2026年9月20日日曜日

2026.09.20 欲望を抑えたあとの清々しさを自分に教えよう

● クソの自慢にもならないのだが,手持ちの鉛筆のうち,生きてる間に5%も使えたら御の字だ。残りの95%は寄付を受け付けているところを探して引き取ってもらおう。
 けれども,この期に及んでなお,使ったことのない鉛筆があると欲しくなる。

● たとえば,三菱の9990だ。在庫管理というものを怠っているから,ひょっとすると何本かは手元にあるのかもしれないのだが,「かもしれない」ものは即ちないということだ。
 ないなら買って使ってみたくなる。使ってみて何がどうなるわけでもない。3分も使えば気がすむだろう。入手した瞬間に気がすんでしまう可能性もある。

● こういうとき,どうするか。そういうときは在庫の保管車(?)を見ることにしている。買ってはいかんと即座に結論が出る。
 鉛筆は使うものであって,語るものではないのだ。“語る” にはカタルシスがあるので,ついそちらに行きたくなるのだが。

● 考えてみるがいい。この世に存在した鉛筆で,現在入手可能なものをすべて使うなんてことはおよそ非現実的だ。
 それは世界には40億人の女性がいるのだから,その全員と付き合って,その中から結婚相手を探そうとするようなものだ。進捗率0.00000001%の状態で自分の寿命が尽きているだろう。
 鉛筆の場合はそこまでではないだろうけれども,もっと時間を大事にしろと言われて然るべきだ。

● この単純な理屈が,しかし,通用しないのが好き者の世界なのだな。そういうアホなことをやってようと本気で思ってしまったりする。軽い狂気だな。
 欲望を野放図に解放してしまうのだ。鉛筆は安いからなおさらだ。

● しかし,そうした欲望を抑えたあとの清々しさ,快感もある。それを自分に教えこまないといかんよね。
 でも,できるかな。何となく,何となくだけれども,自信がないんだよね。

2026年9月18日金曜日

2026.09.18 Hi-uni の価格について

● 諸々考えると,鉛筆の値上げは困難なのだろうけれども,Amazonだと北星9500が40円で買えることがある。
 Hi-uni なんか60年前の1.5倍にしかなっていないわけだが。

● Hi-uni の価格がわかりやすいので,Hi-uni を基準しがちなのだが,Hi-uni より高価な国産鉛筆はチラホラある。たとえば,ホクサイン。他にも,あるのだろうし,現在は消えてしまったが,過去に存在したものもある。
 ただ,ホクサインはポリマー芯で,黒鉛+粘土 で作られた芯の鉛筆では,依然としてHi-uni(と MONO100)が最高額であり続けているのではないか。

● 60年前は官製ハガキが7円だった。現在は12倍になっている。大卒初任給は24,000円だった。これも10倍にはなってるんじゃないか。しかも,当時の大卒は今よりずっと少ない。
 現在の貨幣価値なら Hi-uni は1,200円になる。

● ただし,ここが不思議なところなのだけれども,Hi-uni が世に出た60年前は Hi-uni は頭抜けた存在だったのだと思う,たぶん。
 けれども,現在の目線だと,50円や70円の鉛筆と比べて Hi-uni がそれほど突出しているとは思えない(微差が大差ではあるんだろうけれども)。Hi-uni の稀少性が減少したことによるのか,他の鉛筆が Hi-uni に近づいているのか。

● と言っても,たとえば三菱9800は現行品の Matured より 昔の Patented の方が一格上という感じがする。uni や Hi-uni を出したあと,三菱鉛筆は9800の質を落としたんじゃないかと疑っているのだが,リアルの鉛筆の状況は60年前と現在とでさほど変わっていないと見るのが正解なんだろうか。
 となると,Hi-uni が相対的に大幅安となり,大衆品の仲間入りをした結果,Hi-uni の有難味が薄れたことが使用感に影響を与えているんだろうか。

● uni もそうだが,Hi-uni もよく売れて(時代の追い風を存分に受けた気がする)初期コストの回収は短期間で終わっていると思われる。以後,Hi-uni は三菱鉛筆にたんまりと利益をもたらしたに違いない。
 60年前に比べると Hi-uni は破格に安くなっているのだが,それでも算盤には合っているのだろう。ドル箱ではなくなっているのだろうが。

● 1992年のバブル崩壊以降,日本経済が長期デフレに沈んだにもかかわらず,公共料金だけはジリジリと上げてきた。2017年以降は郵便ハガキを上げすぎとも言える。
 ので,郵便ハガキを基準にして Hi-uni が安くなったと言うのは正確に言えば正しくないのかもしれないけれども,それにしたって60年前の1.5倍にしかなっていないわけだからね。Hi-uni が相対的に高価だった頃にセッセと使ってくれた人たちのおかげで,今のぼくらが安くなった Hi-uni を使えているのだとも言える。

● が,コロナ収束後,Hi-uni に限らず,鉛筆の値上げがないのは異常事態で,それだけ需要が弱いんですかねぇ。
 三菱とトンボの大手2社は,鉛筆依存度はかなり低いだろう。ジェットストリームやクルトガ,ZOOMといった,鉛筆以外の柱を何本も持っている。だから,大手2社は埒外に置くとしても,鉛筆専業を張ってきたメーカーはかなり辛いでしょう。

2026.09.18 川崎の丸善が半額セール

● 昨日,ラゾーナ川崎に入っている丸善に行ったら,全製品(来年の手帳やカレンダーは例外)3割引きセール実施中。
 閉店するのかと思ったのだが,それなら閉店セールと打つだろうから,在庫を減らして改装するんでしょうかね。だいぶ売れたみたいで,棚はスカスカになっていた。川崎丸善がどんなふうに変わるのか楽しみですわ。

● せっかくだからなんか買ってくかと,けっこう粘って探してみたんだけどね。いくら3割引きでも欲しいものはそんなにないんですわ。
 買ったのは uni の2㎜芯(B,2B,3B),uni Palette 鉛筆削り,ZENTO のリフィル(0.38㎜の青,2本)。すべて三菱鉛筆の製品になった。鉛筆削りは使えると思うのだが,あとは使うかどうかわからない。

● 今日行ったら5割引きになっていた。長期休業に入るらしい。その後,再開するかどうかはわからない由。
 店全体がなくなるわけではない。どうやら,文具部門は消えるんじゃないかという印象を持ったのだが,確たることはわからない。

● 5割引きとなると,何か買わなきゃ損と思ってしまうのは貧乏人の性。スーパーのタイムサービスと同じね。
 総菜が半額になると,要らぬものまで買ってしまう。食べ切れないで棄てるか,それじゃもったいないからと無理に食べて太ることになる。そんなことをしてたんじゃいつまで経っても貧乏のままだし,身体にも悪い。わかっちゃいるけど止められない。貧乏人あるある。
 要らないだろうなぁと思いながら,5割引きなんだから買わなきゃ損と思っちゃうところが,われながら何ともなぁ。

● まず,ZENTO のスタンダードと青の替芯4本(昨日も2本買ってる)。
 ZENTO はたぶんスタンダードが一番使いやすいんじゃないかと思う。シグニチャーモデルなどと騒いでいる輩は何のために ZENTO を買おうとしているのか。って,ぼくも買っちゃったんだけど。

● 次にトラディオ・プラマンのリフィル,黒5本。リフィルといっても,リフィルだけで使える。本体要らず。本体も持っているけれども。
 最近始めた写経に使えるかなと思って買いました。プラマンはトメ・ハネ・ハライがちゃんと表現できるというので。そこまでの字を書くわけじゃないんだけどね。
 あと,携帯用のハサミを買い増した。いくら携帯用といっても紙を切るには向かないかもしれない。

● 昨日も買った uni の2㎜芯(B,2B,3B)を追加購入。これなんか典型的にアレですよ。昨日より安く買えるんだから買っとかなきゃ,という発想ですよ。
 ぼくは鉛筆小僧(じゃなくて,鉛筆爺)なので,2㎜芯のシャープペンや芯ホルダーなんか使いやせんのですよ。なのになぜ買う? われながら不可解ですわ。

● 他に,STAEDTLER の芯ホルダーや OHTO の極々細シャープペンもいったんは手に取ったのだが,冷静にも元の棚に戻した。使うかもと思っちゃうんですな。買うかという気持ちがそう思わせる。
 実際には使いやしない。何度も経験してわかっている。だったら,今回買ったすべてのモノを押し戻すべきなんですけどねぇ。

2026年9月17日木曜日

2026.09.17 手帳に過度な期待を持たないこと

● “初めて1年間 使い続けられた 手帳” というのがキャッチコピーになるのだな。1年間使い続けられない人が多いってことか。
 それって,斬新な使い方をしようとするからなんですかね。あるいは,手帳の複数使いをしてそれぞれの顔を立てようとするとか。要は難易度の高い使い方を試みるから途中でやめてしまう,ってことなんですかねぇ。

● そうではなくて,単純に続かないってことですか。その場合,ビジネスマン(ウーマン)なら予定の管理はどうしてるんですか。続かないではすまないはずだよなぁ。
 総務的な仕事であっても毎日同じことの繰り返しではなく,年度を通じて波はあるだろうし,プライベートの予定もあるはずでね。

● 続かないってのはアレか,途中で手帳を変えるってことか。この手帳が自分に合わない(と思った)から別のに変えるという意味ですかね。
 それならいくら変えてもかまわないんじゃないのかなぁ。別にどうということでもないんじゃないか。

● “初めて1年間 使い続けられた 手帳” というのは,あなたに合う初めての手帳になりますよと訴求しているんですかねぇ。これを使えば途中で変えなくてすみますよ,と。
 この手帳,週間バーチカルを主体にして,いくつかの書式を付加した自己実現系の手帳のようなんだけどね。

● 手帳は凡庸な使い方でいいと思うんですよね。したがって,極論すると,手帳なんかどれでもいい。
 手帳に過度な期待をしちゃいけない。手帳を使うことで,夢が叶ったり,なりたい自分になれたりすることはないんだしね。

● もし手帳に対してそこまでの期待を持っているんだとすれば,人生を舐めすぎているか,人生から逃げる構えがあるんだと思うんですよね。
 何をすべきか本当は気づいているのに,それをやりたくないから,手帳を使うことによって自己実現できますよという誘い文句に乗ろうとしている。

● 自己実現系の手帳の中には有料のセミナーを開いたり,コンサルティングをやっているところもある。体のいい詐欺だと思うけれども,この種の詐欺には引っかかる方が悪い。
 よくできた愚者ビジネスで,犯罪性はない。網を張ってるだけで,自ら能動的に動くことはないんだし。

● 手帳に過度な期待を持たないことが肝要だと思う。手帳の他にはない特徴は,予め日付けと曜日が印刷してあることだ。手帳によっては時刻も。
 それによる便利さを享受すればいいのであって,手帳を使うとはその便利さを享受する,それだけのことだ。構えるような話ではない。
 手帳の使い方は凡庸でいいのだ。そう割り切れば,続かないことはないはずなのだ。

2026.09.17 川崎の地上の楽園

● 地上の楽園といえば,青森の魚市場の「お休み処」を第一に挙げたいのだが,川崎にも地上の楽園がある。
 楽園の構成要素は3つ。ノート,鉛筆,それを使うことができるテーブルと椅子。つまり,ノートを広げることのできる場所を地上の楽園と呼んでいる。

● 川崎に来て,ミューザの隣のホテルに泊まっているのだが,このホテルの3階にラウンジ(多目的室)があって,ここがまず地上の楽園になる。
 ここに滞在している間,最も長い時間を過ごすのがここだ。以前は川崎の街を精力的に(?)歩いたりもしたのだけれども,たぶん川崎に対する目線が川崎市民(川崎区民)と同じようなものになってきていると思う。街を歩き回ることはしなくなった。

● この楽園の問題が1つだけある。夏の間だけの問題なのだが,冷房が強すぎて,南極化していることだ。
 冷房を強めにしてくれとのリクエストがあったのかもしれないが,南極に長くいることはできない。暖を求めて外に出ることになる。

● ノートと鉛筆は持ち歩けるから,問題はテーブルと椅子だ。できれば無料で使えることが望ましい。というか,無料でなければ楽園にならない。
 しかし,戸外にも地上の楽園はある。よく探せば楽園だらけ。まず,ラゾーナの5階外廊だ。ここに格好の休憩所がある。

● 昼時にはここで弁当を使う人もいる。ホームレス諸氏のオアシスにもなっている。
 そのホームレス氏を見ていると,何もしないでジッと座っている。禅の三昧の境地に入っているようだ。神々しい。

● 3番目の地上の楽園はミューザの隣のホテルの隣にある広場だ。ここにテーブルと椅子が置いてある。風が強いことが多いので,椅子が飛ばされないように重りをつないでいる。
 どういうわけか,ここに長くいたことはない。風があるとちょっと書きづらいってこともあるけれども。

● 以上の意味での楽園は自宅にある。自宅に籠もることは楽園に籠もることだ。わざわざ楽園を外に求めることもあるまい。しかも,筆記環境は外の楽園よりずっといいのだ。
 が,ずっと自宅に籠もったままだと気分が塞いでくる。移動の効用というのがたしかにある。移動先で自宅にいるときと同じことをする。悪くないと思う。

● と言って,ひと頃,ノマドという言葉が流行ったけれども,ノマドワークを実践するには,金銭的なことはひとまずおいても,相当な体力が必要だろう。メンタルもタフじゃないといけない。
 人が一所に定住するようになったのは狩猟や遊牧から農業に生活手段が移ったからだと言われるが,それだけではないと思う。一所定住の方が楽だからだ。
 ホモ・サピエンスは東アフリカで誕生し,グレート・ジャーニーを経て地球上の各地に散っていったわけだが,グレート・ジャーニーの過程で多くの人が死んでいったことだろう。したくてグレート・ジャーニーをやったのではないと思う。

● 旅行が楽しいのも帰るところがあるからだとはよく言われることだ。ずっと続くものではなく一時的な私的興行だから,旅行は楽しいし,何度も行きたくなる。
 行った先では当事者になることがない。よそ者でいられるから責任が発生しない。そういう気楽さがあるからでもあるのだが。

2026年9月14日月曜日

2026.09.14 般若心経の写経を始めてみた

● ぼくの筆記シーンは至って単純で,4色のボールペンで書く手帳と,鉛筆でひたすらノートに文字列を埋めていく日記的雑記だけだ。ゆえに,使う文具も限られている。
 が,手元に溜まっている文具はいろんなものがある。持ち歩き用のメモ帳もアレやコレやがあるが,持ち歩いても使えた試しがない。

● ふーむ。手元にある文具を消費するために筆記シーンを作るのは本末転倒だけれども,原稿用紙に般若心経の写経でもしてみるか。
 小難しい作法があるようだけれども,そんなのは無視して自己流に書き写せばよかろう。

● ほんとに般若心経の写経をやってみようかと思いましてね。書店にあった解説書の中で一番安いのを買ってきて,サラッと読んでみた。般若心経とはこういうものかとわかれば,それで良し。
 巻末に全文が掲載されているので,それをコンビニでコピーして,ダイソーの硬質カードケース(A4)に入れて,準備完了。

● 活字体だからなぞるように書くのの手本にはならないけれども,要は字がわかりゃいいんでさ。冒頭に “仏説” とあるのは,真言宗の流儀らしい。
 本当は硯で墨をすって小筆で書くものかもしれないけれども,そんなことはするわけない。サファリのMに「弘前煉瓦レッド」を吸わせることも考えたんだけど,鉛筆だな,やっぱり。北星クラフツマンの6Bでやってみる。硬筆書写というやつですか。厳密には書写ではないけれども。
 紙はコクヨの「Campus 原稿用紙 タテ書き 20×20」。B5サイズね。もっと大きい方がいいのかもしれないが。

● というわけで,始めてみましたよ。いかんなと思うところ,3つ。
 1つは,書き急いでしまうところ。作業だと考えちゃってるんでしょうね。作業なら早く終わらせろ,と。

● 2番目は筆圧をかけすぎるところ。筆圧をかけずにゆっくり書くことを覚えないといけない。
 3番目,字が縮こまりがちになること。普段から小さい字を書いているので,その影響が出てしまう。マス目を全部使うようにしないといけない。

● 以上の3つは三位一体であって,どれか直せば,あとの2つも矯正されるような気がする。
 “ゆっくり継続” が合言葉。急ぐな。あるいは,「悠々として急げ」。

● 面白いなと思ったのは,普段は書く機会のない漢字を書くことになるところ。
 もうひとつ,これまた普段はあまりやらない縦書きを体験できることだ。経験上,日本語は縦書きの方が読みやすいことがわかっているのに,自分で書くときは横書きがほとんどだ。

● その理由の1つは,縦書きだとどうしたって右手の(ぼくは右利きなので)掌外沿が黒鉛で汚れることだ。小学生の頃を思い出すことになる。硬くて薄い鉛筆がいいという子がいたものだが,この理由もこれだな。
 縦書きに最も向くのは筆かもしれんな。というより,筆を使ったから肩書きが定着したのかもしれないよな。

2026.09.14 Musgrave の太軸鉛筆

● Musgrave のチューチュートレインは太軸でそれ用の鉛筆削りじゃなと削れない。その鉛筆削りが鉛筆に歯型がつかないようにゴムを介して押さえる方式のものだから,丸軸でスベスベ塗装だと,押さえが効かずに削れなくなってしまう。
 それでは困るので,塗装をカッターで削り取っている。これで問題なく削れる。かつ,持った感じもこの方が手に馴染む。

● こちらの CUB は芯を長く出して,芯研器で尖らせて使っている。ただし,3.15㎜に対応している STAEDTLER の卵型芯研器。
 ちなみに,CUB には学研の三角太軸用のキャップと補助軸が使える。

● 手元にある Musgrave で最も太いのはこいつなんだけれども,これも塗装を削り取る方針。丸っぽい三角軸なんだけれども,やはり鉛筆削りが空転してしまうのでね。芯は3.15㎜よりありそうなので,芯研器は使えない(と思う)。
 こいつにはかつてダイソーで売られていた樹脂製補助軸の本体部がキャップ代わりになる。後にもどうにか挿せるので,補助軸代りにもなりそうだ。

● なんだかんだ言って,Musgrave はいい鉛筆だと思う。ただし,日本で買うと値段が可愛くない。アメリカで買ってもそんなに安くないと思うが。
 Musgrave に感じるのは親しみやすさなんだな。ここにあげた鉛筆はたぶん小学生用だから尚更なんだろうけど,そうじゃなくても飾り気や構えがない感じで,手に取りやすい。Musgrave の製品が全部そうなのかは,もちろん,わからないけど。

● 芯質や書き心地だけで言えば,国産の安価な価格帯に属する,たとえば北星9500の方が優れている。
 遊び気分で使うものと割り切っている。