2019年7月31日水曜日

2019.07.31 測量野帳60周年

● 人気の測量野帳。ぼくはSKETCHから入って,LEVELに移行した。縦線は無視して,普通の横罫ノートのように使う。
 TRANSITも同じように使えるんだけど,横罫の幅が7mm。A罫になる。自分的にはA罫ではちょっと幅広すぎる。結局,B罫相当のLEVELがぴったり。

● 「測量野帳60周年限定ボックス」が出た。っていうか,とっくに出ている。先行販売に期待して県内の文具店をいくつか回ったんだけど,ぼくの知る限り,栃木県内で先行販売に対応したところはない。
 そういうのはやっぱり首都圏と大阪圏になるんですかね。でも,今ならAmazonでポチッとすれば買えちゃう。

● ただね,限定版の野帳に興味があるわけじゃない。限定版をコレクションする趣味もない。野帳は普通のLEVELをがんがん使っていきたい。
 欲しいのはカバーだけなんだよね。ほぼ日手帳でいうと,カバー オン カバー的なものなんでしょ。
このカバーを野帳に装着すると,チケットなんかを挟んでおける。トラベラーズノート的な使い方をしやすくなる。
 思うに,「トラベラーズノート」よりも野帳の方がアクテイブにトラベラーズノート的に使えるんじゃないかと思うんですよね。「トラベラーズノート」って環境が整っていないと(つまり,デスクやテーブルがないと)書きづらくないですか。

● 測量野帳はその名のとおり,野外で使われることを想定している。ワイルドな使用に耐えるだろう。
 先に,カバーを装着するとチケットを挟んでおけると言ったんだけども,カバーなんかなくても挟んでおけるんだよね。野帳にチケットを挟んで閉じて,そこに輪ゴムをかけておけばいいんだから。
 クリアカバーをかけてお洒落(?)にというより,輪ゴムを使うラフな使い方が,野帳には相応しいような気がする。

● しかし,ま,カバーはほしい。カバーを付けて,野帳をいっそうトラベラーズノート的に使いたい。どうしようか。ポチッと行っちゃうか,カバーだけ買うか。
 そのクリアカバーもさほどに使うことはないなってこともわかっているんですよ。なぜなら,測量野帳をそんなには使わないだろうからだ。

● 野帳はトラベラーズノート的に使うのにいいはずだけど,SYSTEMICに装着することによって,Campusでも同じ使い勝手を確保できると思っているんですよ。
 だったら,40枚の測量野帳より48枚のA6Campusかなと思っていて。

2019年7月30日火曜日

2019.07.30 能率手帳ゴールドは大衆のもの?

● インスタで文具の写真を眺めるのが好きだ。トラベラーズノートと測量野帳が特に面白いと思っていたが,見解を改める。インスタでは能率手帳ゴールドが最も面白い。
 まず,経営者やエグゼクティブとは縁のない,有象無象がゴールドのユーザーであること。固定観念を取り除いてもらえる。

● これ,俺が使ってもいいものなんだという発見。あたりまえなんだけどね。資本主義市場というか,自由なマーケットがあるんだからね。5,400円を払えば, Amazonが届けてくれるわけですよ。ものを言うのはカネであって,個人的な属性ではない。
 それはそうなんだけども,ゴールドですよ。ぼくは自分が使ってはいけないものだと思っていた。が,インスタに嬉々として写真をあげている有象無象ユーザーたちは,端からそんな事大主義には囚われていない。その自在さがまず面白かった。

● 能率手帳って出始めた頃には大版のイメージがあったらしい。が,今では小型手帳に分類される。小型で見開き2ページに1週間を載せなければならない。何を書いて何を書かないかを考えなければならないビジネスマン(ウーマン)もいるだろう。
 が,インスタにあがっているのを見る限りでは,“描く”と“貼る”でカラフルにっていう使い方なんですよね。普通の女子の使い方っていうかさ。

● それをやるのにゴールドかぁと,ぼくなんぞは思ってしまうんですよ。ゴールドじゃない方の能率手帳でいいじゃん。
 しかし,そのあたりがどうもぼくなんぞが墜ちやすい固定観念なんでしょうなぁ。ゴールドじゃない方の能率手帳だって1,200円するのだ。だったら,ゴールドの方が安いじゃん,っていうのも成立しそうだ。使いたいものを使うのに理屈必要? っていう話でもある。その闊達さ,ぼくも欲しい。

● “描く”も“貼る”も能率手帳の判型では狭すぎるのではと思うんだけど,狭い分だけぎっしり感が強くなる。要らないところは削ぎ落として,残ったものがギュッと圧縮されて残った感じ。
 しかも,それにカットが添えられたりしててカラフル。圧縮感とカラフルの両立。

● しかしだね,能率手帳ゴールドは普通に大衆のものだったんだねぇ。っていうかさ,今の日本には富裕層しか使っていないもの,大衆しか使っていないもの,っていう区別は成立しないよね。社長しか使っていないもの,ヒラしか使っていないもの,もない。
 お金さえ出せば手に入る。たいていのモノやサービスはそうだ。お金以外の何かがモノを言う局面はあまりない。
 これ,かなりいい時代ってことなんでしょうね。昔はそうじゃなかったんでしょ。下々の者がいくらお金を積んでもどうにもならないことがたくさんあったんでしょ。

2019.07.30 2冊目のモレスキンを使用中

● 22日でダイスキンを使い終えた。使い始めたのは6月20日だから33日間で1冊。これで96枚のA6黒ダイスキンの在庫はなくなった。よくぞ使い切ったものだ。
 が,ダイスキンはまだまだ残っている。黄色とオレンジの96枚A6があわせて3冊。80枚のA6黒ダイスキンが11冊。A罫60枚の新型ダイスキンも数冊。今は販売されていないB6ダイスキンが数えるのがイヤになるくらいある。

● ダイスキンタイプのノートはダイスキン以外にも何冊か手元に残っている。その中の1冊がモレスキン。で,そのモレスキンを使ってみることにした。昨年,宇都宮東武百貨店5階の文具店で500円で買ったもの。
 モレスキンは一度使っている。高価で粗悪というのがそのときの印象だ。
 『万年筆バイブル』(講談社)によれば,プラチナのブルーブラックはインクの流れを抑えるために界面活性剤を使っていないらしい。文字の滲みを避けるために,インクの粘度や表面張力を上げて浸透率を低くもしているらしいのだ。
 そのプラチナのブルーブラックでもモレスキンは裏に抜けた。当然,万年筆以外でも水性インクは軒並みダメ。片面使用を余儀なくされる。

● それを避けようとすれば,水性インクを使うのは諦めるしかない。油性ボールペンか(ゲルインクでも大丈夫だったが)鉛筆を使うしかない。ここまで筆記具を選ぶノートは,もはやノートと呼んではいけないのではないか。
 百円のダイスキンはプラチナのブルーブラックなら裏に抜けることはない。藁半紙なみの紙質なのか,モレスキン。

● それ以来,モレスキンは悪態をつく対象でしかなく,再びの使用はないと思っていたのだが,上述のとおり,別なノートと抱き合わせで買ってしまったのだ。
 知り合いに使うならやるよと言ってみたものの,じゃあ使うよという人はいなかった。だいたい,ぼくの周りにはノートをプライベイトで使うような人はあまりいないんだけど。
 仕方がないから自分で使うことにしたわけだ。

● プラチナのブルーブラックでまず日付を書いてみた。ら,裏に抜けることはないんでした。
 どうせ抜けると思っていたので,使う機会のなかったSARASAのグリーンブラックを合わせてみようと思ってたんだけど,万年筆で裏に抜けないなら,このまま万年筆(といっても,Plaisirだけどさ)を使ってみることにした。

● 裏抜けしないモレスキンはちゃんと使いやすい。これってかつての品質に戻ったってことなんだろうか。ダメスキンになる前の品質に。それとも,従来から言われている個体差の範囲内なんだろうか。
 しかし,こちらの使い方は変わらない。そしてそれはダイスキンでも満たせるものだ。そういうわけだから,モレスキンに2千円の価値があるとはなかなか思えないまま。

● 百円のダイスキンで自分の需要は満たせるわけだから,2千円のモレスキンを使う必要はないのが道理。その道理に反してモレスキンを使っている人たちって,なにゆえにモレスキンを使い続けているのだろうと,どうしても考えてしまう。
 ダイスキン(っていうか,モレスキン以外のノート)では満たせない需要があるのか。それがないとは言えないけれども,その使い方とはどういうものか,ぼくには具体的に想像がつかない。

● Instagramにあがっている使われ方を見ても,どうもそれは感じにくい。もっとも,Instagramにあがるのは“インスタ映え”するような使い方をしている場合が多く,全体性を担保したままその縮図になっているとは考えにくい。
 真にクリエイティブに使っている人は,それをInstagramにあげたりはしないようにも思える。真似したいとは思われないだろうからだ。その人にしかできない使い方のはずだから。

● 何だかね,Instagramを見ていると,モレスキンを使っている自分に酔ってるだけなんじゃないの,と思ってしまうんだよね。つまり,モレスキンは酔わせてくれる。それがモレスキンの魅力というわけだろうか。
 酔わせてくれる理由は,品質ではなくて価格と“伝説”か。ぼくらはしょせんバカでしかあり得ないと思うし,バカというコップの中で何事かを語ったり語られたりしているのだが,この“伝説”に引きずられるほどのバカにはなりたくないと思わんでもない。

● 無価値の価値ということか。モレスキンユーザーは無価値の価値をわかっている人たちなのか。
 しかし,やはり思うのだ。無価値の価値とは禅問答のような言葉だ。無価値はあくまで無価値でしかないと見切れるのが知性というものではないか。
 無駄の効用,無用の用,というのは大いにある。生きること自体がすでに無駄であるかもしれないのだが,それは置いておいて,無駄を省くことも行きすぎれば窒息する。が,無価値の価値というのはあるのか。
iya
● チャトウィンは元祖モレスキンを“トラベラーズノート”にしていたのだと推測するのだが,たしかに旅の記録や見聞を記すのにモレスキンは恰好だと思う。立って書くこともできる。
 しかし,今,チャトウィンが生きていたらモレスキンを選ぶだろうか。たとえば測量野帳を使ったかもしれない。

● ひょっとすると,モレスキンには2千円に相当する価値があるのかもしれない。裏抜けしないこのモレスキン,万年筆でもかなり書きやすいのだ。ほどよく滑る(その分,インクの吸収が悪い。だから裏抜けしないんだろう)。これなら2千円だしても・・・・・・。いやいや。

2019年7月29日月曜日

2019.07.29 買ったものの使っていない文具

● たくさんあるが,まずはパーカーのボールペンとシャープペンのセット。パーカーといっても,子供向けのペンで安かった。セットで1,000円だったか2,000円だったか。
 軸はプラスチック。ミッキーとミニーの顔が印刷されている。MADE IN U.K.。ヨメとふたりでフランクフルトに向かうANAの機内販売で買ったものだ。四半世紀も前のこと。

● 同じものをヨメも買っている。が,彼女はとっくにどこかに紛失しているだろう。
 ぼくは根がケチで物持ちがよいので,まだ手元に残っているが,さて,こういうのがいいのかどうかは,また別の問題だ。

● 低粘度ではない普通のボールペン,まったく使うことがなくなった。プライベートではもちろん,仕事でもあまり。
 ぼくは仕事で使うのも会社の支給品ではなく,自分の文具を持ち込む主義。パソコンを持ち込むのはNGだろうが,ペンはべつにかまわないだろうと勝手に決めて,そのようにしている。

● いや,そうでもしないと,使わないままで使えなくなってしまいそうな筆記具がたくさんあるからだ。何はともあれ,まず使いたい。
 使わないまま朽ち果てさせては,ぼくに買われた筆記具たちが可哀想すぎるじゃないか。

● ダイソーにはダイパカと呼ばれるゲルインクボールペンがあるのを数年前に知った。リフィルがパーカー型で,パーカーのボールペンに射して使える。
 ので,それも試してみた。が,完全互換というわけには行かなくて,ノックが利かないことがある(利くこともある)。

● ゲルインクボールペンとしてもやはり使わないのだった。もっといいボールペンがあるんだもんな。ジェットストリームだったり,ヴィクーニャだったり,SARASAだったり,シグノだったり。
 でもって,ジェットストリームもヴィクーニャもSARASAもシグノも,まったく使わないままのがゴロゴロ転がってるんだもんな。
 シャープペンに至っては,ボールペン以上に使わなくなった。これからも使うことがあるとは思えない。

● ノートにはPlaisir,手帳にはハイテックCコレト。この2本は酷使といってもいいくらいに使っているんだけど,他はまったく使わない。
 文具店に行くと,使わないとわかっていても買ってしまう。自然な結果として,使われないままの可哀想な筆記具が増える。

2019年7月26日金曜日

2019.07.26 伊東道風 『万年筆バイブル』

書名 万年筆バイブル
著者 伊東道風
発行所 講談社選書メチエ
発行年月日 2019.04.10
価格(税別) 1,500円

● わかりやすくて おもしろくて 役に立つ。さすが,伊東屋。

● 以下にいくつか転載。

 書くスピード速い方も,ペン先が硬いほうがあっています。ペン先が柔らかいと,しなるわけですが,しなる分だけ,書くスピードが遅くなるからです。(p28)
 ペン先のサイズ,つまりは字幅によっても書き味が変わります。字幅が狭いほど,つまりペン先が細くなればなるほど,先端にかかる摩擦力は大きくなるので,滑らかな感覚が低くなる。(p29)
 インクの流れを抑えるという設計思想でつくられているプラチナのブルーブラック・インクは,界面活性剤を使っていません。(p55)
 プラチナは,文字の滲みを避けるという設計思想がありますので,インクの粘度や表面張力を上げて,浸透率を低くしています。(p55)
 日本人には,技術というのは「均一性」を達成するためのものと考えているところがあります。(中略)それを達成する道具として,機械を導入してします。ところがヨーロッパでは万年筆を評価するにあたって,この「均一性」というものにはあまり重きを置いていないように思われます。ヨーロッパにおける万年筆の一番の評価のポイントは,「ハンドメイド」ということにあり,日本であれば機械で均一につくっているような部位も人間の手で行うことを重視しています。(p139)
 欧米では鉛筆は文房具ではなく,画材扱いされています。(p143)
 ユーザーの中には,万年筆を使っていくうちに自分の分身のように思えてくる方はたくさんいらっしゃいます。修理ができなければ,その方は自分の分身を失うことになります。(p144)
 概してヨーロッパの万年筆メーカーの装飾技術,宝飾彫金の技術は,日本の技術を凌駕しています。真に繊細で精密なものを求める場合は,均一性を求める日本的な技術よりも,ハンドメイドであることに重きを置き,一個一個に質と個性を求めるヨーロッパ的な技術のほうが,どうやら有効のようです。(p169)
 カランダッシュ社,エス・テー・デュポンには,欧州で根強い愛好者がいます。日本と違い,貴族文化の土壌があるヨーロッパには,真の意味で「良家の資産家」と呼べる人たちがいますが,本物の上流階級の人々は,ステイタスシンボルとなるようなブランド品よりも純粋に,「いいもの」「本物」だけを求めます。この二社は,まさにそういった人たちの目に敵ったものづくりをしているメーカーなのです。(p170)

2019年7月20日土曜日

2019.07.20 Bun2 6月号

● その東武の文具売場に「Bun2 6月号」があったので,もらってきた。特集はペン。多彩な色(インク)に焦点をあてた特集だ。
 万年筆のインクが大幅に増えて,そのために若い人たちの万年筆ユーザーが増えているらしい。さらに万年筆に限らず,ボールペンやサインペンにも多彩な色が生まれているようだ。
 ブルーブラック一辺倒のジジイには,遠い世界といえば遠い世界。つまり,これだけの色を揃えて何をするのかというイメージが湧いてこない。

● 若者といっても女性が多いのだろうと思うんだけど,少なくとも自分には筆記具の商品開発はできないなと思う。いや,できない。
 自分は少品種大量消費。対して,彼ら彼女らは他品種を少しずつ使うのが流儀なのだろう。それ以前に,百均文具で良しとしているようでは,商品開発は覚束ない。

● 特集以外の記事の中で面白かったのは,バレットジャーナルの発案者ライダー・キャロル氏のインタビューのダイジェスト。「思考は,最初はフワフワしたものなので,それを言語化するためには,タイピングだとペースが早過ぎてしまいます」と。なるほど,そういう捉え方もあるのか。
 しかし,それは英語圏というかアルファベット圏での話かもしれない。日本語の場合だと,タイピングでも追いつかないと感じることも多い。

● その彼が持っているノートはモレスキンのように見えるのだが,ロイヒトトゥルム1917が公式ノートということになっていたのではないか。ロイヒトトゥルムなんでしょうね。
 というか,公式ノートなんてものが登場するところがどうもねぇ。胡散臭いとまでは言わないけれども,与したくないなぁとは思ってしまう。

● ところで,このBun2を発行しているのは,(株)ステイショナー。財団ではなく株式会社。そこに興味を持ってネットで調べてみたが,よくわからない。おそらく,各文具メーカーが共同出資して設立したに違いないが,設立されたのは戦後まもない昭和24年。
 Bun2(フリーペーパー)の発行のほかに,有料の文具雑誌も発行している。こちらは書店や文具店ではみかけたことがないから,購入を申し込んだメンバーにのみ郵送しているのだろう。
 「文具のとびら」というサイトも運営している。これが面白い。何で今まで気づかなかった?

2019.07.20 宇都宮東部百貨店5階の文具売場

● 決して広くはない店内をグルッと回ってみたが,モレスキンがない。昨年10月にここでワゴンセールになっていたモレスキンを500円で買っているんだけど,あの特売を最後にモレスキンの取扱いはやめたのだろうか。

● 正直,田舎ではモレスキンはそんなに売れないはずだと思う。モレスキンがまとっている雰囲気はけっこうアーバンチックだと思う。モレスキン社もそれを狙ってデザインしているのだろう。
 しかし,アーバンチックなのが田舎では売れないと考える理由ではない。物好きが田舎にはあまりいないということだ。

● 所得の問題もあると思う。モレスキンユーザーが富裕層とは限らないと思うのだが,手帳サイズで96枚のノートに2,000円を投じることができる人は,田舎にはそんなにいないんじゃないかな,と。
 何だかんだ言って,モレスキンは都会のもの。でもって,都会的なるものの吸引力は昔ほどにはない。

2019年7月18日木曜日

2019.07.18 次はモレスキンを使ってみるか

● 今使っているダイスキンが96枚のA6黒ダイスキンの最後の1冊になる。96枚A6黒はもう生産・販売されていない。ダイソーで見かける度に買い占めて(?)おいた。かなりの冊数になったが,ともかくそのすべてを使うことができた。満足だ。

● その最後の1冊ももうすぐ使い切るわけだけど,次は手元にあるモレスキンを使ってみようかと思う。
 宇都宮東武百貨店5階の文具店で500円で買ったやつ。

● まずはPlaisirで書いてみよう。以前と紙質が変わってなければ裏に抜けるだろう。その場合はSARASAのグリーンブラックにしてみよう。
 グリーンブラックをまとめて消費できるのはモレスキンに対してくらいだろうからな。

● でもって,モレスキンを罵倒したおしてやりたい。馬鹿ノートだよ,ってさ。このノートをどうにか手なずけることができる人はノートの達人といっていいだろう,この世に存在するどんなノートでも使っていけるはずだ,ってね。
 思いっきりモレスキンを罵倒したおしたら,ダイスキンに戻って,まずは黄色の96枚を使ってみる。

● モレスキンを罵倒するってあまりいい趣味じゃないとわかってるんだけどね。文具について文章を書いて,それをメシの種にしている人でも,どうもモレスキンに媚びを売っているような気がするのでね。
 モレスキンを敵に回しては,「この世界の片隅で」メシを喰っていくのは難しいんだろうか。
 文具店にとってもモレスキンは金のなる木なんだろうか。小売店にまで影響力を持っているのか。

● とにかく,この程度の製品が2千円で売れるのが本当に不思議なのだ。モレスキンの品質がいいと思っている人は,いくらなんでもいないはずだ。
 ドイツのロイヒトトゥルム1917がモレスキンの対抗馬として紹介されることがあるんだけど,品質を考えたらロイヒトトゥルム1917にあまりに失礼でしょ。

● ともあれ,また実際にモレスキンを使って,その品質の粗悪さを触れ回ってやろうと思っているわけだ。
 モレスキンユーザーがなにゆえモレスキンユーザーのままでいるのか,それを知りたいという思いもある。目下のところ,モレスキンユーザーはバカの代名詞だと思っているのだが,そうだとすると世の中にバカが多すぎることになる。ここまでバカだらけではそもそも世の中が成立しない。

● ので,モレスキンユーザーはバカではない,ということにする。バカでないとすれば,ああいう粗悪すぎるノートをどうして2千円も出して購入するのかがわからない。その理由を知りたい。
 ぼくには感知できない何かがモレスキンにはあるのかもしれないからだ。というのはかなり謙遜した言い方であって,そんなものはありはしないと思っているんだが。
 となると,モレスキンユーザーはやっぱりバカの代名詞か。

2019年7月10日水曜日

2019.07.10 加藤昌治 『アイデアはどこからやってくるのか 考具基礎編』

書名 アイデアはどこからやってくるのか 考具基礎編
著者 加藤昌治
発行所 CCCメディアハウス
発行年月日 2017.03.13
価格(税別) 1,500円

● 「アイデアとは既存の要素の新しい組み合わせ」であるが,その場合,既存の要素と組み合わせ方(発想の技法)のどちらが大事かというと,既存の要素の方。これをどうやって集めてくるか。
 自分の仕事はアイデアなど関係ないという人が大半かと思うけれど,読み物としても面白い。

● 以下に転載。

 プロフェッショナルな仕事って,スポーツの世界に喩えるなら,リーグ戦を戦っていくようなものではないかと思います。トーナメント戦ではなくてリーグ戦。(中略)要は勝ったり負けたりがあるなかで,全体としての勝率をどうやって高めていくか,の競争なわけです。(中略)勝った負けたもあるけれど,前提として試合数の多さを確保したいのです。(p16)
 よきアイデアは,価値を創造できます。関係する人間の数が多ければ大きな価値になるし,少なければ小さな価値。でも大小だけが問題でしょうか。(p18)
 必要なのは小手先のアイデア発想術を身につけることではありません。基本となるカラダとアタマの動かし方を無意識にできてしまうまで覚えることです。考える,というスポーツに固有のカラダとアタマの動かし方を知る。知るだけじゃなくて体得する。(p19)
 アイデアの練習は簡単なんです! なぜか。アイデアのヒント,源泉は生活の中にあるからです。というか生活の中にしかない。だから机に向かってウンウンうなるのではなくて,街に出て行くこと,誰かと何か楽しいことをして,ワクワクした気持ちを感じていることが即練習です。(p22)
 教え上手なセンセイとは,同じ動きを幾通りにも説明し分けられる人のことじゃないでしょうか。(p25)
 カラダの練習は,自分が思っている以上に,2段階ぐらいオーバーにやってみるのが実は丁度いいみたいですね。(中略)一度やり過ぎてみたからこそ,適正値が分かるというところでしょうか。(p25)
 いちばん早くて簡単な練習法は,選択肢を二つ以上出す,です。(p29)
 考えるとは「選ぶ」ことだ,ということです。この構造を知っておいてください。とても重要です。(p34)
 お題が何であろうと,できるだけ大量の選択肢を出すのがお約束です。質も求められますけれども,まずは量,それから幅です。(中略)アイデアとは選択肢のことだと考えています。(p35)
 わがまま→思いやり。この順番,もう絶対の“鉄の掟”だと思ってます。(中略)じゃあわがままってどういうこと?(中略)自分の気持ちや理想に素直になること。(中略)ところが,多くの人はここで固まります。わがままになり切れません。通り一遍のコトですまそうとしてしまったり,過去の事例に頼ったり。(p41)
 アイデアは天から啓示を受けるものではありません。単なる(とあえていいますよ),単なる組み合わせにしか過ぎません。突拍子もないアイデアとは,組み合わせ方が意外,あるいは組み合わせた素材に新鮮さがあっただけなのです。(p45)
 既存の要素をどこからか見つけてきて,それらをどうやって組み合わせるのか,だけ。さて,どちらが重要だと思いますか?(中略)より重要なのは既存の要素だとわたしは思っています。それもプロフェッショナルになればなるほど。(p58)
 実際には一つの言葉=既存の要素がキッカケになって,止まらないほどにアイデアが湧き出てくることがあります。(p59)
 分からないこと,分かりにくいことは分けるのが,物事を理解するための王道アプローチです。(p62)
 何らかの方法で体験は増やしていきたい。使う時間とお金は同じでもかまいません。ただ「いつもの場所でいつもの・・・・・・」はできるだけ避けたい。(中略)もちろん一つのネタ(既存の要素)は二度三度と活用したい。遠慮は不要です。(p63)
 忘れてしまわないようにしっかりメモっておくべきですね。写真もメモの一つ。迷ったら撮っておくのが吉じゃないでしょうか。(p67)
 間接的な体験も実は捨てたものではありません。メリットの一つが事案と空間を軽々と超えられること。(中略)もう一つ,間接体験のありがたさは,自分以外の視点から物事を見られる(見直せる)ことじゃないでしょうか。(中略)ついでいいえば,間接体験ってコスト安,しかも格安です。(p70)
 マスメディアに掲載されている情報は,世の中の共通項でもあるわけです。世の中に通用するアイデアって,ある程度社会との共有度を持っていることが必要になってきます。誰も知らないことには反応できないからです。(p75)
 アイデア初心者は,昨日見た自分にとって新鮮だった体験をそのままアイデアだとしてしまいがちです。土曜日に家族で行ってきたサーカスが面白かったから,次のイベントはサーカスやりましょうよ,みたいなパターンですね。(中略)ベテランは少々違います。感動したサーカスを触媒にして,すでに自分の中に蓄積されていた既存の要素を呼び起こす作業を(ほとんど自動的に)やっているはずです。(p77)
 一回でも会場大興奮!のライブに参加したことのある人は,まったく別のライブDVDを自宅で見るという間接体験をしたときに,会場のリアリティや興奮度合いを擬似的にではありますが共有できます。(p89)
 1冊の本の裏には,驚くほどのボリュームの知識と体験とが凝縮されてます。果汁500%ジュースみたいなんですね,本って。(中略)ただし,(中略)本としてまとまっているとどういうわけか書いてある内容に間違いはないように思いがちですが,誤りも結構あります。(中略)全体把握が「押さえる」の目的ですから,情報源はある程度分散させておきましょう。(p129)
 一般的,でいいんです。普通の生活の中にこそアイデアへのヒントがあります。特殊な「遊び」は不要です。超高感度のアンテナも不要です。普通の中に,抱えきれないほどのネタがあります。(中略)毎日を精一杯楽しく充実して生きることもアイデアパーソンのお仕事です。(p151)
 大切なのは,選択肢としてのアイデアを考えるだけの時間とそれを選ぶ時間,さらに選ばれたアイデアを具体的な企画に詰めていく時間を物理的に分割することです。同時並行はやめたほうがいいです。ロクなことになりません。(p157)
 アイデアは,ある一つを出発点にしていかようにも広がり,変化していく性質を持っています。いま捨てようとしている,その一案から化け物のようなスゴい案が派生するかもしれません。最初の一案を捨てることは,そこから始まるすべての可能性そのものを捨ててしまうことなのです。(p160)
 書くではなくて「描く」。罫線のような“ガイドライン”なんて無視してください。もっと自由に,思うがままに。何度でもいいますが「わがまま」にやるのがアイデア,の段階です。アイデアは描くもの、。スケッチするものなんです。だから大きな字に小さな字,漢字にカタカナ,もちろんポンチ絵が入っていても全然OK。逆に文字だけであっても立派なスケッチです。(p164)
 アイデアをメモったり,スケッチしてくときにぜひ留意して欲しいことがあります。それは,ほんのわずかな違いでも,その相違点は別アイデアになっているのですからそのまま残しておく,ということです。(p167)
 アイデアを出すときには,抽象度を挙げない。あえて固有名詞など具体的な表記を使ってみてください。ちょっとの違いを尊重することがアイデア量産のヒケツです。(p169)
 人間国宝であった歌舞伎俳優・四代目中村雀右衛門丈から「女形は極めて人工的に作り出された発明品」と伺ったことがあります。まさに至言。その当人じゃないほうが,より深く理解し表現することができるという考え方なのでしょう。(p201)

2019.07.10 道具は厳選しなくてもいいけれど,少数であることが望ましい

● ぼくのパソコン歴は次のとおり。
 富士通 FM-TOWNS freshⅡ:Win3.1
 NEC 98NOTE Aile(PC-9821La):Win95
 NEC LaVie NX(詳しい型番は忘れた。光学ドライブが付いていた):Win98
 NEC VersaPro(詳しい型番は忘れた):Win2000
 IBM ThinkPad X31:Win xp
 Lenovo ThinkPad X61:Win xp
 Lenovo ThinkPad X61(同じモノを2回続けて使った):Win7
 Lenovo ThinkPad X260:Win10

 以上の8台だ。平均すると3年ちょっとで買い換えている計算になるのだが,後になるほど使用期間は長くなっていると思う。
 LaVieは20万円を切っていた。パソコンも安くなったなぁと思った。30万円はするものだったからさ。
 VersaProはパームレストの塗装が剥げるまで使った。これが新品を買った最後。
 以後はヤフオクで中古ですませるようになった。スペックが上がり,中古でも充分に使いものになるようになったからでしょうね。

● 同時に複数のパソコンを使い分けるということはやったことがない。ライトユースなんだから使い分けるまでもない。
 のだが,買ったけれども使わずに終わったというパソコンはけっこうある。
 HPの赤い(当時の言葉で)ネットブック。Vivienne Tam さんがデザインに関わったやつ。2010年頃だったか。あの頃,赤にこだわっていたのかね。欲しくて熱に浮かされたように買ってしまったよ。ところが,まるで使いづらくてすぐに放りだした。
 それで懲りずに,白いネットブックも買ったんじゃなかったかな。これは使った記憶じたいがない。
 ThinkPadのオールインワンタイプも買ってしまった。ヤフオクでいたずら入札をしたんだった。落札する気がないのに,ちょこちょこと入札してね。まさか誰かが高値更新すると思っていたのに,ぼくが落札者になってしまって,ひどく後悔した。これは使ってくれる人がいたので,その人に差しあげた。
 二度目のX61を買ったときに,予備にと思ってX31も買ってしまった。これはまだ手元にあるが,一度も使ったことはないし,これからもないだろう。
 宿泊を伴う外出のときに持ち運べるパソコンが必要だと思って,マウスコンピュータのタブレットPCを買った。何度か使ってみたが,英字キーボードが使いづらくて,ほどなくして使わなくなった。
 同じ理由でChromebookを買った。しかも,2台。1台は梱包を解いてもいない。もう1台は何度か使ってみたが,やはり英字キーボードとの相性が悪くて,入力マシンとしては使わなくなった。Amazonプライムビデオの視聴専用マシンとして5ヶ月使ってきたけど,X260によってその必要もなくなった。
 そっくりムダな買物だった。ヤフオクで安かったから油断したってのもある。

● ついでにいうと,NECのモバイルギアも4台買った。すでにワープロ専用機としてしか使えない時期になってから買ったんだけど,ワープロ専用機としても使いやしなかった。熱に浮かされたように続けて4台買ってしまったんだけどさ。
 結局,自分で思っていたほど出先でテキスト入力することはなかったということだ。自分を買いかぶっていたとしか言いようがない。この買いかぶり,けっこうあるな。

● パソコンは1台あればいい。ま,ぼくの場合はってことなんだけどね。モバイル用を持っておこうなんていう発想は余計なものだった。
 ぼくはパソコンとはThinkPadのことだと思っているんだけど,実際のところは何だっていいと思うんだよね。富士通でもNECでもVAIOでもパナソニックでもマイクロソフトでも,要は何でもいい。サクッと1台にして,それを使っていけば,あとは何もなしでよろしい。

● これからは(現在すでに)スマホとBTキーボードで充分だろう。少なくとも出先に持っていくのはそれだけで足りる。パソコンなどそもそも余計なものだ。
 スマホでもキーボード付きの魅力的なガジェットはあるのだけど,買ってもたぶん使わない。それでもネットでその記事(広告)を見ると欲しいなと思ってしまうわけだね。
 “欲しいな”が自分の買いかぶりを呼ぶんだよね。簡単にそれをガシガシと使っている自分をイメージできちゃうからね。

● いや,そもそも,出先では紙のノートとペンが最強というか正解かもしれないなぁ。どうしてもキーボードでっていうときは,メインに使っているマシンを持ちだすのがいい。
 どうしてタブレットPCやChromebookを使わなくなったのかといえば,メインマシンほど気持ちよく入力できないからだ。タイプミスが頻発すると,機械ごと床に投げつけたくなるのだ。

2019年7月9日火曜日

2019.07.09 ダイソーの極細フィルム付箋

● 地元のダイソーに来た。買うものがない場合,いくらあっても邪魔にならなくて,必ず使うものを買っておく。それに該当するのがこれ。極細フィルム付箋ですな。350枚入り。
 600枚のはなくなってしまったけど,それでも他の百円ショップのよりは50枚多いし,品質もダイソーのこれが最も安心できる。他のやつだと本に貼って剥がすときに,本の紙を傷つけてしまうことがある。

● 史料価値のある古文書や美術書に付箋を貼るのは御法度だ。もってのほかの所業というほかはない。
 が,公共図書館の本のすべてにそれを拡大適用するがごとき言説を吐く輩がいるけれども,こういうのは鬱陶しい閉塞感を生む元凶のひとつといっていいだろう。
 図書館にある本,しかも一般人が手に取るような本の大半は経済的にいえば駄本だ。付箋使用を禁止するほどのこともない。
 ただし,ダイソーのものであってもフィルム付箋はやめておいた方がいいだろう。紙の付箋がよろしい。フィルム付箋は基本,自分の本に対して使うのが吉。

● しかし,現在,これだけ買い溜めてある。消費を購入が上回るから,けっこう溜まる。しかし,いずれは使うはず。

● 文具は消耗品に違いないんだけど,ボールペンとかホチキスとかハサミとか,たいていのものは一度買えばかなりもつ。10年単位でもつものもある。そんなに頻繁に買うものじゃない。
 それはダイソーでも同じであって,いくら百円で買えるからといって,そうそう取っ替え引っ替え使うものはない。

● その中で減りが早いものの代表が付箋かなぁ。だから買うものがなければ付箋を買えばいいというのが,百円ショップに冷やかしに行くときの言い訳になるんだな。

2019年7月8日月曜日

2019.07.08 ペンは変えようっと思わないのに,ノートは変えたくなる

● ペンはplaisirから目移りしないのに,ノートを変えてみたくなるのはどういうわけだろう。書き方,使い方は同じなんだから,どのノートを使ってみたところで大した違いはないはずなのだ。

● ぼくはひたすら文章を書いていくだけだから,無地や方眼より横罫がいいし,小さい文字を書くのでA罫よりB罫がいい。
 そういうノートならどれでもいい。なのに,ノートは変えてみたくなる。

● 飽きが理由だろうか。ずっと同じのを使っていると飽きてくる。が,ノートに飽きるってどういうことなんだろうか。
 紙を裁断して綴じてあるだけのシンプルな製品だ。飽きようがないと思うんだがな。

● 1冊使い切るのにひと月なりふた月を要するからだろうか。ガンガン書いて半月で使い切ってしまえば,飽きる間もないんだろうか。

● 夢追い人になっているんだろうか。もっと自分にピタリとはまるものがあるんじゃないだろうかって。
 そんなものがないことはわかっている。わかっていてもそれを求めたくなる性向のようなものが,人間にはビルトインされているんだろうか。

● 思うように使えていないからか。自分が想定している使い方と実際の使い方が合致していない。ノートの判型や紙質が変われば,その不一致をどうにかできるかもしれないと思っているんだろうか。
 いや,でも,だいたい想定どおりの使い方をしていると思っているんだけどね。無意識では違った使い方を考えているのか。

● 書く媒体は今使っている綴じノートが一番だと思っているんだけども,使ってみたいものは他にもある。
 ひとつは,ポスタルコの Snap Pad。A4の紙を綴じこんで使ってみたい。
 すでに買いこんである情報カードも使ってみたい。ジョッターまで買ってあるのだ。ずっと綴じノートを使い続けて,これらを使うことのないままこの世を去るのは少し残念な気がする。

● Snap Pad にしても情報カードにしても,それらに適したフィールドがあるのだろう。が,綴じノートを使っているときのままのスタイルでSnap Pad にしても情報カードを使ってみたいのだ。そのあたりはかなり怠惰なのだ。

● 大量になりつつある使用済みのノートをどうするか。残したまま死ぬのはまずい。家族に読まれては困ることが書いてあるからというより,その処分を家族に押しつけることになるからだ。死ぬ前に自分が処分したい。
 しかし,とっておきたい気持ちもある。大したことが書いてあるはずもない。憂さの捨てどころなんだから。同じことを繰り返して書いていたりもする。
 読み返すと気分が高揚するなんてことは絶対にない。それでも捨てることには抵抗がある。

● しかし,いずれは処分しなければなるまい。いつ死ぬかわかっていればやりやすいんだけど,明日にも死ぬかもしれないわけだ。あまり溜めない方がいいのだと思う。

● ともあれ。ノートの在庫をこれ以上増やさないようにしよう。少品種を大量に買い溜めてあるので,目先を変える楽しみは,じつはそもそもあまりないのだ。
 じっと同じノートを使い続けて,まずは在庫をきれいにすること。そうしてからまた買う楽しみを味わおう。

2019年7月6日土曜日

2019.07.06 新しいパソコンが届いた 2

● ThinkPadを2007年のX61から2016年のX260に替えたわけですが。これくらいの段差があると,いやでも違いを実感する。
 一番違うのは起動の速さ。SSD効果なんだろうけど,今さら驚くことではないんでしょうね。
 次は画面の広さ。Amazonプライムビデオを見るのにピッタリ。プライム視聴専用マシンにしてたChromebookの出番はなくなった。

● でも,それくらいかな。あとは特に変わらず。テキスト中心のライトユースだからね。
 出番のなくなったChromebook2台とWinタブレットPCをどうしようかなと思案中。家ではX260,外ではAndroidスマホ。それで足りちゃう。

● OfficeもExcelをちょこっとしか使わないとなると,20年前ので充分。
 でも,MS-Officeってだいぶカラーが変わってたんですねぇ。可愛い感じになってるじゃないですか。ずっとGoogle一辺倒だったんだけど,Microsoftに回帰してもいいかなと思った。
 ブラウザも良くなってる。環境継続のためにChromeに替えたけれども,その必要はなかったかもしれない。

● 今まで使っていたX61はメモリが2GBだったのに対して,今度のX260は8GB。しかし,ぼくほどのライトユースだとその違いを実感することはあまりない。車にたとえれば軽で足りるわけで。排気量が大きくて加速のいい車は要らない。だいたい高速道路を走ることがない。
 Win10の使い勝手に不満というほどのものは感じないけれども,慣れている分,やはり7の方が扱いやすい気がする。

● と言いながら,ではX61に戻れるかというと,おそらく戻れまい。

2019年7月3日水曜日

2019.07.03 新しいパソコンが届いた

● 新しい(といっても,ヤフオクで落とした中古)パソコンが届いた。ThinkPad X260。さっきまで使っていたX61は処分するけれど,よく働いてくれた。別れがたい気分だ。ポンと捨てるのではなく,何か儀式をしてあげた方がいいんだろうか。
 X61は2台続けて使っている。いいパソコンだったな。が,保存しておくつもりはない。処分だ。ぼくのところで力を出し尽くしたはずだから。

● X61はShiftキーの感度が悪くなっていた。たぶん,キートップの下にゴミが入り込んだからだろうけど,それがなくても来年1月でWin7のサポートは終了するのだから,リプレイスは避けられない。このタイミングで良いと思う。

● で,新しい(中古の)X260をセットアップ。ChromeとiTunesとGoogle日本語入力をインストールすればとりあえず環境が整う。先ほどまでと全く同じように使える。Googleのおかげで端末を買い換えたときの環境再現はグッと楽になった。
 あとはScanSnapの接続ソフトをCD-ROMからインストールすればいい。ScanSnapを使うときにやればいいだろう。

● ところで。おそらくぼくだけではないと思うのだが,スキャンしたあとにその書類を見ることって,ほとんどないんですよね。スキャンする作業じたいがムダかもしれない。
 スマホのカメラで写真を撮っておくのでもいいと思う。それで代用できればScanSnapは不要になる。

● 同じThinkPadでもキーボードの感触は異なる。キーボードはすべからく慣れの問題かもしれないけれども,X61の方がいいようだ。X260はわずかにストロークが浅い。
 が,他にはまったく不満なし。7からアップグレードした10と最初からの10では,インターフェイスが違うんだろうか。アップグレードした10では使い勝手の悪さに辟易したのだが,今回の10はそれもない。
 唯一,“最近使った項目”がワンクリックで表示できないのがややイラッとくる。たんにぼくの認識不足で,それは当然できるはずだと思うんだけどね。(→ できるんでした。いろいろ触っているうちにわかった)

● MS-OfficeもAccessまである2016年版が付いてきた。プライベートでOfficeを使うことは,ぼくはあまりない。Excelを少し使う程度だ。それもGoogleスプレッドシートで充分に代替可能だ。
 ということもあるので,Officeはずっと2000を使ってた。さすがにセキュリティの問題もあるんだろうけど,それが具体化したことはない。が,これを気にExcelも一気にバージョンアップ。

● OfficeといえばOneNoteは少し気になっている。気になっている程度のことなので,OneNoteで何ができるのかきちんと調べたことはない。OneDriveと併せてEvernoteのように使うものなんだろうか。ぜんぜん違うんだろうな。
 Evernoteも複雑すぎてぼくは最初から敬遠してしまった。データを保存していくならGoogle Keepでよくないかい。今はテキストエディタ(といっても,Windowsに付属するメモ帳)を多用しているけれども,いずれはKeepをテキストエディタ代わりに使うことになると思っている。

● それ以前に,そういうものはブログやSNSを保存庫にすればいいような気がする。公開してはいけないものはそんなにたくさんはない。何だったら設定を非公開にすればいい。Evernoteを使っている人って,仕事絡みなんだろうか。
 と,思考が流れてしまったんだけど,あるね,公開はしないけど溜めているデータ。ぼくにもあったわ。つまり,ぼくがEvernoteを使っていないのは,複雑さに怖じ気をふるっているからだな。
 でも,Evernoteって最近あまり聞かなくなったよ。普及しきってあたりまえのツールになったからなのか,ユーザー離れが起きているからなのか。

● ともあれ,今日からX260を使っていく。Win10のサポートがいつまでなのかって問題はあるけれども,古稀までは使えるんじゃないかと思ってますよ。
 ぼくの使い方は基本的にスペックを要求しないのでね。いや,これもぼくだけじゃないと思うんですよね。パソコンユーザーの9割にとっては,今どきの最新型はオーバースペックもいいところなんじゃないかなぁ。
 パソコンが売れなくなっているのは当然なんだよね。ハードの寿命がそのまま使える期間になっているんだもん。で,ハードはそんなに壊れないわけでね。メーカーは色々言って,買い換えを促しているわけだけどさ。

2019.07.03 Can★Doのフィルム付箋

● 極細フィルム付箋は読書の友ですね。表紙の裏に貼っておいて,気になるところにくっつけながら読み進んでいく。
 以前はダイソーの600枚のがあった。今は350枚になってしまった。が,ダイソー以外の百円ショップだと300枚だから,買うならダイソー。

● が,6月22日に東京シティエアターミナルに入っているCan★Doで,フィルム付箋を購入した。持参したのでは足りなくなりそうだったので。
 したらば。長さが不揃いなのね。それ自体は全然,問題ないけどね。ダイソーより50枚少ないだけではなくて,そういうこともあるってだけ。

● じつはさらにあった。Can★Do付箋は糊が多すぎるのか,剥がしたあとも本に糊が残ってしまうのだ。全部がそうなのではない。一部なんだけど。
 古文書や貴重本に付箋を貼るのは御法度だというのは常識。図書館から借りた本に使うのもあまり推奨はできない。ま,図書館の本はたいていくたびれてて,付箋を貼ったあとがどうこうなる前に,本自体の寿命が先に尽きると思うんだけどね。

● ところが,このCan★Do付箋(の一部)はそうした図書館本にも使ってはいけない。自分の本だけにした方がいいね。
 何せ,剥がしたあと,隣のページがくっついてしまうんだからね。糊の残り方が半端ない感じですよ。

● そうしてみると,ダイソーの品質管理は他の百円ショップより頭ひとつ出ていると思えるね。ダイソーが安心かなと思いましたよ。
 っていうか,ダイソーが百円ショップ界のガリバーなのは故なしとしないなと思ったことでした。

2019年7月1日月曜日

2019.07.01 結局,メインのパソコンを買い換えた

● メインに使っているThinkPadの感度が鈍くなってきた。OSも7なので,そろそろリプレイスの時期だ。ちなみに現在使っているのは2007年に出たX61。
 手元にWin10のタブレットPCがあるので,それを活かそうかとも思ったんだけど,あまり無理をしても仕方がないので,新たに手当することにした。

● といっても,パソコンに3万円以上は出す気がしない。ので,ヤフオクのX260の出物に入札。8GBのRAMに128GBのSSD。1920×1080の12.5インチディスプレイ。ぼくには充分以上のスペック。
 MS-Office Pro plus2016が付属。これで3万円以内で落札できれば,元は間違いなく取れる。最低でも5年は使う。ひょっとすると,古稀まで使うかもしれない。

● 持ち歩くことはないから大きめのPCでもいいっちゃいいんだけど,大きめのノートパソコンって愛着が湧きにくい。小さめの方がいい。
 大きめのノートパソコンを買うくらいだったら,デスクトップにしちゃった方がいいんじゃないか。

● ところで。パソコンといえばThinkPadのことで,それ以外の選択肢を考えたことはない。サブのChromebookやタブレットは手元にあるけれども,メインはThinkPad。
 理由はひとえにキーボードにある。タブレットをメインにしようと考えたときも,キーボードはThinkPadキーボードをつないで使うつもりだった。キーボードってほんとに大事。CPUや記憶容量よりもキーボードの使い勝手を優先すべし。

● 3万円で入れていたら,終了10分前に高値更新された。追わない。これから出物はいくらでもある。慌てることはない。来年1月までにリプレイスすればいいんだからね。
 と思ったのだが,気がついたら指が勝手にキーボードを叩いていて,35,000円で落札してた。速攻で支払いまですませた。

● この製品が届いた後は,Amazonプライムビデオもこれで見ることになるだろう。今はChromebookをそれ専用に使っているんだけど,そのChromebookよりもこちらの方がずっと画面の解像度が高いので。
 ChromebookもタブレットPCも無用の長物になる。せっかく買ったのだからどうにかして使おうとすると,かえってロクなことにならない。ムダな買物をしたと悔やんですませるのが正解だろう。

● 届いたらソフトをインストールしないといけない。それが面倒なのもパソコンを買い換えたくない理由のひとつだ。
 が,今回はCD-ROMを使ってインストールするのはひとつしかない。スキャンスナップをつなぐためのソフトだけだ。
 あと,iTunesとChromeを入れなければならないが,これらはネットからダウンロードできる。面倒くささはけっこう減る。スマホ以後だと思うのだが,ソフト自体が安くなった。インストールもブツを介さないので楽になった。

● パソコンに関していえば,僕の場合はブラウザとWindows付録の“メモ帳”であらかたすんでしまう。iTunesでCDのリッピングをしないのであれば,今回落札したパソコンも要らなかったと思う。
 今まで使っていたのをスタンドアロンでスキャナをつなぎ,それ以外はChromebookですべて対応できる。