発行所 プレジデント社
発行年月日 2016.02.08
価格(税別) 639円
● まず,柳井正さんの次の文章が引用されている。
私は経営者として,「経営とはアートである」と考えています。優れた経営者とはアーティストであり,優れたセンスの持ち主なのです。(中略)スキルは教科書で学ぶことができますが,センスはノートでなければ磨けません。見事なアジテーションだね。「センスはノートでなければ磨けません」ってね。そうかもしれない。いや,たぶんそうなのだろう。
が,逆は真ではない。ノートを使えば必ずセンスを磨けるか。残念ながら,ノー。
● 次の文章も転載しておこう。
エグゼクティブ層は毎日かなりの頻度でメモを取るが,その際は大学ノートなどの定型のノートよりも,手近の資料やコピー用紙の余白や裏側などに書きつけることが多い。反対に,サラリーマン層には,自分でメモを取らずに部下に任せるケースが見られるほか,システム手帳や三色ボールペンといったアイテムにはこだわりを持つ傾向がある。(p25)ここで同意するのは,アイテムにこだわっている人にあまり仕事のできる人はいない,というところ。ぼくにもそういう一時期があったかなぁ。
ただ,これもね,コピー用紙にメモするようにすれば,エグゼクティブ層になれるのかといえば,そういうことはないわけでね。好きなようにするのがいいやね。
● 最近っていうか,ここしばらく万年筆がブームになっていたり,手帳が大型化していたり,文具には光が当たっているようだ。いろんな人がいろんなことを語っている。
ぼくもそういうのが好きなほうだから,けっこう読んじゃったりしてるんだけど,そうするとどうしたって影響を受ける。形から入るようになる。
その馬鹿馬鹿しさっていうかなぁ,そこに思いを致させてくれる効果はあるかなぁ。エグゼクティブ層はアイテムにはこだわらないっていうのはね。
● 無印良品前会長の松井忠三さんの言葉。
私のノートの使い方は「1冊に集約する」と「型をつくる」の二つに要約できます。(p34)ノートというより,手帳のことだね。松井さんはずっと能率手帳ゴールドをお使いのようだ。「型をつくる」ことには,手帳を変えないことも含まれる。
ただし,雑多なメモを含めて能率手帳1冊に集約するのは不可能はなずだ。手帳には上澄みを記録しているようだ。
● 石黒不二代さんの発言から。
その意味で正反対のやり方をしているのが,日本で優秀とされてきたホワイトカラーの人たちです。受け取った情報を漏らさず記録し,分類したうえで,後日の意思決定に備えて保存する。学生時代まじめに板書の転記に励んできた人の行動様式だと思いますが,情報量が激増した一方,検索技術が進歩した時代にあっては,それだけでは付加価値を生むことはできません。(p40)● ここではインターネットの登場と普及によって情報量が劇的に増えた現代の話をしているわけだけれども,一人一人にとっても「情報量が激増」したと感じる節目というか,時節の変わりを経験するものではないだろうか。
ぼくの場合は,中学から高校に変わった時期だね。授業で扱う情報量が圧倒的に増えたなと思った。特に英語と数学。
それに対して,なす術がなかったというか,中学のときと同じ対応しかできなかった。あっという間に落ちこぼれたね。
こういうときにスッと方法を変えられる人,生みだせる人が,いわゆる優秀な人なのだろうな。
● 芥川賞作家の羽田圭介さんは,ポメラで原稿を書いているそうだ。ポメラで書いて,パソコンに移し,プリンター出力して,赤字で修正を加え,それをワープロソフトで直す。パソコンに移したあとのサイクルは何度も繰り返すことになる。
パソコンの中で全部のことをやろうとしている人の考えって,どうしても似てくる。ある意味,客観性を失い,ほかの可能性を考えなくなり,視野が狭くなる。印刷にしたものが一番客観的に見やすいと思うんです。(p79)昔から言われてますな。画面で校正するな,必ずプリントアウトしろ,と。でも「パソコンの中で全部のことをやろうとしている人の考えって,どうしても似てくる」という指摘は,斬新だと思えた。
● 羽田さんは,「仕事の打合せの際も,ポメラでメモをとるようになった」そうだ。それまでは紙にメモして,あとからパソコンに入れていたらしい。
こういうことをする人って几帳面なんですかね。メモのままではダメなんだろうか。
● 最後に,みうらじゅんさんの発言を2つ。
ビジネス情報も同じでしょうが,どんどん時間が過ぎるのが早くなっているので,振り返ることにはあまり意味がない。(p80)
自分が好きなことが,即他人に伝わるほど世の中は甘くない。プレゼンでもそうなんですが,「自分」が出すぎるとウザいんです。(p81)
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