主には「書く」道具について書いてます。手帳,ノート,筆記具,パソコンなどの話題がメインになると思います。といっても,パソコンや文房具のマニアではありません。この分野について知るところはあまりありません。 ごくあたりまえに属することを,試行錯誤ともいえない程度に試しています。 2024年3月からは鉛筆党員になりました。
2024年5月31日金曜日
2024.05.31 伊東屋のペンジャケットが3割引きで売られている
2024年5月30日木曜日
2024.05.30 義務教育は役に立つ
2024年5月29日水曜日
2024.05.29 ステッドラーの鉛筆を買う
2024年5月28日火曜日
2024.05.28 使わないとわかっているのに買ってしまう
2024.05.28 齢を取るのは悪くない
2024年5月27日月曜日
2024.05.27 鉛筆のJIS基準について
● ユニ色の鉛筆を中心に,HBを書き比べてみるというバカを地で行くようなことを始めてみるつもりでいる。本格的にはだいぶ先になるはずだが,ちょっとだけ試行的にやってみた。
暇だからそこそ,こんなこともできる。
● ちょっと弄ってみて感じたのは,北星が特異だということ。9606もクラフツマンも,他社より濃い。かつ軟らかい。B寄りな感じがする。
同じHBなら個別メーカーを越えて同じ硬度濃度のはずと漠然と思っていたのだが,JISはそれを担保するものではないのか。
● JISを確認してみようか。「HBの硬度は,0.25~0.42とする」「同一銘柄のしんについては,硬度記号の順に従って,濃さ及び硬さに逆転があってはならない」とある。
この幅に収まっていれば,銘柄によって中心硬度の硬さを変えても構わないのだな。ましてメーカーが違えばね。が,「0.25~0.42」とは基準なしに等しいのじゃないか。
● HBならこんな硬さと漠然と思うことができていたのは,JISによるものではなく,各メーカーの相互忖度の結果だったか。もっとわかりやすく言うと,三菱の硬度展開を他のメーカーが斟酌して云々,ということか。
が,北星のような跳ねっ返り(?)も出てくる,と。しかし,北星もJISは遵守しているわけだ。
● で,先代の伊東屋鉛筆を思いだした。uni より Hi-uni に近い。コスパに優れた上質な鉛筆なのだけどね。
ITOYA とあるだけで,硬度表記もないのだが,硬度表記がないのだから中心硬度(HB)のはずだと推測するのは全く正当だろう。が,これも一般的にはBに属するものだ。HBにしてはだいぶ濃い。
● 伊東屋鉛筆は北星が製造しているようだ。と単純に思ってしまったのだが,伊東屋鉛筆を生産しているのはキャメル鉛筆だとの説がある。
キャメルはOEMを専らとし,自社製品は出していない(と思う)ので,両者を書き比べてなるほどと納得する術がない。
● というようなことを 𝕏 にポストしたら,北星の社長さんから次のような教示を頂いた。
JIS制定当時は今より沢山の鉛筆メーカーがいて,様々な規格で鉛筆を作っていたのと,芯の配合はどのメーカーも社外秘の為統一する事は難しかったのです。
品質を守る為濃さの基準範囲が広いが芯の強度はしっかり定めてそれを守ればOKという各メーカーの特徴を守る物となりました。
● ついつい,JISを消費者保護的な表示制度だと見てしまう。JISはそういうものではない。消費者保護などという言葉ができる前からあるものだ。
それにしては,逆に,硬度も濃さも揃っているという言い方もできる。ドイツ製の鉛筆は国産より2硬度ほど上の硬度になるが(ドイツ製の2Bは国産のHB),ドイツ製は(当たり前だが)JISの守備範囲の外側にある。
2024年5月26日日曜日
2024.05.26 ユニ色の鉛筆をいくつか
2024.05.26 落合書店宝木本店の文具売場で
● 書店の文具売場ながら,この文具売場は宇都宮市では有数の充実度を誇る。
教育会館と道路を挟んだ対面にあるので,教師の皆さんが立ち寄ることが多いのか,近くにはマンモス校の作新学院があるので,その生徒さんたちが買ってくれるのか。
● マニアは,その対象が万年筆であれシャープペンであれ,ひとつの文具店で収まるわけがない。東京の伊東屋や世界堂,Amazonやメルカリ,ヤフオク,リサイクルショップと,幅広く渡り歩かなければならない。
一方で,ぼくのように学童用品のコーナーで足りる人間もいる。普通に文具を使うだけなら,せいぜい少々カッコつけたいという程度なら,大型文具店に行かずとも,ここに来れば用は足りるだろう。
● 論理的(?)に考えて,小学生が使っている文具で足りない大人はいないはずだ。小学生がやっているほどのバリエーションで文具を使う大人は,特殊な職業に従事する人を除いて,いないだろうからだ。
ペンケースを持ち歩く大人はそれなりの数,いるだろうけれども,そのペンケースは小学生がランドセルに入れて持ち歩いている筆箱に比べれば,だいぶ小さいはずだ。
● そもそも,小学生が使っているほどの文具は必要としない。ほとんどのサラリーマンは分度器やコンパスは必要としないだろう。
どうでもいい差別化にこだわり,つまらぬ虚栄を張ろうとするから,色々と面倒なことになる。その面倒が愉しいのだと言われれば,それまでのことではあるけれど。
● 問題はどんな文具を使っているかではなく,その文具を使って何をしているかだ。いや,そこまで問われると厳しすぎる。その文具をどれほど使っているかだ。
高級(高額)文具を持っているだけのバカではどうにもならんではないか。と,鉛筆しか使わなくなったぼくは悪態をついてみる。
● 店内で見たのはその鉛筆。木物語はダース660円。木物語でもかきかた鉛筆になると792円。差額の132円は軸の塗装代か。
● トンボは MADE IN VIETNAM なわけで,MADE IN JAPAN にこだわるなら,三菱一択となる。文具店にはこれ以外のメーカーの鉛筆はないもんね。
いるんだろうかね,MADE IN JAPAN にこだる人。いや,けっこういるだろうね。
そうなると,ずっと国内でヤリクリできてきた三菱鉛筆の底力がいよいよ他を圧するようになる。一格違うよってのを見せつけることになるかな,と思ってるんだけどね。
● 中高生が使っているであろうシャープペンをけっこうていねいに見て歩いた。
万年筆やボールペンはムダに買い漁ってしまったが,シャープペンには手を出していない。今後も手を出すことはないと思うが(コクヨの鉛筆シャープ,プラチナのプレスマン,北星の「大人の鉛筆」はあわせて20本近く持っているが),中高生がどんなのを使っているのか知りたいと思って。
● 実際に使ってみないと,どんなものかはわからないんだけど。
でも,まぁ,自分に与えるのは鉛筆でいいと思っているので,買うことはないんだよねぇ。店にすれば迷惑な客ですよ。
2024年5月25日土曜日
2024.05.25 三菱鉛筆の uni
2024年5月23日木曜日
2024.05.23 三菱鉛筆の9800が良くできていると思った件
2024年5月22日水曜日
2024.05.22 ダイソーの補助軸よ,さようなら
2024年5月21日火曜日
2024.05.21 地元のマックで
2024年5月20日月曜日
2024.05.20 測量野帳 with 名探偵コナン
2024.05.20 ダイソー鉛筆のHBとBを買った
2024.05.20 MONO100 も Made in Vietnam だと知った
2024年5月19日日曜日
2024.05.19 野帳トートを買った
2024年5月17日金曜日
2024.05.17 物欲を抑える難しさ
2024.05.17 クツワの補助軸,かなりいい
2024年5月16日木曜日
2024.05.16 ペン皿の代わりになるもの
2024.05.16 小日向 京 『考える鉛筆』
ものごとを思考するときにはあえて鉛筆を選びたい。なぜなら鉛筆は,思考の流れをさまたげない筆記具であるのと同時に,次の思考の流れを湧きだしてくれる筆記具であるから。(p10)
鉛筆は(中略)紙面に対して「横の流れ」ですべらせていくものだ。一方,紙面にたいして「縦に押さえつける負荷」をかけ,紙に描線を彫りこんでいく筆感の筆記具がある。ボールペンや,一部のシャープペンシルなどがそれだ。縦の負荷をかけながら書くと,手が押しこむ力を加えようとするあまりに,そちらに気をとられてしまう。(中略)ものごとを考えるときには,筆圧のほぼかからない状態で,頭の中に浮遊する言葉をつかまえることに集中したい。(p11)
鉛筆は,書きすすめていくうちに芯の尖り具合や丸まり具合が変化し,芯が短くなっては削り,削っていくうちに軸が短くなり,その姿を刻々と変えていく。その変化が自分の心情の変化とシンクロしていく呼吸感がある。(p11)
鉛筆の削りかすからは心地良い香りを鼻に感じる。そして削り上げた鉛筆の削り口を眺めると,新たな思考に向かおうという心意気が湧いてくるのだ。(12)
鉛筆は筆記具のひとつなのではなくて「鉛筆」なのだ。(p12)
軸の形や色,太さ,芯の濃さやなめらかさ,削り口の形,あらゆる方法で自分流にカスタマイズできるのが,鉛筆の絶大な魅力だ。(p12)
鉛筆と過ごす時間のなかでもとびきりに楽しいのは,鉛筆を削るひとときだと思う。(p14)
刃にあたった削りたての木軸と黒鉛芯の削りかすが奏でる香りの競演は,もはやアロマテラピーの一種といってもいいほど。この香りを感じたいから鉛筆を削りたくなる,といっても過言ではない。(p18)
(DUX・インクボトルシャープナーは)一度使うと手放せなくなる削り器だ。透明なガラスボトルに削りかすが見えるのもきれいで,「ガラス越しにものを見る美しさ」を実感する。(p28)
鉛筆の木軸をナイフにあてたら,刃ではなく鉛筆のほうを動かして削る。(p43)
自分の筆記具の握りかたはひとつしかないと思いこんではいないだろうか。長年文字を書くうちに,筆記具の握りかたには癖ができてくる。(中略)そうした「手癖」はあくまでも自分の筆記具の握りかたの基本型として,それはそれで継承していけばいい。(p53)
鉛筆を何本か持ち歩くのなら,一本一本にキャップを使わずまとめて布でくるんでしまうのが手っ取り早い。そんな布にぴったりなのが日本手拭いだ。(p77)
わたしたちが道具を使う目的は「それを後生大事に綺麗に使うこと」なのだろうか。(p92)
なめらかだから「いい」鉛筆とは限らない。ときには粒子の粗い芯に思考を刺激されることもある。また,その鉛筆を使う紙によっても違う。(p104)
丸軸鉛筆の機能は,落としても芯が折れにくいことにあるのだという。よって芯のやわらかい色鉛筆に多用されており,色鉛筆のほとんどが丸軸の形状をしているのはそういう理由だ。(p111)
丸軸の良いところは何よりも「握っていて軸の角に手が影響されない」という点にあるだろう。(p111)
装飾軸のなかでも鉛筆としての存在感を一段と際立たせているのが,(中略)ファーバーカステルの伯爵パーフェクトペンシル用の「No.5」という鉛筆だ。(中略)使いこめば使いこむほど木軸が手の脂を含んで光沢をたたえてゆく様が見事で,一度使うと手放せなくなる。(p123)
手にするたびに見惚れてしまうのが三菱鉛筆ハイユニの塗装だ。一般に鉛筆の塗装は何度も重ね塗りをしているそうだが,ハイユニのラッカー仕上げの美しさは他の追随を許さないほど。ユニと見くらべても軸表面の滑らかさが格段に違う。(p125)
(補助軸は)実に魅惑的な小道具で,日々鉛筆を使いつづけた最期に与えられる褒美のようなものだ。(中略)補助軸に魅せられてしまった者は,新品の鉛筆をほどよいところで半分に折ってしまうのも一案なのではないだろうか。(p128)
昨今の消しゴム付き鉛筆の消しゴムはすごい。本当に消えるのだ。(p132)
わたしは鉛筆で書くときにほとんど消しゴムを使わないようにしている。鉛筆から消しゴムに持ちかえた隙に,思考がどこかへ逃げてしまうように感じるからだ。しかし(消しゴム付き鉛筆の)消しゴムならばスピーディーに動作できて,逃げようとしても追いつけるなと思う。(p132)
この天冠部の一番の利点は「ちょっと疲れたときのツボおしに使える」ということだ。(p135)
これ(原稿用紙)がすさまじくいい。大人になったいまとなっては,文字数にも文章内容にも縛られることなく,自由にこの紙を鉛筆で楽しみたい。(p145)
鉛筆で気持ちいいのは,東京・神楽坂下の山田紙店の原稿用紙。(中略)二〇〇字詰めで一〇〇枚二六〇円。あまりの安さに恐縮してしまう。(中略)オーソドックっすなルビ罫付きの原稿用紙なら,コクヨのA4サイズ四〇〇字詰め原稿用紙「タテ書き ケー70」五〇枚入りが鉛筆向き。(中略)この紙に書いた鉛筆文字にも,山田紙店のものと甲乙つけがたいほどに魅入られてしまう。(p146)
とくに芯が丸まりきって,そろそろ削らないと芯が見えなくなってくるんじゃないかというくらいの鉛筆で,付箋に慌てて走り書きをするときの爽快感といったらない。(p147)
機能と品質というのは優良なものだけが「いいもの」とは限らないことをmeadの5×3カードは教えてくれる。(p151)
鉛筆がある,紙も見つけた,世界はもうわたしのものだ,ぐらいの勢いでいこうではないか。(中略)ものに恵まれることは経済的には幸せではあるけれど,思考的な幸せとは必ずしもいえない。「それしかない」という状態は,少なくとも思考に工夫を生みだす。(p183)
鉛筆には正しい握りからというのは本来存在しないはず。(中略)なぜなら鉛筆は芯先のあらゆるところからでも書くことのできる,変貌する筆記具だから。(p185)
「綺麗に記録したい」という徹底的な願望は,手書き文字を記すことに緊張が伴い,ともすると綺麗な線と文字で記すことじたいが目的となってしまう。そこに自由な思考はあるか。(中略)思考する文字はきたなくても良い。間違っていても良い。文字の形など整っていなくても良い。自分のなかの混沌とした乱雑な部分を認めてやろう。(p187)