● 2年前の今頃,メルカリで3本入りの Hi-uni のプラケースを買ったんですよ。というか,買った鉛筆の中にこのプラケースが紛れこんでいたわけなんですが(その後,コーリンの Hi Pierce の3本ケースも手元にやってきた)。
外出のとき,けっこう便利に使えるんじゃないかと思ったんだが,そうでもないんですわ。今のところ,使い途が見つからない。たぶん,用途はない。
● ところで。この3本入りのプラケースに入れて売られたのは,発売初期に限られるんですか。中に入っていたのは初代の Hi-uni ってことですか。
だから何だってことじゃないんですけどね。現行品を使えばいい話なんで。初代とか初版に価値を見出そうとするのは,人間の脳の癖でしかないだろうからね。
● Hi-uni の初代を問題にする人はあまりいないけれども,uni の初代は話題になることがある。
プラスチック製のダース箱のヒンジ部をアルミ板で補強していて,それは手作業でやってたんだよ,というのとセットになってるわけね。
● 初版本マニアは今でもいるんだと思うんですよ。第1刷じゃないとヤダという,幼児的と言ってはいけないんだろうけど,玩具をねだってダダをこねている子供みたいなやつ。
これがけっこういろんなところにいるんでしょうよ。
● コレクションというのは幼児性の上に立っている趣味かもしれないよ。そいつが世界有数の大富豪だったりすると,コレクションが文化財になったりもするのか。公が保存に乗り出してくることもある。
しかし,並みの個人がポケットマネーで集めたものなんて,その99.99%はガラクタに過ぎない。
● 自分が死んだあとはどうすればいいかなどと考えるのは余計なことだ。そんなことを考えるだけの値打ちなんかないからね。散逸して処分されて終わり。そうなるのが相応しいものなんだよね。
自分が生きている間だけのささやかな楽しみ。それがあなたのコレクションです。
● けれども,人間とは強欲なもので,あるいは思い上がりが天井知らずなもので,つまり,詰めて言えばバカなものだから,自分のコレクションには価値があると思ってしまうんだな。思いたいのかもしれないんだが。
それは,自分には価値があると思いたいのと “=” か “≒” なんだと思う。なので,あなたのコレクションに価値はないと言われると,自分に価値がないと言われたと受けとめるんだろう。
そのうえで言わなきゃいけない。あなたにあなたが思ってるほどの価値なんかないよ。あたりまえじゃん,あるわけないだろうよ。
● って,Hi-uni の3本入りプラケースから何でこんな話になってんだ?
まぁね,自分も同じだな。脳の癖だとわかっていても,初代や初版に引っかかってしまうし,集めグセがあるよなぁ。
● ただし,本格的にはヌマらないので,自分が集めたものに価値などないことはわかっている。手放すのに抵抗はないかもしれない。
こなあたり,ものは言いようなのだが,コレクションさえできないつまらない男でもあるわけですよ,ぼくは。