2024年5月16日木曜日

2024.05.16 小日向 京 『考える鉛筆』

書名 考える鉛筆
著者 小日向 京
発行所 アスペクト
発行年月日 2012.04.06
価格(税別) 1,500円

● 沢野ひとし『ジジイの文房具』が面白かったこと(まだ読み終えていないが)。3月から鉛筆をメインの筆記具にしてみたところ,鉛筆をすっかり気に入っているのに,その理由が自分でも判然としないこと。
 その2つから,小日向京『考える鉛筆』をひっぱり出して再読してみた。

● 以前に読んだときには鉛筆を使っていなかったから,ほぅほぅこんな人がいるのか,と思うにとどまっていたのだが,今回はさすがに自分に引きつけて読むことができた。一気通貫で1冊を読んだのは久しぶりだ。
 ただし,自分がなぜ鉛筆に惹かれるのかはなお分明でない。自分で考えないとダメなんだな。

● 以下に転載。
 ものごとを思考するときにはあえて鉛筆を選びたい。なぜなら鉛筆は,思考の流れをさまたげない筆記具であるのと同時に,次の思考の流れを湧きだしてくれる筆記具であるから。(p10)
 鉛筆は(中略)紙面に対して「横の流れ」ですべらせていくものだ。一方,紙面にたいして「縦に押さえつける負荷」をかけ,紙に描線を彫りこんでいく筆感の筆記具がある。ボールペンや,一部のシャープペンシルなどがそれだ。縦の負荷をかけながら書くと,手が押しこむ力を加えようとするあまりに,そちらに気をとられてしまう。(中略)ものごとを考えるときには,筆圧のほぼかからない状態で,頭の中に浮遊する言葉をつかまえることに集中したい。(p11)
 鉛筆は,書きすすめていくうちに芯の尖り具合や丸まり具合が変化し,芯が短くなっては削り,削っていくうちに軸が短くなり,その姿を刻々と変えていく。その変化が自分の心情の変化とシンクロしていく呼吸感がある。(p11)
 鉛筆の削りかすからは心地良い香りを鼻に感じる。そして削り上げた鉛筆の削り口を眺めると,新たな思考に向かおうという心意気が湧いてくるのだ。(12)
 鉛筆は筆記具のひとつなのではなくて「鉛筆」なのだ。(p12)
 軸の形や色,太さ,芯の濃さやなめらかさ,削り口の形,あらゆる方法で自分流にカスタマイズできるのが,鉛筆の絶大な魅力だ。(p12)
 鉛筆と過ごす時間のなかでもとびきりに楽しいのは,鉛筆を削るひとときだと思う。(p14)
 刃にあたった削りたての木軸と黒鉛芯の削りかすが奏でる香りの競演は,もはやアロマテラピーの一種といってもいいほど。この香りを感じたいから鉛筆を削りたくなる,といっても過言ではない。(p18)
 (DUX・インクボトルシャープナーは)一度使うと手放せなくなる削り器だ。透明なガラスボトルに削りかすが見えるのもきれいで,「ガラス越しにものを見る美しさ」を実感する。(p28)
 鉛筆の木軸をナイフにあてたら,刃ではなく鉛筆のほうを動かして削る。(p43)
 自分の筆記具の握りかたはひとつしかないと思いこんではいないだろうか。長年文字を書くうちに,筆記具の握りかたには癖ができてくる。(中略)そうした「手癖」はあくまでも自分の筆記具の握りかたの基本型として,それはそれで継承していけばいい。(p53)
 鉛筆を何本か持ち歩くのなら,一本一本にキャップを使わずまとめて布でくるんでしまうのが手っ取り早い。そんな布にぴったりなのが日本手拭いだ。(p77)
 わたしたちが道具を使う目的は「それを後生大事に綺麗に使うこと」なのだろうか。(p92)
 なめらかだから「いい」鉛筆とは限らない。ときには粒子の粗い芯に思考を刺激されることもある。また,その鉛筆を使う紙によっても違う。(p104)
 丸軸鉛筆の機能は,落としても芯が折れにくいことにあるのだという。よって芯のやわらかい色鉛筆に多用されており,色鉛筆のほとんどが丸軸の形状をしているのはそういう理由だ。(p111)
 丸軸の良いところは何よりも「握っていて軸の角に手が影響されない」という点にあるだろう。(p111)
 装飾軸のなかでも鉛筆としての存在感を一段と際立たせているのが,(中略)ファーバーカステルの伯爵パーフェクトペンシル用の「No.5」という鉛筆だ。(中略)使いこめば使いこむほど木軸が手の脂を含んで光沢をたたえてゆく様が見事で,一度使うと手放せなくなる。(p123)
 手にするたびに見惚れてしまうのが三菱鉛筆ハイユニの塗装だ。一般に鉛筆の塗装は何度も重ね塗りをしているそうだが,ハイユニのラッカー仕上げの美しさは他の追随を許さないほど。ユニと見くらべても軸表面の滑らかさが格段に違う。(p125)
 (補助軸は)実に魅惑的な小道具で,日々鉛筆を使いつづけた最期に与えられる褒美のようなものだ。(中略)補助軸に魅せられてしまった者は,新品の鉛筆をほどよいところで半分に折ってしまうのも一案なのではないだろうか。(p128)
 鉛筆の唯一の弱点は軸が細すぎることだと思っている。補助軸は,長さを加えるだけでなく,太さを付加する鉛筆の補装具でもある。補助軸に挿して使う方が,鉛筆は書きやすい。
 しかし。その細さが鉛筆のフォルムの美しさを作っているのでもあって,補助軸はその美しさも隠してしまう。せめて貫通式の保持軸を使うのは控えて,鉛筆が長いうちはクツワのぴゅにゅグリップのような握り部の太さを加えるような補装具を使うといったあたりが落とし所か。
 昨今の消しゴム付き鉛筆の消しゴムはすごい。本当に消えるのだ。(p132)
 わたしは鉛筆で書くときにほとんど消しゴムを使わないようにしている。鉛筆から消しゴムに持ちかえた隙に,思考がどこかへ逃げてしまうように感じるからだ。しかし(消しゴム付き鉛筆の)消しゴムならばスピーディーに動作できて,逃げようとしても追いつけるなと思う。(p132)
 この天冠部の一番の利点は「ちょっと疲れたときのツボおしに使える」ということだ。(p135)
 これ(原稿用紙)がすさまじくいい。大人になったいまとなっては,文字数にも文章内容にも縛られることなく,自由にこの紙を鉛筆で楽しみたい。(p145)
 鉛筆で気持ちいいのは,東京・神楽坂下の山田紙店の原稿用紙。(中略)二〇〇字詰めで一〇〇枚二六〇円。あまりの安さに恐縮してしまう。(中略)オーソドックっすなルビ罫付きの原稿用紙なら,コクヨのA4サイズ四〇〇字詰め原稿用紙「タテ書き ケー70」五〇枚入りが鉛筆向き。(中略)この紙に書いた鉛筆文字にも,山田紙店のものと甲乙つけがたいほどに魅入られてしまう。(p146)
 とくに芯が丸まりきって,そろそろ削らないと芯が見えなくなってくるんじゃないかというくらいの鉛筆で,付箋に慌てて走り書きをするときの爽快感といったらない。(p147)
 機能と品質というのは優良なものだけが「いいもの」とは限らないことをmeadの5×3カードは教えてくれる。(p151)
 鉛筆がある,紙も見つけた,世界はもうわたしのものだ,ぐらいの勢いでいこうではないか。(中略)ものに恵まれることは経済的には幸せではあるけれど,思考的な幸せとは必ずしもいえない。「それしかない」という状態は,少なくとも思考に工夫を生みだす。(p183)
 鉛筆には正しい握りからというのは本来存在しないはず。(中略)なぜなら鉛筆は芯先のあらゆるところからでも書くことのできる,変貌する筆記具だから。(p185)
 「綺麗に記録したい」という徹底的な願望は,手書き文字を記すことに緊張が伴い,ともすると綺麗な線と文字で記すことじたいが目的となってしまう。そこに自由な思考はあるか。(中略)思考する文字はきたなくても良い。間違っていても良い。文字の形など整っていなくても良い。自分のなかの混沌とした乱雑な部分を認めてやろう。(p187)

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