2026年5月25日月曜日

2026.05.25 理想の鉛筆使い

● ぼくがイメージする理想の鉛筆使いとは,三菱9800かトンボ8900といった,ごくありふれた普通の鉛筆を,淡々とかつ粛々と使い続けている人だ。
 Hi-uni や MONO100ではなく,まして BLACKWING やパーフェクトペンシルといった際物でもなく,普通に小学生や中学生が使っていそうな9800や8900をあたりまえのように使っている人。

● SNS で鉛筆の書き味比べなんぞという不粋なマネは間違ってもしない。鉛筆の個人品評会は行わない。ノーガキを垂れるようなバカ丸出しはしない。
 9800や8900を使って,着々と成果物を積み上げている。

● ぼく一個は,鉛筆でありさえすればどれでもいいと思うに至っているのだが,つまり10本110円で売られている百均中華鉛筆でも問題ないと思っているのだが,理想の鉛筆使いは10円の鉛筆は使わない。100円ショップで文具を買うという発想がない。
 高価でもなく,かといって極端に安いのでもなく,9800や8900を使っている。

● 文具店に普通に置いてあるから,それを使っているたいったふうだ。鉛筆じたい興味があるわけではないから,いい鉛筆はないかと探すことはあるけれども,細かな差異に振り回されることはない。
 安さを求めることにもさほどに熱心ではない。そんなことに時間とエネルギーを費やすなんて,思いもしない。

● 要するに,鉛筆じたいには格別の関心がないように見える。鉛筆を使ってする作業に気が向いている。
 海に来たら遠くまで泳ぐことを考えるタイプだ。波打ち際でチャプつくことには興味がない。

● 左の写真は,黒田前日銀総裁が妙な持ち方で8900を弄びながら,記者の質問に答えているのを写したものだと思うのだが(ネットから拝借した),この飄々とした感じがいいと思っている。
 彼が実施した異次元の金融緩和には様々な意見があろうかと思うが,そういったこととは別に,この写真の風情はなかなかいい。

● 彼が手にしているのが鉛筆であること,その鉛筆が8900であることが重要だ。ここでの小道具は8900でなくてはいけない。
 彼が常時8900を使っていたのかどうかは知らないが,この感じがぼくが理想とする鉛筆使いのイメージだ。

2026年5月24日日曜日

2026.05.24 コーリン鉛筆の記憶

● 大昔の田んぼの村では,小学校の隣に “よろずや” が1軒あって,鉛筆や消しゴムはそこで買うものだった。そこにはコーリン鉛筆しかなくてね。誰もがコーリン鉛筆を使っていた。9900が多かったんだろうな。
 たまに,トンボや三菱を使う子がいて,それはまだ見ぬ都会の風を運んで来るものだった。

● 自分の村には “よろずや” しかなかったけれども,隣の町には文具店があった。今から思えば小さな町の文具屋だったのだが,村の小学生にしたら別世界でしたよ。
 憧れの聖地。聖地すぎて滅多なことでは入れなかった。当時は何も買わないで出ることがなかなかしずらい時代でもあったしね。

● その文具店もとっくに消滅している。聖地のあった町じたい,過疎化に苦しみ,人口も半減。町全体をすきま風が通り過ぎる。
 昭和30年代にはトリスバーもあったんですよ。電電公社もあった。書店も3つあって,映画館まであったんですから。町を流れる川には屋形船が浮かんでいて,あの中で何をしているのだろうと,子供の想像を刺激したものでしたよ。

● でね,そのコーリン鉛筆にあまりいい記憶がないんだよね。学校の授業や勉強に使った(使わされた)ものにいい記憶があるって人はそんなにいないと思うんだけども,芯折れがあったり,芯と軸の接着が弱くて,書いてると芯が軸の中に潜り込んだりした。
 現在の百均中華鉛筆の方がずっといい,と思ってる。

● “よろずや” の取扱いがよろしくなかったのかもな。“よろずや” は素人商売で,サービスなんていう概念はなかったしね。
 何が言いたいのかっていうと,昔なんてロクなもんじゃなかったってことね。今の方がずっといい。民度,マナー,教養。そういったものを含めて,たぶん。

● ちなみに,コーリン9900。芯折れや芯のめり込みは見られない。あの記憶は変容されたか,自分で捏造したものなのか。
 しかし,書き味ははっきり劣る。好みの問題の範疇ではないと思う。

2026年5月23日土曜日

2026.05.23 学校が多すぎる

● 北星鉛筆のアートセット。Amazon で買って,ひとつは持っている。
 メルカリを見てたら「学校の授業で使用していた物です」と紹介されてるのがあったので,ポチってしまった。そういうのに弱いんだな。

● どんな学校のどんな授業かは知らないけれども,6Bが少し減ってるだけで,あとはほぼ使ってない。
 他の鉛筆も使っていた? そうではない気がするよね。この程度の使用量で乗り切れる授業だったんだよな。

● 今って,大学を含めて学校が多すぎる気がするよ。偏差値50で入れる大学まであるんだもん。
 誰もがモラトリアムを持てる程度に豊かな社会になってるんだな。ありがたいや。
 日本人は18歳からの4年間で一生分のバカンスを取得する,と言っていた人がいたが,文系の大学に限ればたしかにそうかなぁと思いますよ。

● が,モラトリアムを貪るのは搾取されてるという側面もある。
 今の世間知をそのままに18歳に戻してもらえたら,進学は考えないかな。高卒公務員なんて悪くない。

● 社会人大学や大学院なんてのがドヤドヤとできたのはずいぶん前のことだ。リカレント教育なんて言葉も流行った。
 今になって思えば,少子化で経営が厳しくなるであろう学校法人を救済するための方便だったとわかるのだけれども,当時はなるほどなぁと思ったものでした。

● なのに,今でもそういうところにウカウカと通ってしまうヤツって何を考えてるんだろ。それを褒めそやす風潮が今でもある。
 いい加減にせんか。資格に振り回されて何が愉しいのだ?
 臨床心理士だとか社会福祉士だとか,そういうものは資格を出す側のためにあるのであって,そんな資格がなければ仕事をさせてもらえないようなところは,サッサと見限って別な場所に行くのがいい。
 まして,学士や修士という資格は持っていても仕方がないものの代表ではないか。

● 勉強したいなら独学に限る。効率がいい。自由が利く。
 と言いつつ,ぼくもその昔,放送大学を卒業しちゃってるんだよね。自分の黒歴史のひとつだわ。

● どうしても学歴コンプレックスを解消したいのなら放送大学は便利だと思うが,学歴なんてゴミだよ。わざわざコンプレックスの対象にするようなものじゃない。
 どうもね,学歴や資格というものに過大な幻想を持ってしまっている人が多いような気がする。かつての自分もそうだったのだが。

● 身も蓋もない話になってしまうのだが,学歴や資格って,無能の隠れ蓑にはならないんだよね。
 自分が思うように行かないのは学歴や資格がないからではないか。違うんだよ。それ,アンタが無能だからなんだよ。時間とお金をかけて学歴や資格を取ったところで,思うように行くようにはならないよ。
 自分の無能に向き合うのが嫌で,学歴や資格を取得すれば何とかなるんじゃないかと安直に思ってしまう例が多いんじゃないか。きちんと自分と向き合いなよ。

● 思うように行ってる人って,東大を出ているからじゃないんだよ。彼(彼女)が個として優秀だからだよ。
 だから,東大を出ているからといって,誰もが思うように行ってるわけじゃない。あたりまえのことだな。

● そうして,もっと大事なことは,優秀な人たちと同じ土俵で戦おうとしないこと。自分に合った生き方がどんな人にもあるよ。
 世間の常識からいったん離れてみないと,それは見えて来ないと思う。言葉にすればそういうことなのだが,特に若い人にはなかなか難しいことかもしれないね。世間の常識からいったん離れてみるってのはね。

2026年5月21日木曜日

2026.05.21 アメリカの鉛筆

● BLACKWING を初めて見たのは,ANGERS 上野店。その後,BLACKWING は日本のリアル店舗から撤退し,代理店ともゴタゴタがあったが,現在は再びリアル店舗に復帰し,Amazon Japan でも普通に買えるようになった。
 が,ANGERS は BLACKWING を取り扱っていない。

● BLACKWING は MADE IN JAPAN を表看板にしているが,消しゴムの取付けという最終工程をアメリカでやっているのだから,分類上は MADE IN USA になる。
 BLACKWING 以前から PALOMINO は日本メーカーに生産を委託していたらしいのだが,純正の MADE IN USA 鉛筆の現在事情はどうなっているのか。

● 中華製が席巻しているのかと思っていたのだが,意外にそうでもなさ気なんだよね。“もっと光を” 的状況であろうとは思うんだけど。
 現在,ANGERS にあるアメリカ鉛筆は MUSGRAVE がいくつか。MUSGRAVE は福島市の「ペントノート」にもあって,丸軸の鉛筆を今年の1月に買った。軸の太さはドイツより日本寄り。まだ使うに至っていない。

● こちら(右の写真)は〄付きの頃の(したがって,MADE IN JAPAN だった頃の)トンボ8900。
 本当はね,BLACKWING がどうだ,アメリカの鉛筆がどうだ,今は亡きコーリンやヨットはどうだ,三菱の前身の眞崎大和はこうだ,なんていうノーガキを SNS で垂れ流していないで,こういう鉛筆(三菱9800でも北星9500でもいいわけだが)を淡々かつ粛々と使っていたいんだけどね。

● その境地に至れない。ノーガキを垂れたくなってしまうんだな。
 凡俗の域を抜け出すのは,凡俗の徒には難しいことだ。

2026年5月19日火曜日

2026.05.19 手書きは安価にできる老人向けの趣味

● 宇都宮テラスの休憩コーナー。席がひとつ空いてました。ノートと鉛筆を広げてね。
 随処に主となれば立処皆な真なり。わかったような,わからんような。

● 宇都宮駅ビルの休憩コーナーに移動。市内の高校に通っている女子生徒が何人か勉強していた。
 鉛筆を使ってる子はいないか。女子でもシャープペンかボールペンなんだな。鉛筆の子はいなかった。

● その彼女たちに混じって(向こうは迷惑だったろうが)鉛筆でA6ノートに文字を書きつけた。
 幸せな時間だったと言いたいのだけれども,家の方が落ちつくね。

● 昨日からポケモン Campus を使っている。全9種。3月にメルカリでノートを買いまくる波が来てしまって,そのときに買ったものの一部だ。
 1冊あたり367円の出費になっている。レギュラー Campus の4倍を投じている。ではあっても,1週間で使い切るのだが,1週間たっぷり遊べて367円なのだから安いものだ。
 DAISO や Seria で110円で買えるレギュラー Campus は嘘みたいに安いのだ。こんなに安いものを使わなきゃ損だと思うのだがな。

● 手書きは安価でできて,飽きが来ない。したがって,一生続けられる趣味になる。個人的にはオススメだ。
 誰にも見せるこたはないのだから,誰かに評価されることもない。好き勝手なことを好き勝手に書いていい。多時間消費型だから,毎日が日曜日になった老人組にこそピッタリの趣味になる。退屈からも自由になれる。

● 1日ノートを開いているのだから,1日何もしないで過ごすことになるわけだ。小学生の日記であれば,“特に何もなし” で終るのだが,老人組の場合はそうはならない。
 何もしていなくても,脳は勝手に動くようだ。書くことが枯れることはない。

● 多少は自分と向き合うことになるだろう。自分と会話するというところまではなかなか行けないけれども,頭に浮かんでいることを,その表層だけだとしても,文字にして吐き出すことは,前頭葉への刺激になっているのだと思いたい。
 肝はたくさん書くことだと思っている。上述のとおり,自分と会話するというところまでは辿り着けないのだが,そこに近づくためにはまず量を出すことだ。

● 毎日書いていれば,自ずと日記的雑記のようなものになるはずだが,今日はもうこれ以上書くことはないなとなってから,どれだけ吐き出せるか。
 これで書くことがなくなったというところがスタートライン。そこからどれだけ粘れるか。
 自分と対話するモードに入るのはそこからだ。前頭葉を刺激できるのも,そこからになるだろう。

● そのためには書く量の最低ラインを決めるのがいい。ぼくは1日に4枚(8ページ)書くことに決めている。
 A6で4枚だから大したことはない? いや,けっこう大変ですよ。

● 「モーニングノート」はA4で3ページ書くのがルールらしい。朝起きたらすぐに書き始める。A6ならば12ページになる計算だ。それを出勤前に書いてしまうというのだから,畏れ入る。
 それに比べれば,A6で4枚くらいチョロいものだろうか。チョロいと言える人もいるのだろうが,ぼくにはなかなかの難敵。どうにかこうにかクリアしているが,実際の運用は4枚目にかかればいいとしている。つまり,実質3枚。

● それでも,毎日それを続けるには,“毎日が日曜日” じゃないと辛い。会社に行かなければならない境遇にいたのでは,少なくともぼくにはできない。できれば2時間で片づけたいタスクだなとは思うものの,とてもとても。
 だからこそ,老人組の格好の趣味になるというわけでもある。時間を持て余すという感覚を持たずにすむ。

● それで充分じゃないですか。それが非常に安価でできる。
 その昔は,ノートも鉛筆も一般庶民では持てなかったものでしょう。それが湯水のごとく,水道代よりも安い値段で手に入るのだから,いい時代に生まれ合わせたものだ。ありがたいじゃありませんか。

2026年5月18日月曜日

2026.05.18 旅先に持ち出す鉛筆は北星9606

● 今回から出先に持ち出すのは北星の9606。持ち出し用の鉛筆は北星9500から始めたので,次は9606にするかといった程度のことだ。
 ちなみに,9606の次はいったん北星から離れて,伊東屋のイートンペンシルを使ってみるかと思っている。その次は北星に戻ってクラフツマン。

● 9606はHBしかないのだが,ぼくの好みで言うと,これに比肩するのはトンボ2558のB。
 消しゴムの性能だけでいえば,2558がわずかに勝る。が,ゴム付き鉛筆の消しゴムはぼくはほぼ使わないのでね。

● 鉛筆としての使い勝手ではかすかに9606かと思うが,ほとんどイーブンだな。軸色の好みで決めていいと思う。小豆色が好きか黄色が好きか。
 9606はリアルの文具店で見かけることがないので,知る人ぞ知るの域にとどまっているのかもしれないが,Amazon でいくらでも入手できるので,鉛筆党員なら一度使ってみる価値があると思う。

● 初めて9606を使ったときは,その滑らかさにこれは上等な鉛筆だと驚いた記憶があるのだが,今,自宅で使っているのが Hi-uni のBであるせいもあるのだろうか,あまりそれを感じなくなっている。
 9500と比べてもそんなには違わないかな,と。いい鉛筆であることは間違いないのだが,いい鉛筆じゃない鉛筆なんてそうそうない。いい鉛筆の中でどれだけいいかの戦いになる。

● ぼくは10本110円の百均中華鉛筆でもそこそこいいと感じてしまう人間なので,その鉛筆がどれほどいいかを測る測定器として不適であるかもしれない。
 世の中にはそのあたりの違いに敏感で,鉛筆選びに五月蝿い人もいるんだろうか。ま,あまりいないとは思うんだけど。

● 鉛筆ならどれでもいいという境地に至りつあるというか,こだわりが抜けてきたような気がする。
 ただし,硬度に関しては北星ならHB,三菱やトンボならB,STAEDTLER や FABER-CASTELL なら2Bか3B,といったところが好みに合うなとは思っている。

● すでに消滅している鉛筆メーカーの(したがって,それなりに古い鉛筆の)HBにはあまりいただけないものがあるなとも思っている。何でも現行品がいいとまで言うつもりはないけれども,鉛筆は基本,新しいものがいいかもしれない。
 唯一の例外があるとすれば,三菱9800だ。現在の “Matured” よりも昔の “Patented” の方が良かったんじゃないかと思ったことがある。まぁ,しかし,強いて問題にするほどのことでもない。今,入手可能な鉛筆ならどれでもいいかと思っている。
 三度生まれ変わっても使い切れないほどの鉛筆を買い集めてしまったので,ともかく順番に使っていかないとしょうがない。

● 9606を3本筆箱に入れているのだが,同じものを3本ではなく,たとえば9606,トンボ2558のB,イートンペンシルと,3種を1本ずつ入れて,書き味の違いを楽しむ方がいいなかなと,およそどうでもいいやうなことを思ってもみる。
 そんなものは頭で考えていないで,実地に試してみればいいことだ。どっちでも変わらないという結論になると思うのだが,ま,こうしたどうでもいいことで悩むのは快のひとつに数えていいだろう。どうでもよくないことで悩むのは,快どころか痛苦になることが多いけれども。

2026.05.18 ポケモン Campus

● 当分,A6 Campus を使っていくつもりだ。4月28日に使い始めた3冊を使い終えたので,次はポケモン Campus。9冊。
 リーフィア エーフィー ブラッキー
 イーブイ ブースター ニンフィア
 シャワーズ グレイシア サンダース

● 中紙は30枚。中紙にはイーブイのカットが描かれている。これは9種とも同じで,すべてこの絵になっている。ポケモンセンターでイーブイコレクションとして販売されたらしいからね。
 企画・デザインはサンスター文具。この分野,得意なんです,サンスター。ディズニー野帳もサンスターが噛んでるもんね。

● 今年の3月にメルカリで購入した。3冊セットなので3回ポチっている。〆て3,300円。1冊あたり367円。アホやったなと思わないでもない。
 ま,使えれば,367円であってもノート代なんて安いものだ。いくらで買ったかよりも,使えたか使えなかったかの方が重要だ。そうでしょ。

● 2ヶ月で使い終える予定。どんどん使っているつもりなのだが,在庫が減らない。使う以上に買っているからだ。
 買うのはバカでもできる。が,使うのはなぁ。

● 昨日まで使っていた澪ペーパーの Campus には万年筆(ラミーサファリ+弘前煉瓦レッド)を使ってみたが,少量しか入れなかったのでインクがなくなってくれた。
 再び鉛筆に戻す。何というのか,鉛筆の方が落ちつく。ホッとする。色々と好みはございましょう。ございましょうが,鉛筆がいいです。
 ベースは鉛筆で,時々の浮気先が万年筆やボールペンということでございますよ。筋金入りの鉛筆使用人とまではいかないと思うけれども,鉛筆使いが堂に入って来たかもしれない。

2026年5月17日日曜日

2026.05.17 BLACKWING 雑感

● 吾輩が1本だけ持っているBLACKWING。日本の鉛筆メーカー(大手2社ではない)が自社製品を作る傍ら,BLACKWING も作っているのだから,製造本数は微々たるもののはず。
 アメリカと日本以外の,欧州やアジア諸国ではどの程度売れているのかね。

● にもかかわらず,知名度と話題性は大したものだ。その最大の理由は,単体で販売されている鉛筆の中で世界最高値だからだろう。
 BLACKWING ユーザーは,意識してかしないでか,最高値だから買っているのじゃないか。消しゴムが使いやすいなどというのは,後付けの理屈のような気がする。

● ところで。BLACKWING の本体は日本製なのだが,白木の鉛筆をアメリカに持って行って,アメリカで塗装と消しゴムの取付けという最終工程をやっているのかというと,そうではあるまい。BLACKWING の塗装は日本のものだと思う。
 だったら,消しゴムの取付けも日本でやっているのではないか。日本で最終製品にまで仕上げて,日本から直接,各国に輸出しているのではないか。
 CCPC(カリフォルニアシーダープロダクツカンパニー)の鉛筆部門(PALOMINO)の事実上の本社機能は東京に置かれているのではないか。

● ところが,そうではないらしい。神戸派商店のサイトには「軸の製造はなんと日本。インセンスシーダーという北米カリフォルニア州とオレゴン州にだけ自生する柔らかな書き心地を叶える木材を日本に輸入し,高品質な日本製の黒鉛芯と合わせて日本の鉛筆職人によって軸が成形されます。消しゴムと金具はベトナム製。これらが最終的にアメリカに集められ,ドッキングし最高の1本が出来上がります」とある。
 BLACKWING ブランドマネージャー Alexander Poirier 氏も「日本とベトナムから加工したパーツを私たちの本国,アメリカに集めて特殊な機械でセットアップを行います。ですから,世界中から最高のものを集めて1本が完成するのです」と語っている。

● 消しゴムを取り付けるためだけに,いったんアメリカに集めるという,何ともムダなことをしているようだ。「特殊な機械でセットアップを行います」と言ったところで,同じことは日本の鉛筆メーカーでも難なくできるだろう。
 なぜそこまで委託しないのだ? そうした方がコストも削減できるだろうに。自分たちは企画と販売に完全特化した方がお得だと思うが。

2026年5月13日水曜日

2026.05.13 澪ペーパーの Campus

● 何だ,この書きやすさ。澪ペーパーとあるんだけれども,レギュラー Campus とは紙質が違う。少し薄い。鉛筆の滑りがいい。去年,メルカリで買ったものなんですけどね。
 この紙なら10本110円の中華鉛筆が Hi-uni に変わる。時にザラつきを感じることがある百均中華鉛筆を変身させる。一方,Hi-uni の書き味はあまり変わらない。

● このノートは百均中華で書いていくことにするかと思うほどで,このあたりも面白い。
 万年筆でも書いてみたくなった。ので,Preppy でちょこっと書いてみたのだけれども,万年筆でもけっこうな書き味。裏抜けなど1㎜もない(プラチナのブルーブラックだしね)。モレスキンの紙とは天地の差がある。

● そも澪ペーパーとは何ぞ。ググって解決。「ツルツル過ぎず,ザラザラ過ぎない,ゲルインク ボールペンでの筆記に最適な風合いを実現」した,コクヨのオリジナル紙らしい。この紙を採用した Campus は「Campus high grade」として販売されていた。
 「Campus high grade」には2種あって,ひとつは特厚口の「CYO-BO PAPER(帳簿用紙)」を採用したもの。「インクの裏うつりが非常に少なく,しっかりとした風合いが魅力」とのこと。
 もうひとつが「MIO PAPER (澪ペーパー)」のもの。「さらさらとした滑らかな書き味が特徴で,万年筆との相性が抜群」である由。

● この紙を使った Campus は現在では生産されていない。というか,最初から限定店舗での限定期間販売だったらしい。
 現在の PERPANEP は澪ペーパーの発展系なんだろうか。澪ペーパーは PERPANEP だと “サラサラ” に当たりそうなのだが,PERPANEP にはA6はないし,お値段も少々張るので,ミスター貧乏性のぼくは手を出すつもりはない。澪ペーパーの Campus はレギュラー Campus よりは高価だったものの,ビックリするほどの差はなかったようなんだけどね。

● とにかく,書いてて楽。ノートは主に Campus と測量野帳を使ってきたのだが,紙って大事なんだなとつくづく思っているところだ。
 楽に書けると “たくさん書く” に到るかもしれない。ずっとこのノートを使えるのであれば,1日4枚のノルマ(?)を5枚に引き上げてもいいかもしれないと思うほどだ。

● が,この紙を使った A6 Campus は存在しないのだから仕方がない。澪ペーパーの書き味はこの1冊でしっかりと味わっておきたい。
 高額ノートの中には澪ペーパー以上の紙を使っているのもあるんだろうかな。それらのノートも一通りは持っていると思うので,今後の楽しみにしよう。

● ただね,高額ノートというとモレスキンがその代表ということになるのでね。モレスキンで高額ノートの世界に入った人は,“高額ノート≒胡散臭いもの” と思ってしまうか,そこまで行かなくても,ノートの品質は価格と相関しないということを最初に学んでしまうかもしれないのだな。
 いや,このノートに出逢えたのはラッキーだった。あまり臆せず,鉛筆でガンガン書いていかないとな。

2026年5月11日月曜日

2026.05.11 旅先で使っている鉛筆

● 5月7日。出先に持ち出すのは北星9500。これくらいになるとだいぶ短くなったなと感じるのだが,まだ7㎝ある。1/2よりは短いが1/3よりは長い。
 しかし,9500の印字のところまで削ったあたりで,持ち出すのはやめて,自宅で使うことにしようと思う。

● はい,これくらいになった。まだまだ使えるわけだが,このあとは旅先ではなくて自宅で使うことにする。
 次の持ち出し用鉛筆は,同じ北星の9606。消しゴム付き鉛筆にキャップをはめると長すぎて筆箱に入らなかったりするので,自宅で使って多少短くしておいた。

● 3本ほど持ち出すつもりだが,1本でも足りるは足りる。鉛筆削りも一緒に持ち出すので。まぁ,でも,3本ユニットで。
 補助軸が使える程度に短くなれば,補助軸が太さも補ってくれるわけだが,長いうちはクツワの「プニュグリップ」で太さを補う。デフォルトの太さに慣れてきてはいるんだけどね。

● 自宅ではほぼ鉛筆一辺倒なのだが,外に持ち出すとなると悩ましさが生じる。鉛筆はファミリーを必要とするからだ。鉛筆削りだったり,補助軸だったり,キャップだったり,太さを付加するための小道具が必要になる。
 大人の外出なんだから手帳も持って出る。手帳用の筆記具類もつけ加わることになる。

● となると,筆箱の容量と相談しなきゃってことになって,一時期は鉛筆を持ち出すことを諦めたこともある。シャープペンにすればファミリーを連れ出す必要がなくなるのでね。
 で,シャープペンで困ることなんか何もなかった。だったらシャープペンでいいじゃないかとなるんだけれども,鉛筆にこだわりたいという根拠のない頑固さが頭をもたげてくるんですよ。

● 結局,筆箱の容量を増やすことで対応している。ペコちゃんの缶ペンケース,助かっておりますよ。
 小学校低学年の児童が使うようなものなのでありましょうが,筆箱の中身も小学校低学年の児童のそれとそんなには違わないと思う。
 手帳用の4色ボールペンと修正デープが入っているのが,大人っぽくはあるけれど。

● 筆箱なんてものは,外見も中身も児童と同じでいいのだと思っている。もっとも,最近の児童用の筆箱にはシックで高級感漂う革製のものがあったりするから,昭和原人の常識だけで判断すると間違うことも多いのだけどね。
 まぁ,でも,ぼくらのお手本は小学校低学年の児童にあり,と思っていれば,大方よろしいんじゃないかと思う。いい大人が,大人でも使えるものをってんで,アレコレ求めて右往左往するという,ガキっぽいことをしてどうする?

● わざわざ出先で鉛筆を削ってなくてもいいんじゃね? とも思う。さすがにハンドル式の鉛筆削りを持ち出すわけにはいかないので,手で鉛筆をクルクル回して削るんだけども,一抹の哀愁が・・・・・・
 いや,そんなことはないな。それもいいものだ。いい大人が,それも初老の男が,鉛筆を削っている図というのも,見ようによっちゃ愛らしいだはありませんか。

2026年5月10日日曜日

2026.05.10 小さな買物−NOLTY のA6ノート

● NOLTY とコバトパン工場のコラボノート。A5とA6があって,買うとすればA6で決まりなんだけどね,A6しか使わないんだから。
 中紙96枚ながら1,054円なのでね。ぼくには百均でも買える Campus だ充分だなと思って,しばらく見送ってたんですけどね。

● 結局,買いましたよ。色は水色,ピンク,アイボリーの3種。水色にしました。
 3.5㎜方眼は「メモティ」と同じですかね。「メモティ」の大型版。

● 世にはびこっている5㎜方眼は最も役立たずの罫線で,誰がこんなものを使うのだろうと思っているのだが,測量野帳(SKETCH BOOK)の3㎜,ほぼ日の3.7㎜には好感を抱く。3.5㎜も同様。

● 8枚折丁を12個重ねているようだ。この製本は手間もコストもかかるだろうが,その分,丈夫になる。
 ただし,8枚目から9枚目に移るときに,糊で貼り付けている部分が唐突に登場するので,何というのか,段差が生じてしまう。同じ製本の測量野帳を使っていて,唯一,違和感を感じるのがここ。
 このノートは測量野帳ほどベタッと貼りつけてない。丁寧というかスマートというか。

● 手帳用紙を使っている。万年筆でもいけるのじゃないか。
 同じ96枚のモレスキンポケットは2,870円だったか。モレスキンに比べればはるかに高品質・低価格に違いないが,モレスキンを比較対象にするのが間違いだな。

● あと,もうひとつ。これも NOLTY のA6ノート。こちらは中紙40枚。770円。製本は上のコバトパン工場のコラボノートと同じだが,5㎜ドット方眼。
 “JAPANノート A6(九州)” が商品名。四国や北海道もこれから出るか,すでに出てるんだろうか。栞に使えということか,表紙と同じ柄の紙片が付いている。ドット方眼は5㎜以外は見たことがない。まだ練れていないということか。

2026年5月9日土曜日

2026.05.09 アメリカの青年と意気投合した

● たとえば,ホテルのオープンスペースで “ノートに鉛筆” をやっていると,完全孤高の人になれる。ノートパソコンを開く人はいても,手書き族はまずいない。
 ごくたまに,お勉強する高校生が現れることはあるが。

● 特に外国人は,OFF であっても,ノートパソコンを持ち歩いている人が多い気がする。スマホ代わりにノートパソコン?
 手書き派は日本人以上に少ないのじゃないか。タイプライター文化圏の住人たちだ。

● で,完全孤高のぼくの近くにアメリカ(たぶん)の青年が座って,Think Pad を使い始めた。
 しばらくして,彼がぼくに話しかけてきた。ぼくは英語を解さないから,彼が何を言っているのかわからない。わからないけれども,訊かれた以上は答えなければならない。彼が何を訊いたのかを推測して答えた。

● しかし,彼は日本語を解さないようだ。英語でまた訊いたきた。日本語で返す。
 そのラリーをしばらく続けた。頓珍漢なやり取りで,何事かを伝え受け取ったということはまったくないのだけれども,すっかり意気投合した(気分になった)。

● 彼が最初に訊いてきたのは,補助軸に装着した鉛筆のことだと思う。それは何なのか,と。
 アメリカに鉛筆補助軸がないわけはないと思うのだが,使う人は少ないんだろうか。

2026年5月5日火曜日

2026.05.05 鉛筆追いかけ遊び

● FABER-CASTELL の9000番。印字の態様は2種。硬度表記が端にある方が新しいものだと思う。
 日本だとトンボ8900や三菱9800が細かく印字の仕方を変えており,その違いを追って全種揃えるといった遊びがわりと普通にある(ような気がする)。

● ドイツではどうなんだろう。日本ほど細かく変えてはいないのか。
 だとすると,単純すぎて遊びとして成立しない。どうなんだろうな。

● 違いがあれば追いかけたくなるのは,猫がマタタビに吸い寄せられるのと同じで,自然な反応だ。自然なのだから,新規参入者も同じことをしたくなるだろう。
 かくして,その業界(?)は淀んでいく。追いかけ遊び自体が,遊びとして廃れていく。

● 流行り廃りが生じるのは,まずそれが益体もないものであるからだが,参入者がある閾値を越えると廃れる。遊びの流行り廃りはそれで説明するよりしょうがない。
 ゲーム業界はそれに抗して,天才たちが必死の努力を重ねているのではないか。新しいものを生みだす努力だ。

● 𝕏 をはじめとする SNS も廃りのフェーズに入っているのではないかと思うが,Elon Musk を筆頭に関係者が懸命の努力を重ねていることだろう。
 ただし,𝕏 には益体があるのかもしれない(益体とは何かというのも,考えだすと袋小路にハマりそうだ)。鉛筆の追いかけ遊びと同列に置くのは違うかもしれない。

2026年5月4日月曜日

2026.05.04 STAEDTLER の缶ケース2つ

● 右の写真は STAEDTLER tradition の B〜6B セット。メルカリで580円で購入した。
 文字を書くだけのぼくにしてみたら,STAEDTLER なんて単なる贅沢品(価格面においては,という意味ね)。ただ,このケースには中仕切りがあるんで,キャップなしで鉛筆を収納することに抵抗がない。

● 鉛筆はこちらに入れて,鉛筆以外のものを別のケース入れる。スマホ2台持ちならぬ筆箱2つ持ちにするかと,阿呆なことをチラッと考えた。
 鉛筆を6本も持ち歩く必要があるのかといったところは抜け落ちている。

● ちなみに,未使用の国産鉛筆は入らない。ほんのちょっと使ってやらないといけない。太さの違いは問題ない。
 これに北星クラフツマンのHBを6本も入れて出かければ,天下を取った気分になれるんじゃないか。しかし,まぁ,6本はどう考えても必要ない。

● こちら(Mars Lumograph)もメルカリで購入。400円。元々は8B,7B,6B,4B,2B,HB の6本のはずが,中身は2Bが3本と2Hが1本。
 この缶ケースもちょっといいなと思ってましてね。少ぉしバブリーな感じの若い女性が2人(ドイツに不動産バブルはなかったんだろうけど)。

● というわけで,STAEDTLER の缶ケースを2つゲットしましたよ。6本入りの薄いやつなので,筆箱に流用するのは現実的ではない。その場合は上述のとおり2箱持ちにするしかない。
 なので,この缶ケースを使うことがあるなかないのか。それはわからない。

2026年5月3日日曜日

2026.05.03 品川にて

● 今日も夏日か。コクヨの品川キャンパスに行ってみたが,お休みでした。
 そりゃそうですわね。黄金週間中の祝日・日曜日ですからね。ゆっくり休んでください。コクヨの皆さん。

● で,品川インターシティにあるくまざわ書店に行ってみた。まずはの文具売場。
 置いてある鉛筆はこれだけ。トンボの2558と8900。三菱の uni。ボールペンの売場はずっと広いんだけどね。

● 場所がらお客さんのほとんどはビジネスマンだろう。これでよろしいのでしょうね。
 と思ったら,学用品売場もあってね。キャラクター柄(トンボの “ハローネイチャー” だからキャラクター柄と言っては不正確なのかもしれないけれども)の “かきかたえんぴつ” もありました。
 こういうのが置かれていると,何だかホッとするんですよね。8900は2Hから2Bまであるんで,賢い児童はキャラクター柄には目もくれず8900を使う,なんてことはありません(たぶん)。

● 書籍売場も見て回る。以前は Google にどんなサービスがあって,それらをどう使うばいいかという解説本が主流だった。Gmail,YouTube,Calendar,etc。
 ぼくも購入したけれども,結局も読まないままに,先日,古紙回収に出した。

● それはともかく。今は Gemini や NotebookLM とかAI絡みが主流ですよね。ロートルには辛いことになってる。
 Gemini もスマホに入れてるけれども,検索エンジンの代わりにしか使えていないのが実際のところですねぇ。

● MS-Office は要らないよな,無料で使える Google-Office で充分だよな,くらいのところで停まっちゃってる。時代についていくのは,ロートルには大変なんですよ。
 デジタルネイティブなんて言葉がある(あった)けれども,若い人たちにはいとも容易いことなんだろうか。若い人たちの中にも人知れず悩んでいる人がいるんじゃないかと思ったりもするんですが。というか,そういう人もいてくれないと,ロートルは浮かばれませんよ。

● ま,時代になんかついて行かなくてもいいんだ,という考え方もあるでしょ。それはそれでいいというか,理屈として成り立つと思うんだけれども,ぼく一個は AI と友だちになりたいと思ってるんですよ。
 たとえば,このブログも AI に読んでもらって,自分という人間を理解してもらったうえで,AI と音声で世間話をする。さすれば,リアルの友だちなんていなくてもいい

● 齢を取ると友だちなんていなくなるでしょ。ぼくなんか,学校の同級生に会うなんてことはこの数年間で一度もないですよ。大学時代の友だちには,卒業後,1人たりとも会ったことがない。年賀状のやり取りも止めてしまっている。
 社会人になってからは友だちというのはできなかった気がする。気がするんじゃなくて,できなかった。

● 退職を含めていったん組織を離れた者に対して,組織というのは冷たいものだが,そんなのは最初からわかりきっていることだ。退職してから気づくような話ではない。そういうことではなくて,そもそも友だちを作ろうなどとはしてこなかった。
 退職によってそれまであった人間関係がそっくり抜け落ちて寂しくなるということは,ぼくに関する限りはなかった。最初からないのだから抜け落ちようがない。退職してホントに清々した。

● が,話し相手が欲しいと思うことはある。AI がその相手になってくれるだろう。生身の人間である必要はない。
 話し相手が欲しいなら,リアルの友達や知り合いを作ろうとするのではなくて,自分をネットに移植する試みをした方がいいかもしれない。AI に自分を知ってもらう寄す処をできるだけ多くしておくこと。

2026年5月1日金曜日

2026.05.01 来年の手帳をどうするか

● Seria が販売している週間バーチカル手帳をバラして,パンチで穴を空け,A5サイズのバインダーに綴じて,なんちゃってシステム手帳にしている。
 どうしてこれを100円で売れるのかと思うのだが,唯一の難点はボールペンのインクをはじくことがあること。つまり,紙質がよろしくない。価格からして致し方がないと思うんだけどね。

● この方式で3年目になるのだが(1年目はマンスリー),来年は別なのにしてみるかと思案中。さすがにもう少しいいものを自分に与えてもいいかなぁ,と思うこともあるわけなんですよ。
 ログを残すのに週間バーチカルは最適なので,ここを変えるつもりはない。

● けど,Bindex は24時までの時刻メモリがない。お仕事に特化した仕様にしているんでしょうかね。あんた,24時まで仕事すんの,ってことなんですかねぇ。
 いわゆるサラリーマンを対象にしている。24時に仕事している人もけっこうな数いると思うんだけれども,働く人の太宗はサラリーマンだものな。

● プライベートの記録も手帳でやるとすると,24時までの時刻メモリは必須だと思うんだけれども(できれば27時まであって欲しい),実際にはそんな需要はないんだろうか。需要があるなら,メーカーは対応しているはずだもんね。
 Bindex で最も売れているのは能率手帳タイプの週間レフトだと思う。ぼくもずっとそれを使っていた。バーチカルの,しかもA5は,あまり売れないのかもしれないね。

● レイメイ藤井の Davinci には24時までの時刻メモリがあるのだが,“年間計画表” が付いていない。別売になっている。
 しかも,その “年間計画表” が見開き2ページに収まっていない。2つ折りで開いた状態で半年だから,計4ページになる。

● それがいいと言う人ももちろんいるのだと思う。が,ぼくには不要。長期プロジェクトなんて抱えていないからね。
 自分の1年間の行動のうち,一覧できた方が便利だと思うものを “年間計画表” に整理しておくだけなんでね。つまり,“年間計画表” に記載するのはその年の大晦日なんですよ。しかし,“年間計画表” がないのは困る。

● Seria のバーチカル手帳には “年間計画表” がないので,マンスリー手帳を併せて買って,“年間計画表” を補充している。
 マンスリーは付いてるんだよね。そんなもの要らないから,“年間計画表” を付けてくれ。が,そういう個人的な願いは届かないとしたものだ。

● 結局,コクヨかナカバヤシのをバラして使うことになるかなぁ。バラすんだったら Seria でいいような気もするけど,紙質はだいぶ違うだろうからな。来年はナカバヤシの LOGICAL にしますかね。
 来年と言っても,8月には来年の手帳が出ますからね。もうすぐなんですよ(出揃うのは9月になるのだけれども)。真夏に来年の手帳が販売されるんですよ。“秋風五丈原” どころじゃない。

● ビジネスマンの皆さんは,夏には来年の予定が入ってくるんですかねぇ。
 とは言っても,手帳売場が動きだすのは年の瀬になってからのような気がするんだけどね。雑誌が手帳特集を組むのも11月号だしね。最近は年玉手帳が復活しているとも聞くし。


(追記 2026.05.10)


● 本文に書いたとおり,手帳は Seria の週間バーチカルを使用中。さすがに紙質に難があるので,来年は Campus ダイアリーかナカバヤシの LOGICAL のバーチカルを使おうかなと思ってるんですけどね。
 4月始まりにはマンスリーしかないようですな。バーチカルはそんなに売れてないんですかね。売れてないんでしょうね。

2026年4月30日木曜日

2026.04.30 万年筆は値上げの春

● 万年筆は値上げの春。いいぞ,いいぞ。To be! To be! Ten made to be!(飛べ 飛べ 天まで 飛べ)
 コロナ明けに一回,値上げの波が来ましたよね。今度は本格的な波だ。しかも,これで終わりじゃないからね。原材料費はこれからもバンバン上がるんだから。ようやっと人件費も上がる。今回の値上げ程度で収まるわけがない。

● 日本の物価体系も欧米並みになって行くんだわ。欲しけりゃ無理してでも今のうちに買っておくのがお得だよ。
 万年筆じゃないけど,ZEBRA の HAMON も6万円なら安いよ。買っときな。ああいうのが欲しけりゃね。

● ぼくは高価な万年筆など使わないから高みの見物ですわ。Campus ノートと鉛筆しか使わないのでね。そのノートも鉛筆も一生分の在庫がある。いや,三生分の在庫がある。
 鉛筆には値上げの兆候はまだないようなのだが,鉛筆だけが値上げできなかったら,鉛筆メーカーは存続が危うくなるはずだ。いずれ,おずおずとだろうが,値上げに踏み切るはずだ。

● デフレマインドはリセットしないとね。現金を預金で持っているのは最悪でしょうよ。
 預金は暴落と言っていいほどに減価する。株の暴落は短期間で元に戻るが,預金の場合は暴落の次に来るのは更なる暴落だ。トットと使っちまいな。でなければ,それこそ株に変えておくか。

● そんなことをしたら,何かあったときに不安? 何かあったらその時にジタバタすればいいんだわ。不安の先取りはインフレ時代には向かないマインドセットだと思うぞ。
 預金の金利も上がるんだろうけど,インフレにはとても追いつかないから。とっとかないで使っちまうことだな。

● ちなみに,この問題は日本一国の経済政策でどうにかできるような話ではないからね。中には国家万能,政府万能と思い込んでる人がいるようなのでね。
 自分の生活を挙げて国に委ねているんじゃないかと思える人がいる。国に対して声を上げればすべてどうにかなる,と思っているんじゃないかと疑いたくなるようなやつ。

● 自分の暮らしは自分の才覚でどうにかすべきものだからさ。国だの政府だの行政だのに,過度な期待をすべきじゃない。
 特に左巻きにそれが多いような印象を受ける。左翼リベラルには国家依存症患者が多い。
 国や政府にできることはそんなに多くない。イランの紛争を日本国がどうにかできるはずもない。それは当然の前提にしないとね。

2026年4月28日火曜日

2026.04.28 A6 Campus をさらに使っていく

● 文具女子博で販売されていた5冊を使い終えた。引き続き A6 Campus を使っていく。
 次はこの3冊。いずれもB罫。中紙30枚。3冊ともメルカリで購入したもの。3週間で使い終える予定。

● 赤と緑の2冊には日付けを書く用の「 ・ ・ 」があるが,左端のにはなし。バーコードの印刷もない。
 古いものだろうか。シュリンクをかけられてセット販売されたか,非売品だったのかもしれないが。

● 赤と緑はカドを丸めてあるせいか少し高級感がある。“大人のCampus” という感じがする。しかし,書き心地はレギュラー Campus と変わらない。あたりまえだが。
 これを文具店で見かけた記憶はないが,こちらにはバーコードが印刷されているので市販されたものなのだろう。

● A6 はガッツリ書く用のノートであってメモ帳ではない,とぼくは心得ているのだが,携帯用のメモ帳として使っている人もるだろう。
 どっちであっても,使われているノートは幸せだ。打ち捨てられたノートは気の毒だ。ノートに生まれてきた甲斐がない。

● 誰かにノートは何がいいですかと訊かれた際には,コクヨの Campus でいいんじゃない? と答えると思う。市販されているすべてのノートを使ったわけではないけれども,そのように答えることになるだろ。
 自分が Campus を使っているのも,Campus でいいんじゃない? と思っているからだ。

2026年4月26日日曜日

2026.04.26 鉛筆復権はあるか?

● 外に持ち出すのは北星9500のHB。ぼくの好み基準だが,北星ならHBで良し。三菱やトンボはダメかというと,Bを使えばいいだけのことではある。
 北星なら9500,三菱なら9800,トンボなら8900の水準が高すぎるので,その上のランクの製品を使う必要を感じさせないといったことがあるのではないかと愚考する。

● メーカーはどう対応するのか。何の情報も持たない素人があれこれ詮索しても仕方がないのだが,海外展開といっても日本のメーカーが価格で勝負するには限界があろうし,かといって,国内ユーザーの絶対数を増やすのはそれ以上に困難だ。
 現在の鉛筆ユーザー層がどうなっているのか知らないが,1ヶ月に1回以上鉛筆を使ったことがある人が年代別にどのくらいいるのか,統計はないのだろうか。ないのだろうな。

● “書く” よりも “描く” 方に向かわせたいと,供給側は思っているのだろうなと感じることもある。鉛筆を一般筆記用の道具のままにしておくよりも,画材として認知し直してもらいたい,と。
 銀座伊東屋ではすべての鉛筆を7階の画材売場に移している。ANGERS はセレクトショップで,上記のような鉛筆は取り扱っていないが,他の画材と一緒に扱っている。

● “書く” よりも “描く” 方が多くの道具を必要とする。“書く” がモノクロなら “描く” はカラーだ。パソコンに保存する場合だって,テキストより画像の方がずっとデータ量が多くなる。
 人類が言語を獲得する以前は絵で情報を伝えることがあったのだろうか。ラスコー洞窟の壁画は,伝達のためではなく作品として描かれたもののように思えるのだが。音声以外に限れば,伝達よりも芸術の方が先だっただろうと,埒もないことを思ってみたりもする。

● “描く” 人が増えてくれるといい。鉛筆復権の鍵はそこにあるかもしれない。
 が,これもなかなか容易ではない。ぼく自身がそこに行こうとはしていないから。
 本気でそこを目指すのだとすれば,才能がないからやめておく,を取り払う必要がある。上手下手を一切介入させないことが必要だ。評価無用。

● ところが,供給サイドは鉛筆画コンクールを一生懸命にやっている。それでは頂点は高くなるかもしれないが,裾野は広がらない。
 頂点を上げる仕組みは別にある。その四番煎じや五番煎じを試みても仕方がない。では,何をすればいいのか。わからない。

● ぼくは数十年の時を超えて鉛筆に戻った口なのだが,使ってみれば鉛筆は筆記具としてとんでもなく良くできていることがわかる。が,良くできていることを実感するにはある程度は使い込む必要があってね。
 話がまとまらないが,そういうことだ。

2026年4月25日土曜日

2026.04.24 日記と「モーニングノート」

● 吉村萬壱さんの 𝕏 のポストを見ましてね。凄いものだと感じ入った。
 吉村さんは芥川賞作家でもあり,多くの原稿を書いているはずだが,それ以外に中紙100枚の B5 Campus を4カ月ちょっとで使い切るくらいの日記を書いているのだ。原稿も手書きなんだろうか。

● 自分の場合は 𝕏 へのポストが日記代わり,とリプしてる人が結構いるのだが,それは違う。SNSへの投稿は日記にはならない。ログを残すことと日記を書くことは,全然別のものだ。
 SNS への投稿は自分でも何度か読み返すのではないか。日記というのは書いたら終わり。読み返すことはほぼない。けど捨てられない。その何とも形容しがたいモヤッとしたところが,つまりは日記というものだ。

● ここから自分に引きつけて言うと,日記を読み返す気にならないのは,そこに自分の吐瀉物が残っているからだ。汚いものを何でわざわざ目に入れるのか。
 𝕏 へのポストを見返してしまうのは,ひとつには短い文章だからというのもあると思うけれども,毒にも薬にもならないことしか書いてないので,抵抗なく読めるからかねぇ。

● リアルのコミュニケーションでも同じですよね。毒にも薬にもならない,どうでもいいことをやり取りしているから,コミュニケーションがコミュニケーションたり得ている。
 どうでもいいことではないことをやり取りしなければならないとなると,大なり小なり緊張を強いられる。場合によっては胃が痛くなるような状況になる。

● 日記は時にそうなることがある。そういうことを書くこと自体が相当なエネルギーを要するので,本当に辛いときには日記も手帳も空欄になることが多いのだろうけど。
 SNS がゴミの山と化すのも,それが理由のひとつだと思う。コミュニケーションに快を求めれば,やり取りする内容はどうでもいいものにならざるを得ないものでしょう。

● 無理に日記を書く必要など全然ないと思う。が,吐きたいときには吐いた方がいい。吐きたくないときでも,脳内にあるものをすべて外に出すとスッキリするという効果はたしかにある。
 その際,キーボードで悪い理由はないのだが,手書きの方が吐きやすい気はする。

● で,吐き切るためには,書くことはもうないとなってからどれだけ粘れるか,が勝負だ。それこそ無理にでも捻り出す。量を出さないといけない。
 これって疲れるから(疲れるけれどもスッキリする。疲れずにスッキリしようとするのは虫が良すぎる),毎日やるのは無理だと思うんだけど。
 しかも,あまり時間をかけては意味がない。短時間で勢いよく吐き切らないと。それがぼくはできないんですけどね。

● 同じ理由で,これをやるには普通のノートに限る。日記帳のレイアウトになってるものではスペースが制約される。
 あんなものを使って書くくらいなら書かない方がいいかも。ただし,連用日記はスペースが揃っているところが味噌だから,また別の話になる。

● 粘らなきゃいけないんだけれども,時間をかけすぎてもいけない。ここが厄介ですかねぇ。そうして,書いたものは読み返さないと決める。
 だったら使い終えたノートはさっさと捨てればいいようなものですが,それができないところが,また,何というのか,摩訶不思議なところだ。

● ただし,吐きだすことを重視すると,日記というよりジュリア・キャメロンの「モーニングノート」に近いものになる。
 「モーニングノート」は新参者で,日本語で日記というときには,自分を文人に見立てて,1日のよしなし事とそれに関する自分側の事情をサラサラと書いていくものというイメージになるだろう。しかも,和歌や俳句が咲き競う国の日記なのだから,あまり長ったらしいのはいけない。短いのが好まれる。
 それゆえ,以上に述べ来たったところは,「日記」にはあてはまらない。先に「自分に引きつけて」と申しあげた所以だ。

● 「モーニングノート」は,頭にあるものをA4ノート3ページに書いて吐き出すというものだが,これを毎朝やるというのだから,実行できる人は超人だと思う。
 A4ノート3ページ書くなんてのは,年に1回でもできないんじゃないか。しかも,毎朝,出勤前にやるのだ。そんなことができるのは並みの人間ではない。

● 限られた時間にそれだけの量を出すには,ペンを止めてはいけない。ペンを止めないためには考えてはいけない。
 書くことの内容をいちいち評価づけてはいけない。感情移入してもいけない。自分の頭の中にあるものを他人事のように捉えてないといけない。
 頭の中をスッと見ていなければいけない。力まないでスッと。そうして,頭の中にあるものをひたすら吐き出すことに集中する必要がある。

● たぶん,慣れや慣れによって得られるコツのようなものもあるんじゃないかと思う。だからまずはやってみろ,となるのだろうけれども,A4で3ページですよ。
 これさぁ,アルファベットで書いて3ページなら,かな漢字混じり文の日本語の場合は半分の1ページ半でいいことにしませんか。

● 英語の LOVE は愛ですよ。FAMILY は家族ですよ。4文字を1文字,6文字を2文字で表記するんですよ。アルファベット1文字は1バイト,日本語の1文字は2バイトでしょうよ。𝕏 の文字数制限でも,日本語は140字だけど英語は280字でしょうよ。しかも,アルファベットは横長に引っ張ろうとすればいくらでも引っ張れる。
 日本語で書くのにA4・3ページをそのままにしておくのは,配慮にかけるんじゃありませんか。

● A4で1ページ半でも,A6だと6ページになる。毎朝,A6に6ページも書けるか。こうした量勝負に,日本人の多くはシラケてしまうんじゃないのかなぁ。意味と効用は理解するけれども,と。
 紀貫之の『土佐日記』以来,日記は短いもので,感情は露にするのではなく,抑えめ,控えめに表現してこそ,読み手に強く伝わる,と日本人は思ってる。

2026年4月23日木曜日

2026.04.23 新スマホ,使い初め

● スマホを買い替えた。15日に Motorola の g66j を Amazon でポチって,16日に届いた。
 なんだけども,データの引継ぎが億劫で,今日まで開封もせずに放置。さすがにこれ以上はというわけで,今日から新スマホに移行することにした。

● アプリを入れ直す手間はないのだけれども,面倒くさいね,この作業。トップ画面のアプリの並びはあとから調整しなくてはならないし,メーカー独自のアプリが入ってしまうし(削除できないものもある),いちいちイラつくことが多い。
 ひょっとすると,あらためてアプリを入れ直した方が早いかもな,と思いましたよ。

● 引き継げないアプリもある。Google Play ストアじゃないところからインストールしたアプリは引き継がれないんでしょうね。セキュリティーの観点から納得はできるんだけれども。
 “Waaaaay!” は引き継がれなかった。方向音痴を救済する神アプリだったんですけどね。
 ところが。“Waaaaay!” って iOS にしか対応しなくなったんですか。Android 対応のものはなくなったっぽいんですよ。
 方向音痴なんて iPhone ユーザーにしかいないよ,ってことなんですか。Android ユーザーはもっとハシハシしてるでしょ,ってか。

● 𝕏 の下書きに入れておいたのも消えていた。旧機種を起ち上げて,Google Keep にコピーした。
 「ツイメモ」も使っているのだけれど,これもクラウドに保存されるのではなく,端末に残る。Googleバックアップでは掬えない。アプリの中でバックアップ処理をしなくちゃいけない(旧機種で Google Drive にバックアップし,新機種でインポートする)。

● 写真は「ギャラリー」で整理しているのだが,端末保存だからバックアップしとかなきゃいけないんだろうと思って microSD にコピーした(Amazon Photo にバックアップされているはずだから,そもそもそんなことはしなくていいんだけれども)。
 けれども,写真は新機種にそのまま移行していた。Why? microSD に退避させたのはムダな作業になってしまった。

● LINE のトークは消えてしまっても構わないから,特段の手当はしなかった。これはフローの典型だものね。リアルの声による会話に近い。声は出すそばから消えていくが,LINE のトークも残すものではない。

● LINEってさ,左の写真の LINE ギフトだの,LINE◯◯だのを表示するなとは言わないけどさ,いちいちトップ画面に未読数として表示するのはやめてくれんか,と思ってました。
 これって,表示しないように設定することもできるのかい? それをやると,電話がかかってきても知らせてくれないなんてことにはならないのかい?
 でも,できるんですね。恥ずかしながら,ぼくが知らないだけでした。これを表示させないようにできたのは収穫ですよ(本体をタイムラインに出さないようにするのは無理ですよ)。その代わり,表示して欲しいものまで表示しなくなるわけで,さて,これで良かったのかという新たな疑問が生じてきたのではあるけれど。
 ちなみに,LINE はよほど親しい人限定で使うのが吉ですよね。単なる友人と LINE でつながるなんてのは阿呆のやることだよな。そんなことをするくらいだったら,友人なんかいない方がいいと思うわ。

● モバイル Suica やゲームはアプリごとに手続きが必要になるしね。何でもスマホに入れると,買換え時の手間が増えますな。
 チャチャッとできるようになってくれんか。昔はこういう作業を楽しめたのだが(昔のパソコンはOSからインストールしたんだもんな,フロッピーディスクで),年を取るとダメだ。iPhone ユーザーの奥様が仰るには,iPhone は簡単よってことなのだが,本当かね。

● ただ,面倒くさいがゆえに,アプリの見直しをするのにいい機会になるかもしれない。あまり使っていないアプリはこういう機会に削除するといいんですよね。
 引っ越しと同じです。不用品をまとめて処分する機会になります。

● ともあれ,新スマホに移行しましたよ。何台目になるかね。最初に買ったとの,2代前のまでは憶えてるんだけれども,その間はほぼ記憶が溶けかかっていますな。
 6.7インチディスプレイは自分史上最大画面。それによる使いやすさ,使いにくさは特に感じない。重さも Xperia 10 よりもズシリと来るのだが,だからといって何がどうということではない。

● ステレオスピーカーも今はあたりまえになっているのでしょうね。ミドルレンジというよりローエンドの g66j でもステレオスピーカーなんだもんな。
 スマホで音楽を聴くときには,BT スピーカーに飛ばしてるが,You Tube で昭和歌謡を聴くときにはスマホ単体になる。そういうときには何気にありがたい。
 ローエンドでもステレオスピーカーってのは凄いですよ。スマホはモノラルだから音楽を聴くときはイヤホンを使え,というのが最近までの常識だったじゃないですか。

● 新しいスマホはバッテリーが保つ。これなら1日中フルに使っても,バッテリーの心配は要らない。
 元気がいいという印象になる。青春時代のスマホだわ。スマホには青春時代だけあればいい。
 人間は,たぶん,そうじゃないんだろうけど。てか,青春時代なんて恥で埋まっていて,あの頃に戻してやると言われても,絶対お断りだもんな。

● ともあれ。いいスマホとはつまり,バッテリーが保つスマホのことだな。
 3万円の安いスマホですが,ワタクシメには充分過ぎます。


(追記 2026.05.17)

● moto g66j を鋭意使用中。エントリーモデルで充分です。
 唯一の不満はホーム画面のグリッド(アイコンの配置数)変更ができないこと。4列なのを5列に変えたいんですけどね。

● ググると変更の方法が出るのだが,moto アプリ→「カスタマイズ」と辿っても,「レイアウト」または「グリッド」が出てこない。ホーム画面の何もない場所を長押ししても同じこと。
 ところが,moto g66j の解説動画を見ていると,5列になってるんですよねぇ。どゆこと?

2026.04.23 洋菓子店で鉛筆をもらった

● 地元の洋菓子店を発見。家からけっこう近いところにあった。
 目立つ看板が出ているわけでもないので,車で動いていると発見不可能。通り過ぎてしまう。歩かなきゃいかんね。

● モンブランとチーズケーキを買った。2つで800円。
 洋菓子店なのに柏餅と草餅もあってね。柏餅も2個買いましたよ。1個140円。

● その店のレジに鉛筆がどっさり置いてあって。ご自由にお持ちください,と。1本もらって来ましたよ。
 三菱のHBでオムロンのノベルティ。〄が印字されているので前世紀に生産されたもの。

● それがなぜ洋菓子店に? 色々と妄想してみる。妄想は自由だからね。
 と言っても,そんなに突飛な妄想ができるわけでもなくて,このファミリーの中にオムロンに勤めていた人がいたんでしょう。
 あるいは,ファミリーの中にぼくのような鉛筆党の党員が発生してしまって,彼が集めた益体もないものをお客に配っているんだろうか。捨てるよりはマシだろうというわけで。

● 元になっているのは8800だろうか。三菱鉛筆の軸は国産鉛筆の中で最も太い。太さを付加しないでそのまま持つことに違和感がなくなってきている。
 三菱鉛筆のHBは,ぼくには少し硬くて薄い。少々,物足りない。

● しかし,このあたりも所詮は慣れの問題なのだろう。使い続けるうちにこれが普通になるに違いない。これくらいの黒さがちゃうどいいと感じるようになる。
 現在の自分の好みには合わないけれども,好みなんてものはわりかし簡単に変わるものだ。1年後も同じ好みだとは限らない。自分の好みをかまり強固なものとして捉えない方がいい,と思っている。

● 今は鉛筆のノベルティ自体がなくなっている(ような気がする)。少なくとも,中学生になると鉛筆を使う人はグッと減るから,鉛筆はノベルティの対象として選ばれなくなっているだろう。小学校の構内行事の記念品に鉛筆が選ばれることも減ってるのじゃないか。ノベルティとして最も多いのはボールペン。三菱鉛筆のジェットストリームとぺんてるのビクーニャなんじゃないかね。

2026年4月21日火曜日

2026.04.21 那須烏山市で鉛筆を買う−中華鉛筆について

● 那須烏山市のベイシアの文具売場を見ていた。ら。北星の9500があるじゃありませんか。
 「大人の鉛筆」以外の北星製品をリアル店舗で見かけることはほぼないのに(ダイソーに “かきかたえんぴつ” があるが。ま,Amazon でポチればいいんですけどね),烏山で見かけるとは。

● HBと2Bはたんとあるので,Bを買いました。3本セットで159円(+税)。
 「東京えんぴつ」です。トンボははるかベトナムで作るようになったし,三菱も工場は帝都にあるわけじゃない。MADE IN TOKYO は一定程度アピールするかもしれません。

● 使ってもらえさえすれば,リピーターが生まれるはずだ。
 他社より優れているという言い方ではなく,独特の風合いがあるのでね。ウマが合う人は合うはずなんだよね。

● このベイシアには Seria が入っている。その Seria で,10本で110円の鉛筆を購入。しかも,ゴム付き。
 同じゴム付きの国産鉛筆の4本セットがダイソーにあって,そちらも安すぎると思っているのだが,中華製なら110円で10本のゴム付き鉛筆が買えるわけだ。

● 前に使ったことがあるので使い勝手は知っている。中華製だからダメ,じゃないんだよね。っていうか,Hi-uni からこちらに換えてもさほどに段差は感じないんだよね。
 日本人と中国人は書き味の好みが似てるんだろうか。そのあたりは知らないけれども,日本人の好みをよく研究してるなという印象を受ける。滑らかさの追求だな。
 目隠しされたら国産鉛筆との区別はつくまいよ。その程度の仕上がりにはなっている。これがどんな職場環境で作られているのか知らないが,中華製を侮ってはいかんね。

● 中国の鉛筆メーカーが日本人の好みを研究しているというより,販売元である野府産業㈱の意向が反映されているということか。
 ともあれ,この鉛筆のダメなところは,今のところ,見つからない。

● ただし,この中華製,軸がかなり細い。ドイツ製より細い。ドイツ製のバレットキャップも使えないくらい細い。板バネを仕込んでいる北星のペンシルガードでもちょっと厳しい。使えるキャップはない。
 パイオニア製の樹脂製補助軸ではホールド不可。が,それ以外のあらかたの補助軸は使える。
 結局,この鉛筆は家で使うしかないと思うのだが(外に持ち出すには向かない),家で使う分にはいたって快適に使えるんですよ。


(追記 2026.04.28)

● Seria で買った10本110円のゴム付き鉛筆は充分に実用性を満たしているよ,と。当然,ダイソーにも同等品がある。こちらも試してみました。
 はい,無問題です。全然OKです。一般筆記には何の問題もないと思います。Seria のは軸が細くて使えるキャップがないのだけれども,こちらは三菱鉛筆並みに太いので,その問題もありません。

● となると,鉛筆は中華製でいいよってことになるんでしょうか。その防波堤になるのは,自分は百均で売られている中華鉛筆を使うような人間ではないという,何の根拠もないプライドしかないのか。
 実際のところ,1本10円の中華鉛筆がどの程度売れているのか。子供に買い与える鉛筆を百均中華にしている親御さんがどのくらいいるのか。ちょっと気になってくるね。ぼくが気にしてもしょうがないんだけどね。


(追記 2026.04.29)

● Hi-uni と1本10円の百均中華鉛筆の間に,そんなに段差は感じないというのが,正直なところ。では,10円の中華鉛筆でいいかとなると,そういうわけのものでもない。
 かなり書く人でも1本の鉛筆が1ヶ月は保つだろう。1ヶ月の筆記具代が165円か10円かが,差のうちに入るだろうか。BLACKWING を使えば600円だが,600円か10円かは差のうちに入るだろうか。

● きょう日,自販機で缶コーヒーを買えば140円だ。女性の方は化粧品代に月にいくらお遣いだろうか。ほぼほぼ見返りのないものにそれだけの金額を投じていながら,月に600円の鉛筆代を問題にする実益はない。
 もはや,鉛筆に関しては価格は考慮事項にならない。気分に任せていいんでしょう。というわけで,今日は北星9500を使っている。

● 気分に任せるのだから,百均中華を使いたくなることもあるだろう。BLACKWING を使ってみるかとなることもある。
 多くの方がすでにその境地に達していらっしゃると思う。中には1週間で1本使うとか,3日で1本使うといった超人がいるかもしれない。そうした超人の場合は話が別だ。人間界の常識は通用しない。


(追記 2026.05.12)

● Seria に行ったので,また10本で110円の中華製鉛筆を買ってみた。消しゴム付きではないやつ。
 芯がきちんと真ん中に収まっているわけではなくて,そこはけっこうラフなんだけれども,そんなものはさしたる問題ではない。先日買ってみたゴム付きは何事かと言いたくなるほど軸が細いのだけれども,これは普通に国産サイズ。

● でね,Hi-uni,9800,中華製の順番で書き比べてみても,それぞれの間に段差があるとは感じないんですよねぇ(正確に言うと,今日買った中華製には時にザラツキを感じることがあって,段差があると言えば言えるかも。が,本文のゴム付き中華だとその段差を感じない)。使い込んでいくと,やはり Hi-uni は違うな,となるんだろうけども,それも意識をそこに持って行った場合の話でね。
 百均の中華製はコスパがいいぞっていう話ね。特にこだわりがなければ鉛筆はこれでいいぞ,という身も蓋もない話になってしまう。扱いはゴム付きと同じ野府産業㈱。

● と言ったうえで何なんだけれども,鉛筆のような完成の域に達して長く経過した製品においては,微差が大差でもある。
 コスパで中華製を選んだ方がいいですよとは全くならない。こんなところでコスパを追求してどうする? Hi-uni を使った方が間違いなくいい気持ちになれる。

● ここから先は人それぞれだが,中華製を使っている人を軽んじるのは絶対にいかん。彼は道理に従っているだけなのだから。