● ぼくはA6ノート派。勉強(インプット)のためのノートではなく,自分の中にあるものを吐き出す(アウトプット)ためのノートだから,A6が適当と思っている。
● ハンズや LoFt,丸善に行くとあまたのノートがあるわけだが,Campus から動くことはない。定番の強さだな。
使っていて不満は何もないし,安い。百均でもコンビニでも買える入手容易性。最も多く使われているノートだから他と差別化はできないが,使っているノートで尖がってみても仕方がない。
● Campus のイメージは堅実ということになるだろうか。ノートであることに徹している。化粧っ気はなし。
さぁ皆さん,勉強に使ってくださいね,これなら惜しげもなく使えるでしょ,何度書き直してもヘタったりしませんよ,色気はないかもしれないけれども中身ではどこにも負けませんよ,使い倒してくださいね,と語りかけてくるようだ。
● 丈夫で使い減りしない。安価だから雑に扱っても気にならない。雑に扱えることは,ノートに限らず,文具の最も大切なことだと思う。
勉強に使うのであれ,仕事に使うのであれ,ぼくのように好きで使っているのであれ,雑に扱えてこそ文具だ。わざわざ乱暴に扱う人はいないと思うが,取扱いに注意を払わなければならないような文具では,書くことに没入できないだろう。取扱いに気を取られれば,その分,そこにリソースを喰われるわけだから。
● 雑に使えるために文具に備えてもらいたい要件は2つ。安価であることと丈夫であることだ。上記のとおり,Campus はこの2つをほぼ完璧に満たしている。
ぼくらは,筆記具を使うときに,古典的な筆記シーンを思い浮かべてしまいがちなのではないか。重厚な雰囲気の書斎。重厚な椅子に座って,重厚な机に向かっている。マホガニーの一枚板で造られた机だ。机のうえには何も置かれておらず,背中の向こうには造りつけの書棚があって,重厚なハードカバーの本がズラリと並んでいる。
そういうところで,紙のうえにペンを走らせる。そういうイメージだ。それは貴族的な暮らし,上流階級への憧れを含むかもしれない。
● そのイメージに毒されてはいけないと思う。ぼくらはそんな時代に生きていないし,おそらく幸いなことに,貴族や上流階級には生まれて来なかった。
書くこと自体がもっとカジュアルなものになった。カジュアルでよろしいのだ。散歩に行くのにスーツを着て革靴を履いたのではおかしいだろう。
筆記もそうなっている。あまりに重厚であってはある種のアナクロニズムをまとうことになってしまう。
● ただし,文具店やコンビニでいつでも買えるレギュラー Campus ではない,限定柄の表紙のものを買ったりはしている。表紙の絵柄が違っているだけで,中身は同じなのだから,使い勝手はレギュラー Campus 同じなのは当然。
なのになぜ何倍かのお金を出して,表紙が違うだけの Campus を買っているのか。
● しかも,今使ってるのは,メルカリで5回もポチって,
5冊も買っているのだ。限定柄は1冊でいいじゃないか,1冊で。
限定表紙のノートを使うメリットは,𝕏 のネタにできるという程度のもの。ネタにできたからといって,それがナンボのもんじゃいということなのだが,性懲りもなくまた何か買おうかと思ってたりする。限定柄の表紙だというだけでなんで買ってしまうかねぇ。
● 多少,目先が変わるということがあって,その目先が変わることが同じものを使い続ける飽きを紛らわせてくれる,ということか。
いや,それってけっこう大きいのかもしれない。それでも同じ柄を5冊も買うことはなかったな。5冊も同じものを使ったのでは,目先を紛らわせる効果も減殺するというものだ。
● レギュラー Campus より高いといっても,価格は知れているというのもある。問題にするほどのものではない。
だったらいろんな絵柄の表紙の Campus を使ってみようかい,となるというわけか。
● 自分のことを他人事のように言っているけれども,ぼくはレギュラー Campus を使い続けることを理想と考えているのだ。限定表紙なぞに惹かれてチャラチャラと使っているなんて図は,メーカーの掌で転がされているようなものだ。
といっても,メーカーにも儲けてもらわないと困るわけだが。ロットの小さな限定表紙では,価格を倍にしたくらいでは儲けにつながらないかもしれない。
● 悪い意味で幼いと思ってしまう。そんなのは女子供(使ってはいけない言葉)のやることだという思いがある。
なぜ,レギュラー Campus に安住できないのか。
● が,以上は頭が考えていることであって,身体(あるいは,手)はいろんな表紙の Campus を使いたがっている。
こういう場合,頭を優先させてレギュラー Campus で統一するのが得策なのか。たぶん,身体(手)のワガママを聞いてやるのが正解なのか。
● 大した額ではないことを身体も知っているから,ワガママを言っているのだ。この程度のワガママは認めてやったらどうなんだ,オレの頭よ。
それを認めてくれると,自分が今までやってきたことが正当化されて,オレも楽になるんだよ。