2026年4月12日日曜日

2026.04.12 鉛筆はさり気なく使え,と思うんだけど

● 鉛筆と他の筆記具の違いは色々あるが,そのひとつは鉛筆にはさり気なさが似合うということではあるまいか。そうであれば,鉛筆じたいも存在を主張するものではなくて,いたって平凡な鉛筆を使うのがいい。
 ごくごく普通の鉛筆をさりげなく使う。理想の境地だね。

● 珍品を求めないこともそうだが,たとえば BLACKWING のような,誰が見ても BLACKWING だとわかるような特殊な形状のものも避けた方がいいような気がする。特殊はさり気なさを損なう。平凡がいい。
 幸いなことにと言っていいと思うのだが,現行品の鉛筆はどれを使っても,書き味も芯の減り具合いも似たようなものだ。三菱鉛筆で言えば,Hi-uni と9800の間に価格ほどの差があるとは思えない。微差が大差であるのかもしれないけれども,たとえそうだとしても,ユーザーには知ったこっちゃない。
 鉛筆は完成して日の長い筆記具だ。メーカーには失礼ながら,どれを使ってもさほどの違いはない。

● と言うと,異議を唱える人がいるかもしれない。そんなことはない,メーカーによって微妙に違うし,筆記感にも差異はあるよ,と。
 感覚に関しては,繊細な方がそうでないよりいいという前提があるように思われる。鈍感より敏感がいい。その前提に乗って,自分は敏感だと主張したいのかもしれない。

● しかし,その前提が成立すると単純に考えてしまうのが鈍臭い。パソコンやスマホもそうだけれども,快適な解像度がある。解像度は高ければ高いほどいいというものではない。意味なく高くても仕方がないし,バッテリーの消耗も大きくなる。
 感覚の解像度の高さを誇っても,わかったから少し静かにしていてくれないか,と思われることが多いんじゃないか。

● さり気なく使うためには,鉛筆そのものについて語ることも控えめにした方がいいだろう。珍品を披露する,語ってしまう,という行為には,かすかに下卑た品性が垣間見える。
 なかなかできないけどねぇ。自分もできていない。こうして語っちゃってる。

● SNS が普及して語りやすくなったんだよね。井戸端や会社の給湯室でやってる会話がそのまま見える化された。
 世の中の賢者は 𝕏 なんかやっていないんだろうね。だって現に賢いんだから。賢さを取り繕う必要もないし,他者にアピールする必要もない。
 ネットの本領を SNS に置いてるのはどうなんだろうかな。時間の無駄遣いか。SNS はメモ代わりという人も多いんだけど,本当にそれだけなのか。ということを自分に問いかけてみるか。

● ちなみに,「Hi-uni と9800の間に価格ほどの差があるとは思えない」と言ったんだけども,Hi-uni が出た頃は今とは比較にならないほどの価格差があった。にもかかわらず,Hi-uni は売れた。
 それ以前に出た uni も同様で,大卒の初任給が1万円に届かない時代に1本50円だった。それでも,ダース箱の生産が間に合わないほど売れた(uni は現在でも100円(税別)にしかなっていない。Hi-uni も uni もおそろしく安くなった)。

● それをどう考えるかってことなんだけど,今と違って鉛筆が広く使われていた,というのは理由にならないよね。
 たぶん,時代のせいにするしかないんだろうね。昇竜の勢いで昇り始めた日本経済。変な言い方だけれども,高いものが望まれたんだろう。コスパなんて考えなかった。ちょっと良ければ10倍高くても買いたい。そんな空気が支配的だったんだろう。
 高度経済成長というのは,比較的長く続いたバブルのようなものだったのかもしれないよ。

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