2026年3月27日金曜日

2026.03.27 消費者は騙されない

● 現在は主に Hi-uni のBを使っているのだが,日本の鉛筆を代表するものといえば,トンボ8900と三菱9800だろう(トンボは MADE IN VIETNAM になって久しいが)。なので,時々,Hi-uni を離れて,この2つを使ってみることがある。
 この2つが長く多くの人たちに使われてきて,現在も使われているのは,理由があってのことなのに違いない。

● 自分がその理由を知覚できなくても,長年にわたり多くの人に支持されてきたものには必ず理由があると思っている。
 「少数を長く騙すことはできる。多数を一時的に騙すこともできる。しかし,大勢を長いこと騙し続けることはできない」というのはリンカーンの言葉らしいが,ぼくはそれを真だと思っている(思いたいというのが本当のところだけどね)。多くの消費者が長く騙されるはずがない。

● 実際にこの2つを使ってみると,Hi-uni である必要はないなと思う。三菱9800かトンボ8900で全然OKだ。
 一般筆記に使うなら,この2つのどちらを使っても,間然するところはないだろう。快適に筆記できる。

● ちなみに,今は亡き太陽鉛筆の8000と比べてみる。格別,差異があるとは思えない。しかし,太陽は消えて,トンボは残った。
 初期値のわずかな違いが結果を大きく変えるという,複雑系の世界ではよくあることに過ぎないのだろう。その初期値の違いというのは,志や覚悟だったのかもしれないし,創業の時期だったのかもしれない。

(● しかし,わずかに8900の方がいいような気がする。たとえば,滑らかさにおいて8900が髪の毛1本ほど勝っている。少なくとも,速書きに向くのは8900の方だと思う。
 当時の太陽8000と現行品のトンボ8900を比べるのはフェアではないかもしれないが。)

● ぼくの一推しは三菱9800でもトンボ8900でもなく,北星9500なのだが,市場は三菱とトンボの寡占状況にある。今後,逆転することは考えづらい(あるかもしれないが)。
 ぼくはそれを歯痒く思うものだが,しかし,それでも三菱とトンボが市場の大部分を押さえているのは,消費者が騙されているからだとは考えない。

2026年3月26日木曜日

2026.03.26 鉛筆をギリギリまで使うことにこだわるのは?

● Hi-uni B を鋭意使用中。硬度表記のところまでは使いたいんだよね。あとひと息。
 なんでそんなところにこだわるかというと,ケチだからでしょうね。とことん使わないと損だという。

● 鉛筆はどういうわけか,短くなってからが,先が長くなる。この数ミリは使いでがあるんですよ。心理的な錯覚かもしれないんだけどね。

● 上記から1日経過。完全に硬度表記の部分まで使い切れたわけではないのだけれども,このあたりでよかろう。もちろん,補助軸を装着して使っているのだが,これ以上はちょっと。
 軸もだいぶ水平に削れるようになったな。そのために彫刻刀を買ったりしたんだけれども,普通にカッターを使うのが吉。

● しかぁし。鉛筆の書き味は,鉛筆削りで作られる三角錐の形が最もよろしい。滑らかさが違う。
 鉛筆の軸は芯を保護して,持ちやすい形にしているだけじゃないんだな。他にも,いくつかの働きがあるんだろう。そのすべてを知覚できるユーザーはたぶんいないだろうね。

● でも,この Hi-uni,メルカリで使いかけのを買ったものなんですよ。左の写真は前所有者の削り方。
 この角度は手回し式の削り器だろうかなとか,芯はこれくらいになるまで使ったのかとか,前所有者の使いぶりを想像できて面白い。古本に書かれたメモを読むようなものですかね。

● おそらく,受験生のとき,勉強するのに使ってたんだろう思うんですよ。現在は社会人になられているようなんだけど。
 Hi-uni で勉強してたのか,豪勢でもあり堅実でもあるなぁ,と思ったりね。使いかけ鉛筆は妄想を刺激してくれて,楽しいですわ。

● 前所有者とつながったような気になるんだよね。もちろん,これも錯覚なんだけども。前所有者が途中まで使った鉛筆を使っているからといって,前所有者とつながれるはずがない。
 それはそうなんだけれども,人の感覚というのは些細なことで右に揺れたり左に揺れたりするものですよね。

2026年3月22日日曜日

2026.03.22 名探偵コナンの文具とグッズ

● 名探偵コナン文具とグッズをいくつかメルカリでポチった。以前,シールをまとめてポチったことがあった(測量野帳の表紙に貼っている)が,それ以来のコナンブームが起きてしまった。
 まず,A6ノートが届いた。「ひ さ し ぶ り だ な シ ェ リ ィ ィ ィ」の絵柄。中紙24枚。罫線はこの世で最も役立たずの5㎜方眼。

● 次はこれ。“名探偵コナン 放送30周年記念コナン展 水彩ポストカード” というものらしい。2,999円で手に入れた。
 水彩というだけで乙女チック。絵柄もそうだけど。

● でもって,こうして Campus の透明カバーに挟んで悦に入る。アートに親しむ。
 ので,ノートカバーはビニール製の透明のやつに限るわけです。革製のカバーをかけて高級品を装うなんてのは,頭の毛が3本足りないやつがやることです。昔のぼくがそうでした。

● もう1枚ポチってた。この1枚に999円を叩いたんですけどね。衝動買いでした。アホでした。
 けど,この安室さんのたたずまい,なかなかいいですよねぇ。

● あと,こんなのも買いましてん。パスポートサイズのノートが欲しいよ,と。無印も販売やめちゃったじゃないですか。
 真ん中の小さいのがパスポートサイズなんですが,中は全部こうなっててね。スタンプノートにしかなりませんわ。結局,ハズレでした。

● コナンのアクスタ,3種。これは文具か?
 けど,わしの好みはこっちの方ですけぇ。第1章で死んじゃったけど,「鬼滅の刃」のしのぶちゃん。

2026年3月21日土曜日

2026.03.21 旅する◯◯

● トラベラーズノートという偉大な先駆者のあと,コクヨが “旅する野帳” を出し,デルフォニクスが “旅するロルバーン” を出したのは知ってたんだけども,MARK'S も “旅する EDit” を出してたのか。
 が,ここまで細かく書式を決めてしまうと,かえって使いづらいかもしれんな。

● トラベラーズノートは,旅するように日常を生きようという主題に沿ったものだから,旅行に持って行くためのノートというより,日常で使うためのノートだろう。
 “旅する◯◯” と一緒に並べてはいけないものかもしれない。

● 旅するように日常を生きる,というトラベラーズノートのテーゼを良しとし,それを実践しようとするならば,旅だからといって日常使っていないものを用意するのは,よくても次善。
 普段使ってるノートをそのまま “旅する◯◯” にすればいいんだと思いますよ。ぼくの場合だったら “旅する Campus”。

● もっと言うと,旅をあまり特別なものにしてはいけないのかもしれない。だって,毎日,旅するように生きているんだから。旅は日常の延長に過ぎないはずだものね。
 旅ノートも日常で使っているのをそのまま持参すればいいわけですよ。そういう理屈になる。

● しかし。旅するように日常を生きられる人なんて,実際にはいない。旅はやはり非日常のもの。
 その非日常にかこつけて “旅する◯◯” と銘打てば,そこそこ売れるんでしょうね。“旅” というのは,メーカーにとっても魅力的なワードなんでしょうねぇ。

2026年3月20日金曜日

2026.03.20 メルカリでいくつかのノートを

● コクヨの “帳簿用紙” を使ったA5ノート。中紙は70枚。B罫29行。メルカリで1,000円だったのでポチってしまった。メルカリ断ち,全然できていない。
 謹んで使わせていただきます。今年から始めた5年連用日記に充てる。今後5年間のノートはもう決まっている。即ち,使い始めるのは5年後。
 ところが,これ,前にも1冊買っていたんでした。それも仕舞い込んだまま,全然使ってない。

● こんなのが届きました。何でしょう?
 はい,ノートです。上が表紙,右が表紙をめくったところ,左が裏表紙。A4変型,中紙70枚,8㎜横罫。
 閉じて置いておけば,IBM時代の Think Pad にしか見えません。りょうちゃんがCMしてた頃の “大人の翼” にしか見えない。よくできてますわ。

● ニューヨークタイムズの写真をあしらったノート。1897年のフィフス・アベニューと1953年のリーディングルーム。
 判型はA6より小さく,モレスキンポケットより大きい。中紙は64枚。B罫19行。ただし,MADE IN CHINA。メルカリで1,500円で購入。

● メルカリで見かけた瞬間に欲しいと思った。ので,すぐにポチった。
 たいていの場合にそうなのだが,現物が届くとそれだけで気がすんでしまって,サッと冷める。幼児が泣いて欲しがったオモチャを買ってもらっても,すぐに飽きてしまって次を欲しがるから際限がない,と大人は嘆くけれども,大人も同じことだ。誰しも身に覚えがあるだろう。

● 昔の写真は,自分が生まれる前のものなのに,郷愁をそそる。その郷愁に誘われるがままになっていてはいけないと思う。古いものには古いというだけで風情が付く。今の方がずっと快適なはずだが。風情の罠にハマるまいぞ。
 かと言って,闇雲に抗うのもつまらない。テキトーに付き合えばよろしい。

● 昔の写真に郷愁を感じるのは,自分の先祖が通ってきた道だからだろうか。まちがいなく,かつて存在したものだと確信できるからだろうか。
 未来はあやふやだが,過去は確定している。そこに安心感を持つんだろうか。


(追記 2026.03.23)

● 「est アンのノートブック」。花王がノベルティで購入者に配ったものですかね。非売品。
 A5。A罫23行。中紙は8枚折丁を6つ重ねた48枚。スピン付き。日本製。

● Nobody is ever too old to dream. And dreams never grow old. と右ページに印刷されている。『赤毛のアン』の有名な台詞なんですか?
 年寄りには励ましになる言葉ですな。が,多くの場合,齢を取ると夢を描かなくなる。やっぱりアレですか。前頭葉が萎縮したからですか。男性ホルモンが分泌されなくなったからですか。それとも,夢をすべて実現させて,悠々自適の老齢ライフを送っているからですか。

● うるし紙ノート。表紙がうるし紙ね。これは大正製薬のノベルティ。デザインは日本でやっているが,製造は中華。
 中紙サイズはA6。80枚。スピン付き。A罫16行。

● こんな頁デザインになっている。B5やA4なら Campus にもこんなのがあったと思うのだが,A6でこれはどうなんだ?
 A6 Campus ではこれはなかったと思う。中華コクヨ(国誉商业(上海)有限公司)の製品にはあるんだけれども。

● 勉強するのにA6を使う人はあまりいないだろうから,この頁デザインは無駄が多すぎる。足枷をかけられた気分になるんだな。
 単純罫線のみがいいな。見出し行も通常行として使うことにするか。

● 保存箱(Seria の「仕切りボックス深型」)にギリギリ収まるので,Campus と同じ並び(使い方)で使える。

2026年3月18日水曜日

2026.03.18 また,福田屋宇都宮店内で文具店巡り

● まず,上野文具。やっぱりね,入学・進学セールの文具に目が行くんですよ。入学・進学と言っても,メインは小学生の新入学がメインターゲット。
 誰かこのセット(鉛筆,消しゴム,鉛筆キャップ,筆箱)をぼくに買ってくれないかな。自分で買うのはさすがに抵抗があるんでさ。

● 少子化で新入学生もかつてと比べると激減しているわけだから,捌ける数量も激減しているはずだ。その分,単価を上げたい。
 できれば,入学祝いとして購入してもらいたい。自分や身内のために買うときはシブチンでも,贈答品なら財布の紐を緩めてもらえる。

● 結婚式や葬儀は小規模でジミなものになりつつあると聞くが(すこぶる真っ当でいいことだと思う),贈答文化というのはどうなっているのだろう。
 ぼくに関して言えば,親戚や兄弟つきあいはほぼゼロになっているのだが,上流の皆さんはどうなんだろうかな。

● 次に LoFt。先日,ハンズでも見かけたのだが,EDit のA6ノートに目が行った。「手を動かせば,心が軽くなる。思考が動き出す。」
 まぁね,たしかにそういうことはありますかね。手ではなくても身体を動かしてみるといいんでしょうね。本当に滅入っているときにそれができれば苦労はないよ,って声も聞こえて来ますけどね。

● 横罫A6 を1冊買ってみました。A罫18行。中紙80枚。770円。80枚にしては薄い。手帳用紙を使っているとあるが,ほぼ日のようなトモエリバーではない。
 書き味は良さげ。使うのはしばらく先。早くても来年。たぶん再来年以降になる。

● もうひとつ,こんなのも。サンリオのメッセージカードなんだけども,これをカードとして使う人がいるのか。いるんだろうな。女子界の贈答文化はぼくには窺い知れないところがある。
 あと1週間もすればリアルの桜が咲き出しますかね。

2026年3月15日日曜日

2026.03.15 A6 Campus 派

● ぼくはA6ノート派。勉強(インプット)のためのノートではなく,自分の中にあるものを吐き出す(アウトプット)ためのノートだから,A6が適当と思っている。

● ハンズや LoFt,丸善に行くとあまたのノートがあるわけだが,Campus から動くことはない。定番の強さだな。
 使っていて不満は何もないし,安い。百均でもコンビニでも買える入手容易性。最も多く使われているノートだから他と差別化はできないが,使っているノートで尖がってみても仕方がない。

● Campus のイメージは堅実ということになるだろうか。ノートであることに徹している。化粧っ気はなし。
 さぁ皆さん,勉強に使ってくださいね,これなら惜しげもなく使えるでしょ,何度書き直してもヘタったりしませんよ,色気はないかもしれないけれども中身ではどこにも負けませんよ,使い倒してくださいね,と語りかけてくるようだ。

● 丈夫で使い減りしない。安価だから雑に扱っても気にならない。雑に扱えることは,ノートに限らず,文具の最も大切なことだと思う。
 勉強に使うのであれ,仕事に使うのであれ,ぼくのように好きで使っているのであれ,雑に扱えてこそ文具だ。わざわざ乱暴に扱う人はいないと思うが,取扱いに注意を払わなければならないような文具では,書くことに没入できないだろう。取扱いに気を取られれば,その分,そこにリソースを喰われるわけだから。

● 雑に使えるために文具に備えてもらいたい要件は2つ。安価であることと丈夫であることだ。上記のとおり,Campus はこの2つをほぼ完璧に満たしている。
 ぼくらは,筆記具を使うときに,古典的な筆記シーンを思い浮かべてしまいがちなのではないか。重厚な雰囲気の書斎。重厚な椅子に座って,重厚な机に向かっている。マホガニーの一枚板で造られた机だ。机のうえには何も置かれておらず,背中の向こうには造りつけの書棚があって,重厚なハードカバーの本がズラリと並んでいる。
 そういうところで,紙のうえにペンを走らせる。そういうイメージだ。それは貴族的な暮らし,上流階級への憧れを含むかもしれない。

● そのイメージに毒されてはいけないと思う。ぼくらはそんな時代に生きていないし,おそらく幸いなことに,貴族や上流階級には生まれて来なかった。
 書くこと自体がもっとカジュアルなものになった。カジュアルでよろしいのだ。散歩に行くのにスーツを着て革靴を履いたのではおかしいだろう。
 筆記もそうなっている。あまりに重厚であってはある種のアナクロニズムをまとうことになってしまう。

● ただし,文具店やコンビニでいつでも買えるレギュラー Campus ではない,限定柄の表紙のものを買ったりはしている。表紙の絵柄が違っているだけで,中身は同じなのだから,使い勝手はレギュラー Campus 同じなのは当然。
 なのになぜ何倍かのお金を出して,表紙が違うだけの Campus を買っているのか。

● しかも,今使ってるのは,メルカリで5回もポチって,5冊も買っているのだ。限定柄は1冊でいいじゃないか,1冊で。
 限定表紙のノートを使うメリットは,𝕏 のネタにできるという程度のもの。ネタにできたからといって,それがナンボのもんじゃいということなのだが,性懲りもなくまた何か買おうかと思ってたりする。限定柄の表紙だというだけでなんで買ってしまうかねぇ。

● 多少,目先が変わるということがあって,その目先が変わることが同じものを使い続ける飽きを紛らわせてくれる,ということか。
 いや,それってけっこう大きいのかもしれない。それでも同じ柄を5冊も買うことはなかったな。5冊も同じものを使ったのでは,目先を紛らわせる効果も減殺するというものだ。

● レギュラー Campus より高いといっても,価格は知れているというのもある。問題にするほどのものではない。
 だったらいろんな絵柄の表紙の Campus を使ってみようかい,となるというわけか。

● 自分のことを他人事のように言っているけれども,ぼくはレギュラー Campus を使い続けることを理想と考えているのだ。限定表紙なぞに惹かれてチャラチャラと使っているなんて図は,メーカーの掌で転がされているようなものだ。
 といっても,メーカーにも儲けてもらわないと困るわけだが。ロットの小さな限定表紙では,価格を倍にしたくらいでは儲けにつながらないかもしれない。

● 悪い意味で幼いと思ってしまう。そんなのは女子供(使ってはいけない言葉)のやることだという思いがある。
 なぜ,レギュラー Campus に安住できないのか。

● が,以上は頭が考えていることであって,身体(あるいは,手)はいろんな表紙の Campus を使いたがっている。
 こういう場合,頭を優先させてレギュラー Campus で統一するのが得策なのか。たぶん,身体(手)のワガママを聞いてやるのが正解なのか。

● 大した額ではないことを身体も知っているから,ワガママを言っているのだ。この程度のワガママは認めてやったらどうなんだ,オレの頭よ。
 それを認めてくれると,自分が今までやってきたことが正当化されて,オレも楽になるんだよ。