2026年1月11日日曜日

2026.01.10 一生分で3万円

● 今日使い終えたこのノート(右の写真)は,最初から最後まで「鉛筆屋のシャープペン」1本で書いた。わりとビッシリ文字を埋めているのだが,それでも芯1本は使い切れない。
 ノート1冊を使い切るのはまだたやすいが,シャープペンの芯1本を使い切るのはなかなかだ。まして,鉛筆1本を使い切るのは大変なことだ。

● その鉛筆が1本50円で買えてしまうことの不思議。いや,無印良品の鉛筆なら2本で70円だ。
 ダイソーで4本セットで売られているアイボールのゴム付き鉛筆も充分以上に実用的だ。

● 学校を終えても鉛筆を使う人がどのくらいいるのか知らないが,もし彼が22歳なのだとすれば,一生鉛筆を使い続けたとしても,50ダースもあれば,足りるどころかお釣りが来るだろう。
 一生分で3万円だ。3万円分の一生だ。

● ここから導かれることは2つだ。ひとつは,人の一生など,3万円分の鉛筆を使う間に終わってしまうほど,儚く短いものだということ。
 もうひとつは,鉛筆は想像を絶するほど安いということだ。あり得ないくらいに安くなったのだ。

● 今般の中国の対日禁輸騒ぎは滑稽極まる一人相撲で(独裁国家では権力者の顔色を窺わないと自己の安泰を確保できないのだろうから,わかっていてもそうせざるを得ないのだろうと理解はする),見てる分には面白いのだが,その品目に黒鉛も含めるらしい。
 が,市場はまったく反応していない。日本国内の鉛筆生産が止まることはないと見ているのだろうけれども,影響があるとしても軽微であろうことは,素人目にも見えやすい。

● そりゃ軽微なはずだよとぼくなんぞも思っているのだけれども,これは鉛筆がなくなっても困ったことは起きないということでもある。と言っては言い過ぎならば,鉛筆がなくなっても困る人はあまりいないということだ。
 小学生だって鉛筆でなければいけないと決まったものではない。代替手段はいくらでもある。

● 鉛筆使いとしては寂しいことでもある。黒鉛が入らなくなる,それは大変だ,となって欲しいと思わないでもない。
 これだけ安くて,これだけ長く使えるのが鉛筆なのだ。どうも,鉛筆は正当に評価されていない。もっと高価で然るべきだ。

● と言っても,市場の評価が評価のすべてなのであって,個人の見方は個人の数だけ存在するが,評価者になる資格はない。あたりまえのことだ。
 そのうえで,繰り返しになるのだけれど,鉛筆は安すぎる。ノート1冊より安いのはおかしい。

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