● 3月16日に使い始めた エトランジェ ディ コスタリカ の re-Collection Pocket をやっと使い終えた。
ノートは1冊しか使わない。用途に応じて複数のノートを使い分けることはしていない。そもそも,分けるほどの用途を持っていない。
● この小型ノートを使い切るのに3ヶ月半もかかったのは,中紙が104枚ほどあるのも理由のひとつだけれども,それはあまり関係ない。
要は,書かなくなっているからだ。なぜ書かなくなっているのかといえば,楽しくないからだ。
● ではなぜ楽しくないのかというと,ひとつはC罫であること。ぼくは小さい字を書くのでC罫の中に余裕で収まる。それでも窮屈感がけっこうある。
もうひとつは,万年筆だと時に裏に抜けることがあるので,ボールペンを使っていたことだ。少しザラッとした紙に万年筆で書くのが,書いてる感があって楽しい。re-Collection Pocket を使ったことによって,万年筆を断念することになった。
ちなみに,その楽しさを味わうのにお金は要らない。ダイスキンと Preppy でいい。ぼくは Plaisir を使っているが,1,000円の万年筆で欠けるところは何もない。
● 自分で招いたこととはいえ,長い冬だったよ。明日からダイスキンに戻れる。ペンも万年筆に戻せる。ダイスキンはプラチナのインクなら裏抜けはないから。
re-Collection Pocket を使っている間は,ノートにもペンにも安定感を感じていなかったので,筆記具で迷走することがあった。鉛筆を使ってみようか,と。絶対に裏抜けはないわけだし,適度に筆記摩擦があって書きやすいんじゃないか。そんなことを思って,実際に鉛筆をけっこうな本数,買ってしまったし,ノートもモレスキン買いに走ったりした。
全部,無駄なことだったし,無駄になることもわかっていたんだけど,気持ちイライラしてたんですかねぇ。書くという行為の快が減ってしまって。
● re-Collection Pocket に見切りを付けて,サッサと次に移っていればよかったかもしれない。けれども,袖振り合うも多生の縁というのは,人とモノとの間にも成立つと思っていてね。
使い始めた以上は使い切る。相手にフラれることはあっても,自分からフルことはしない。というわけで時にイライラしながら,時にウンザリしながら,そして時に書くのを休んでしまいながら,ともかく使ってきた。
その前に,ゴムバンド付きの re-Collection Pocket が現在も販売されているのかどうか。ぼくが購入した店には置かれていない。
● もちろん,このノートがダメだというのではなく,自分との相性が良くなかったということだ。そういうことにしておきたい。
C罫の他に,方眼や無地もあったわけだし,このノートを快適に使えている人はあまたいるだろうから。
0 件のコメント:
コメントを投稿