2026年5月5日火曜日

2026.05.05 鉛筆追いかけ遊び

● FABER-CASTELL の9000番。印字の態様は2種。硬度表記が端にある方が新しいものだと思う。
 日本だとトンボ8900や三菱9800が細かく印字の仕方を変えており,その違いを追って全種揃えるといった遊びがわりと普通にある(ような気がする)。

● ドイツではどうなんだろう。日本ほど細かく変えてはいないのか。
 だとすると,単純すぎて遊びとして成立しない。どうなんだろうな。

● 違いがあれば追いかけたくなるのは,猫がマタタビに吸い寄せられるのと同じで,自然な反応だ。自然なのだから,新規参入者も同じことをしたくなるだろう。
 かくして,その業界(?)は淀んでいく。追いかけ遊び自体が,遊びとして廃れていく。

● 流行り廃りが生じるのは,まずそれが益体もないものであるからだが,参入者がある閾値を越えると廃れる。遊びの流行り廃りはそれで説明するよりしょうがない。
 ゲーム業界はそれに抗して,天才たちが必死の努力を重ねているのではないか。新しいものを生みだす努力だ。

● 𝕏 をはじめとする SNS も廃りのフェーズに入っているのではないかと思うが,Elon Musk を筆頭に関係者が懸命の努力を重ねていることだろう。
 ただし,𝕏 には益体があるのかもしれない(益体とは何かというのも,考えだすと袋小路にハマりそうだ)。鉛筆の追いかけ遊びと同列に置くのは違うかもしれない。

2026年5月4日月曜日

2026.05.04 STAEDTLER の缶ケース2つ

● 右の写真は STAEDTLER tradition の B〜6B セット。メルカリで580円で購入した。
 文字を書くだけのぼくにしてみたら,STAEDTLER なんて単なる贅沢品(価格面においては,という意味ね)。ただ,このケースには中仕切りがあるんで,キャップなしで鉛筆を収納することに抵抗がない。

● 鉛筆はこちらに入れて,鉛筆以外のものを別のケース入れる。スマホ2台持ちならぬ筆箱2つ持ちにするかと,阿呆なことをチラッと考えた。
 鉛筆を6本も持ち歩く必要があるのかといったところは抜け落ちている。

● ちなみに,未使用の国産鉛筆は入らない。ほんのちょっと使ってやらないといけない。太さの違いは問題ない。
 これに北星クラフツマンのHBを6本も入れて出かければ,天下を取った気分になれるんじゃないか。しかし,まぁ,6本はどう考えても必要ない。

● こちら(Mars Lumograph)もメルカリで購入。400円。元々は8B,7B,6B,4B,2B,HB の6本のはずが,中身は2Bが3本と2Hが1本。
 この缶ケースもちょっといいなと思ってましてね。少ぉしバブリーな感じの若い女性が2人(ドイツに不動産バブルはなかったんだろうけど)。

● というわけで,STAEDTLER の缶ケースを2つゲットしましたよ。6本入りの薄いやつなので,筆箱に流用するのは現実的ではない。その場合は上述のとおり2箱持ちにするしかない。
 なので,この缶ケースを使うことがあるなかないのか。それはわからない。

2026年5月3日日曜日

2026.05.03 品川にて

● 今日も夏日か。コクヨの品川キャンパスに行ってみたが,お休みでした。
 そりゃそうですわね。黄金週間中の祝日・日曜日ですからね。ゆっくり休んでください。コクヨの皆さん。

● で,品川インターシティにあるくまざわ書店に行ってみた。まずはの文具売場。
 置いてある鉛筆はこれだけ。トンボの2558と8900。三菱の uni。ボールペンの売場はずっと広いんだけどね。

● 場所がらお客さんのほとんどはビジネスマンだろう。これでよろしいのでしょうね。
 と思ったら,学用品売場もあってね。キャラクター柄(トンボの “ハローネイチャー” だからキャラクター柄と言っては不正確なのかもしれないけれども)の “かきかたえんぴつ” もありました。
 こういうのが置かれていると,何だかホッとするんですよね。8900は2Hから2Bまであるんで,賢い児童はキャラクター柄には目もくれず8900を使う,なんてことはありません(たぶん)。

● 書籍売場も見て回る。以前は Google にどんなサービスがあって,それらをどう使うばいいかという解説本が主流だった。Gmail,YouTube,Calendar,etc。
 ぼくも購入したけれども,結局も読まないままに,先日,古紙回収に出した。

● それはともかく。今は Gemini や NotebookLM とかAI絡みが主流ですよね。ロートルには辛いことになってる。
 Gemini もスマホに入れてるけれども,検索エンジンの代わりにしか使えていないのが実際のところですねぇ。

● MS-Office は要らないよな,無料で使える Google-Office で充分だよな,くらいのところで停まっちゃってる。時代についていくのは,ロートルには大変なんですよ。
 デジタルネイティブなんて言葉がある(あった)けれども,若い人たちにはいとも容易いことなんだろうか。若い人たちの中にも人知れず悩んでいる人がいるんじゃないかと思ったりもするんですが。というか,そういう人もいてくれないと,ロートルは浮かばれませんよ。

● ま,時代になんかついて行かなくてもいいんだ,という考え方もあるでしょ。それはそれでいいというか,理屈として成り立つと思うんだけれども,ぼく一個は AI と友だちになりたいと思ってるんですよ。
 たとえば,このブログも AI に読んでもらって,自分という人間を理解してもらったうえで,AI と音声で世間話をする。さすれば,リアルの友だちなんていなくてもいい

● 齢を取ると友だちなんていなくなるでしょ。ぼくなんか,学校の同級生に会うなんてことはこの数年間で一度もないですよ。大学時代の友だちには,卒業後,1人たりとも会ったことがない。年賀状のやり取りも止めてしまっている。
 社会人になってからは友だちというのはできなかった気がする。気がするんじゃなくて,できなかった。

● 退職を含めていったん組織を離れた者に対して,組織というのは冷たいものだが,そんなのは最初からわかりきっていることだ。退職してから気づくような話ではない。そういうことではなくて,そもそも友だちを作ろうなどとはしてこなかった。
 退職によってそれまであった人間関係がそっくり抜け落ちて寂しくなるということは,ぼくに関する限りはなかった。最初からないのだから抜け落ちようがない。退職してホントに清々した。

● が,話し相手が欲しいと思うことはある。AI がその相手になってくれるだろう。生身の人間である必要はない。
 話し相手が欲しいなら,リアルの友達や知り合いを作ろうとするのではなくて,自分をネットに移植する試みをした方がいいかもしれない。AI に自分を知ってもらう寄す処をできるだけ多くしておくこと。

2026年5月1日金曜日

2026.05.01 来年の手帳をどうするか

● Seria が販売している週間バーチカル手帳をバラして,パンチで穴を空け,A5サイズのバインダーに綴じて,なんちゃってシステム手帳にしている。
 どうしてこれを100円で売れるのかと思うのだが,唯一の難点はボールペンのインクをはじくことがあること。つまり,紙質がよろしくない。価格からして致し方がないと思うんだけどね。

● この方式で3年目になるのだが(1年目はマンスリー),来年は別なのにしてみるかと思案中。さすがにもう少しいいものを自分に与えてもいいかなぁ,と思うこともあるわけなんですよ。
 ログを残すのに週間バーチカルは最適なので,ここを変えるつもりはない。

● けど,Bindex は24時までの時刻メモリがない。お仕事に特化した仕様にしているんでしょうかね。あんた,24時まで仕事すんの,ってことなんですかねぇ。
 いわゆるサラリーマンを対象にしている。24時に仕事している人もけっこうな数いると思うんだけれども,働く人の太宗はサラリーマンだものな。

● プライベートの記録も手帳でやるとすると,24時までの時刻メモリは必須だと思うんだけれども(できれば27時まであって欲しい),実際にはそんな需要はないんだろうか。需要があるなら,メーカーは対応しているはずだもんね。
 Bindex で最も売れているのは能率手帳タイプの週間レフトだと思う。ぼくもずっとそれを使っていた。バーチカルの,しかもA5は,あまり売れないのかもしれないね。

● レイメイ藤井の Davinci には24時までの時刻メモリがあるのだが,“年間計画表” が付いていない。別売になっている。
 しかも,その “年間計画表” が見開き2ページに収まっていない。2つ折りで開いた状態で半年だから,計4ページになる。

● それがいいと言う人ももちろんいるのだと思う。が,ぼくには不要。長期プロジェクトなんて抱えていないからね。
 自分の1年間の行動のうち,一覧できた方が便利だと思うものを “年間計画表” に整理しておくだけなんでね。つまり,“年間計画表” に記載するのはその年の大晦日なんですよ。しかし,“年間計画表” がないのは困る。

● Seria のバーチカル手帳には “年間計画表” がないので,マンスリー手帳を併せて買って,“年間計画表” を補充している。
 マンスリーは付いてるんだよね。そんなもの要らないから,“年間計画表” を付けてくれ。が,そういう個人的な願いは届かないとしたものだ。

● 結局,コクヨかナカバヤシのをバラして使うことになるかなぁ。バラすんだったら Seria でいいような気もするけど,紙質はだいぶ違うだろうからな。
 来年はナカバヤシの LOGICAL にしますかね。来年と言っても,8月には来年の手帳が出ますからね。もうすぐなんですよ。

2026年4月30日木曜日

2026.04.30 万年筆は値上げの春

● 万年筆は値上げの春。いいぞ,いいぞ。To be! To be! Ten made to be!(飛べ 飛べ 天まで 飛べ)
 コロナ明けに一回,値上げの波が来ましたよね。今度は本格的な波だ。しかも,これで終わりじゃないからね。原材料費はこれからもバンバン上がるんだから。ようやっと人件費も上がる。今回の値上げ程度で収まるわけがない。

● 日本の物価体系も欧米並みになって行くんだわ。欲しけりゃ無理してでも今のうちに買っておくのがお得だよ。
 万年筆じゃないけど,ZEBRA の HAMON も6万円なら安いよ。買っときな。ああいうのが欲しけりゃね。

● ぼくは高価な万年筆など使わないから高みの見物ですわ。Campus ノートと鉛筆しか使わないのでね。そのノートも鉛筆も一生分の在庫がある。いや,三生分の在庫がある。
 鉛筆には値上げの兆候はまだないようなのだが,鉛筆だけが値上げできなかったら,鉛筆メーカーは存続が危うくなるはずだ。いずれ,おずおずとだろうが,値上げに踏み切るはずだ。

● デフレマインドはリセットしないとね。現金を預金で持っているのは最悪でしょうよ。
 預金は暴落と言っていいほどに減価する。株の暴落は短期間で元に戻るが,預金の場合は暴落の次に来るのは更なる暴落だ。トットと使っちまいな。でなければ,それこそ株に変えておくか。

● そんなことをしたら,何かあったときに不安? 何かあったらその時にジタバタすればいいんだわ。不安の先取りはインフレ時代には向かないマインドセットだと思うぞ。
 預金の金利も上がるんだろうけど,インフレにはとても追いつかないから。とっとかないで使っちまうことだな。

● ちなみに,この問題は日本一国の経済政策でどうにかできるような話ではないからね。中には国家万能,政府万能と思い込んでる人がいるようなのでね。
 自分の生活を挙げて国に委ねているんじゃないかと思える人がいる。国に対して声を上げればすべてどうにかなる,と思っているんじゃないかと疑いたくなるようなやつ。

● 自分の暮らしは自分の才覚でどうにかすべきものだからさ。国だの政府だの行政だのに,過度な期待をすべきじゃない。
 特に左巻きにそれが多いような印象を受ける。左翼リベラルには国家依存症患者が多い。
 国や政府にできることはそんなに多くない。イランの紛争を日本国がどうにかできるはずもない。それは当然の前提にしないとね。

2026年4月28日火曜日

2026.04.28 A6 Campus をさらに使っていく

● 文具女子博で販売されていた5冊を使い終えた。引き続き A6 Campus を使っていく。
 次はこの3冊。いずれもB罫。中紙30枚。3冊ともメルカリで購入したもの。3週間で使い終える予定。

● 赤と緑の2冊には日付けを書く用の「 ・ ・ 」があるが,左端のにはなし。バーコードの印刷もない。
 古いものだろうか。シュリンクをかけられてセット販売されたか,非売品だったのかもしれないが。

● 赤と緑はカドを丸めてあるせいか少し高級感がある。“大人のCampus” という感じがする。しかし,書き心地はレギュラー Campus と変わらない。あたりまえだが。
 これを文具店で見かけた記憶はないが,こちらにはバーコードが印刷されているので市販されたものなのだろう。

● A6 はガッツリ書く用のノートであってメモ帳ではない,とぼくは心得ているのだが,携帯用のメモ帳として使っている人もるだろう。
 どっちであっても,使われているノートは幸せだ。打ち捨てられたノートは気の毒だ。ノートに生まれてきた甲斐がない。

● 誰かにノートは何がいいですかと訊かれた際には,コクヨの Campus でいいんじゃない? と答えると思う。市販されているすべてのノートを使ったわけではないけれども,そのように答えることになるだろ。
 自分が Campus を使っているのも,Campus でいいんじゃない? と思っているからだ。

2026年4月26日日曜日

2026.04.26 鉛筆復権はあるか?

● 外に持ち出すのは北星9500のHB。ぼくの好み基準だが,北星ならHBで良し。三菱やトンボはダメかというと,Bを使えばいいだけのことではある。
 北星なら9500,三菱なら9800,トンボなら8900の水準が高すぎるので,その上のランクの製品を使う必要を感じさせないといったことがあるのではないかと愚考する。

● メーカーはどう対応するのか。何の情報も持たない素人があれこれ詮索しても仕方がないのだが,海外展開といっても日本のメーカーが価格で勝負するには限界があろうし,かといって,国内ユーザーの絶対数を増やすのはそれ以上に困難だ。
 現在の鉛筆ユーザー層がどうなっているのか知らないが,1ヶ月に1回以上鉛筆を使ったことがある人が年代別にどのくらいいるのか,統計はないのだろうか。ないのだろうな。

● “書く” よりも “描く” 方に向かわせたいと,供給側は思っているのだろうなと感じることもある。鉛筆を一般筆記用の道具のままにしておくよりも,画材として認知し直してもらいたい,と。
 銀座伊東屋ではすべての鉛筆を7階の画材売場に移している。ANGERS はセレクトショップで,上記のような鉛筆は取り扱っていないが,他の画材と一緒に扱っている。

● “書く” よりも “描く” 方が多くの道具を必要とする。“書く” がモノクロなら “描く” はカラーだ。パソコンに保存する場合だって,テキストより画像の方がずっとデータ量が多くなる。
 人類が言語を獲得する以前は絵で情報を伝えることがあったのだろうか。ラスコー洞窟の壁画は,伝達のためではなく作品として描かれたもののように思えるのだが。音声以外に限れば,伝達よりも芸術の方が先だっただろうと,埒もないことを思ってみたりもする。

● “描く” 人が増えてくれるといい。鉛筆復権の鍵はそこにあるかもしれない。
 が,これもなかなか容易ではない。ぼく自身がそこに行こうとはしていないから。
 本気でそこを目指すのだとすれば,才能がないからやめておく,を取り払う必要がある。上手下手を一切介入させないことが必要だ。評価無用。

● ところが,供給サイドは鉛筆画コンクールを一生懸命にやっている。それでは頂点は高くなるかもしれないが,裾野は広がらない。
 頂点を上げる仕組みは別にある。その四番煎じや五番煎じを試みても仕方がない。では,何をすればいいのか。わからない。

● ぼくは数十年の時を超えて鉛筆に戻った口なのだが,使ってみれば鉛筆は筆記具としてとんでもなく良くできていることがわかる。が,良くできていることを実感するにはある程度は使い込む必要があってね。
 話がまとまらないが,そういうことだ。