくちゃな,と補助軸に対する愛おしさが増すような気がする。

2025.04.28 A6 Campus ノートについて

● 2月から,測量野帳をいったん置いて,A6 Campus ノートを使っている。途中,ひと月半のブランクはあったが,今日から4冊目に入る。
 学校というものに通学していた頃より,今の方がノートの消費量は多い。2013年からの習慣。

● 小さいノートが好きだ。単に文字列(文章)を書いていくだけで,手を動かしながら発想を広げていくなんていうクリエイティブとは無縁なので,大きなノートは要らないのだ。
 外に持ち出すこともあるので,小さいノートの方が何かと便利だ。

● 鉛筆を使って両面使用なので,下敷きが必須。下敷きにはA6の紙片を使用。市販の下敷きを買ったり,クリアファイルを切り取って使ってみたりしたが,紙片が下敷きとしてベストという結論。
 こういうとき,定型サイズは便利だ。A6メモパッドはどこにでもあるから,下敷きはどこにいても手に入る。

● ただ,最近ではホテル備え付けのメモパッドも,定型を避けて独自のサイズにするところが増えつつあるとは感じる。はなはだ,よろしくない。
 が,A6定型のところも現在だ。この点で,困ったことはない。

● 外で立ったまま書く必要に迫られたことはない。出先であっても,座ってテーブルか机のあるところでしか書かない。
 そうであっても,ノートの表紙は厚くて硬い方が断然書きやすい。

● Campus ノートの弱点を強いて言えば,ここのところだ。デフォルトでも不都合はないのだが,表紙が硬いとなおいい。
 しかし,これはコクヨが出している SYSTEMIC を装着することで,問題は完全に解決する。A6サイズの SYSTEMIC は販売終了になって久しいのが残念だけれども,終了前に1冊手に入れておいたのはラッキーだった。そうそう壊れるものではないから,この1冊が寿命が尽きるまで保ってくれるだろう。

● 文具店でこれだけしか買わないんじゃ申しわけないなというときに,抱き合わせにするのに恰好なのが Campus ノートだ。必ず使うだろうから,安んじて抱き合わせることができる。
 そんなこんなで,レギュラーの Campus ノートがあと20冊ある。測量野帳が数百冊残っているので,これ以上増やすことはないと思うけれども,できれば今年中に使い切れれば。
 以後,Campus ノートを買うときは,ダイソーかセリアで買うと思いますけどね。

2025年4月26日土曜日

2035.04.26 “手書き” とネットでゆるゆると老後を生きている

● Hi-uni の世界にとりあえず遊んで,再び,リアルの女児が使いかけにしたBの鉛筆に戻った。
 この果肉(?)の黒い鉛筆はかなりデキがいい。Hi-uni と比べてもそんなに遜色はない。そりゃ,Hi-uni の方がいいんですけどね。

● どこの誰かは知らねども,彼女はいい鉛筆を使っていた。こういう鉛筆で勉強できる今どきの小学生が羨ましい。
 メーカーもわからないけれども(三菱やトンボではないと思う。芯がオリエンタル産業っぽいと思われるからだ),国産であることは間違いない。値段もけっこうすると思う。
 とにかく,書きやすい鉛筆だ。これを使っていた女児はお金持ちの家にうまれたのかなと,貧乏育ちのぼくは思ってしまう。

● ミミックのコーラルに装着して使っている。コーラルがこれほどピッタリ来る鉛筆はなかなかないと思いますよ。
 しばらくは,コーラルを楽しむこともできるというものですわ。

● ひと月半ほどのブランクかあったせいか,復帰後はわりとたくさん書いている。もちろん,どうでもいいような日記的なことですよ。大したことは書いちゃいません。
 でも,スイスイと筆(鉛筆)が進む。いや,ホントに安上がりの時間潰しになるわけですよ。お金はあるに越したことはないけれども,たくさんは要らないなぁと思いますですよ。

● ノートも鉛筆も一生分以上の在庫があるので,補充する必要もない。洋服だって,流行だの何だの難しいことを言わなければ,これ以上買う必要はないかもしれない。
 とちら様も同じでしょ。モノが溢れかえっているんじゃありませんか。本やCDも死ぬまでにとても読みきれない(聴ききれない)ほどの量を抱えているんじゃありませんか。

● おまけにインターネットがある。読む,観る,聴くといった受け身のエンタメは,ネット上に無限にある。
 5,900円の年会費を払って,Amazon のプライム会員になっていれば,その恩恵は計り知れない。いい時代に老後を迎えることができたなぁと思うんですよ。
 ネットを味方に付けているか否かで,老後の彩りはずいぶんと違って来るでしょう。このインフラは活用すべきですよね。

● と言っても,これから高齢者になる方々はネットを自家薬籠中のものにしているでしょうけどね。バンバン使いこなしてるでしょ。
 ぼくもネットを敵に回さなくてよかったなと思いますわ。昔の年寄りと大きく違うところは,ネットがあるかどうかですもんね。

● そこに加えて,“手書き” があるんだから,老後の不安なんてほぼほぼ感じないです。病気になるときにはなる,惚けるときには惚ける,死ぬときには死ぬ。それはヒトである以上,仕方がない。
 あと少し,ネットと “手書き” でゆるゆると生きてみますわ。

● というわけでね,ノートと鉛筆は座右のふた品ですね。このふた品は高いものでも知れている。お金はかからない。
 ぼくは安いもので充分と思っているので,いっそうお金はかからない。お国からいただく年金でどうにかやれている。

2025年4月25日金曜日

2025.04.25 コクヨの品川キャンパス

● もうね,何も買わないつもりですからね。近くのホテルに泊まっていても,ここに行くことはないだろうなと思ってました。
 が,結局,来てしまいましたよ。何度目になるだろう。

● 品川キャンパス仕様の測量野帳や鉛筆シャープは同じものをいくつも持っている。いくら何でもこれ以上は要らない。下手すると,限界効用はマイナスになる。
 原宿(正確には,渋谷区千駄ヶ谷)の「THINK OF THINGS」のコーナーもある。測量野帳が2種。これも持ってますよ。

● ここの特徴は2つ。コクヨのプロダクツのすべてを見れること。児童・生徒・学生がいないこと。
 ゆっくりとコクヨ製品の品選びができるでしょう。販売店舗たいうよりショールームのようなものだから,陳列の妙を味わうのもいいでしょう。

● ファインライターやローラーボールはあるが,ブラスペンはなかった。ブラスペン,もう販売終了になってるんですかね。SAUNA BU はしぶとく残っているようだ。
 いや,ブラスペンはAmazonでは販売されているし,「入荷予定あり」にもなっている。

● リアル店舗でこのブラスペンを見かけたことは一度もない。実物があるとすれば,この品川キャンパスくらいだろうと思ってたんですけどね。
 ので,まだ実物を見たことがない。本体はポイント補助軸そのものだから,見なくてもわかるっちゃわけるんだけどさ。

● キャップだけ欲しいんですよね。キャップの金型はコクヨが提供していて,販売終了の暁には金型も撤去されるんでしょうねぇ。
 キャップだけ(あるいは,キャップ付きのポイント補助軸が)販売される可能性はないんでしょうなぁ。
 ま,買いませんよ。ミミックがありますんでね。キャップ付きの補助軸はミミックでいいでしょ。

● 「しゅくだいやる気ペン」が成功したのか,「大人のやる気ペン」というのも出ている。おそらく,名前を変えただけで,同じものではないかと思う。資格試験の勉強をしている大人を狙ったらしいんだけどね。
 これを使うのはどんな大人なんだろうな。大学を卒業したて,社会人になりたての若者たちというイメージしか湧いてこないんだけどね。

2025.04.25 高輪台から中延までの極小旅行

● 昨日から高輪のホテルに泊まっている。今日は都営浅草線の高輪台駅から3駅ほど乗って中延まで行ってみた。
 北関東の田んぼの村に住んでいると,鉄道はJRしか走っていないので,東京でもJRでやり繰りしようとするようになる。それでは効率が悪いことはわかっているが,惰性の影響は甚大だ。

● そうこうするうちに,メトロを使うことを覚える。すでに東京メトロは全区間乗ったし,路線図もほぼ頭に入っている。
 どこへ行くには何線に乗ればいいというのも,ほぼほぼ了解している。以前よりは,効率的にかつきめ細かく都内を周遊できるようになったと思う。

● が,都営地下鉄にはなじみがない。大江戸線には何度か乗ったし,三田線の区間にも乗ってはいるのだけれども,路線図も路線名も自分の頭の外にある。
 都営地下鉄は,何と言うか,地味というか暗ったいイメージがあってね。積極的になじもうとはしてこなかった。

● 宿泊中のホテルの最寄駅はJR品川駅だが,品川駅からの距離と都営浅草線の高輪台駅からの距離は,さほどに違わない。
 が,北関東から出向く場合は必ずJRになるわけだから,品川駅からホテルまでの風景にはすっかりなじんでいるのに対して,逆側の高輪台駅の方はまるで未知のままだ。

● かくてはならじ。たまには逆側にも行ってみようではないか。
 とは,あまり思っていない。品川駅の方が賑やかだ。誘蛾灯に惹きつけられる蛾でいいではないか,と思っている。

● 今日,浅草線で中延に行ってみようと思ったのは,具体的に用事があったからなんですよ。コーナン品川旗の台店に行ってみようと思ったわけです。
 コーナンというのは,主に中部・北陸に展開するホームセンターなんですけどね。

● 北星鉛筆がOEMで提供している黄色い消しゴム付き鉛筆がコーナンで販売されていた,という情報を𝕏で見かけたんですよ。
 中部・北陸を主戦場にしているコーナンも都内にいくつかの店舗がある。品川にも2つあって,そのひとつが品川旗の台店。
 やった,やっと手に入るぞ。まずは行ってみようというわけなんでした。

● 公共交通機関で行くと,どうやっても駅から少々歩くことになる。運賃が一番安いので行こうと思って,都営浅草線にしたんでした。
 Google Map のお世話になりながら,西中延の面白くもない住宅街を20分ほども歩いたろうか。着きましたよ,コーナン。近くに昭和医科大学と附属病院がある。

● ところが。品川旗の台店にはなかったんですよ。何ということ。無駄足になってしまった。
 いくら竚んでいても,ないものが空中から現れてくるわけじゃないからね。悄然として立ち去るしかありませんでした。
 ちなみに,A6 Campus ノートが3冊組で470円で売られていた。そんなに安いわけでもない。

● 途中にある “くすのき公園” でひと休みした。こうなると,駅までがいっそう遠く感じられてね。歩き通す気力が失せてしまいましたよ。
 大井競馬場の近くにもコーナンの店舗があるんだけれども,そちらに転戦するエネルギーはない。もう,いいや。途中に「ココカラファイン」があったので,覗いてみたんだけども,ありませんでした。

● でも,復りは街並みを眺める余裕はできる。往きとは別の道を歩いてみようとも思える。
 アーケード商店街があるのを見つけたので(中延スキップロードというっぽい),“どこへでも行くドスコイ” さんになったつもりで歩いてみた。平日なのに賑わっている。さすが東京。
 ここにも大きめのドラッグストアがあったので覗いてみたんだけど,文具じたいがなかった。

● 街の文具屋然とした文具店もあった。けど,こういうところは入りにくくないですか。何も買わないで出るのが憚られるような気がしてね。考え過ぎですかね。
 北星の黄色い消しゴム付き鉛筆がないことはハッキリしているので,黙って通り過ぎましたよ。

● 浅草線で高輪台に着くと,中延の空気とは一変する。垢抜けた街になる。さすがは港区と言いますかね。よそから人が働きに来るところなんだな,と思わせますわ。
 ずいぶん歩いた感じがするんだけど,スマホの万歩計アプリを見ると1万歩には届いていなかった。