● 落合書店ベルモール店の文具売場を覗いてみた。ら。G.C.PRESSのコーナーが作られていた。便箋や封筒,一筆箋やはがき箋。G.C.PRESSの製品だけではなく,ミドリなど他のメーカーのものも並んでいたけど。
便箋や封筒は,昔に比べるとめっきり使われなくなった文具の代表だと思う。メールが郵便に取って代わった。今はLINEだとか,Facebookのメッセンジャーが使われているんだろうけど。
● 今の郵便って,企業からのDMで成り立っているんでしょ。信書の保護なんて言葉は過去のものになったと思っていたんだがな。
メール便はダメだなんていうのは時代錯誤も甚だしい。困ったものだ。郵便局よりクロネコヤマトの方が信頼できるんだが。
● おっと,話がずれた。ともあれ,文字のやり取りはデジタル化の恩恵を最も受けた分野。文字のやり取りが通話機能をも代替しつつある。
フリックでバババッと話す速度で入力できる人は,若者を中心にいくらでもいるだろう。そうした人たちは,もはや携帯「電話」を必要としないだろう。
● 手帳機能のデジタル化も実用のレベルに到達しているようだ(ようだと言うのは,ぼくは使っていないので)。紙の手帳を凌ぐ使い勝手を示す部分もあるようだ。
昔の電子手帳からシャープのザウルスやPalm OSのPDAを経て,スマートフォン&グーグルカレンダーに至った。
● が,デジタル手帳が進境著しくなると,逆に紙の手帳が売れるようになった。不思議な現象だと思えば思える。けれど,わかる気もする。
現状では紙の手帳の方が便利に取り回せる。1日1頁タイプに代表される部厚い手帳,大判の手帳を持ち歩くことが,流行しているようにも思われる。
● しかし,便箋はどうなのだろう。デジタル化が行くところまで行って,かえってアナログが見直されているという状況があるんだろうか。
自分を顧みると,手帳は紙だけれど,便箋を使ったことはここ20年ほどは絶えてない。
● 便箋って,メールなんかない時代にも使う人は限られていた。少なくとも手帳よりは。
音声ではなく文字を使ってするコミュニケーションの唯一の手段が郵便(便箋)だったわけだけど,それでも使う人は限られていた。
その限られた人が使っていたわけだけれども,さらにその人たちの使い方もまた限定的なものだったはずだ。友人知人に誰彼となく手紙を書いて投函していたわけではないだろう。
● ぼくもそうだった。ぼくは手紙を書く人だった。使っていたのはコクヨの書翰箋。味も素っ気もないというか,実用一辺倒の便箋。
それを使って20代の半ばくらいまで,高校のある友人と手紙のやり取りをしていた。けっこうな量の書翰箋を消費したと思う。
つまり,彼とはかなりの手紙のやり取りをしたけれども,彼以外に手紙を書くことはなかった。
● だいたい,文字を紙に書くっていうのが,まったく一般的ではない。でき得れば,そんなことはしないですませたいと考える人が大半だろう。
にもかかわらず,LINEがこれだけ普及しているのは逆に驚異で,いつから日本人はこんなに書くことに抵抗を感じないようになったのか。
● で,どうなんだろう。便箋とかレターセットとかの売行きは増えているんだろうか。メールやLINEが書くことのハードルを下げ,そこに手書きの良さが云々されているという追い風がある。
書道アイドル(?)も登場している(その中のひとりが,栃木県出身の涼風花)。書道を習う人も増えているのかもしれない。
でも,まぁ,ぼくは何か書かれた一筆箋を受け取ったことはないし,手紙をもらうこともないんだけどね。
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