2017年11月27日月曜日

2017.11.27 スマホ+ThinkPadキーボード

● もう一度,USB接続のThinkPadキーボードをスマホにつないで入力してみた。前回,ATOKでは一部のアプリは日本語を受け付けなかった。GoogleKeepやGmailだと問題なく日本語が入るんだけど,TwitterやFacebookに日本語を入れようとしても入らない。
 Keepにまず入力して,それをコピー&ペーストするしかないかと思ったんだけどね。

● Google日本語入力に替えたらこの問題は解決。TwitterもFacebookもキーボードから日本語入力ができるようになった。Google日本語入力だと“日本語106/109キーボードレイアウト”も必要ないんだろう。このアプリはアンインストールした。
 フリック入力するにも,ATOK(ZenFone3Maxに標準添付のATOK)よりGoogle日本語入力の方が使いやすい。ア・イ・ウ・エ・オが中心と4方向に配置されていることは重要なようだ。
 ATOKは上半分に凝縮されている。その分,それ以外の文字や記号も入力できるんだけど,これ,速度を阻害する。速度が阻害されると入力する意欲そのものも阻害される。

● しかし。前回は「スマホを入力マシンにするのは諦めた方がいいのかなという方向に傾い」たんだけど,ポインタが表示されるようになれば,スマホとThinkPadキーボードの組合せは充分にアリだと思える。
 ぼくなんかだと,パソコンでやっていることの9割はこれでできそうだ。どうしてもパソコンでなければいけないのは,光学ドライブを使用するとき,外付けハードディスクに保存してあるバックアップデータをコンバートするときくらいのものだ。どちらもめったにない。

2017年11月26日日曜日

2017.11.26 ダイスキンを使い続けるにはストイックでなければならない

● 地元のダイソーを覗いてみた。ダイソーだけでもこれだけのノートがあるのだ。綴じノートもあれば,リングノートもある。ルーズリーフもレポート用紙もある。A罫もB罫も無地も5㎜方眼もある。
 サイズもA7からA4まである。学習ノートも各種,取り揃えられている。

● ダイソーだけでもこれだけのノートがあるのに,その中から愚直にダイスキンだけを使い続けるには,それ相応のストイックさが要求される。
 色々あるんだから,色々使ってみたくなるのが道理というものでしょ。

● 基本はダイスキンだとしても,時々は浮気したくなるのがあたりまえ。にもかかわらず,ずっとA6ダイスキンを使い続けている自分って,じつはMと言いたくなるほどにストイックなのではないかと思った。
 偉いぞ,オレ,みたいな。

● 同時に,色々使ってみたくなるんだったら使えばいいのに,とも思った。なんでダイスキンに義理立てする必要がある?
 使用済みの後,ズラッと同じ判型の同じノートが並んでいた方が格好いいと思っているからか。

● それもあるけれども,ダイスキンの供給が不安定だった時期に,見つけたら即買いを続けた結果,大量のダイスキンを抱えることになったのが大きいかな。
 これ,とにかく使っていかないと,っていう。身も蓋もない話だけど。20数冊をまとめてもらってもらったりもしてるんだけど,ぜんぜん追いつかないや。

● 使っていきますよぉ,これからもダイスキン。

2017年11月16日木曜日

2017.11.16 女性向けの文具ムックをまとめ買い

● 八重洲ブックセンター宇都宮店で女性誌の棚にあった,手帳・ノートのムックをまとめ買いした。といっても,7つあったうちの3つにとどまったんだけど。
 なぜなら,手帳やノートをどう使うかに関しては女性に学ぶべし,と考えているからだ。生産性や効率や実用性という言葉をいったん頭から追いだして,女性が楽しんでいる様子から学ぶべきだ,と。

● 手帳術やノート術を特集している雑誌を買わなくなった。ここ1年の傾向。そうした雑誌の多く(ほとんど)は,ビジネスユースを想定しているものだから。
 ビジネスから離れてしまえば,そういうものに反応しなくなる。自分には関係ない世界の話になるわけだから。

● でも,手帳を実利のための道具としてしまうのは,手帳を狭く捉えすぎているとは思っている。この点について,そうではないということを世間に知らしめたのは「ほぼ日手帳」の功績だろう。
 「ほぼ日」のサイトや『ほぼ日手帳公式ガイドブック』で,実際のユーザーの利用例を紹介することで,手帳はもっと自由に使っていいのだと,具体例をあげてアピールした。

● そこに登場していたのは多くが女性。その特徴は,絵を描くことと何かを貼ることだった。書籍としてサマになるってこともあったのかもしれないけれど。
 共通しているのは,徹底的に自分の楽しみを追求していること。何かの役に立たせようという「手帳=道具」観から自由になっていること。

● ぼく一個は,そういうものに冷淡だった。絵心なんかまるでないしね。こんな益体もないものに,こんなに時間をかけて,なんてね。
 でもね,わかってたんですよ。こっちの方が高級だって。そうなんですよ,高級って益体もないものなんですよ。

● まぁね,女性から学ぶと言ったって,学べるのは表層的な方法論だけで,その先にある“楽しむ力”は,男は女に遠く及ばない。したがって,学びようがない。
 “楽しむ力”になぜかくも性差が存在するのか。女性は大自然を体内に抱えているからだ,というのがとりあえずの答え。

● ともあれ。この3冊はゆっくりと見ていこう。急いで読まないようにしたい。

2017年11月14日火曜日

2017.11.14 外付けキーボードを買ってみたが

● スマホを入力マシンにもしたい。そのためには,キーボードをつなぐしかない,というのが,目下のところの結論。
 フリック入力はストレスを惹起するだけ。基本,慣れの問題なんだと思うんだけどね。Twitterで140字制限があるけれども,その制限のないFacebookでも140字を超える投稿をあまり見かけないのは,ほとんどの人がスマホを使っているからだろう。
 つまり,スマホでは140字を打つのも大変だというのが,大方のユーザーの共通事項ということだろう。

● スマホを入力マシンにしたいとは以前から思っていて,過去にBluetooth接続の折りたたみ式のキーボードを使ってみたことがある。が,わりと断線するので,これはダメだと思った。
 それなら,USBで有線接続すればいいだろう。ということをずっと思っていて,ヨドバシで外付けキーボードを物色してたんだけど,どうもピンと来るモノがない。

● といって,ぼくにとんがった好みがあるわけではない。マウス代わりのタッチパッドが付いていればいい。
 スマホと一緒に持ち歩くのだから,折りたためればそれに越したことはなけれども,USB接続で折りたためるキーボードがあるとは聞いたことがない。多少大きくともかまわないことにする。

● それでもなかなかこれといったモノが見つからなかった。結局,ヤフオクでThinkPadキーボードを購入することにした。
 先日,使えなくなっていたヤフオクを使えるように手続き(?)したのも,このためだった。

● そこで早速,ThinkPadキーボードを落札した。今日,届いた。
 早速接続してみましたよ。すでに使っている人のブログなんかを参考にして,まず“日本語106/109キーボードレイアウト”をインストール。ATOKを使っている場合にはこのアプリを入れないと,Androidが日本語キーボードを正しく認識しないらしいのでね。

● その結果を報告すると,あまり芳しくない。Google KeepやGmailではそのまま日本語が入るんだけど,TwitterやFacebookに直接入力しようとすると,日本語を受け付けてくれない。英字になってしまう。
 もうひとつ。いちいちスマホの画面にタップするのはかったるいと思って,トラックポイント付きのThinkPadキーボードにしたのに,このトラックポイントがまったく機能しない。キーボードをつなぐとパソコンのようにポインタが現れるのだろうと思っていたんだけど,そうではなかったんでした。
 先人のブログを読むと,トラックポイントが活躍しているようなんだけど,どうなっているんだろうな。

● 予想していたことだけれど,ケーブルの取り回しの面倒さも感じている。ThinkPadキーボードが予想以上に大きかったこともちょっと。
 というわけで,スマホを入力マシンにするのは諦めた方がいいのかなという方向に傾いている。

● ちなみに,ぼくのスマホのAndroidのバージョンは7.0だ。ThinkPadキーボードはIBM時代の古いもの。

2017.11.14 考えてから書くんじゃなくて,書くから考えられる

● ダイスキンにあれこれ書いていて実感すること。書くことはイコール考えることですね。書かないで考えるってのは,無理なんじゃないかと思う。
 考えたことを書くのではない。書くから考えられるのだ。したがって,「考える→書く」ではない。「書く→考える」なのだ。

● この点において,たしかにパソコン(キーボード)より紙とペン(手書き)の方が,考えを刺激する効果があるようだ。脳を「考える」に向かわせる効果は,キーボード入力より手書きの方が大だ。
 パソコンと紙,どちらが後まで残るかといえば,たぶん,紙だろう。

● パソコンがなくて困るのは,ネットにあげることができなくなる(したがって,自分の意見や見聞を外に向かって発信することができなくなる)ことだけれども,それを犠牲にしてでも,紙に書いて考える,頭を整理することを,人間は優先するのじゃないだろうか。
 パソコンと紙,どちらか一方しか使ってはいけないとなれば,紙を選ぶ人が多いのではないかと思う。

● 書いていると,次に書くべき内容が浮かんでくるというのも,よく経験することだ。発想がポンと飛んでくれる。
 脳を散歩させるには,手で書くのが一番良いのではないか。

● デジタル化が極まってアナログに反転するのではなくて,デジタルはデジタルとして使いながら,アナログも捨てないこと。
 デジタルとアナログを使い分けるってことになるんだけど,使い分けるというよりは,絶対にアナログでなければいけない部分が人間の中にはある。そのことを忘れないでいることが大切だと思う。

2017.11.14 コンビニ文具

● コンビニで扱っている文具。ファミマには無印良品がある。セブンイレブンは“by LoFt”。
 毎朝,出勤途中でセブンに立ち寄るので,ついでにどんなのがあるのか見てみた。

● 3Mのモバイルメモというのがあった。強粘着の方眼付箋を重ねたもの。持ち歩き用のメモ付箋。ここに書いてノートに貼っておくという使い方を想定。
 値段は462円だった。こういうものに462円を出せる人は大したものだと思う。

● これを買う人というのは,自分のメモにはそれだけの価値があると考える人たちなんでしょうね。凄いな。
 ぼくは自分のメモになど価値はないと思ってしまう。自己評価が低いというか,正確に自己評価ができているというか。

● ただし,自分のメモには価値があると考える人になりたいものだ。メモに価値があるのではない。自分に価値があるのだ。メモそのものではなく,自分が書いたメモだから,価値がある。自分にはそれだけの価値があると思いこみたい。
 根拠は要らない。思いこんだ者勝ちだ。結果は後から付いてくる。

● 逆にいえば,自分のメモに価値などないと思っていると,そういう結果が付いてくる。自分の来し方を振り返ってみると,何となく合点がいく。

2017年11月13日月曜日

2017.11.13 文房具は精密器械

● 万年筆やボールペンを始め,文房具は精密器械だと思う。しかも,精密なのに頑丈と来ている。文具として使われる以上,頑丈さは第一に求められるもの。
 文具の革新とはつまり,頑丈さをそのままにしたうえで,使い勝手の向上を図るための仕掛けを施していく(=精密器械化)ことなのだろうな。

● 今さらなんだけど,TombowのMONO-YX(修正テープ)を使ってみた。修正液をテープにしたものが吐きだされて,それが紙に貼りつく。きれいに修正しますよという機構になっている。
 貼りつく理由がわからない。ぼくからすれば,もう充分に精密器械だ。これがワインコインで買えるんですなぁ。

● カートリッジ式だから,ボールペンのリフィルと同じで,カートリッジだけ買えば使い続けることができる。それでも使い終えたカートリッジはけっこうな量の樹脂。それを捨てることになる。
 ぼく的には古くからある単純な巻きテープでいいかなと思う。修正液でもいい。修正液だとたくさん消すときに,少し大変なんだけど。

● まぁ,しかし。と言いながら,便利な方に流れていくわけだ。
 Tombowに限らず,日本の文具メーカーは大したものですよ。

2017.11.13 日本人は書く人になった

● ぼくが若い頃にはパソコンもインターネットもなかった。職場に初めてワードプロセッサーが導入されたのは,ぼくが28歳のときだったと思う。
 メーカーの社員から説明を受けたときには,度肝を抜かれた。これは凄いと思った。自分の文字が活字になって印刷される。5インチフロッピーに持ちきれないほどの書類が保存されて,いつでも呼びだせる。一度作った書類は必要に応じて訂正するだけで再利用できる。

● 個人でワープロを持てたらなと思った。ところが,そこからワープロの価格破壊とダウンサイジングが怒濤のごとく進行して,3年後には15万円で自分用のワープロを購入することができた。
 がんがん使った。自分が作る書類はすべて3.5インチフロッピーに収めた。ワープロ愛が強すぎて,パソコンに乗り換えるのが遅れてしまったほどだ。

● 自分が書くものはすべてデジタルにしたいと思った。こんな便利なものを使わないのでは大損だと考えた。
 それから幾星霜。インターネットが普及し,ブログやSNSが登場した。そのおかげで,気がついてみれば,そのようになっている。
 これ以上にデジタル化を図ろうとするなら,手帳をGoogleカレンダーに置き換えるくらいのものだけど,さすがにそれはしないと思うので,自分のデジタル化は行くところまで行ったと感じている。

● これからどうなるかと考えると,逆にアナログに回帰することになるんだろうか。
 でも,アナログもダイスキンを使って書くようになって,デジタル化に行く前よりもたくさん手書きしているように思う。

● つまり,デジタル化が行くところまで行ったのと,かつてなくアナログで書いているのが,両立している。
 今,気がついたんだけど,これって凄くないか。

● かつてなく書いている。たぶん,ぼくだけじゃない。今の日本人は書く人になったのだ。その大半はゴミかもしれない。いや,ゴミなんだろう。ぼくもゴミを大量に垂れ流している組だろう。
 しかし,ゴミであろうと,ともかく日本人の多くは書く人になったのだ。

● “書く”に限らない。“撮る”もそうだ。日本人の多くは撮る人になった。スマホで撮ってネットにあげる。TwitterもFacebookも写真がメインといってもいいほどだ。Instagramは言うにや及ぶ。動画ならばYouTube。
 大半は駄写真ろう。プロが撮るようなわけにはいかない。決定的瞬間なんてのもめったにない。大半はなくても別にいい画像だろう。
 しかし,とにかく日本人は撮る人になったのだ。

● インターネットの影響だ(したがって,日本人に限らないのだろう)。
 ゴミや駄写真であっても,書いていれば,撮っていれば,技術も上がっていくだろう。いやはや,大変な時代になったものだ。

● その昔,カラオケの出現によって,日本人は歌う人になった。それまでは歌う場といえば,学校の音楽の授業(で歌わせられる)くらいだったのに,そちこちにマイクを持って歌える場ができた。これまた,大半は聞くのに苦痛を感じる体のものだが(お互い様だから成立している)。
 “ひとりカラオケ”というのもあるらしい。聞く人がいなくても歌える人まで出現したのだ。

● それに比べれば,読む人がいないのに書く,見る人がいないのに撮る,それが何ほどのことだろう。自分を表現するのに受け手は必須ではないのだ。
 そこを突き詰めていけば,世界は自分ひとり。この世はひとり世界なのだ。
 自分を文字や写真や動画で表現する,外部化するという行為には,それ自体にカタルシス効果があるのだろう。受け手の存在は必須ではないのだ。

2017年11月12日日曜日

2017.11.12 マウスコンピューターのタブレットPC

● 宿泊を伴う外出のときには,マウスコンピューターのタブレットPC「WN891」を持って出る。2万円ちょっとで買ったもの。OSはWin8だったが,当然,10にアップグレードした。

● キーボードは打ちにくいし,かなり使いづらいと思ってたんだけど,やはりこういうのは慣れの問題。けっこう普通に使えるようになってきた。もちろん,ノートPCの方が使い勝手はずっといいんだけど。
 Twitterでもスマホで入力するのは,ぼく的にはきわめて億劫。キーボードでやりたい。その需要をともかく満たしてくれるから,慣れてしまえば値段が値段なんだし,USBでスマホをつなぐこともできるし,いい買い物をしたかなと思っている。

● 家ではPCを使うわけだから,タブレットは持出用だ。外で使う入力用マシンという位置づけ。
 なので,外で入力できればタブレットじゃなくても全然かまわない。今から買うんだとすれば,普通にノートPC(の中古)を買うかもね。軽いノートPC,いくらでもありますもんね。
 タブレットと言いながら,ノートPC的な使い方しかしないわけだしね。

● あと,今,考えているのはスマホに外付けキーボードをつなぐのはどうかということ。
 以前,BT接続でやってみたことがあるんだけど,しばしば断線してしまって,とてもじゃないけど,使いものにならないと結論づけた。今は改善されているのかもしれないけれど。

● が,USB接続の方が間違いないだろうと思って,USB接続のキーボードを物色している。USB接続ならBT接続ほどスマホのバッテリーも消耗しないだろう。
 USB接続のキーボードで折りたたみ式なんてのはないだろうから,ちょっとかさばってしまうけれども,それはまぁ仕方がない。
 これはたぶん,実地に試してみることになると思う。

2017年11月11日土曜日

2017.11.11 アトレ目黒の有隣堂(の文具売場)を覗く-生産性や効率に関係のない品々

● 仕事から半身を引いてしまうと,いわゆるビジネス関連の文具やその使い方には興味がなくなった。生産性とか効率という言葉にほぼ反応しなくなった。
 具体的には,まず手帳や手帳術の本。そんなもの,どうでもいいじゃないかと思ってしまう。手帳なんて使いたいモノを使いたいように使えばいいんだよ,と言いだしかねない。

● もちろん,自分がそういう境遇になったからといって,日本経済を支える現場にいる皆さんに,そんなことを申しあげるつもりはまったくない。
 自分を顧みて,人間なんて現金なものだなと思うだけだ。

● そうなると,生産性や効率に寄与しない文具の数々が目に入ってくるようになる。たとえば,便箋や一筆箋,封筒など。
 文字のやり取りによるコミュニケーションなら,LINEやFacebookのMessengerを使った方が,便利に決まっている。瞬時に届くし,かかるコストもゼロだ。
 が,そうじゃない昔からの世界に遊んでみるのもいいものだろうなと思う。優雅であり,何より贅沢だ。便箋と封筒,それから82円の切手代で味わえる優雅と贅沢。

● アトレ目黒の有隣堂(の文具売場)を覗いてみた。生産性や効率に関係のない品々。
 今の時期だと,年賀(絵)ハガキとかクリスマスカード。昔と違って,三次元のカードが普通にあるんですねぇ。飛びだす絵本みたいな。当然,けっこうなお値段。郵送するにも82円じゃすまない。
 購入するのは女性に限られるんでしょう。“若い”という限定は要らない。若い人もそうじゃない人も,こういうのをいくつか買って,誰かに送ったりするんだろう。

● 家を離れて大学に通っている息子かもしれないし,遠くでOLをしている娘かもしれない(夫に送るってのはないだろうね)。彼氏かもしれないし,親友かもしれない。
 送ったからといって喜ばれるとは限らない難しさはある。けれども,それだからこそ,いろいろ考えられて,楽しく遊べるのかもしれないね。

● 今どきだから,ひょっとすると男性にもこういうものに手を染める人がいるんですかね。彼女が喜びそうだからという理由で。商売がら,ホストが常連のお客さんに送るなんてのは昔からあったんだろうけどね。
 でも,基本,こういうのって,女性の世界でしょ。そもそもカードなんて贈らなくてもいいもの。でも,ムダのやりとりって大切。女性たちは昔から豊穣な世界に住んでいたのだ。

● 男たちは,職場や仕事がそのまま付き合いのフィールドのほぼすべてだろう。その職場で言われるのは虚礼廃止。
 これはこれで合理性があるんだけども,仕事に絡まない贈答文化をもともと持っていなかったんだから,男たちは文化の一分野から完全に遮断されている。文化的にあるいは教養的に,女性との差は広がる一方かもね。

2017年11月10日金曜日

2017.11.10 日経ビジネスAssocie 2016年11月号-2017年の手帳術 習慣を作る,1年が変わる!

編者 泉 恵理子
発行所 日経BP社
発売年月日 2016.10.10
価格(税別) 694円

● 去年買ったものを今頃読んでいるのだ。Associeの11月号は例年,手帳特集。11月号だけは買うという慣わしだった。
 が,どうもね,去年から激しく失速。今年の11月号はとっくに書店に平積みされているけれど,買わない予定。

● ひとつ気になる(というほどでもないのだが)ことがあって,この号には付録が付く。2016年はA4サイズの書類が入るバッグだった。その前はペンケースが2回続いたんだっけ。万年筆が付いてきたこともあったような。
 結局,使えないわけですよね,こういうのって。使えないものが自動的に付いてくるというのは,ゴミが付いてくるというのと同じ。あんまり嬉しくないんだよなぁ。値段はそのままでいいから,付録は外してくれないかな。

● Associeでも付録を付けると売れ行きがよくなるんだろうか。

● ともかく,去年のを今まで放っておいたくらいだから,手帳術なり,他の人がどんな手帳をどんなふうに使っているのかということに,興味が失せつつある,というか失せた。
 その理由ははっきりしていて,自分が仕事から半ば引退したことだ。これが一番大きい。時間活用とかToDoとか,そういうビジネス用語(?)に興味がなくなった。

● しかし,手帳は仕事にしか使ってはいけないものではない。引退しても生活は付いてくる。その生活に対して手帳の有効性がゼロになるというわけもない。
 しかし,長年の間に,この点に関しては自分の流儀が固まっている。最上ではないと思うんだけど,ともかく固まってしまっていて,それで格別の不都合は感じていない。

● その流儀というのは,
① メモは手帳から独立させる。
② 予定は付箋(色や形は問わない)に書いて手帳に貼っておく。終わったものは剥がして捨てる。
③ 手帳に直接書きこむのは過去になったもの。仕事は黒,プライベートは緑。読書録も手帳にメモ。本のタイトルのみ赤(再読は青)で。
④ 週間レフトなので右ページは何も書かないことになる。スクラップ帳的に貼るのに充てる。
 ただし,ログを残す道具としてTwitterを併用するようになってから,貼ることも減った。貼るものをスキャンしてTwitterにあげてしまうので。ネットにあげるのは憚られるようなもの,いちいちスキャンするには及ばないもの,を貼るわけだけど,そんなのはあまりない。

2017年11月9日木曜日

2017.11.09 “ぺんてる”のビクーニャフィールのリフィルを買う

● 6日に見つけることができなかったのは,こちらの迂闊。ヨドバシカメラ宇都宮店の文具売場にはちゃんとあったんでした。ぺんてるの油性ボールペンFeelのリフィル(BXM7H)。
 っていうか,これは最も一般的というか,よく使われているVICUÑAのリフィルなんですかね。

● Feelに限らずVICUÑAだったら使えるっぽい。要するに,Feelに独自規格があるわけではない。
 Feelで登場した低粘度油性の書き味がすべてのVICUÑAで味わえるようになっている。したがって,すべてのVICUÑAはFeelだとも言えるんでしょ。

● 値段は税込みで83円。店内にはこれが2本あったので,2本とも買ってきた。安いなぁ。これであの書き味が自分のものになるんだからね。
 ただ,これだけをレジに持っていくのは少し気が引けた。ので,手帳用に使っているハイテックCコレト用のリフィルも買っておくことにした。
 黒,緑,赤,青の4色を使っている。青はあまり使わなくて在庫が2本あるので,残り3色を2本ずつ。

● さて,これでノベルティのFeelをしばらく使い続けることができる。職場に持ちこんで,仕事で使う。
 これで仕事が楽しくなるというわけにはいかないけれども,ほんのわずかストレスが減るだろう。

2017年11月6日月曜日

2017.11.06 ノートよりカード?

● 何度か考えるトピックのひとつ。ノートに書いたことからたとえばブログのネタを探し,かつ文章をまとめようとするなら,ノートよりカードの方がいいんじゃないか,っていう。
 カードに書いてカードボックスにストックしておいて,ときどき見返して並べ替える。そんなことをしているうちに,自然にブログの文章ができあがったりするんじゃないか,と。

● ま,こんなブログなら,そんな大仰なことをするまでもないんだけど,まともな文章にしようと思えば,それ用の工夫があった方がいい。
 カードを使ってみるというのは,そのための工夫のひとつとしてアリなのかな,と思ったりするわけですよ。

● 保存するにはノートがいい。カードはバラバラになりやすい。そんなにたくさんカードボックスを買うわけにもいかない。
 でも,ブログという完成品にするのに使ったカードはどんどん破棄していけばいいんだからね。あとで見返したくなったら,自分のブログを見ればいい。

● メモパッドもカードに数えるなら,カードも各種持っている。苦労して(?)ジョッターまで手にいれたのだ。
 だから,今日からでもカードを使える準備はできている。だったら,ウダウダ言ってないでやってみなさいよ。

● 結局,こういうことを考えるというのは,今のやり方に飽きているだけなのかもしれないんですよね。ダイスキンを持ち歩いて,いろいろ書いていくというのに飽きてしまって,別な方法でやりたいということなのかなと思うんですよ。
 やってみたら,やっぱりダイスキンがいいやってことになるのは,何というのか,目に見えているんですよ。

● 今のやり方でいいんだと自分に思わせるには,いくつか出ているモレスキン本を読み返すのが効果的かな。
 文具の使い方に限らず,仕事のやり方でも,政治や経済に対する見方でも,定観というものがなくて,人の影響を受けやすい人なのでね,ぼく。

2017.11.06 “ぺんてる”のビクーニャフィール

● 今年の2月,宇都宮市の某所で,ボールペンをもらった。ぺんてるの油性ボールペンのFeel。VICUÑAの新シリーズであるらしい。
 メーカーが「手がおしゃべりになる。なめらか油性ボールペン」とうたっているのも宜なるかなと思える。
 軸の太さもちょうど良く,指があたるところの縦のギザギザも,滑りどめという実用性を満たすうえに,指が感じる感触もなかなかいい。
 ノベルティながらこれはいいモノをもらったと喜んでいる。

● プライベートでは万年筆派で,プラチナの安いPlaisirしか使わない。Feelは職場に持ちこんで仕事で使っている。ノベルティであることはほとんど気にならない。
 そのFeelのインクがなくなりそうなので,リフィルを買いに行った。ぼく,もらいモノでもわりと大事に使うタチなんですよ。

● ところが,ぼくの持っているFeel(BX117)は売場のどこにもないんでした。Feelの中でも最も安い製品であることは間違いないんだろうけど。これ,ひょっとしてノベルティ専用ですか。
 リフィルはBXM7Hだと思う。これも見あたらなかった。

● ノベルティなんかいつまでも使ってんじゃねーよ,ずっと使いたいんだったら自分で買えよ,と神様に言われたのかもしれないねぇ。
 Feel,相当いいですよね。Jetstreamも何本か持っているんだけど,今のところは職場で使うボールペンはもっぱらFeelなんですよ。ノベルティのね。


(追記 2017.11.09)

 BMX7Hはありました。ヨドバシ宇都宮店で購入しました(2本)。VICUÑAの最も一般的なリフィルのようですなぁ。どうして見落としたのか。

2017年11月5日日曜日

2017.11.05 ダイソーで「7カラー フィルムふせん 極細タイプ」を買う

● 本を読むときに付箋は必須。裏表紙の裏とかに,貼り付けておいて,気になった箇所に惜しみなく貼っていく。
 なので,安いことが第一条件。付箋が字を隠しては困るので,付箋は極細タイプであることが第二条件。同じ理由で,紙よりもフィルム付箋がいい。これが第三条件。

● それを最も高度に満たすのが,ダイソーの極細フィルム付箋だ。600枚というのがありがたいのだ。いくら質がよくても,3Mのフィルム付箋はなかなか使えないのだ。
 その付箋を忘れて家を出たので,宇都宮駅前のララスクエアに入っているダイソーで「7カラー フィルムふせん 極細タイプ」を買った。

● このフィルム付箋,600枚のやつと同じものなんだけど,350枚しか入ってないのだ。実質,値上げなのだ。600枚のやつはしばらく見かけなくなったのだ。
 350枚でもだいぶ安いとは思うんだけどね。ちなみに,Seriaだと300枚のが売られている。

● もう販売を中止しているのかもしれないね。店頭在庫しかないのかも。だとすると,田舎のダイソーを回ってあれば即買いってことになるかな。
 先月,自分の地元のダイソーに7つあったので全部買っておいた。その後,もう一度入ってみたんだけど,補充はされていなかった。

● でも,わざわざ田舎のダイソー詣でをする気にはならないけどね。詣でるためのコストが実入りより大きくなるもんね。350枚の付箋でしょうがないでしょうね。
 逆に都会のダイソーに行くとあるんだろうか。東京に行ったときにでも,覗いてみるとしよう。

2017.11.05 藍玉 『まずは,書いてみる』

書名 まずは,書いてみる
著者 藍玉
発行所 KADOKAWA
発行年月日 2017.01.12
価格(税別) 1,200円

● 副題は「〔時間〕〔アイデア〕〔やりたいこと〕がどんどん湧き出すメモの習慣」。メモの勧めであるわけだ。
 メモ魔になれとはよく言われることで,そのことを知らない人はいない。けれども,メモを取る人は少ない。面倒だ。取らなくても致命的に困ったことはない。その他,いくつかの理由があるんだろうけど,とにかくメモを取る人は少ない。

● だから,メモの勧め本が途切れずに出版される。問題は,メモを取らない人はその種の本も読まないこと。こうしたものを読むのは,すでにメモを取ることが習慣になっている人だろう。
 自分がやっていることは正しいのだと背中を押してもらいたくて読む,という場合がほとんどではないだろうか。

● ただし,昔に比べれば今を生きる人は書くようになっている。インターネット(ブログ,SNS)の影響だ。Twitterをメモ代わり,ログを残す手段として使っている人は,けっこう以上に多いのではないか。
 そうと意識はしていなくても,結果的にそうなっているという場合を含めて。

● 参考になったのは「ふせんのサイズでタスクの需要度,緊急度を視覚化する方法」(p39),「誰に何を頼まれたかが明確に」わかるメモの仕方(p105)。これは特に新人には役に立つかもしれない。
 ただ,じゃあ自分もやるかといえば,たぶん(いや,確実に)やらないんだな。

● いくつか転載。

 ミスをすると少なからず落ち込んでしまいますし,そのような出来事から早く逃れたい心理になります。ですが,そこは勇気を出してミスを分析します。これもまた,ノートに書き出します。(p112)
 「やること」は小さな目標でもあります。できた喜びから「もう一つやろう!」を意欲が湧いてくるのです。(p117)
 メモをアップデートする裏技は縦のノートを横にして使うこと(p120)
 長年叶えられないものは自分にとって必要ないことだ(p134)
 最近,マンスリーのフォーマットに可能性を感じています。アイデアしだいでいろいろと面白い使い方ができるのです。(p149)

2017.11.05 ダイソー版トラベラーズノート,売行き好調

● 宇都宮はララスクエアのダイソーを覗いてみた。ダイソー版トラベラーズノート,売行き好調のようだ。一冊だけ残っていた。よほど買おうかと思ったけど,絶対使わない自信がある。

● 一方で,使ってみたいとも思っているわけで。なぜなら,こういうノートを使っている自分ってなかなかいいなぁと思うからですよね。
 自由に生きている自分,クリエイティブな自分。そこを刺激するアイテムなんでしょうね,トラベラーズノートって。そこはダイソー版でも変わらない。

● が,ぼくの書き方なら横罫のノートが一番向いている。今使っている100円のダイスキンで何も問題はない。ハードカバーで,パカッと開いて,立ってでも書ける。
 文字しか書かないんだから,方眼や無地より罫線があった方がいい。この点でも,トラベラーズノートはぼくには向かないのだ。

● あのノートは,描くのと貼るのに向いている。だから,トラベラーズノートじゃなきゃという人もいるはずだ。
 ぼくの感覚では女性に多いはずだと思うのだが。女性は基本的にお金にシビアだけれども,化粧品や洋服や靴やバッグにはお金を惜しまない。自分をキレイに見せてくれるモノ(その可能性があるモノ)には惜しみなくお金を注ぐ。

● ノートや手帳に興味がある女性は,たぶん,男性以上にお金を出すはずだ。このノートや手帳は自分を変えてくれる可能性があると,自分が思えるものには,お金に糸目をつけないのじゃないかな。
 トラベラーズノートにはそうした女性を掴むたたずまいがあるように思える。

● そして,そうした女性はダイソー版を買うことはないだろうね。自分を変えてくれるかもしれないノートが250円のパクリモノではイヤだろうから。
 ブランド品は正規店でしか買わないというのに通じる感覚なのじゃないかと思う。

2017年11月3日金曜日

2017.11.03 インターパーク宇都宮のダイソーで

● 相方がジョイフル本田に行きたいというので,新4国を走った。この道路を走るたびに思うのは,上三川町の大出世のこと。かつて上三川といえば陸の孤島の代名詞だった。とにかく不便なところ。高校生になって間もない頃,上三川から通っている級友が,自分の出身地を“僻地,上三川”と言っていたのを思いだす。
 それが日産がやってきて,富裕な自治体の代表になり,新4国が開通したことによって,陸の孤島どころではない,大動脈が通う街になった。
 そこへインターパークの誕生だ。三段跳びで出世した。それが上三川にとって良かったのかどうかという意見もあるだろうとは思うけれども,もう“僻地,上三川”と出身地を卑下する必要はなくなったはずだ。

● インターパークに行ったついでに,ダイソーインターパーク宇都宮店を覗いてみた。極細フィルム付箋(600枚)があれば買っておこうと思って。
 が,ここにもなかったんでした。販売をやめちゃったんですかね。

● その代わり,新しいダイスキンを発見しましたぞ。右の写真のKORORUとある黒いノートがそれ。ハードカバーにゴムバンド。隣のB6ダイスキンより縦長。中紙は48枚。新型ダイスキンの登場だね。
 KORORUにはA7もあり。中紙96枚。A7ダイスキンの復活ですな。

● おめでとう,同志よ,清廉実直にして知的活動旺盛な者たちよ。
 って,オマエは違うだろうがよ,それには該当しないだろうよ,オレよ。

● 手帳売場も覗いてみた。来年もBindexを使うことにしたので,とりあえず来年は使うことはないんだけど。
 ダイスキンダイアリーは置いてなかった。けど,ブロック月間と週間レフトを備えた手帳はダイスキンダイアリー以外にもあるんでした。
 これで充分だと思う。少なくとも手帳としての機能には欠けるところはないだろう。手帳も百円の時代だな。

2017.11.03 “手帳とメモ帳を変えてみる”を破棄

● ジョイフル2の文具売場。手帳をはじめ圧巻の品揃え。半日は過ごせるな。
 ところで。来年は手帳とメモ帳を変えるつもりで,準備も整えていた。長年,手帳は能率手帳を愛用。正確には能率手帳のシステム手帳版のBindex No.011。
 それを百円ショップで売っているマンスリーに替えよう,と。なぜなら,マンスリーで充分だと思われるので。

● 仕事のスケジュールしか書かないんだったら,そもそも手帳は必要ないものだった。脳内メモリで何とかなったはずだ。その程度の仕事しかしてこなかったってことなんだけど。
 でも,以前は手帳にあれこれ書いていた。仕事以外のこと。たとえば,その日に食べたものを書いたり。
 “貼る”もやっていた。見たテレビ番組について,新聞の番組欄を切り抜いて縮小コピーして手帳のスケジュール欄に貼ったりとか。人にもらったお菓子の包装紙を貼っておいたりとか。

● だけど,ムダなことをしているなぁと思ってね。食べたものを書くのはやめた。テレビはまったく見なくなって久しい。
 というわけで,手帳に書くことがどんどん減っていった。特に4月以降はほとんど書かなくなってたんですよ。ので,マンスリーで充分かと思ったんだけど。

● 実際,マンスリーで充分なはずだ。が,どういうわけか,ジョイフル2でNo.011を買ってしまって。
 結局,来年も今年までのやり方を踏襲することにした。Bindex+ダイスキンの組合せ。A6マンスリー手帳とA6CampusをSYSTEMICに挟んで使うのは数年後まで持ち越し。

● いや,ひじょうに細かいというかセコいことなんですけどね,Bindexを継続して使うことにしたのは,次のような事情もあるんですよ。

1 バインダーがまだ使える。バインダーの収納が便利。
 ポール・スミスのバインダーをヤフオクで買って,かれこれ6年使っているんだけど,まだまだ行ける。それとバインダーの収納が便利で,コンサートのチケットや図書館の利用者カードを入れておくのにちょうどいい。

2 保存用バインダーがあと3冊残っている。
 保存用のバインダーはSeriaの紙のやつを使っている。これがまだ3冊残っている。買い溜めちゃうんですよねぇ。これを使い切らないともったいないっていう,ケチ根性がきざしてしまった。

3 SYSTEMICを使ってみたいものの,ダイスキンの膨大な在庫も減らしていきたい。
 はるか以前に買ったSYSTEMIC。ノートカバーとしては使いやすそうだ。っていうか,どうすれば使いやすくなるかが考え抜かれている。さすがコクヨ。だから,これを使ってみたい。ぼくが買ったのはA6サイズのSYSTEMICだ。SYSTEMICを使いたいがために,A6サイズのマンスリーを使おうと思ったところもあるんですよ。
 でも,ダイスキンが大量にあるんですよ。死ぬまでに使い切れるかどうかビミョーなほどにあるんですよ。このダイスキンを使っていかないと,死んでも死にきれないんですよ。

4 Bindexをやめることに後ろ髪を引かれる。
 好みはあるかもしれないけれども,Bindexはよくできている。紙質,強度,色合い,能率手帳譲りのレイアウトなど,とりあえず文句のつけようがない。

5 手帳を替えるのと自分を取りまく環境が変わるのを一致させたかった。
 環境の変化はさほどでもないのに,手帳を替えてしまうのが怖かった(?)のかもしれない。仕事を完全引退するまでは,手帳とメモのスタイルは変えないことに決めた。
 保守的といってもいいし,小心者といってもいい。つまらないことにこだわったわけなんでした。

6 とにかく何か買いたかった。
 ジョイフル2にいて,何も買わないで出るのがイヤだったっていうか,とにかく何か買いたかったんですよ。
 最近,文具店に行っても何も買わないんですよ。必要なものはだいたいあるんで。何も買わないってつまらないんですよ。何でもいいから何か買いたかったんですよ。
 で,Bindexを買って帰ることにしたわけなんですよ。Seriaで買った百円手帳は,百円なんだから捨ててもいいや,と思ったんですよ。
 ペンでもノートでも何か買うものがあれば,Bindexじゃなくてもよかったんですよ。とにかく,何か買いたかったんだよぉ。