2026年5月3日日曜日

2026.05.03 品川にて

● 今日も夏日か。コクヨの品川キャンパスに行ってみたが,お休みでした。
 そりゃそうですわね。黄金週間中の祝日・日曜日ですからね。ゆっくり休んでください。コクヨの皆さん。

● で,品川インターシティにあるくまざわ書店に行ってみた。まずはの文具売場。
 置いてある鉛筆はこれだけ。トンボの2558と8900。三菱の uni。ボールペンの売場はずっと広いんだけどね。

● 場所がらお客さんのほとんどはビジネスマンだろう。これでよろしいのでしょうね。
 と思ったら,学用品売場もあってね。キャラクター柄(トンボの “ハローネイチャー” だからキャラクター柄と言っては不正確なのかもしれないけれども)の “かきかたえんぴつ” もありました。
 こういうのが置かれていると,何だかホッとするんですよね。8900は2Hから2Bまであるんで,賢い児童はキャラクター柄には目もくれず8900を使う,なんてことはありません(たぶん)。

● 書籍売場も見て回る。以前は Google にどんなサービスがあって,それらをどう使うばいいかという解説本が主流だった。Gmail,YouTube,Calendar,etc。
 ぼくも購入したけれども,結局も読まないままに,先日,古紙回収に出した。

● それはともかく。今は Gemini や NotebookLM とかAI絡みが主流ですよね。ロートルには辛いことになってる。
 Gemini もスマホに入れてるけれども,検索エンジンの代わりにしか使えていないのが実際のところですねぇ。

● MS-Office は要らないよな,無料で使える Google-Office で充分だよな,くらいのところで停まっちゃってる。時代についていくのは,ロートルには大変なんですよ。
 デジタルネイティブなんて言葉がある(あった)けれども,若い人たちにはいとも容易いことなんだろうか。若い人たちの中にも人知れず悩んでいる人がいるんじゃないかと思ったりもするんですが。というか,そういう人もいてくれないと,ロートルは浮かばれませんよ。

● ま,時代になんかついて行かなくてもいいんだ,という考え方もあるでしょ。それはそれでいいというか,理屈として成り立つと思うんだけれども,ぼく一個は AI と友だちになりたいと思ってるんですよ。
 たとえば,このブログも AI に読んでもらって,自分という人間を理解してもらったうえで,AI と音声で世間話をする。さすれば,リアルの友だちなんていなくてもいい

● 齢を取ると友だちなんていなくなるでしょ。ぼくなんか,学校の同級生に会うなんてことはこの数年間で一度もないですよ。大学時代の友だちには,卒業後,1人たりとも会ったことがない。年賀状のやり取りも止めてしまっている。
 社会人になってからは友だちというのはできなかった気がする。気がするんじゃなくて,できなかった。

● 退職を含めていったん組織を離れた者に対して,組織というのは冷たいものだが,そんなのは最初からわかりきっていることだ。退職してから気づくような話ではない。そういうことではなくて,そもそも友だちを作ろうなどとはしてこなかった。
 退職によってそれまであった人間関係がそっくり抜け落ちて寂しくなるということは,ぼくに関する限りはなかった。最初からないのだから抜け落ちようがない。退職してホントに清々した。

● が,話し相手が欲しいと思うことはある。AI がその相手になってくれるだろう。生身の人間である必要はない。
 話し相手が欲しいなら,リアルの友達や知り合いを作ろうとするのではなくて,自分をネットに移植する試みをした方がいいかもしれない。AI に自分を知ってもらう寄す処をできるだけ多くしておくこと。

2026年5月1日金曜日

2026.05.01 来年の手帳をどうするか

● Seria が販売している週間バーチカル手帳をバラして,パンチで穴を空け,A5サイズのバインダーに綴じて,なんちゃってシステム手帳にしている。
 どうしてこれを100円で売れるのかと思うのだが,唯一の難点はボールペンのインクをはじくことがあること。つまり,紙質がよろしくない。価格からして致し方がないと思うんだけどね。

● この方式で3年目になるのだが(1年目はマンスリー),来年は別なのにしてみるかと思案中。さすがにもう少しいいものを自分に与えてもいいかなぁ,と思うこともあるわけなんですよ。
 ログを残すのに週間バーチカルは最適なので,ここを変えるつもりはない。

● けど,Bindex は24時までの時刻メモリがない。お仕事に特化した仕様にしているんでしょうかね。あんた,24時まで仕事すんの,ってことなんですかねぇ。
 いわゆるサラリーマンを対象にしている。24時に仕事している人もけっこうな数いると思うんだけれども,働く人の太宗はサラリーマンだものな。

● プライベートの記録も手帳でやるとすると,24時までの時刻メモリは必須だと思うんだけれども(できれば27時まであって欲しい),実際にはそんな需要はないんだろうか。需要があるなら,メーカーは対応しているはずだもんね。
 Bindex で最も売れているのは能率手帳タイプの週間レフトだと思う。ぼくもずっとそれを使っていた。バーチカルの,しかもA5は,あまり売れないのかもしれないね。

● レイメイ藤井の Davinci には24時までの時刻メモリがあるのだが,“年間計画表” が付いていない。別売になっている。
 しかも,その “年間計画表” が見開き2ページに収まっていない。2つ折りで開いた状態で半年だから,計4ページになる。

● それがいいと言う人ももちろんいるのだと思う。が,ぼくには不要。長期プロジェクトなんて抱えていないからね。
 自分の1年間の行動のうち,一覧できた方が便利だと思うものを “年間計画表” に整理しておくだけなんでね。つまり,“年間計画表” に記載するのはその年の大晦日なんですよ。しかし,“年間計画表” がないのは困る。

● Seria のバーチカル手帳には “年間計画表” がないので,マンスリー手帳を併せて買って,“年間計画表” を補充している。
 マンスリーは付いてるんだよね。そんなもの要らないから,“年間計画表” を付けてくれ。が,そういう個人的な願いは届かないとしたものだ。

● 結局,コクヨかナカバヤシのをバラして使うことになるかなぁ。バラすんだったら Seria でいいような気もするけど,紙質はだいぶ違うだろうからな。
 来年はナカバヤシの LOGICAL にしますかね。来年と言っても,8月には来年の手帳が出ますからね。もうすぐなんですよ。

2026年4月30日木曜日

2026.04.30 万年筆は値上げの春

● 万年筆は値上げの春。いいぞ,いいぞ。To be! To be! Ten made to be!(飛べ 飛べ 天まで 飛べ)
 コロナ明けに一回,値上げの波が来ましたよね。今度は本格的な波だ。しかも,これで終わりじゃないからね。原材料費はこれからもバンバン上がるんだから。ようやっと人件費も上がる。今回の値上げ程度で収まるわけがない。

● 日本の物価体系も欧米並みになって行くんだわ。欲しけりゃ無理してでも今のうちに買っておくのがお得だよ。
 万年筆じゃないけど,ZEBRA の HAMON も6万円なら安いよ。買っときな。ああいうのが欲しけりゃね。

● ぼくは高価な万年筆など使わないから高みの見物ですわ。Campus ノートと鉛筆しか使わないのでね。そのノートも鉛筆も一生分の在庫がある。いや,三生分の在庫がある。
 鉛筆には値上げの兆候はまだないようなのだが,鉛筆だけが値上げできなかったら,鉛筆メーカーは存続が危うくなるはずだ。いずれ,おずおずとだろうが,値上げに踏み切るはずだ。

● デフレマインドはリセットしないとね。現金を預金で持っているのは最悪でしょうよ。
 預金は暴落と言っていいほどに減価する。株の暴落は短期間で元に戻るが,預金の場合は暴落の次に来るのは更なる暴落だ。トットと使っちまいな。でなければ,それこそ株に変えておくか。

● そんなことをしたら,何かあったときに不安? 何かあったらその時にジタバタすればいいんだわ。不安の先取りはインフレ時代には向かないマインドセットだと思うぞ。
 預金の金利も上がるんだろうけど,インフレにはとても追いつかないから。とっとかないで使っちまうことだな。

● ちなみに,この問題は日本一国の経済政策でどうにかできるような話ではないからね。中には国家万能,政府万能と思い込んでる人がいるようなのでね。
 自分の生活を挙げて国に委ねているんじゃないかと思える人がいる。国に対して声を上げればすべてどうにかなる,と思っているんじゃないかと疑いたくなるようなやつ。

● 自分の暮らしは自分の才覚でどうにかすべきものだからさ。国だの政府だの行政だのに,過度な期待をすべきじゃない。
 特に左巻きにそれが多いような印象を受ける。左翼リベラルには国家依存症患者が多い。
 国や政府にできることはそんなに多くない。イランの紛争を日本国がどうにかできるはずもない。それは当然の前提にしないとね。

2026年4月28日火曜日

2026.04.28 A6 Campus をさらに使っていく

● 文具女子博で販売されていた5冊を使い終えた。引き続き A6 Campus を使っていく。
 次はこの3冊。いずれもB罫。中紙30枚。3冊ともメルカリで購入したもの。3週間で使い終える予定。

● 赤と緑の2冊には日付けを書く用の「 ・ ・ 」があるが,左端のにはなし。バーコードの印刷もない。
 古いものだろうか。シュリンクをかけられてセット販売されたか,非売品だったのかもしれないが。

● 赤と緑はカドを丸めてあるせいか少し高級感がある。“大人のCampus” という感じがする。しかし,書き心地はレギュラー Campus と変わらない。あたりまえだが。
 これを文具店で見かけた記憶はないが,こちらにはバーコードが印刷されているので市販されたものなのだろう。

● A6 はガッツリ書く用のノートであってメモ帳ではない,とぼくは心得ているのだが,携帯用のメモ帳として使っている人もるだろう。
 どっちであっても,使われているノートは幸せだ。打ち捨てられたノートは気の毒だ。ノートに生まれてきた甲斐がない。

● 誰かにノートは何がいいですかと訊かれた際には,コクヨの Campus でいいんじゃない? と答えると思う。市販されているすべてのノートを使ったわけではないけれども,そのように答えることになるだろ。
 自分が Campus を使っているのも,Campus でいいんじゃない? と思っているからだ。

2026年4月26日日曜日

2026.04.26 鉛筆復権はあるか?

● 外に持ち出すのは北星9500のHB。ぼくの好み基準だが,北星ならHBで良し。三菱やトンボはダメかというと,Bを使えばいいだけのことではある。
 北星なら9500,三菱なら9800,トンボなら8900の水準が高すぎるので,その上のランクの製品を使う必要を感じさせないといったことがあるのではないかと愚考する。

● メーカーはどう対応するのか。何の情報も持たない素人があれこれ詮索しても仕方がないのだが,海外展開といっても日本のメーカーが価格で勝負するには限界があろうし,かといって,国内ユーザーの絶対数を増やすのはそれ以上に困難だ。
 現在の鉛筆ユーザー層がどうなっているのか知らないが,1ヶ月に1回以上鉛筆を使ったことがある人が年代別にどのくらいいるのか,統計はないのだろうか。ないのだろうな。

● “書く” よりも “描く” 方に向かわせたいと,供給側は思っているのだろうなと感じることもある。鉛筆を一般筆記用の道具のままにしておくよりも,画材として認知し直してもらいたい,と。
 銀座伊東屋ではすべての鉛筆を7階の画材売場に移している。ANGERS はセレクトショップで,上記のような鉛筆は取り扱っていないが,他の画材と一緒に扱っている。

● “書く” よりも “描く” 方が多くの道具を必要とする。“書く” がモノクロなら “描く” はカラーだ。パソコンに保存する場合だって,テキストより画像の方がずっとデータ量が多くなる。
 人類が言語を獲得する以前は絵で情報を伝えることがあったのだろうか。ラスコー洞窟の壁画は,伝達のためではなく作品として描かれたもののように思えるのだが。音声以外に限れば,伝達よりも芸術の方が先だっただろうと,埒もないことを思ってみたりもする。

● “描く” 人が増えてくれるといい。鉛筆復権の鍵はそこにあるかもしれない。
 が,これもなかなか容易ではない。ぼく自身がそこに行こうとはしていないから。
 本気でそこを目指すのだとすれば,才能がないからやめておく,を取り払う必要がある。上手下手を一切介入させないことが必要だ。評価無用。

● ところが,供給サイドは鉛筆画コンクールを一生懸命にやっている。それでは頂点は高くなるかもしれないが,裾野は広がらない。
 頂点を上げる仕組みは別にある。その四番煎じや五番煎じを試みても仕方がない。では,何をすればいいのか。わからない。

● ぼくは数十年の時を超えて鉛筆に戻った口なのだが,使ってみれば鉛筆は筆記具としてとんでもなく良くできていることがわかる。が,良くできていることを実感するにはある程度は使い込む必要があってね。
 話がまとまらないが,そういうことだ。

2026年4月25日土曜日

2026.04.24 日記と「モーニングノート」

● 吉村萬壱さんの 𝕏 のポストを見ましてね。凄いものだと感じ入った。
 吉村さんは芥川賞作家でもあり,多くの原稿を書いているはずだが,それ以外に中紙100枚の B5 Campus を4カ月ちょっとで使い切るくらいの日記を書いているのだ。原稿も手書きなんだろうか。

● 自分の場合は 𝕏 へのポストが日記代わり,とリプしてる人が結構いるのだが,それは違う。SNSへの投稿は日記にはならない。ログを残すことと日記を書くことは,全然別のものだ。
 SNS への投稿は自分でも何度か読み返すのではないか。日記というのは書いたら終わり。読み返すことはほぼない。けど捨てられない。その何とも形容しがたいモヤッとしたところが,つまりは日記というものだ。

● ここから自分に引きつけて言うと,日記を読み返す気にならないのは,そこに自分の吐瀉物が残っているからだ。汚いものを何でわざわざ目に入れるのか。
 𝕏 へのポストを見返してしまうのは,ひとつには短い文章だからというのもあると思うけれども,毒にも薬にもならないことしか書いてないので,抵抗なく読めるからかねぇ。

● リアルのコミュニケーションでも同じですよね。毒にも薬にもならない,どうでもいいことをやり取りしているから,コミュニケーションがコミュニケーションたり得ている。
 どうでもいいことではないことをやり取りしなければならないとなると,大なり小なり緊張を強いられる。場合によっては胃が痛くなるような状況になる。

● 日記は時にそうなることがある。そういうことを書くこと自体が相当なエネルギーを要するので,本当に辛いときには日記も手帳も空欄になることが多いのだろうけど。
 SNS がゴミの山と化すのも,それが理由のひとつだと思う。コミュニケーションに快を求めれば,やり取りする内容はどうでもいいものにならざるを得ないものでしょう。

● 無理に日記を書く必要など全然ないと思う。が,吐きたいときには吐いた方がいい。吐きたくないときでも,脳内にあるものをすべて外に出すとスッキリするという効果はたしかにある。
 その際,キーボードで悪い理由はないのだが,手書きの方が吐きやすい気はする。

● で,吐き切るためには,書くことはもうないとなってからどれだけ粘れるか,が勝負だ。それこそ無理にでも捻り出す。量を出さないといけない。
 これって疲れるから(疲れるけれどもスッキリする。疲れずにスッキリしようとするのは虫が良すぎる),毎日やるのは無理だと思うんだけど。
 しかも,あまり時間をかけては意味がない。短時間で勢いよく吐き切らないと。それがぼくはできないんですけどね。

● 同じ理由で,これをやるには普通のノートに限る。日記帳のレイアウトになってるものではスペースが制約される。
 あんなものを使って書くくらいなら書かない方がいいかも。ただし,連用日記はスペースが揃っているところが味噌だから,また別の話になる。

● 粘らなきゃいけないんだけれども,時間をかけすぎてもいけない。ここが厄介ですかねぇ。そうして,書いたものは読み返さないと決める。
 だったら使い終えたノートはさっさと捨てればいいようなものですが,それができないところが,また,何というのか,摩訶不思議なところだ。

● ただし,吐きだすことを重視すると,日記というよりジュリア・キャメロンの「モーニングノート」に近いものになる。
 「モーニングノート」は新参者で,日本語で日記というときには,自分を文人に見立てて,1日のよしなし事とそれに関する自分側の事情をサラサラと書いていくものというイメージになるだろう。しかも,和歌や俳句が咲き競う国の日記なのだから,あまり長ったらしいのはいけない。短いのが好まれる。
 それゆえ,以上に述べ来たったところは,「日記」にはあてはまらない。先に「自分に引きつけて」と申しあげた所以だ。

● 「モーニングノート」は,頭にあるものをA4ノート3ページに書いて吐き出すというものだが,これを毎朝やるというのだから,実行できる人は超人だと思う。
 A4ノート3ページ書くなんてのは,年に1回でもできないんじゃないか。しかも,毎朝,出勤前にやるのだ。そんなことができるのは並みの人間ではない。

● 限られた時間にそれだけの量を出すには,ペンを止めてはいけない。ペンを止めないためには考えてはいけない。
 書くことの内容をいちいち評価づけてはいけない。感情移入してもいけない。自分の頭の中にあるものを他人事のように捉えてないといけない。
 頭の中をスッと見ていなければいけない。力まないでスッと。そうして,頭の中にあるものをひたすら吐き出すことに集中する必要がある。

● たぶん,慣れや慣れによって得られるコツのようなものもあるんじゃないかと思う。だからまずはやってみろ,となるのだろうけれども,A4で3ページですよ。
 これさぁ,アルファベットで書いて3ページなら,かな漢字混じり文の日本語の場合は半分の1ページ半でいいことにしませんか。

● 英語の LOVE は愛ですよ。FAMILY は家族ですよ。4文字を1文字,6文字を2文字で表記するんですよ。アルファベット1文字は1バイト,日本語の1文字は2バイトでしょうよ。𝕏 の文字数制限でも,日本語は140字だけど英語は280字でしょうよ。しかも,アルファベットは横長に引っ張ろうとすればいくらでも引っ張れる。
 日本語で書くのにA4・3ページをそのままにしておくのは,配慮にかけるんじゃありませんか。

● A4で1ページ半でも,A6だと6ページになる。毎朝,A6に6ページも書けるか。こうした量勝負に,日本人の多くはシラケてしまうんじゃないのかなぁ。意味と効用は理解するけれども,と。
 紀貫之の『土佐日記』以来,日記は短いもので,感情は露にするのではなく,抑えめ,控えめに表現してこそ,読み手に強く伝わる,と日本人は思ってる。

2026年4月23日木曜日

2026.04.23 新スマホ,使い初め

● スマホを買い替えた。15日に Motorola の g66j を Amazon でポチって,16日に届いた。
 なんだけども,データの引継ぎが億劫で,今日まで開封もせずに放置。さすがにこれ以上はというわけで,今日から新スマホに移行することにした。

● アプリを入れ直す手間はないのだけれども,面倒くさいね,この作業。トップ画面のアプリの並びはあとから調整しなくてはならないし,メーカー独自のアプリが入ってしまうし(削除できないものもある),いちいちイラつくことが多い。
 引き継げないアプリもある。Google Play ストアじゃないところからインストールしたアプリは引き継がれないんでしょうね。セキュリティーの観点から納得はできるんだけれども。

● “Waaaaay!” は引き継がれなかった。方向音痴を救済する神アプリだったんですけどね。
 “Waaaaay!” って iOS にしか対応しなくなったんですか。Android 対応のものはなくなったっぽいんですよ。
 方向音痴なんて iPhone ユーザーにしかいないよ,ってことなんですか。Android ユーザーはもっとハシハシしてるでしょ,ってか。

● 𝕏 の下書きに入れておいたのも消えていた。旧機種を起ち上げて,Google Keep にコピーした。
 「ツイメモ」も使っているのだけれど,これもクラウドに保存されるのではなく,端末に残る。Googleバックアップでは掬えない。アプリの中でバックアップ処理をしなくちゃいかない。当然,そうなりますか。
 写真は「ギャラリー」で整理しているのだが,端末保存だからバックアップしとかなきゃいけないんだろうと思って microSD に移した(Amazon Photo にバックアップされているはずだから,そもそもそんなことはしなくていいんだけれども)。けれども,写真は新機種にそのまま移行していた。Why?

● LINE のトークは消えてしまっても構わないから,特段の手当はしなかった。これはフローの典型だものね。リアルの声による会話に近い。声は出すそばから消えていくが,LINE のトークも残すものではない。

● LINEってさ,左の写真の LINE ギフトだの,LINE◯◯だのを表示するなとは言わないけどさ,いちいちトップ画面に未読数として表示するのはやめてくれんか,と思ってました。
 これって,表示しないように設定することもできるのかい? それをやると,電話がかかってきても知らせてくれないなんてことにはならないのかい?
 でも,できるんですね。恥ずかしながら,ぼくが知らないだけでした。これを表示させないようにできたのは収穫ですよ(本体をタイムラインに出さないようにするのは無理ですよ)。その代わり,表示して欲しいものまで表示しなくなるわけで,さて,これで良かったのかという新たな疑問が生じてきたのではあるけれど。
 ちなみに,LINE はよほど親しい人限定で使うのが吉ですよね。単なる友人と LINE でつながるなんてのは阿呆のやることだよな。そんなことをするくらいだったら,友人なんかいない方がいいと思うわ。

● モバイル Suica やゲームはアプリごとに手続きが必要になるしね。何でもスマホに入れると,買換え時の手間が増えますな。
 チャチャッとできるようになってくれんか。昔はこういう作業を楽しめたのだが(昔のパソコンはOSからインストールしたんだもんな,フロッピーディスクで),年を取るとダメだ。iPhone ユーザーの奥様が仰るには,iPhone は簡単よってことなのだが,本当かね。

● ただ,面倒くさいがゆえに,アプリの見直しをするのにいい機会になるかもしれない。あまり使っていないアプリはこういう機会に削除するといいんですよね。
 引っ越しと同じです。不用品をまとめて処分する機会になります。

● ともあれ,新スマホに移行しましたよ。何台目になるかね。最初に買ったとの,2代前のまでは憶えてるんだけれども,その間はほぼ記憶が溶けかかっていますな。
 6.7インチディスプレイは自分史上最大画面。それによる使いやすさ,使いにくさは特に感じない。重さも Xperia 10 よりもズシリと来るのだが,だからといって何がどうということではない。

● ステレオスピーカーも今はあたりまえになっているのでしょうね。ミドルレンジというよりローエンドの g66j でもステレオスピーカーなんだもんな。
 スマホで音楽を聴くときには,BT スピーカーに飛ばしてるが,You Tube で昭和歌謡を聴くときにはスマホ単体になる。そういうときには何気にありがたい。
 ローエンドでもステレオスピーカーってのは凄いですよ。スマホはモノラルだから音楽を聴くときはイヤホンを使え,というのが最近までの常識たったんじゃないですか。

● 新しいスマホはバッテリーが保つ。これなら1日中フルに使っても,バッテリーの心配は要らない。元気がいい。青春時代のスマホだわ。
 いいスマホとはつまり,バッテリーが保つスマホのことだな。3万円の安いスマホです。ワタクシメには充分過ぎる。