2026年4月30日木曜日

2026.04.30 万年筆は値上げの春

● 万年筆は値上げの春。いいぞ,いいぞ。To be! To be! Ten made to be!(飛べ 飛べ 天まで 飛べ)
 コロナ明けに一回,値上げの波が来ましたよね。今度は本格的な波だ。しかも,これで終わりじゃないからね。原材料費はこれからもバンバン上がるんだから。ようやっと人件費も上がる。今回の値上げ程度で収まるわけがない。

● 日本の物価体系も欧米並みになって行くんだわ。欲しけりゃ無理してでも今のうちに買っておくのがお得だよ。
 万年筆じゃないけど,ZEBRA の HAMON も6万円なら安いよ。買っときな。ああいうのが欲しけりゃね。

● ぼくは高価な万年筆など使わないから高みの見物ですわ。Campus ノートと鉛筆しか使わないのでね。そのノートも鉛筆も一生分の在庫がある。いや,三生分の在庫がある。
 鉛筆には値上げの兆候はまだないようなのだが,鉛筆だけが値上げできなかったら,鉛筆メーカーは存続が危うくなるはずだ。いずれ,おずおずとだろうが,値上げに踏み切るはずだ。

● デフレマインドはリセットしないとね。現金を預金で持っているのは最悪でしょうよ。
 預金は暴落と言っていいほどに減価する。株の暴落は短期間で元に戻るが,預金の場合は暴落の次に来るのは更なる暴落だ。トットと使っちまいな。でなければ,それこそ株に変えておくか。

● そんなことをしたら,何かあったときに不安? 何かあったらその時にジタバタすればいいんだわ。不安の先取りはインフレ時代には向かないマインドセットだと思うぞ。
 預金の金利も上がるんだろうけど,インフレにはとても追いつかないから。とっとかないで使っちまうことだな。

● ちなみに,この問題は日本一国の経済政策でどうにかできるような話ではないからね。中には国家万能,政府万能と思い込んでる人がいるようなのでね。
 自分の生活を挙げて国に委ねているんじゃないかと思える人がいる。国に対して声を上げればすべてどうにかなる,と思っているんじゃないかと疑いたくなるようなやつ。

● 自分の暮らしは自分の才覚でどうにかすべきものだからさ。国だの政府だの行政だのに,過度な期待をすべきじゃない。
 特に左巻きにそれが多いような印象を受ける。左翼リベラルには国家依存症患者が多い。
 国や政府にできることはそんなに多くない。イランの紛争を日本国がどうにかできるはずもない。それは当然の前提にしないとね。

2026年4月28日火曜日

2026.04.28 A6 Campus をさらに使っていく

● 文具女子博で販売されていた5冊を使い終えた。引き続き A6 Campus を使っていく。
 次はこの3冊。いずれもB罫。中紙30枚。3冊ともメルカリで購入したもの。3週間で使い終える予定。

● 赤と緑の2冊には日付けを書く用の「 ・ ・ 」があるが,左端のにはなし。バーコードの印刷もない。
 古いものだろうか。シュリンクをかけられてセット販売されたか,非売品だったのかもしれないが。

● 赤と緑はカドを丸めてあるせいか少し高級感がある。“大人のCampus” という感じがする。しかし,書き心地はレギュラー Campus と変わらない。あたりまえだが。
 これを文具店で見かけた記憶はないが,こちらにはバーコードが印刷されているので市販されたものなのだろう。

● A6 はガッツリ書く用のノートであってメモ帳ではない,とぼくは心得ているのだが,携帯用のメモ帳として使っている人もるだろう。
 どっちであっても,使われているノートは幸せだ。打ち捨てられたノートは気の毒だ。ノートに生まれてきた甲斐がない。

● 誰かにノートは何がいいですかと訊かれた際には,コクヨの Campus でいいんじゃない? と答えると思う。市販されているすべてのノートを使ったわけではないけれども,そのように答えることになるだろ。
 自分が Campus を使っているのも,Campus でいいんじゃない? と思っているからだ。

2026年4月26日日曜日

2026.04.26 鉛筆復権はあるか?

● 外に持ち出すのは北星9500のHB。ぼくの好み基準だが,北星ならHBで良し。三菱やトンボはダメかというと,Bを使えばいいだけのことではある。
 北星なら9500,三菱なら9800,トンボなら8900の水準が高すぎるので,その上のランクの製品を使う必要を感じさせないといったことがあるのではないかと愚考する。

● メーカーはどう対応するのか。何の情報も持たない素人があれこれ詮索しても仕方がないのだが,海外展開といっても日本のメーカーが価格で勝負するには限界があろうし,かといって,国内ユーザーの絶対数を増やすのはそれ以上に困難だ。
 現在の鉛筆ユーザー層がどうなっているのか知らないが,1ヶ月に1回以上鉛筆を使ったことがある人が年代別にどのくらいいるのか,統計はないのだろうか。ないのだろうな。

● “書く” よりも “描く” 方に向かわせたいと,供給側は思っているのだろうなと感じることもある。鉛筆を一般筆記用の道具のままにしておくよりも,画材として認知し直してもらいたい,と。
 銀座伊東屋ではすべての鉛筆を7階の画材売場に移している。ANGERS はセレクトショップで,上記のような鉛筆は取り扱っていないが,他の画材と一緒に扱っている。

● “書く” よりも “描く” 方が多くの道具を必要とする。“書く” がモノクロなら “描く” はカラーだ。パソコンに保存する場合だって,テキストより画像の方がずっとデータ量が多くなる。
 人類が言語を獲得する以前は絵で情報を伝えることがあったのだろうか。ラスコー洞窟の壁画は,伝達のためではなく作品として描かれたもののように思えるのだが。音声以外に限れば,伝達よりも芸術の方が先だっただろうと,埒もないことを思ってみたりもする。

● “描く” 人が増えてくれるといい。鉛筆復権の鍵はそこにあるかもしれない。
 が,これもなかなか容易ではない。ぼく自身がそこに行こうとはしていないから。
 本気でそこを目指すのだとすれば,才能がないからやめておく,を取り払う必要がある。上手下手を一切介入させないことが必要だ。評価無用。

● ところが,供給サイドは鉛筆画コンクールを一生懸命にやっている。それでは頂点は高くなるかもしれないが,裾野は広がらない。
 頂点を上げる仕組みは別にある。その四番煎じや五番煎じを試みても仕方がない。では,何をすればいいのか。わからない。

● ぼくは数十年の時を超えて鉛筆に戻った口なのだが,使ってみれば鉛筆は筆記具としてとんでもなく良くできていることがわかる。が,良くできていることを実感するにはある程度は使い込む必要があってね。
 話がまとまらないが,そういうことだ。

2026年4月25日土曜日

2026.04.24 日記と「モーニングノート」

● 吉村萬壱さんの 𝕏 のポストを見ましてね。凄いものだと感じ入った。
 吉村さんは芥川賞作家でもあり,多くの原稿を書いているはずだが,それ以外に中紙100枚の B5 Campus を4カ月ちょっとで使い切るくらいの日記を書いているのだ。原稿も手書きなんだろうか。

● 自分の場合は 𝕏 へのポストが日記代わり,とリプしてる人が結構いるのだが,それは違う。SNSへの投稿は日記にはならない。ログを残すことと日記を書くことは,全然別のものだ。
 SNS への投稿は自分でも何度か読み返すのではないか。日記というのは書いたら終わり。読み返すことはほぼない。けど捨てられない。その何とも形容しがたいモヤッとしたところが,つまりは日記というものだ。

● ここから自分に引きつけて言うと,日記を読み返す気にならないのは,そこに自分の吐瀉物が残っているからだ。汚いものを何でわざわざ目に入れるのか。
 𝕏 へのポストを見返してしまうのは,ひとつには短い文章だからというのもあると思うけれども,毒にも薬にもならないことしか書いてないので,抵抗なく読めるからかねぇ。

● リアルのコミュニケーションでも同じですよね。毒にも薬にもならない,どうでもいいことをやり取りしているから,コミュニケーションがコミュニケーションたり得ている。
 どうでもいいことではないことをやり取りしなければならないとなると,大なり小なり緊張を強いられる。場合によっては胃が痛くなるような状況になる。

● 日記は時にそうなることがある。そういうことを書くこと自体が相当なエネルギーを要するので,本当に辛いときには日記も手帳も空欄になることが多いのだろうけど。
 SNS がゴミの山と化すのも,それが理由のひとつだと思う。コミュニケーションに快を求めれば,やり取りする内容はどうでもいいものにならざるを得ないものでしょう。

● 無理に日記を書く必要など全然ないと思う。が,吐きたいときには吐いた方がいい。吐きたくないときでも,脳内にあるものをすべて外に出すとスッキリするという効果はたしかにある。
 その際,キーボードで悪い理由はないのだが,手書きの方が吐きやすい気はする。

● で,吐き切るためには,書くことはもうないとなってからどれだけ粘れるか,が勝負だ。それこそ無理にでも捻り出す。量を出さないといけない。
 これって疲れるから(疲れるけれどもスッキリする。疲れずにスッキリしようとするのは虫が良すぎる),毎日やるのは無理だと思うんだけど。
 しかも,あまり時間をかけては意味がない。短時間で勢いよく吐き切らないと。それがぼくはできないんですけどね。

● 同じ理由で,これをやるには普通のノートに限る。日記帳のレイアウトになってるものではスペースが制約される。
 あんなものを使って書くくらいなら書かない方がいいかも。ただし,連用日記はスペースが揃っているところが味噌だから,また別の話になる。

● 粘らなきゃいけないんだけれども,時間をかけすぎてもいけない。ここが厄介ですかねぇ。そうして,書いたものは読み返さないと決める。
 だったら使い終えたノートはさっさと捨てればいいようなものですが,それができないところが,また,何というのか,摩訶不思議なところだ。

● ただし,吐きだすことを重視すると,日記というよりジュリア・キャメロンの「モーニングノート」に近いものになる。
 「モーニングノート」は新参者で,日本語で日記というときには,自分を文人に見立てて,1日のよしなし事とそれに関する自分側の事情をサラサラと書いていくものというイメージになるだろう。しかも,和歌や俳句が咲き競う国の日記なのだから,あまり長ったらしいのはいけない。短いのが好まれる。
 それゆえ,以上に述べ来たったところは,「日記」にはあてはまらない。先に「自分に引きつけて」と申しあげた所以だ。

● 「モーニングノート」は,頭にあるものをA4ノート3ページに書いて吐き出すというものだが,これを毎朝やるというのだから,実行できる人は超人だと思う。
 A4ノート3ページ書くなんてのは,年に1回でもできないんじゃないか。しかも,毎朝,出勤前にやるのだ。そんなことができるのは並みの人間ではない。

● 限られた時間にそれだけの量を出すには,ペンを止めてはいけない。ペンを止めないためには考えてはいけない。
 書くことの内容をいちいち評価づけてはいけない。感情移入してもいけない。自分の頭の中にあるものを他人事のように捉えてないといけない。
 頭の中をスッと見ていなければいけない。力まないでスッと。そうして,頭の中にあるものをひたすら吐き出すことに集中する必要がある。

● たぶん,慣れや慣れによって得られるコツのようなものもあるんじゃないかと思う。だからまずはやってみろ,となるのだろうけれども,A4で3ページですよ。
 これさぁ,アルファベットで書いて3ページなら,かな漢字混じり文の日本語の場合は半分の1ページ半でいいことにしませんか。

● 英語の LOVE は愛ですよ。FAMILY は家族ですよ。4文字を1文字,6文字を2文字で表記するんですよ。アルファベット1文字は1バイト,日本語の1文字は2バイトでしょうよ。𝕏 の文字数制限でも,日本語は140字だけど英語は280字でしょうよ。しかも,アルファベットは横長に引っ張ろうとすればいくらでも引っ張れる。
 日本語で書くのにA4・3ページをそのままにしておくのは,配慮にかけるんじゃありませんか。

● A4で1ページ半でも,A6だと6ページになる。毎朝,A6に6ページも書けるか。こうした量勝負に,日本人の多くはシラケてしまうんじゃないのかなぁ。意味と効用は理解するけれども,と。
 紀貫之の『土佐日記』以来,日記は短いもので,感情は露にするのではなく,抑えめ,控えめに表現してこそ,読み手に強く伝わる,と日本人は思ってる。

2026年4月23日木曜日

2026.04.23 新スマホ,使い初め

● スマホを買い替えた。15日に Motorola の g66j を Amazon でポチって,16日に届いた。
 なんだけども,データの引継ぎが億劫で,今日まで開封もせずに放置。さすがにこれ以上はというわけで,今日から新スマホに移行することにした。

● アプリを入れ直す手間はないのだけれども,面倒くさいね,この作業。トップ画面のアプリの並びはあとから調整しなくてはならないし,メーカー独自のアプリが入ってしまうし(削除できないものもある),いちいちイラつくことが多い。
 ひょっとすると,あらためてアプリを入れ直した方が早いかもな,と思いましたよ。

● 引き継げないアプリもある。Google Play ストアじゃないところからインストールしたアプリは引き継がれないんでしょうね。セキュリティーの観点から納得はできるんだけれども。
 “Waaaaay!” は引き継がれなかった。方向音痴を救済する神アプリだったんですけどね。
 ところが。“Waaaaay!” って iOS にしか対応しなくなったんですか。Android 対応のものはなくなったっぽいんですよ。
 方向音痴なんて iPhone ユーザーにしかいないよ,ってことなんですか。Android ユーザーはもっとハシハシしてるでしょ,ってか。

● 𝕏 の下書きに入れておいたのも消えていた。旧機種を起ち上げて,Google Keep にコピーした。
 「ツイメモ」も使っているのだけれど,これもクラウドに保存されるのではなく,端末に残る。Googleバックアップでは掬えない。アプリの中でバックアップ処理をしなくちゃいけない(旧機種で Google Drive にバックアップし,新機種でインポートする)。

● 写真は「ギャラリー」で整理しているのだが,端末保存だからバックアップしとかなきゃいけないんだろうと思って microSD にコピーした(Amazon Photo にバックアップされているはずだから,そもそもそんなことはしなくていいんだけれども)。
 けれども,写真は新機種にそのまま移行していた。Why? microSD に退避させたのはムダな作業になってしまった。

● LINE のトークは消えてしまっても構わないから,特段の手当はしなかった。これはフローの典型だものね。リアルの声による会話に近い。声は出すそばから消えていくが,LINE のトークも残すものではない。

● LINEってさ,左の写真の LINE ギフトだの,LINE◯◯だのを表示するなとは言わないけどさ,いちいちトップ画面に未読数として表示するのはやめてくれんか,と思ってました。
 これって,表示しないように設定することもできるのかい? それをやると,電話がかかってきても知らせてくれないなんてことにはならないのかい?
 でも,できるんですね。恥ずかしながら,ぼくが知らないだけでした。これを表示させないようにできたのは収穫ですよ(本体をタイムラインに出さないようにするのは無理ですよ)。その代わり,表示して欲しいものまで表示しなくなるわけで,さて,これで良かったのかという新たな疑問が生じてきたのではあるけれど。
 ちなみに,LINE はよほど親しい人限定で使うのが吉ですよね。単なる友人と LINE でつながるなんてのは阿呆のやることだよな。そんなことをするくらいだったら,友人なんかいない方がいいと思うわ。

● モバイル Suica やゲームはアプリごとに手続きが必要になるしね。何でもスマホに入れると,買換え時の手間が増えますな。
 チャチャッとできるようになってくれんか。昔はこういう作業を楽しめたのだが(昔のパソコンはOSからインストールしたんだもんな,フロッピーディスクで),年を取るとダメだ。iPhone ユーザーの奥様が仰るには,iPhone は簡単よってことなのだが,本当かね。

● ただ,面倒くさいがゆえに,アプリの見直しをするのにいい機会になるかもしれない。あまり使っていないアプリはこういう機会に削除するといいんですよね。
 引っ越しと同じです。不用品をまとめて処分する機会になります。

● ともあれ,新スマホに移行しましたよ。何台目になるかね。最初に買ったとの,2代前のまでは憶えてるんだけれども,その間はほぼ記憶が溶けかかっていますな。
 6.7インチディスプレイは自分史上最大画面。それによる使いやすさ,使いにくさは特に感じない。重さも Xperia 10 よりもズシリと来るのだが,だからといって何がどうということではない。

● ステレオスピーカーも今はあたりまえになっているのでしょうね。ミドルレンジというよりローエンドの g66j でもステレオスピーカーなんだもんな。
 スマホで音楽を聴くときには,BT スピーカーに飛ばしてるが,You Tube で昭和歌謡を聴くときにはスマホ単体になる。そういうときには何気にありがたい。
 ローエンドでもステレオスピーカーってのは凄いですよ。スマホはモノラルだから音楽を聴くときはイヤホンを使え,というのが最近までの常識だったじゃないですか。

● 新しいスマホはバッテリーが保つ。これなら1日中フルに使っても,バッテリーの心配は要らない。
 元気がいいという印象になる。青春時代のスマホだわ。スマホには青春時代だけあればいい。
 人間は,たぶん,そうじゃないんだろうけど。てか,青春時代なんて恥で埋まっていて,あの頃に戻してやると言われても,絶対お断りだもんな。

● ともあれ。いいスマホとはつまり,バッテリーが保つスマホのことだな。
 3万円の安いスマホですが,ワタクシメには充分過ぎます。

2026.04.23 洋菓子店で鉛筆をもらった

● 地元の洋菓子店を発見。家からけっこう近いところにあった。
 目立つ看板が出ているわけでもないので,車で動いていると発見不可能。通り過ぎてしまう。歩かなきゃいかんね。

● モンブランとチーズケーキを買った。2つで800円。
 洋菓子店なのに柏餅と草餅もあってね。柏餅も2個買いましたよ。1個140円。

● その店のレジに鉛筆がどっさり置いてあって。ご自由にお持ちください,と。1本もらって来ましたよ。
 三菱のHBでオムロンのノベルティ。〄が印字されているので前世紀に生産されたもの。

● それがなぜ洋菓子店に? 色々と妄想してみる。妄想は自由だからね。
 と言っても,そんなに突飛な妄想ができるわけでもなくて,このファミリーの中にオムロンに勤めていた人がいたんでしょう。
 あるいは,ファミリーの中にぼくのような鉛筆党の党員が発生してしまって,彼が集めた益体もないものをお客に配っているんだろうか。捨てるよりはマシだろうというわけで。

● 元になっているのは8800だろうか。三菱鉛筆の軸は国産鉛筆の中で最も太い。太さを付加しないでそのまま持つことに違和感がなくなってきている。
 三菱鉛筆のHBは,ぼくには少し硬くて薄い。少々,物足りない。

● しかし,このあたりも所詮は慣れの問題なのだろう。使い続けるうちにこれが普通になるに違いない。これくらいの黒さがちゃうどいいと感じるようになる。
 現在の自分の好みには合わないけれども,好みなんてものはわりかし簡単に変わるものだ。1年後も同じ好みだとは限らない。自分の好みをかまり強固なものとして捉えない方がいい,と思っている。

● 今は鉛筆のノベルティ自体がなくなっている(ような気がする)。少なくとも,中学生になると鉛筆を使う人はグッと減るから,鉛筆はノベルティの対象として選ばれなくなっているだろう。小学校の構内行事の記念品に鉛筆が選ばれることも減ってるのじゃないか。ノベルティとして最も多いのはボールペン。三菱鉛筆のジェットストリームとぺんてるのビクーニャなんじゃないかね。

2026年4月21日火曜日

2026.04.21 那須烏山市で鉛筆を買う−中華鉛筆について

● 那須烏山市のベイシアの文具売場を見ていた。ら。北星の9500があるじゃありませんか。
 「大人の鉛筆」以外の北星製品をリアル店舗で見かけることはほぼないのに(ダイソーに “かきかたえんぴつ” があるが。ま,Amazon でポチればいいんですけどね),烏山で見かけるとは。

● HBと2Bはたんとあるので,Bを買いました。3本セットで159円(+税)。
 「東京えんぴつ」です。トンボははるかベトナムで作るようになったし,三菱も工場は帝都にあるわけじゃない。MADE IN TOKYO は一定程度アピールするかもしれません。

● 使ってもらえさえすれば,リピーターが生まれるはずだ。
 他社より優れているという言い方ではなく,独特の風合いがあるのでね。ウマが合う人は合うはずなんだよね。

● このベイシアには Seria が入っている。その Seria で,10本で110円の鉛筆を購入。しかも,ゴム付き。
 同じゴム付きの国産鉛筆の4本セットがダイソーにあって,そちらも安すぎると思っているのだが,中華製なら110円で10本のゴム付き鉛筆が買えるわけだ。

● 前に使ったことがあるので使い勝手は知っている。中華製だからダメ,じゃないんだよね。っていうか,Hi-uni からこちらに換えてもさほどに段差は感じないんだよね。
 日本人と中国人は書き味の好みが似てるんだろうか。そのあたりは知らないけれども,日本人の好みをよく研究してるなという印象を受ける。滑らかさの追求だな。
 目隠しされたら国産鉛筆との区別はつくまいよ。その程度の仕上がりにはなっている。これがどんな職場環境で作られているのか知らないが,中華製を侮ってはいかんね。

● 中国の鉛筆メーカーが日本人の好みを研究しているというより,販売元である野府産業㈱の意向が反映されているということか。
 ともあれ,この鉛筆のダメなところは,今のところ,見つからない。

● ただし,この中華製,軸がかなり細い。ドイツ製より細い。ドイツ製のバレットキャップも使えないくらい細い。板バネを仕込んでいる北星のペンシルガードでもちょっと厳しい。使えるキャップはない。
 パイオニア製の樹脂製補助軸ではホールド不可。が,それ以外のあらかたの補助軸は使える。
 結局,この鉛筆は家で使うしかないと思うのだが(外に持ち出すには向かない),家で使う分にはいたって快適に使えるんですよ。


(追記 2026.04.28)

● Seria で買った10本110円のゴム付き鉛筆は充分に実用性を満たしているよ,と。当然,ダイソーにも同等品がある。こちらも試してみました。
 はい,無問題です。全然OKです。一般筆記には何の問題もないと思います。Seria のは軸が細くて使えるキャップがないのだけれども,こちらは三菱鉛筆並みに太いので,その問題もありません。

● となると,鉛筆は中華製でいいよってことになるんでしょうか。その防波堤になるのは,自分は百均で売られている中華鉛筆を使うような人間ではないという,何の根拠もないプライドしかないのか。
 実際のところ,1本10円の中華鉛筆がどの程度売れているのか。子供に買い与える鉛筆を百均中華にしている親御さんがどのくらいいるのか。ちょっと気になってくるね。ぼくが気にしてもしょうがないんだけどね。


(追記 2026.04.29)

● Hi-uni と1本10円の百均中華鉛筆の間に,そんなに段差は感じないというのが,正直なところ。では,10円の中華鉛筆でいいかとなると,そういうわけのものでもない。
 かなり書く人でも1本の鉛筆が1ヶ月は保つだろう。1ヶ月の筆記具代が165円か10円かが,差のうちに入るだろうか。BLACKWING を使えば600円だが,600円か10円かは差のうちに入るだろうか。

● きょう日,自販機で缶コーヒーを買えば140円だ。女性の方は化粧品代に月にいくらお遣いだろうか。ほぼほぼ見返りのないものにそれだけの金額を投じていながら,月に600円の鉛筆代を問題にする実益はない。
 もはや,鉛筆に関しては価格は考慮事項にならない。気分に任せていいんでしょう。というわけで,今日は北星9500を使っている。

● 気分に任せるのだから,百均中華を使いたくなることもあるだろう。BLACKWING を使ってみるかとなることもある。
 多くの方がすでにその境地に達していらっしゃると思う。中には1週間で1本使うとか,3日で1本使うといった超人がいるかもしれない。そうした超人の場合は話が別だ。人間界の常識は通用しない。


(追記 2026.05.12)

● Seria に行ったので,また10本で110円の中華製鉛筆を買ってみた。消しゴム付きではないやつ。
 芯がきちんと真ん中に収まっているわけではなくて,そこはけっこうラフなんだけれども,そんなものはさしたる問題ではない。先日買ってみたゴム付きは何事かと言いたくなるほど軸が細いのだけれども,これは普通に国産サイズ。

● でね,Hi-uni,9800,中華製の順番で書き比べてみても,それぞれの間に段差があるとは感じないんですよねぇ(正確に言うと,今日買った中華製には時にザラツキを感じることがあって,段差があると言えば言えるかも。が,本文のゴム付き中華だとその段差を感じない)。使い込んでいくと,やはり Hi-uni は違うな,となるんだろうけども,それも意識をそこに持って行った場合の話でね。
 百均の中華製はコスパがいいぞっていう話ね。特にこだわりがなければ鉛筆はこれでいいぞ,という身も蓋もない話になってしまう。扱いはゴム付きと同じ野府産業㈱。

● と言ったうえで何なんだけれども,鉛筆のような完成の域に達して長く経過した製品においては,微差が大差でもある。
 コスパで中華製を選んだ方がいいですよとは全くならない。こんなところでコスパを追求してどうする? Hi-uni を使った方が間違いなくいい気持ちになれる。

● ここから先は人それぞれだが,中華製を使っている人を軽んじるのは絶対にいかん。彼は道理に従っているだけなのだから。

2026.04.21 大学と鉛筆

● 断メルカリがなかなかできなくて,こんなのをポチってしまった。FABER-CASTELL 9000番のデザインセット。800円だった。
 5H〜5Bの12硬度のセットなのだが,神戸芸術工科大学のオリジナルセットのため,2H-H-H-F-HB-HB-B-B-2B-2B-3B-4B となっている,とある。

● ドイツ製の鉛筆と国産鉛筆とでは,同じ硬度でも2〜3段階ほど異なる。ドイツ製の方が硬くて薄い。
 国産鉛筆のHBはドイツ製鉛筆だと2Bだと思えばいい。同じHBだからと,ドイツ製鉛筆のHBを使うと,Hか2Hに感じる。

● このデザインセットを国産鉛筆の硬度に置き換えると,4H-3H-3H-2H-H-H-F-F- HB-HB-B-2B になるのだが,大学側は FABER-CASTELL の硬度表記を国産鉛筆と同じ内実を表すものと見なしているんだろうか。
 そういう疑いを抱くわけね。だってねぇ,4H-3H-3H-2H-H-H-F-F- HB-HB-B-2B なんて,通常はあり得ないじゃないですか。2H-H-H-F-HB-HB-B-B-2B-2B-3B-4B ならわかるけど。

● 出品者様はこの鉛筆セットをあまり使わなかったご様子なのだ。この大学の学生だったのだとすると,ほとんど勉強しないで卒業したことになりそうだ。
 実際にはそうではなくて,別の鉛筆を使ったのだろう。このセットは硬すぎて使えなかったのではないか。

● 大学側が用意して学生に与えているのであれば,こういう初歩的なミスをしてはいかんだろう。学生に迷惑をかけている。
 それとも,“芸術工科” の分野ではこの硬さがあたりまえなんだろうか。そんなことはないと思うんですよねぇ。

2026年4月20日月曜日

2026.04.20 Hi-uni の3本入りプラケースから

● 2年前の今頃,メルカリで3本入りの Hi-uni のプラケースを買ったんですよ。というか,買った鉛筆の中にこのプラケースが紛れこんでいたわけなんですが(その後,コーリンの Hi Pierce の3本ケースも手元にやってきた)。
 外出のとき,けっこう便利に使えるんじゃないかと思ったんだが,そうでもないんですわ。今のところ,使い途が見つからない。たぶん,用途はない。

● ところで。この3本入りのプラケースに入れて売られたのは,発売初期に限られるんですか。中に入っていたのは初代の Hi-uni ってことですか。
 だから何だってことじゃないんですけどね。現行品を使えばいい話なんで。初代とか初版に価値を見出そうとするのは,人間の脳の癖でしかないだろうからね。

● Hi-uni の初代を問題にする人はあまりいないけれども,uni の初代は話題になることがある。
 プラスチック製のダース箱のヒンジ部をアルミ板で補強していて,それは手作業でやってたんだよ,というのとセットになってるわけね。

● 初版本マニアは今でもいるんだと思うんですよ。第1刷じゃないとヤダという,幼児的と言ってはいけないんだろうけど,玩具をねだってダダをこねている子供みたいなやつ。
 これがけっこういろんなところにいるんでしょうよ。

● コレクションというのは幼児性の上に立っている趣味かもしれないよ。そいつが世界有数の大富豪だったりすると,コレクションが文化財になったりもするのか。公が保存に乗り出してくることもある。
 しかし,並みの個人がポケットマネーで集めたものなんて,その99.99%はガラクタに過ぎない。

● 自分が死んだあとはどうすればいいかなどと考えるのは余計なことだ。そんなことを考えるだけの値打ちなんかないからね。散逸して処分されて終わり。そうなるのが相応しいものなんだよね。
 自分が生きている間だけのささやかな楽しみ。それがあなたのコレクションです。

● けれども,人間とは強欲なもので,あるいは思い上がりが天井知らずなもので,つまり,詰めて言えばバカなものだから,自分のコレクションには価値があると思ってしまうんだな。思いたいのかもしれないんだが。
 それは,自分には価値があると思いたいのと “=” か “≒” なんだと思う。なので,あなたのコレクションに価値はないと言われると,自分に価値がないと言われたと受けとめるんだろう。
 そのうえで言わなきゃいけない。あなたにあなたが思ってるほどの価値なんかないよ。あたりまえじゃん,あるわけないだろうよ。

● って,Hi-uni の3本入りプラケースから何でこんな話になってんだ?
 まぁね,自分も同じだな。脳の癖だとわかっていても,初代や初版に引っかかってしまうし,集めグセがあるよなぁ。

● ただし,本格的にはヌマらないので,自分が集めたものに価値などないことはわかっている。手放すのに抵抗はないかもしれない。
 こなあたり,ものは言いようなのだが,コレクションさえできないつまらない男でもあるわけですよ,ぼくは。

2026.04.20 ダイソー文具で充分だよね

● 地元のダイソーで買ってみた。4本で110円の国産鉛筆。ゴム付きのはアイボールで間違いないのだが,三角軸のはどこが作っているのだろう。やはり,アイボールだろうか。
 芯は中華製だろうし(しかし,書き味に問題なし),塗装も省いてコストをカットしているのだが,4本を110円で売るのもそろそろ限界でしょ。ダイソーも粗利を抑え,メーカーにも泣きを迫っているのだろうが,これだけ原材料費と石油が上がっているのだから。

● Campus もダイソーで買える。文具店価格(150円+税)の3分の2。
 流通のことはよくわからないのだが,コクヨがダイソーに直接納入して,店舗への配布はダイソー内でやっているんだろうね。中間がない分,安く卸しているのだろうが,それにしてもなぜこの価格になるのかは素人の想像を超える。

● 想像を超えようが何だろうが,安い方がありがたい。文具店で売られているものと寸分違わないのだから,ダイソーで買った方がいいに決まっている。
 「流通革命」を指向したダイエーは結局消えた。ダイソーも “永遠に不滅” ではないだろう。百円ショップはデフレの産物だとすれば,インフレが基調になるのに業態を変えずに生き残るのは,いかにコストカットに努めたとしても,生半なことではあるまい。
 が,そういうことは消費者が心配することではない。神の見えざる手に委ねるのがよい。

● ぼくに必要な文具はあらかたダイソーで賄える。何という安上がり。手書き暮らしは安上がりですむ。
 いい時代に巡り合わせたものだ。お金に支配されずにすむ。

● もっとも,今は,読む,観る,聴くといった受け身のエンタメは,ネット上に無尽蔵にある。音楽はポップスからクラシックまで,オペラもバレエも落語も YouTube で視聴できるのだし,映画は年会費5,900円の Amazon Prime で観放題だ。劇場で観るのとは違うにしても,そこにこだわる必要があるのかどうか。
 ネットを味方につければ,お金持ちより時間持ちの方が圧倒的に優位に立つ時代にすでになっている。

● 書(描)くという作業は,受け身ではなく,アクティブな行為と言えるが,それも低コストでできる時代になって久しい。
 時代の恩恵を享受するのに何を躊躇う必要がある? 大手を振って恩恵を浴びるのが正解。ともあれ,いい時代ですよ。

● 何を使うかより,それを使って何をするのか,が重要だ。あたりまえのことだ。小学生の作文程度の文章しか書けない,ポンチ絵しか描けない,ってやつが道具に凝るのは壮大なムダだ。
 そこのあなた,君もダイソー文具で充分だと思うよ。お金は別のところに使いなよ。ま,凝る自由はあるんだけどさ。

2026年4月19日日曜日

2026.04.19 ポイント補助軸,礼讃

● 鉛筆補助軸は何を使うか。そのときの気分で決めている。4本程度選びだして使う。それぞれ別のものを。
 今日は伊東屋とポイントの気分。

● どちらも同じところが製作しているようなのだが,町工場が文具を支えているのは,鉛筆補助軸に限るまい。表に出ているメーカー間競争も熾烈だろうが,町工場があるから競争もできる。
 たんぽぽ補助軸(上の写真の下のやつ)も同じところが作っているようだ。この恩田金属製作所のサイトを見ると,エンドユーザーへの直接販売もしていたようなのだが,今はやめているっぽい。

● 伊東屋とポイントの違いは2つ。伊東屋のはイートンペンシルの風合いを出すためにラバーを巻いている。対して,ポイントは真鍮無垢。
 ラバーを巻いたために,鉛筆をホールドするためのネジを伊東屋のは頭に持ってきている。対して,ポイントのはチャックの近くで締め付けるようになっている。

● 総じて,真鍮製補助軸はホールドに少々の難がある場合が多い。ぼく一個の印象かもしれないが,ホールドだけを考えるならアルミ製がいい。
 特に,頭から締め付けの力を伝える構造にすると,難が大きくなるんですかね。伊東屋の補助軸はきつく締めても鉛筆がガタガタする。

● そのポイント補助軸をぼくは4本しか持っていない。ぼくの知る限り,リアル店舗では ANGERS が扱っている。
 が,ネット通販で買えるのでね。リアル店舗を気にしてもしょうがない。最初の1本は ANGERS で買い,次にヨドバシ(.com)で3本買った。

● 1本は他の補助軸と取り混ぜて家で使い,もう1本は旅行先で使っているのだが(旅行用の筆箱に入れている),あとの2本は未開封のままだった。使用中の2本が逝ったときのためにとっておいたのだが,そういうバカなことはやめて,4本すべてを同時進行で使うことにした。
 ということはつまり,ポイント以外の補助軸は使わないことになるってことでもある。平時の補助軸はポイントのみにしようと思いますですよ。

● 補助軸はポイントが一番手になじむということなのだ。手がポイント補助軸を好んでいる感じ。
 後付けでその理由を考えてみると,まず軽いこと。鉛筆の軽さを阻害しない。

● 次に太さの問題。ポイントは補助軸の中で,一番かどうかはわさらないけれども,細い方に属する。以前は太い方を好んでいたのだが,そのあたりが変わってきた。
 鉛筆を直に持つことにも,以前比べれば違和感がなくなっている。ポイント補助軸の太さ(細さ)がしっくり来るようになった。

● 第三に,真鍮無垢の味わい。手触りも含めて,得も言われぬ。指があたるところにギザギザや切れこみないのだけれども,そのために指が滑ることはない。
 これにクロームメッキを施すなんてとんでもない。滑るようになるしね。
 上記のとおりホールド性能に若干の不安を残すものの,この味わいがいいんだな。当分はこれで行くぜよ。

● 鉛筆がいよいよ短くなってきて有事に入ると,アルミ製のクツワに頼ることになるんだけれども,ある程度の長さがあるうちは,こいつで。
 平時においてはポイントコーポレーションの真鍮補助軸がよろしおす。ありったけ(4本しかないのだが)のポイント補助軸を同時使用していくことにした。

● ちなみに,STAEDTLER の補助軸は,この重さいいじゃんと感じる日もあれば,重すぎるわと感じる日もある。落差が大きい。
 今日は重すぎるわと感じている。

2026.04.19 ジブリ野帳,コンプリート?

● 右の写真は手持ちのジブリ野帳。

コクリコ坂から 紅の豚 魔女の宅急便 平成狸合戦ぽんぽこ 崖の上のポニョ 猫の恩返し

「無題」 借りぐらしのアリエッティ 天空の城ラピュタ かぐや姫の物語 もののけ姫 おもひでぽろぽろ

「無題」 ハウルの動く城 ゲド戦記 耳をすませば 千と千尋の神隠し アーヤと魔女

● これでジブリ野帳の全部ですか? まだまだあるんですか?
 どれだけ出てるのか,大本のところがわからないので,コンプリートかどうか判断がつかないんだけれども,ネットに上がっているのを見ても,これ以外のものはないようなので,これで全部なのかなと思ってるんですけどね。

● だとしたら,ちょっとだけ嬉しい。もちろん,使いますよ。使わないで眺めてニヤニヤするってのはない。
 眺めてニヤニヤはするかもしれないけれども,それは使った後のこと。使ってナンボですよね,そこはね。

● こうして見てくると,ジブリの主人公は女の子が多いことがあらためてわかるんだよね。視聴者の主力も女性ですよね。

● ま,宮崎駿監督は例の辺野古殺人事件の当事者と無関係ではないようなんだけれども,それはまた別儀。それはその筋で対処すべき話なので。
 たぶん,周りは振り回されてるんですよ,この人にね。困った人なんだと思いますよ。しかし,並外れた粘着力を持つ天才なんだよねぇ。

2026年4月18日土曜日

2026.04.18 誰かが使った鉛筆からの妄想

● 昨日,「ぼくごときが Hi-uni を使っている」と書いたのだけれども,その Hi-uni は使いかけのをメルカリで買ったものだ。
 右の写真は出品者様が削ったもの。手回し式の鉛筆削りで削ったことはわかるのだが,この芯先を眺めながら,元の所有者はどんな人で,この Hi-uni を何に使っていたのだろうと妄想に浸る。

● おそらく,高校生の頃に受験勉強に使っていたのではないかと推測するのだが,それをずっと保存していたんだな。
 写真に写ってるのは長い方で,かなり短くなるまで使っておられた。Hi-uni しか使っていなかったようでもある。裕福な家庭に育ったんだろうか。

● たぶん,受験は上手く行ったのだろう。大学では鉛筆から離れたんだろうか。社会人になって結婚して・・・・・・
 しかし,その後は順風満帆ではなかった気配も感じる。こうした妄想に浸るのはけっこう楽しいというかね。誰かが途中まで使った鉛筆をセカンドランナーとして使うのも,なかなか乙なものだと思ってるんですよ。

● ただし,使いかけの鉛筆でいつもこうした妄想に浸れるとは限らない。小学生の女児が使ったキャラクター鉛筆も手元にあるのだが,それをつかってもそうした妄想には至らない。
 この子,男の子にモテたんだろうなぁ,活発な子だったんだろうなぁ,と想像したりはするんだけれども,それ止まりになる。

● Hi-uni であること。かなり短くなるまで使われていること。この2つが妄想を刺激するポイントだ。
 妄想遊び(?)はタダでできるが,ここまで条件の揃う鉛筆はメルカリにもなかなか出ない。ほとんどは子供が使っていたのを母親が出品するパターンだ。それだと深い(?)妄想には入って行きにくい。

2026.04.18 至るところに書斎あり

● 17日。相方を歯科医に乗せてきました。治療が終わるのを待合室で待っている。
 歯科医の待合室にはこういう場所があるので,待つのはまったく苦にならない。待ってないから。

● 同じ歯科医に今日も。昨日,歯に被せたものが取れてしまったらしい。
 そうか,それじゃ行かなきゃしようがないな,てなものです。今日も運転手を務めておりますよ。

● 今日は測量野帳のトートバッグを持ってきた。北星「鉛筆屋のシャープペン」と薄型消しゴムはシャツの胸ポケットに収納。
 しかし。長くいるわけではないのだから,こういうときこそ,クリップ付きのキャップをハメて,鉛筆を2本程度持ち出すのが粋というか,カッコいいというか。次回からそうしよう。

● が,それを粋とかカッコいいと受けとめること自体がニッチもニッチ。大方の賛同を得ることは非常に難しい。
 けれども,大方の賛同など得る必要もないので,自分が粋だと思うならそうすればいいだけのことだ。だから,そうしようと思う。

● その後,某イタリアンレストランに行ったのだが,人気店で長く待たされた。
 が,ウェイティングルームにこのテーブルあるを見つけた。これを使える椅子に座ることができれば,いくら待たされてもかまわない。

2026年4月17日金曜日

2026.04.17 ぼくごときが Hi-uni を使っている

● 頭の硬度表記のところまでは使いたいんだけどね。ま,これで良しとする。
 Hi-uni のBの世界にドップリと浸っているのだが,Hi-uni はともかく国内最高峰。ということはたぶん,世界最高峰。これ以上の鉛筆は存在しないはずだ。
 ぼくごときがその最高峰をタップリと好きなだけ使えている。Hi-uni があり得ないほどに安くなったからだ。ぼくのような鉛筆派からすると,ありがたい時代になったものだ。

● Hi-uni は1966年の発売。価格は100円。当時,大卒初任給は25,000円程度。ハガキは7円。
 当時の少年には Hi-uni は雲の上の存在で,高嶺の花ですらなかった。Hi-uni の存在自体を知ったのも,発売からしばらく経ってからのことだったと記憶している。クラスの誰かが uni や Hi-uni の話をしてて,そんなものがあるのかと思った記憶がある。

● それが2026年になっても150円(+税)なんですよ。物価の優等生どころの話ではない。1966年基準からすると,使わなきゃ損ですわ。
 というわけで,ぼくごときがつまらない用途のために Hi-uni を使ってるんだけども,Hi-uni には申しわけない。

● ちなみに,1966年当時,9800は10円だった。2026年になっても50円(+税)にしかなっていない。Hi-uni ほどではないけれども,鉛筆は,公共料金に比べたら,低位安定と言える。
 鉛筆が使われなくなった今こそ,鉛筆を使う好機じゃないですか,皆さん。

● もっとも,これは鉛筆に限らず文具全般に言えることで,文具は本当に安くなったと思う。あまりに安くなったから,雑という言い方では足りないほど粗末に扱われているのでもないか。
 であればこそ,大事に扱ってやりたいものだ。世間的にはそれをケチと言うのだろうな。それでも自分はケチに徹するつもりだ。Campus ノートも Hi-uni もしっかり使ってやるつもり。

2026年4月15日水曜日

2026.04.15 スマホを換えることにした

● あっハハハ。ぼくのスマホの Android バージョンは12だった。ライトユースだし,それで困ったことはないんだけども。
 いや,でもさ。ぼくが使っているのはXperia 10Ⅲなんですよ。Ⅳが出てからヤフオクで買った。
 OSのバージョンアップが切れているのはいいとして,セキュリティーサポートの期間も過ぎているに違いない。どうなんですか,こういうのは。銀行アプリや FeliCa は使ってないんですけどね。

● 以上は先月20日あたりに 𝕏 にポストしたこと。無料のセキュリティーアプリを入れてみたりもしたんだけれども,なんだか五月蝿い気がして,結局,削除した。
 その後,モバイル Suica を導入したので,現在は FeliCa を使っている。

● そういうことよりも,スマホのバッテリーがいよいよ保たなってきた。1日に2回充電しないといけない。1日保たないのは困る。イベントのチケットも電子化されたし,モバイルSuica で出かけたはいいが,帰れなくなることだってある。
 8月まで保たせれば4年になるので,できれば自己新記録を打ち立てたいのだが(今換えても,自己新なんだが),そもそも人様はスマホをどのくらい使い続けるのだろう。

● Gemini に訊いてみた。回答は次のとおり。
スマホの寿命は本体が約3~5年,バッテリーが2~3年が目安です。一般的には4〜5年程度使うのが一つの目安です。内閣府の調査(2025年時点)によると,スマホ(携帯電話)の平均使用年数は約4.4年となっています。かつては「2年」が主流でしたが、性能の向上や本体価格の高騰により、1台を長く使う傾向が強まっています。
「充電が持たない」「動作が重い」と感じ始めたら,まずはバッテリーの状態を確認し,4年をひとつの区切りにするのがコスパと快適さのバランスが良いですよ!
● 本体が約3~5年,バッテリーが2~3年の寿命なら,同じスマホを使い続けられる限界は3年のはずじゃないかと思うのだが,4.4年が平均らしい。バッテリーを交換する人はいないと思うんだけどね。
 iPhone は長く使われる傾向にあるとは聞いたことがある。内閣府の調査にはガラケーも含まれてるのだろうが,ガラケーを使ってる人ってのは,どれくらいいるんだろうね。これも Gemini に訊くと,全体の3%らしい。平均値への影響は無視していいね。

● 使い方によって変わるから(たとえば,風呂場で使う人もいるだろう),平均値にこだわるのは無意味なのだが,自分の使い方は平均的だと思ってるのでね。
 自分は平均的だと思うのは,人間にビルトインされた性癖のようなものかね。一方で,自分は人とは違うと思いたがることもあって,これまた人間にビルトインされた性癖なのだろうと思っている。

● 次に買うのは Motorola の g66j と決めている。スマホに3万円以上は出さない。
 𝕏 にポストしたり,YouTube を見たりするだけのライトユーザーなのだから,ハイエンドのスペックは不要と言うより邪魔だ。

● で,g66j を Amazon でポチったんですがね。この間まで28,908円だったのが,31,485円になってた。
 イラン動乱のせいでしょうかね。あれって,原油価格が爆騰しただけじゃないからね。イラン動乱自体は短期間で収束すると思ってるけど,収束したからといって原油価格が動乱前に戻るとは限らない。これからはインフレ加速の時代だぞ,デフレマインドは捨てなきゃダメだぞ,と教えてくれてる事象でしょ。
 3万円以上は出さないとは言ってられなくなった。5万円以上は出さない,に変更しないといかんね。

● 画面はFHD+,microSDが使えてイヤホンジャックあり,5Gと eSIM に対応してるのだから,まずもって文句はない。
 今度こそ,4年使ってやるぞと思ってますわ。7月には新モデルが出るのかもしれませんが。


(追記 2026.04.16)

● 昨日,Amazon でポチった moto g66j が届いた。が,ポチったとたんに Xperia のバッテリーが保つようになった。もっとオレを使ってくれよ,ってか。
 そんなことのあるはずもないのだが(こちら側の認知の歪み),g66j を開封する気にならない。しばらく放置するかもしれません。
 データの移行が面倒くさくてね。Googleバックアップはすんでるんだけど。

● 昔の自分なら嬉々としてその作業をしたと思うんだけども,老いた今ではひたすら面倒くさい。
 スマホの使用期間が延びたのは,性能向上や価格の上昇の他に,この面倒さがあるんじゃないかと云々。高齢者もスマホを使うようになったからじゃないか。

● 新しいスマホが届いても,まったくトキめかなくなったのは,データ移行が面倒だってことのほかに,スマホがすっかり当たり前のモノになったからでもありますね。夢を見させてくれるガジェットではなくなった。これをコモディティ化というのだろうけど。
 スマホなしでは夜も日も明けぬことは間違いない。スマホなしの生活などあり得ない。インターネットは必須のインフラなんだけれども,必須であるがゆえに夢は見れない。かつて見ていた夢が現実のものになったのでもあるけれども。

2026年4月13日月曜日

2026.04.13 地元の図書館に “出勤” しようかと思っている

● 先日,久方ぶりに地元の図書館に行ってみたのだが,ロビーに会議室にある長机を横に並べてカウンターのようにして,パイプ椅子を配した一画がある。
 そこでノートを広げるのも悪くないなと思った。自宅外の書斎にできそうだ。

● 毎日が日曜日で,家にいる時間が長いのだけれども,毎日,図書館に “出勤” するのもいいんじゃないかと思ってね。
 家でやっていることを図書館のロビーでやる。田舎ゆえ,平日は空いている。人口圧を感じることもない。なかなかいいんじゃないか。
 いや,家にいるのも全然悪くないんだけど,日中も家にいるのはどうなんだろう。“出勤” するのが人の自然に叶うのかもしれない。

● 図書館の開館時間は9:00〜19:00(月曜休館)なのだが,ぼくの出勤時間は9:30〜15:00にしておこうか。相方の買物に付き合わなくてはならないし,ビッシリいてもアレだからな。パートタイムでいいだろう。
 週に6日通うのも無理だ。その辺は家庭の事情もある。当然,家庭の事情が優先される。

● 朝,しっかりご飯を食べれば,昼食は抜きでいい。近くに飲食店はない。コンビニもない。地元の福祉施設がパンの出張販売をしていたこともあったのだが,今はなくなっているっぽい。
 弁当を持って行くのも悪くはないが,ぼくが作ると,おかずは毎日同じになる。おかか御飯と卵焼きだ。それも何だか。朝食をガッツリ食べておく方が面倒がない。

● ぼくは法律上の高齢者に該当するのだが,早寝早起きとは縁遠い生活をしている。就寝は3時,起床は10時過ぎ。放っておくと,早朝に寝て昼過ぎに起きることになるだろう。3時に寝るのも節制しているのだ。
 俺に午前中はない,と嘯く始末だ。冬場だと起きて間もなく,暗くなってくる。俺に昼間はない。

● それがダメだとは思わないのだが,外出の用事があるときは,それがそのまま非日常になってしまう。8時に起きるのは相当な早起きになる。身体に堪える。
 世間の基準にある程度沿っておいた方が,何かと便利なのは間違いない。そのためには強制契機があった方がいい。最もいいのは “出勤” だ。なので,“出勤” を始めてみるかなと思っている。

● 自宅から図書館まで歩いて往復すれば,5千歩くらいにはなるだろう。ことさらに運動をしようとは思わないが,歩いた方がいいのは間違いないのでね。
 ウォークマンで音楽を聴きながら歩くことにすれば,眠らせているウォークマンも活用できる。些細なことだけど。
 散歩のための散歩はなかなかする気にならないけれども,用事があってそのために歩くのなら続きそうな気がする。

● で,“通勤” 用の筆箱を作ることにした。というか,トンボ8900 の70周年鉛筆の缶ペンケースを使わなくちゃなというわけで,無理やり使うことにしたんですけどね。
 この缶ペンケースは旅行に持っていくのを容れるには薄すぎる。けど,日々の “通勤” なら何とか使えそうだ。

● とは言っても,鉛筆は断念。鉛筆を1本だけというわけには行くまいし,鉛筆削りも必要になる。
 シャープペンにしよう。北星の「鉛筆屋のシャープペン」にパイロットの HI-TEC-C coleto,ゼブラミリペンの赤,集成テープと消しゴムと定規。これだけなら入る。

● あとは,A6 Campus と手帳。Campus と手帳に必要な文具はこれだけで足りる。
 他にはスマホと財布。トートバッグに入れて “出勤” することにしようかと思う。

● ただし,“出勤” 先は図書館だけれども,図書館の本体というか,本があるところではない。その前にあるやや狭いロビーだ。
 ロビーにある長机とパイプ椅子を,わが第2書斎として使わせていただこうというわけなのだ。

2026.04.13 THE ZEBRA HAMON 雑感

● 巷で話題の THE ZEBRA HAMON。日産20本が限界というから,供給は極めて少ない。今頃ノコノコ出かけて行っても,丸善本店にも宇都宮の上野文具にも影も形もない。
 ので,ぼくはまだ現物を見たことはない。

● 実用性の追求に徹しているらしいのは好感が持てる。装飾性,高級感の演出は二の次。重さも30gなら問題なし。
 もっとも,装飾性や高級感の演出は ZEBRA はあまり得意ではないかもしれない。実用性を突き詰めることで他との差別化を図る方向に行くのが,たぶん正解なのだろう。

● ボールペンなのだから,実用性追求の結果は本体よりもリフィルに現れるだろう。SNS での評判はすこぶるいいようだ。絶賛の嵐。
 これで6万円なら安いんじゃないか,と倒錯しそうになる。

● 唯一の疑問はしーさー氏にプロモートを委託したことで,それだと ZEBRA として誰に売りたいのかが見えにくくなる。
 彼の動画を見るのは主には若い層かと思うのだが,高額筆記具好きの若年層が買ってくれればいいと考えているわけではあるまい。
 ジジイたちも見てはいるのだろうが,しーさー氏を沖縄置物と揶揄することしかできない低能層で,その低能層に売りたいわけでもあるまい。

● もっと言うと,しーさー氏はすでに過去の人になりかかっている。この分野は驚くほど時間の流れが速い。
 安上がりなプロモートなのだろうが,どういう人に買って欲しいのか,ZEBRA の本音を聞きたい。

● と,色々書いてきたのに何なんだけども,ぼくは買わない。断固として買わない。
 ぼくが書いてるものなど Campus ノートと鉛筆で充分で,HAMON を使ったのでは目的と手段のバランスが悪すぎる。ママゴト遊びにはゴザ1枚あればいい。

2026年4月12日日曜日

2026.04.12 鉛筆はさり気なく使え,と思うんだけど

● 鉛筆と他の筆記具の違いは色々あるが,そのひとつは鉛筆にはさり気なさが似合うということではあるまいか。そうであれば,鉛筆じたいも存在を主張するものではなくて,いたって平凡な鉛筆を使うのがいい。
 ごくごく普通の鉛筆をさりげなく使う。理想の境地だね。

● 珍品を求めないこともそうだが,たとえば BLACKWING のような,誰が見ても BLACKWING だとわかるような特殊な形状のものも避けた方がいいような気がする。特殊はさり気なさを損なう。平凡がいい。
 幸いなことにと言っていいと思うのだが,現行品の鉛筆はどれを使っても,書き味も芯の減り具合いも似たようなものだ。三菱鉛筆で言えば,Hi-uni と9800の間に価格ほどの差があるとは思えない。微差が大差であるのかもしれないけれども,たとえそうだとしても,ユーザーには知ったこっちゃない。
 鉛筆は完成して日の長い筆記具だ。メーカーには失礼ながら,どれを使ってもさほどの違いはない。

● と言うと,異議を唱える人がいるかもしれない。そんなことはない,メーカーによって微妙に違うし,筆記感にも差異はあるよ,と。
 感覚に関しては,繊細な方がそうでないよりいいという前提があるように思われる。鈍感より敏感がいい。その前提に乗って,自分は敏感だと主張したいのかもしれない。

● しかし,その前提が成立すると単純に考えてしまうのが鈍臭い。パソコンやスマホもそうだけれども,快適な解像度がある。解像度は高ければ高いほどいいというものではない。意味なく高くても仕方がないし,バッテリーの消耗も大きくなる。
 感覚の解像度の高さを誇っても,わかったから少し静かにしていてくれないか,と思われることが多いんじゃないか。

● さり気なく使うためには,鉛筆そのものについて語ることも控えめにした方がいいだろう。珍品を披露する,語ってしまう,という行為には,かすかに下卑た品性が垣間見える。
 なかなかできないけどねぇ。自分もできていない。こうして語っちゃってる。

● SNS が普及して語りやすくなったんだよね。井戸端や会社の給湯室でやってる会話がそのまま見える化された。
 世の中の賢者は 𝕏 なんかやっていないんだろうね。だって現に賢いんだから。賢さを取り繕う必要もないし,他者にアピールする必要もない。
 ネットの本領を SNS に置いてるのはどうなんだろうかな。時間の無駄遣いか。SNS はメモ代わりという人も多いんだけど,本当にそれだけなのか。ということを自分に問いかけてみるか。

● ちなみに,「Hi-uni と9800の間に価格ほどの差があるとは思えない」と言ったんだけども,Hi-uni が出た頃は今とは比較にならないほどの価格差があった。にもかかわらず,Hi-uni は売れた。
 それ以前に出た uni も同様で,大卒の初任給が1万円に届かない時代に1本50円だった。それでも,ダース箱の生産が間に合わないほど売れた(uni は現在でも100円(税別)にしかなっていない。Hi-uni も uni もおそろしく安くなった)。

● それをどう考えるかってことなんだけど,今と違って鉛筆が広く使われていた,というのは理由にならないよね。
 たぶん,時代のせいにするしかないんだろうね。昇竜の勢いで昇り始めた日本経済。変な言い方だけれども,高いものが望まれたんだろう。コスパなんて考えなかった。ちょっと良ければ10倍高くても買いたい。そんな空気が支配的だったんだろう。
 高度経済成長というのは,比較的長く続いたバブルのようなものだったのかもしれないよ。

2026.04.11 国立駅前の「金文堂」

● 今日は国立に行こうと思う。北関東の田んぼの村から出向くわけだが,自治医大駅でいったん下車して「休日おでかけパス」を買うのがいつものこと。電車賃が安くなる。
 その際,駅前の「うさぎや」を覗くのも楽しみだ。書店なんだけれども,ぼくは文具売場しか見ないのが常。何せ,自分が Campus ノートと鉛筆しか使わないのだから。

● 高級文具には縁も興味もないので,主には学用品と事務用品を見て歩くのだけれども,栃木県で学用品が最も充実してるのはここじゃないかと思ってるんですよ。需要があるんでしょ。売れるから置いてるんでしょ。
 学用品は以外に新製品が出る分野で,わりと目先が変わって面白い。とは言うものの,そうそうお誂向きに新製品が出ているわけではない。

● 今回はこんなのを買いました。トンボの「お祝い用えんぴつ」。2Bの ippo! が10本,赤鉛筆が2本と消しゴムのセット。1,012円。
 新入学の簡易なお祝い用だけれども,自分に買いました。おめでとうございます,オレ。特に何もないけど。

● 国立に来た。大学通りの入口にある文具店「金文堂」。都立国立高校の男子生徒がドヤドヤと入って行くのに合わせて,ぼくも入店。
 “町の文具店” は都会に残っている。ネット情報だが,1951年の創業だそうだ。75年も続いているのだから,老舗の範疇に入る。
 品揃えに特色があるかと言うと,それは特に感じない。が,昭和のノスタルジーを湛えていて,それが魅力と言えば言えなくはない。ただし,昭和原人にとっては。現人類はどう感じるのだろう。

● しかし,欲しいものがない。Campus と鉛筆しか使わないのだが,実際のところ,Campus しか持っていないわけではない。文具店にあるようなノートはあらかた持っている。鉛筆は言うにや及ぶ。
 しかも,3回生まれ変わっても使い切れないくらいにあるのだ。何か買って帰りたいのだが,そんなわけで欲しいものがない。

● 結局,Campus-Rollbahn コラボの測量野帳のうち3冊ほど残っていた “飛行場” と,A6ノート2冊を買った。最も使う確率が高いもの。
 A6ノートの1冊はさっそく使いましたよ。国立駅にとって返して,スタンプを押しました。


(追記 2026.04.15)

● 先日買ったトンボの2B。ippo! だから普通に書きやすい。
 やれ今の子供は筆圧が弱くなったとか,やれスマホの使い過ぎで指の骨格がどうとか,何のエビデンスもない戯言を撒き散らす昭和原人がいるが,益体もないとはこのことだ。HBを使うのが正統で,2Bを使うのは退化だとでも思っているらしい。

● どうしたらそこまでバカになれるのか教えてもらいたいくらいだが,ぼく一個は,小学生の自分にBか2Bを使わせてやりたかった。
 小学生にも個人差と好みの違いはあるから,学校側が安易に基準を設けるなと言いたいが,児童の保護者から基準を作れと求められるのだろうから,致し方がない。

● 問題は,同じ硬度でもメーカーによって硬度,濃度に違いがあることだが,現状では三菱鉛筆を標準にするしかない。
 であれば,小学生に2Bを使わせるのは,まぁまぁ妥当であろうと思う。

2026年4月10日金曜日

2026.04.09 安木屋 一銀通り店

● 旭橋駅前の OPA にまた来た。休憩コーナーでノートを広げてみたんだけれども,どうも進まない。青森の魚市場の「お休み処」のようなわけには行かない。
 何というか,那覇は一ヶ所にじっとしているには向かない土地がらというか,色々動きたくさせるんだな。
 
● 那覇ではカルトレリアと丸善には何度も行ってるのだが,地場の文具店には行ったことがなかった。
 ので,安木屋 一銀通り店を表敬訪問。1階と2階が売場になっている。圧巻の品揃え。文具を買うならここ,と決めている那覇市民もいるのではあるまいか。
 が,小売りだけでやっていけるとは思えなかった。対法人営業が仕事の主力になっているのだろう。

● 北星のアートセット鉛筆があった。「大人の鉛筆」以外の北星製品がリアル店舗にあるのを見るのは,これが2度目(1度目は,三鷹の山田文具店)。

● 圧巻の品揃えではあっても,ぼくには猫に小判。Campus ノートと鉛筆だけですんでしまうのだから。
 しかし,表敬訪問した以上は何か買わねばならん。シンワの字消板と『文房具72物語』という書籍を買った。

● シンワは新潟県三条市の企業。『文房具72物語』は東京は池袋にある文研社が発行したもの。沖縄とは無関係。
 文具に地域特産はない。沖縄でしか買えない文具があったらおかしい。
 せいぜい,測量野帳の限定表紙柄とジェットストリームの軸にシーサーを印刷したものくらい。測量野帳はその種のものをずいぶんと集めてしまったけれど。

2026年4月8日水曜日

2026.04.08 那覇のハンズや丸善など

● また,那覇空港に来て,ノートを広げてみました。昨日,ノイズが大きいと言ったんですが,それはあたりまえですわね。ここはノートを広げるところではありませんからね。
 電源も取れるようになっているので,パソコンでお仕事するのに向いてスペースではあるんだけれども,パソコンを広げてる人もそんなにはいない。皆さん,那覇には遊びに来るんでしょうからね。完全にオフモードなのは当然です。

● さすがに,写真には写せませんが,衝立てを挟んで,ぼくの対面にはどこかの国の若い女性がいましてね。
 ホカホカと幸せでしたよ。美人効果と言いたい。

● ゆいレールの駅にはこんなところもあって,ここでもノートを広げてみた。ここは “おもろまち” 駅の改札内。
 しかし,さすがにここは書く作業をするには適しませんね。樹脂製のテーブルがガタガタいうしね。が,書斎にしようと思えばできなくはない。

● “おもろまち” のメインプレイス那覇にあるハンズ。だいぶ広い。商品をゆったりと配置している。スカスカとも言うけれども,こういう配置の仕方の方がハイソ感を演出できるんですかね。少なくとも,こちらもゆっくりと見て回ることができる。
 ここに来るのは2度目。しかし,ここでは何も買わず。旅先では財布の紐は緩むものだが,自分への沖縄土産は,昨日「カルトレリア」で買ったもので充分かな,と。

● “おもろまち” はDFSと県立博物館があるところという認識しかなかった。DFS以外にも大きなショッピングセンターがあるのだな。
 このあたりは那覇の新都心という位置づけらしいのだけれども,どうなんだろうかな。DFSにも陰りが出ていると聞くし。平日の昼間ではあるのだけれども,ハンズもお客さんはまばらだ。
 
● 美栄橋に移動して,丸善。北星の「大人の鉛筆」の短いやつ,「鉛筆屋のシャープペン」「鉛筆屋のボールペン」があった。正確には,そのBIBLIOPHILIC 版。
 BIBLIOPHILIC の文字を入れるだけで,なんで1,100円になっちまうんだよ。「鉛筆屋のシャープペン」は Amazon だと600円で買えるんだぞ。

● BLACKWING が再びリアル店舗で扱われるようになってきてる。「想像力を刺激する鉛筆」ってどういうことだ?
 BLACKWING が想像力のどこをどう刺激するってんだよ。「バカを刺激する鉛筆」と言い直せや。
 と,悪態をついて申しわけない。丸善(ジュンク堂書店)では本を3冊買って退散。