● Faber-Castell のパーフェクトペンシルは,色々と妄想を逞しくできる。よくこんなものを作ったな,と思わせる。その意味では,稀有と言ってもいいくらいに,面白い製品なのだと思う。
とはいえ,これは実用性で勝負できるものではない。鉛筆が数万円もするという時点で,何事かが狂っている。その狂いを面白いと思える人が使うものだ。
● 面白いと思えるというのは洒落っ気だろうか。見栄が混じったものだろうか。あるいは,単純に美意識とても呼ぶべきものなのだろうか。
何せ,ぼくはパーフェクトペンシルの狂いぶりを,たんに狂っているとしか思えない,健全な人間だからね。
● 鉛筆をヘビーに使う人は,パーフェクトペンシルでは我慢できないだろう。
ヘビーユーザーは,たぶん,クルクル回すタイプの鉛筆削りで1ダースの鉛筆を削るのを朝一番の日課にしているに違いない。れを uni のケースに入れて,外に出るときにもダースの鉛筆を携えるのを苦にしないのだ。
パーフェクトペンシルを胸ポケットに挿して出かけましょう,なんていうのには付き合っていられない。
● ちょっと書いては削り,またちょっと書いては削る。アホか。そんなことをしてたんでは時間をドブに捨ててるようなものじゃないか。鉛筆は予め1ダースは削った状態にして,芯が丸まって来たら,次々に取り替えて使っていくものだ。
そうして使っていって,全部使い切ったら,まとめて削れ。削った芯を傷めないように,ケースの内側には発泡スチロールを貼って緩衝材にしろ。それくらいはやるもんだろ。
● というのが,鉛筆を愛する人の生態に違いないのだ。とすると,パーフェクトペンシルとはいったい何なのか? 鉛筆を装飾品に変えるツールなのか。そうだとして,鉛筆を装飾品に変えてどうするつもりだ?
装飾品にするのならもっといい筆記具があるはずだ。しかし,あえて最も安価な筆記具である鉛筆でやるところが凄いのか。意外性でウケを狙うのか。そうなのか。
● ともあれ,パーフェクトペンシルは文具界においてもかなりニッチな製品だろう。メジャーになることは絶対にない。
伯爵コレクションの他に,安価なものも各種取り揃えているが,安価であってもメジャーにはなり得ない。そんなことは Faber-Castell もわかっている。
パーフェクトペンシルのユーザーと Faber-Castell の関係は,高校の部活の生徒と顧問教師のようなものか。部員数が少なくても意気軒昂な,妙な部活の。
● パーフェクトペンシルは伯爵コレクションとそれ以外に大別される。しかも,ここが大事なところなのだが,伯爵コレクションを持つのでなければ,持たない方がよい。
実用性で持つものではなく,意外性を楽しむものだとすれば,そうならざるを得ない。意外性を作る要素は色々あるが,価格もそのひとつだ。というより,その筆頭だ。
● どうしてもというのであれば,最も安いKIDSを持つのがギリギリ許されるところだろう。UFOや9000番を持っては貧乏臭さがMAXになってしまう。
伯爵コレクションが持てないのでUFOにしました,しかもUFOに名入れをして使ってます,って,情けないほど貧乏くさいじゃないか。
ぼくらは所詮,貧乏人だよ。それはわかっている。けれども,精神まで貧乏に落としてはいけないじゃないか。せめてそこは抵抗しようじゃないか。
驚くことではないけれど,made in China。伯爵コレクションもおそらくそうではないか。手作業の工程があり,精密な作業が要求されるといっても,中国ではできないなんてことはあるまい。
● その伯爵コレクションもレジの横でガラスケースに入って,鎮座ましましている。ここだけ博物館という感じ。
あまりにレジに近いので,ゆっくり拝観することはちょっとしずらい。
● 文具,しかも鉛筆なんだから,額もしれている。ので,使わないとわかっていても,ひょっとしたら使うかもと自分に言い訳して,買ってしまう。
今回は鉛筆回りの迷走が続いたが,これで第4コーナーを回って,ゴールにたどり着いた。もうこういう馬鹿げたお金の使い方はやめます。
● ところで。伊東屋はGよりKの方が面白くないですか。文具店かくあるべし,を顕現しているのはKだと感じてしまうのは,ぼくが昭和の人間だからかねぇ。
文具店がサロンである必要はない。Gはそれを狙ったのかもしれないけれども,サロン化に成功しているとは思えない。お客の店内滞在時間は長くなっているのだろうか。
Kの4階。鉛筆の集積度は圧巻ですよ。BLACKWINGやSTAEDTLERなど利幅の大きいものから,大衆的な鉛筆まで。ワオッ,鉛筆ってこんなにたくさんあったんだ,と驚ける。
これでしょ。これが他にはない伊東屋の魅力でしょ。
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