2026年5月26日火曜日

2026.05.26 ラミーサファリについて

● サファリ万年筆は何本か持ってるんだけど,サファリの解説動画ではこれが一番面白かったかな。
 「えもチャンネル」のこの解説は万年筆文化論的な趣もあって,この世界にかなり精通していないと語れないよなと思わせるもの。目からウロコが3枚くらい落ちた気がする。

● サファリ=安物 の時代もあったのだろうが,カクノやPreppyもある時代に5,000円は必ずしも安くはないかもしれない。Amazon では2,700円とかで売ってたりするけれども。

● ちなみに。カクノは使ったことがないが,Preppy はけっこう長く使ったし,今でも時々は使う。
 プラチナ純正よりも無印(ポリカーボネート万年筆)かコクヨの PERPANEP 版がぼくのお勧め。純正は嵌合を繰り返すうちにキャップにヒビが入ったり,キャップ内側の突起が摩耗して,嵌合が利かなくなることがある。無印やPERPANEP 版ならその点,安心できる。樹脂の強度が強い。

● サファリは簡単に模倣できる(だろう)から中華製のイミテーションも出回っている。それを本物と偽って販売する業者が,メルカリにのさばっていたこともあった。
 サファリにまで偽物が出るのかと思ったものだが,今はどうなったのか。

● しかし,中華製イミテーションもやくできている。1本198円だったかな。Amazon で何本か購入したが,Preppy より安くて,Preppy より剛性が高い。
 万年筆なんてこれでいいんじゃね,と思った。 

● 皆さんは万年筆に何を求めているのか。ぼくは文具における趣味性というのがよくわからない不粋な人間なので,インク漏れせずにほどほど快適に書ければそれでいいじゃん,と思ってしまうのだけど。

2026.05.26 在庫の憂鬱

● 自分を憂鬱にさせるもの。鉛筆の在庫。右の写真のケースが8つある。他に,鉛筆を立てた箱が部屋のアチコチにある。1割も使わないでぼくはこの世を去るだろう。
 世の中にはこんなものではない在庫を抱えている人も,少なくない数いるんじゃないか。いると思いたい。あなた方はぼくの癒しであります。

● 同じ鉛筆が何ダースもあったりする。どうしてそういうことになるかと言うと,メルカリの “まとめ売り” やヤフオクで買ったるものが多いからだ。同じものが大量にまとめて出品されているのに応じたからだ。
 が,それだけでもない。北星9606なんかは Amazon でまとめ買いをしちゃってたりする。

● しかし,金額的には大したことはない。数万円の話ではあるまいか。ただし,安いからこそ,増えるスピードが速い。あっと言う間に山になってしまった。
 一方で,鉛筆は万年筆のカートリッジインクやゲルボールペンのリフィルのようには減ってくれない。鉛筆1本を使い切るのは長い旅だ。何ともやる瀬ない。

● こちらは測量野帳を詰め込んでるタンス(?)。これが5段ある。他に,部屋のソチコチに積み上がっている。数えたくもないが,1,000冊以下はあり得ない。1,500冊くらいか。
 鉛筆に比べれば損耗度が速いので,生きてる間にそれなりには使えると思うが,他のノートも数百冊ある。半分も使えれば御の字だな。

● しかも。この期に及んでなお増え続けているのだ。鉛筆も同じだ。
 なぜか? 買い続けているからだ。懲りないというかね。際限のないバカというのが,間違いなくこの世に存在する。

● シコシコと使っていくしかないが,いくら使ったとて大して減らない。普通に使っていたのでは,この山は崩さない。
 個別に誰かにもらってもらうのでも追いつかない。寄付を受けてくれるところを探して,まとめて寄付するのが一番だ。

2026年5月25日月曜日

2026.05.25 理想の鉛筆使い

● ぼくがイメージする理想の鉛筆使いとは,三菱9800かトンボ8900といった,ごくありふれた普通の鉛筆を,淡々とかつ粛々と使い続けている人だ。
 Hi-uni や MONO100ではなく,まして BLACKWING やパーフェクトペンシルといった際物でもなく,普通に小学生や中学生が使っていそうな9800や8900をあたりまえのように使っている人。

● SNS で鉛筆の書き味比べなんぞという不粋なマネは間違ってもしない。鉛筆の個人品評会は行わない。ノーガキを垂れるようなバカ丸出しはしない。
 9800や8900を使って,着々と成果物を積み上げている。

● ぼく一個は,鉛筆でありさえすればどれでもいいと思うに至っているのだが,つまり10本110円で売られている百均中華鉛筆でも問題ないと思っているのだが,理想の鉛筆使いは10円の鉛筆は使わない。100円ショップで文具を買うという発想がない。
 高価でもなく,かといって極端に安いのでもなく,9800や8900を使っている。

● 文具店に普通に置いてあるから,それを使っているたいったふうだ。鉛筆じたい興味があるわけではないから,いい鉛筆はないかと探すことはあるけれども,細かな差異に振り回されることはない。
 安さを求めることにもさほどに熱心ではない。そんなことに時間とエネルギーを費やすなんて,思いもしない。

● 要するに,鉛筆じたいには格別の関心がないように見える。鉛筆を使ってする作業に気が向いている。
 海に来たら遠くまで泳ぐことを考えるタイプだ。波打ち際でチャプつくことには興味がない。

● 左の写真は,黒田前日銀総裁が妙な持ち方で8900を弄びながら,記者の質問に答えているのを写したものだと思うのだが(ネットから拝借した),この飄々とした感じがいいと思っている。
 彼が実施した異次元の金融緩和には様々な意見があろうかと思うが,そういったこととは別に,この写真の風情はなかなかいい。

● 彼が手にしているのが鉛筆であること,その鉛筆が8900であることが重要だ。ここでの小道具は8900でなくてはいけない。
 彼が常時8900を使っていたのかどうかは知らないが,この感じがぼくが理想とする鉛筆使いのイメージだ。

2026年5月24日日曜日

2026.05.24 コーリン鉛筆の記憶

● 大昔の田んぼの村では,小学校の隣に “よろずや” が1軒あって,鉛筆や消しゴムはそこで買うものだった。そこにはコーリン鉛筆しかなくてね。誰もがコーリン鉛筆を使っていた。9900が多かったんだろうな。
 たまに,トンボや三菱を使う子がいて,それはまだ見ぬ都会の風を運んで来るものだった。

● 自分の村には “よろずや” しかなかったけれども,隣の町には文具店があった。今から思えば小さな町の文具屋だったのだが,村の小学生にしたら別世界でしたよ。
 憧れの聖地。聖地すぎて滅多なことでは入れなかった。当時は何も買わないで出ることがなかなかしずらい時代でもあったしね。

● その文具店もとっくに消滅している。聖地のあった町じたい,過疎化に苦しみ,人口も半減。町全体をすきま風が通り過ぎる。
 昭和30年代にはトリスバーもあったんですよ。電電公社もあった。書店も3つあって,映画館まであったんですから。町を流れる川には屋形船が浮かんでいて,あの中で何をしているのだろうと,子供の想像を刺激したものでしたよ。

● でね,そのコーリン鉛筆にあまりいい記憶がないんだよね。学校の授業や勉強に使った(使わされた)ものにいい記憶があるって人はそんなにいないと思うんだけども,芯折れがあったり,芯と軸の接着が弱くて,書いてると芯が軸の中に潜り込んだりした。
 現在の百均中華鉛筆の方がずっといい,と思ってる。

● “よろずや” の取扱いがよろしくなかったのかもな。“よろずや” は素人商売で,サービスなんていう概念はなかったしね。
 何が言いたいのかっていうと,昔なんてロクなもんじゃなかったってことね。今の方がずっといい。民度,マナー,教養。そういったものを含めて,たぶん。

● ちなみに,コーリン9900。芯折れや芯のめり込みは見られない。あの記憶は変容されたか,自分で捏造したものなのか。
 しかし,書き味ははっきり劣る。好みの問題の範疇ではないと思う。

2026年5月23日土曜日

2026.05.23 学校が多すぎる

● 北星鉛筆のアートセット。Amazon で買って,ひとつは持っている。
 メルカリを見てたら「学校の授業で使用していた物です」と紹介されてるのがあったので,ポチってしまった。そういうのに弱いんだな。

● どんな学校のどんな授業かは知らないけれども,6Bが少し減ってるだけで,あとはほぼ使ってない。
 他の鉛筆も使っていた? そうではない気がするよね。この程度の使用量で乗り切れる授業だったんだよな。

● 今って,大学を含めて学校が多すぎる気がするよ。偏差値50で入れる大学まであるんだもん。
 誰もがモラトリアムを持てる程度に豊かな社会になってるんだな。ありがたいや。
 日本人は18歳からの4年間で一生分のバカンスを取得する,と言っていた人がいたが,文系の大学に限ればたしかにそうかなぁと思いますよ。

● が,モラトリアムを貪るのは搾取されてるという側面もある。
 今の世間知をそのままに18歳に戻してもらえたら,進学は考えないかな。高卒公務員なんて悪くない。

● 社会人大学や大学院なんてのがドヤドヤとできたのはずいぶん前のことだ。リカレント教育なんて言葉も流行った。
 今になって思えば,少子化で経営が厳しくなるであろう学校法人を救済するための方便だったとわかるのだけれども,当時はなるほどなぁと思ったものでした。

● なのに,今でもそういうところにウカウカと通ってしまうヤツって何を考えてるんだろ。それを褒めそやす風潮が今でもある。
 いい加減にせんか。資格に振り回されて何が愉しいのだ?
 臨床心理士だとか社会福祉士だとか,そういうものは資格を出す側のためにあるのであって,そんな資格がなければ仕事をさせてもらえないようなところは,サッサと見限って別な場所に行くのがいい。
 まして,学士や修士という資格は持っていても仕方がないものの代表ではないか。

● 勉強したいなら独学に限る。効率がいい。自由が利く。
 と言いつつ,ぼくもその昔,放送大学を卒業しちゃってるんだよね。自分の黒歴史のひとつだわ。

● どうしても学歴コンプレックスを解消したいのなら放送大学は便利だと思うが,学歴なんてゴミだよ。わざわざコンプレックスの対象にするようなものじゃない。
 どうもね,学歴や資格というものに過大な幻想を持ってしまっている人が多いような気がする。かつての自分もそうだったのだが。

● 身も蓋もない話になってしまうのだが,学歴や資格って,無能の隠れ蓑にはならないんだよね。
 自分が思うように行かないのは学歴や資格がないからではないか。違うんだよ。それ,アンタが無能だからなんだよ。時間とお金をかけて学歴や資格を取ったところで,思うように行くようにはならないよ。
 自分の無能に向き合うのが嫌で,学歴や資格を取得すれば何とかなるんじゃないかと安直に思ってしまう例が多いんじゃないか。きちんと自分と向き合いなよ。

● 思うように行ってる人って,東大を出ているからじゃないんだよ。彼(彼女)が個として優秀だからだよ。
 だから,東大を出ているからといって,誰もが思うように行ってるわけじゃない。あたりまえのことだな。

● そうして,もっと大事なことは,優秀な人たちと同じ土俵で戦おうとしないこと。自分に合った生き方がどんな人にもあるよ。
 世間の常識からいったん離れてみないと,それは見えて来ないと思う。言葉にすればそういうことなのだが,特に若い人にはなかなか難しいことかもしれないね。世間の常識からいったん離れてみるってのはね。

2026年5月21日木曜日

2026.05.21 アメリカの鉛筆

● BLACKWING を初めて見たのは,ANGERS 上野店。その後,BLACKWING は日本のリアル店舗から撤退し,代理店ともゴタゴタがあったが,現在は再びリアル店舗に復帰し,Amazon Japan でも普通に買えるようになった。
 が,ANGERS は BLACKWING を取り扱っていない。

● BLACKWING は MADE IN JAPAN を表看板にしているが,消しゴムの取付けという最終工程をアメリカでやっているのだから,分類上は MADE IN USA になる。
 BLACKWING 以前から PALOMINO は日本メーカーに生産を委託していたらしいのだが,純正の MADE IN USA 鉛筆の現在事情はどうなっているのか。

● 中華製が席巻しているのかと思っていたのだが,意外にそうでもなさ気なんだよね。“もっと光を” 的状況であろうとは思うんだけど。
 現在,ANGERS にあるアメリカ鉛筆は MUSGRAVE がいくつか。MUSGRAVE は福島市の「ペントノート」にもあって,丸軸の鉛筆を今年の1月に買った。軸の太さはドイツより日本寄り。まだ使うに至っていない。

● こちら(右の写真)は〄付きの頃の(したがって,MADE IN JAPAN だった頃の)トンボ8900。
 本当はね,BLACKWING がどうだ,アメリカの鉛筆がどうだ,今は亡きコーリンやヨットはどうだ,三菱の前身の眞崎大和はこうだ,なんていうノーガキを SNS で垂れ流していないで,こういう鉛筆(三菱9800でも北星9500でもいいわけだが)を淡々かつ粛々と使っていたいんだけどね。

● その境地に至れない。ノーガキを垂れたくなってしまうんだな。
 凡俗の域を抜け出すのは,凡俗の徒には難しいことだ。

2026年5月19日火曜日

2026.05.19 手書きは安価にできる老人向けの趣味

● 宇都宮テラスの休憩コーナー。席がひとつ空いてました。ノートと鉛筆を広げてね。
 随処に主となれば立処皆な真なり。わかったような,わからんような。

● 宇都宮駅ビルの休憩コーナーに移動。市内の高校に通っている女子生徒が何人か勉強していた。
 鉛筆を使ってる子はいないか。女子でもシャープペンかボールペンなんだな。鉛筆の子はいなかった。

● その彼女たちに混じって(向こうは迷惑だったろうが)鉛筆でA6ノートに文字を書きつけた。
 幸せな時間だったと言いたいのだけれども,家の方が落ちつくね。

● 昨日からポケモン Campus を使っている。全9種。3月にメルカリでノートを買いまくる波が来てしまって,そのときに買ったものの一部だ。
 1冊あたり367円の出費になっている。レギュラー Campus の4倍を投じている。ではあっても,1週間で使い切るのだが,1週間たっぷり遊べて367円なのだから安いものだ。
 DAISO や Seria で110円で買えるレギュラー Campus は嘘みたいに安いのだ。こんなに安いものを使わなきゃ損だと思うのだがな。

● 手書きは安価でできて,飽きが来ない。したがって,一生続けられる趣味になる。個人的にはオススメだ。
 誰にも見せるこたはないのだから,誰かに評価されることもない。好き勝手なことを好き勝手に書いていい。多時間消費型だから,毎日が日曜日になった老人組にこそピッタリの趣味になる。退屈からも自由になれる。

● 1日ノートを開いているのだから,1日何もしないで過ごすことになるわけだ。小学生の日記であれば,“特に何もなし” で終るのだが,老人組の場合はそうはならない。
 何もしていなくても,脳は勝手に動くようだ。書くことが枯れることはない。

● 多少は自分と向き合うことになるだろう。自分と会話するというところまではなかなか行けないけれども,頭に浮かんでいることを,その表層だけだとしても,文字にして吐き出すことは,前頭葉への刺激になっているのだと思いたい。
 肝はたくさん書くことだと思っている。上述のとおり,自分と会話するというところまでは辿り着けないのだが,そこに近づくためにはまず量を出すことだ。

● 毎日書いていれば,自ずと日記的雑記のようなものになるはずだが,今日はもうこれ以上書くことはないなとなってから,どれだけ吐き出せるか。
 これで書くことがなくなったというところがスタートライン。そこからどれだけ粘れるか。
 自分と対話するモードに入るのはそこからだ。前頭葉を刺激できるのも,そこからになるだろう。

● そのためには書く量の最低ラインを決めるのがいい。ぼくは1日に4枚(8ページ)書くことに決めている。
 A6で4枚だから大したことはない? いや,けっこう大変ですよ。

● 「モーニングノート」はA4で3ページ書くのがルールらしい。朝起きたらすぐに書き始める。A6ならば12ページになる計算だ。それを出勤前に書いてしまうというのだから,畏れ入る。
 それに比べれば,A6で4枚くらいチョロいものだろうか。チョロいと言える人もいるのだろうが,ぼくにはなかなかの難敵。どうにかこうにかクリアしているが,実際の運用は4枚目にかかればいいとしている。つまり,実質3枚。

● それでも,毎日それを続けるには,“毎日が日曜日” じゃないと辛い。会社に行かなければならない境遇にいたのでは,少なくともぼくにはできない。できれば2時間で片づけたいタスクだなとは思うものの,とてもとても。
 だからこそ,老人組の格好の趣味になるというわけでもある。時間を持て余すという感覚を持たずにすむ。

● それで充分じゃないですか。それが非常に安価でできる。
 その昔は,ノートも鉛筆も一般庶民では持てなかったものでしょう。それが湯水のごとく,水道代よりも安い値段で手に入るのだから,いい時代に生まれ合わせたものだ。ありがたいじゃありませんか。