2026年1月30日金曜日

2026.01.30 福島の「ペントノート」と仙台の「文具の杜」

● 福島に来ました。「文化堂」を覗いてみた。ここは普通の町の文具店。測量野帳(SKETCH BOOK)とuni の芯研器を買った。
 測量野帳を買ったのは,福島駅にスタンプが5種あったこと。ノートを置いてきたのでね,スタンプを押すための応急措置。

● 芯研器は北星と STAEDTLER のを持ってるんだけど,野帳だけってわけにもいかないと思ってね。1個だけ残っていたのを買ったんですわ。
 芯ボルダーや2㎜シャープの芯ではなく,鉛筆の芯を削るのに使う。短くなってから思いっきり芯を出すので。

● 文化堂ビルの2階が「ペントノート」になっている。ここを覗いてみようとと思って福島に来たわけです。
 面白い店でした。尖った品揃え。これが地方でも成り立つんだな。1階に「文化堂」があればこそかもしれないけど。

● こんなのを買いました。共栄の下敷き,B6。
 鉛筆を3本。USA の MUSGRAVE のを2種。それと,カランダッシュの鉛筆。

● BLACKWING も何種かあったが,消しゴムの形状がウザいので買わず。あの消しゴムを有難がる人の気持ちはほんとにわからん。
 消しゴムが交換できるって,交換するほど消しゴムを使うかね。あの構造のために頭が重くなってしまっている。いいことは何もないと思うんだが。

● 仙台の「文具の杜」。アエルビルの4階。駅からペデストリアンデッキで行ける。
 渋谷 LoFt をワンフロアに展開したような感じ。品揃えが圧倒的。特に,学童用品と事務用品に目がない人(ぼくのことだが)なら半日は過ごせるだろう。
 いや,そういうことではないな。文具好きならもれなく半日は過ごせる。A5のコピー用紙もある。

● 「文具の杜」は㈱オフィスベンダーの店舗のひとつ。仙台に5店舗,さいたま市に1店舗を展開する。仙台が本拠地で,埼玉にも進出したのかと思いきや,さいたま市の店舗が本店なんだな。妙な気分になる。これが支店なのか。
 が,本社は仙台にある。元々は埼玉にあったのを仙台に移したんだろうか。

● Campus-Rollbahn コラボの商品はここにもタップリと残っている。測量野帳は羊に喰わせるほど残っているぞ。
 そろそろ売り切れて欲しいんだが。

● 1階の丸善もわざわざ覗いてみる価値がある。仙台,凄いね。
 これじゃ,宇都宮が束になってかかっても敵わないわ。

2026年1月28日水曜日

2026.01.28 仙台 LoFt

● 仙台に来たので LoFt を覗いてみた。大型の LoFt に数えていいだろう。ゆったりと商品を並べている。見やすくて助かる。
 ので,こちらも時間をかけて見ていったのだが,欲しいものがない。

● たとえば,いくつものノートがあるが,Campus でいいよなぁと思ってしまう。ノートは Campus 一択とまでは言わないけれども,ヘビーにノートを使う人なら,どうしたって Campus が中心になるでしょ。
 右の写真はモレスキンの拡販用の告知板。「好奇心から生まれる,新たな発見」ってね。でも,モレスキンは別に好奇心を刺激するわけではない。

● ちなみに,Campus-Rollbahn コラボの製品はまだまだ残っている。測量野帳は3種ともタップリあった。

● シャープペンもいろいろある。LoFt だから極端に高いものはないのだが,カランダッシュの普及品くらいならある。普及品といっても,そこはカランダッシュだから5,000円やそこらはする。
 国産品の品揃えは豊富だ。ANGERS はシャープペンはぺんてる推しかと思うのだけれども,LoFt は売れ筋はすべて押さえている感じね。

● けれども,ぼくのような文字しか書かない人間には(しかも,筆記シーンがひと色しかない),北星の「鉛筆屋のシャープペン」で充分なんだわ。コクヨの「鉛筆シャープ」でもいい。それらは結果的に予備まで持ってしまっている。
 結果,欲しいものがないということになる。

● この伝で行くと,ほとんどの人は欲しいものはないはずだと思う。なのに,なぜ文具店に行くのをやめないのか。
 人に問うことではない。自分に訊いてみればいい。欲しいものがなくても買っているのはなぜだ? 文具店に行けば,物欲は刺激される。それがわかっているのに,なぜわざわざ出かけていく?

● STAEDTLER の tradition。2Bまでしかない。2Bだと,国産鉛筆の硬度に直すとHBよりやや硬い。このあたりは周知する必要があるのではないか。
 販売する側が知らないはずはないだろう。お客は知らないで買っているのもわかっているだろう。
 同じ2Bでも国産鉛筆とはだいぶ違うんですよ,と教えてやってもいいのではないか。お客が買っていくものを置いておけばいい,というのでいいのか。

● STAEDTLER の鉛筆の中では,tradition のデザインが一番好きだ。が,軟らかめが好きなので,STAEDTLER なら3Bか4Bがぼくには合う。
 2Bまでしかないのでは,ここでも欲しいものはないということになる。

2026年1月25日日曜日

2026.01.25 いくつかの鉛筆

● 三菱の局用鉛筆復刻版。ガワの表面だけ昔。芯まで昔の調合ってことはないでしょうからね。

● つくばエクスプレスの四角鉛筆。メーカーも不明。中華製の可能性もありますわね。
 東京メトロ,JR日光線などなど,この種のものも自然に溜まってくる。使わない気がする。

● 何の変哲もないトンボ8900の現行品。鉛筆なんか俺でいいじゃないか,俺で。細かいことにこだわって,あーでもないこーでもないと,いつまでやってんだよ。ケツのアナのチーセーやつだな。と語っているような気がしますよ。
 スポーツや音楽の世界では道具にこだわることがプロたる資格のひとつだと聞くが,手書きの世界はプロもアマもない。そうそうこだわる余地がない。むしろ,こだわることが時喰虫になることが多いんじゃなかろうか。

● 鉛筆に関して言うと,Bや2Bになるとメーカー間,ブランド間の違いは小さくなって,ほとんど気にしなくてもいいんじゃないかと思う。
 HBだといろいろ言いたくなる余地がある。しかし,そこを微細に気にすることが成果に繋がるかといえば,そんなことはないわけでね。

● その8900のダース箱。1本40円のときから,8900はベトナムで製造してたんですね。
 今はフラッグシップを含めて,ほぼ全てがベトナムに移っている。MONO100の芯もベトナムで作れる目途がついてのことなんでしょうねぇ。

● 「筆記以外の用途には使用しないでください」とあるんだけど,鉛筆を筆記以外の用に使う人っているんですかね。
 2本使って箸の代わりにする。尖らせて凶器にする。他にどんな使い方があるかな。

● STAEDTLER の Mars Lumograph。お馴染みの鉛筆だが,日本で買うと Hi-uni より高い。
 笑うしかない現象なのだが,ちょっと大きい文具店には必ず置いてある。北星はないのに STAEDTLER はある。売れるからだろう。

● そこが不思議だ。トラベラーズファクトリーのブラスペンシルとか Faber-Castell のパーフェクトペンシルとか,売れるはずのないものが売れる。   
 世界は不思議で満ちている。

● Mars Lumograph と同じ色の鉛筆。MS ORIGINAL PENCIL とあり,高級図画用鉛筆とある。
 MS とはマイクロソフトではあるまい。中華製かと思われる。

2026年1月24日土曜日

2026.01.24 鉛筆の削り面を水平にしたい

● 2025年10月31日。
 鉛筆の削り面を最後の最後は水平にしようと思って彫刻刀を買ったんですけどね(百均で)。なぜそんなことをするかというと,できるだけ最後まで使いたい,使い残す芯を短くしたいというケチ根性ゆえでありますよ。
 ところがダメです。鉛筆を削るのに彫刻刀は全く向かない。芯を根本から折っしまいました。

● アホですな。削り面を水平にするということは,芯に対して直角に削るということですから,こういうことが起きやすいのではありますが。
 けれども,何事も経験ですよ,皆さん。

● 2025年11月17日。
 ぼく的史上,最も水平にカットできました。右端の斜め刃になってる彫刻刀(下の写真の右端)が適しているようでした。
 が,書いている途中で根本から芯が折れてしまいました。芯まで削り取っちゃってました。またしても失敗です。猿より不器用な男がやってもなかなかうまく行かない。

● ちなみに,これ,完璧にリングのところまで削ってしまうと,補助軸が機能しなくなるんですよね。少ぉし,余白を残さないといけない。

● 2026年1月24日。
 訂正。リングのところまで削ってしまってもOKでした。リングの部分で固定できる。こんなことができるのは,ぼくの知る限りでは,クツワの補助軸だけだと思うが。
 これより先に出すと,さすがにグラつく。書いているうちにめり込んで来るというか。

● 今回は芯を折らずにすみました。彫刻刀ではなくて,普通にカッターを使いました。

2026年1月23日金曜日

2026.01.23 上田健次 『銀座「四宝堂」文房具店』

書名 銀座「四宝堂」文房具店
著者 上田健次
発行所 小学館文庫
発行年月日 2022.10.11
価格(税別) 700円

● 売れてるようですね。2025年4月で19刷。小学館文庫で6巻まで出ている。
 第1巻を読んでみました。あったらいいなと思わせるファンタジーですよね。悪人は登場しない。一服の清涼剤。

● 話材の小道具として登場するのは,モンブランの万年筆,Filofax のシステム手帳,Campus ノート,絵葉書,RHODIA のメモブロック。
 それぞれの分野の代表的なというか古典的な製品だ。Filofax,Campus,RHODIA はぼくも使っている,あるいは使ったことがある。

● Campus について,主人公(四宝堂の主)に次のように言わせている。
 オリジナルノートまで作っておいて何なのですが,コクヨのキャンパスシリーズの完成度は相当に高いです。『あの品質でこの値段』という観点で比べると脱帽です。(p178)
 ついでに,あと2つ転載しておく。
 包丁や俎板,鍋釜は商売道具だ。自分の腕や手だと思って丁寧に扱え。そうでないと言うことを聞いてもらえない。(p300)
 結局はいつまでも成長したいっていう向上心があるかどうかなんだ。でもって,向上心の有る無しを見分けるのは簡単さ。メモをとるかとらないか,ただそれだけ(p302)
 つまり,登場人物の価値観や身の処し方も古典的なものだ。あるいは保守的なものと言ってもいい。

● 第2巻も買ってみた。こちらは,2023.09.11の初版で2025.12.21で12刷。しかも “大重版” なんだから売れてるんですな。今どき,珍しい。
 “読者の皆様から届いた声” を見ると,読者は年配者が多いらしいのだが。

● ぼくは手書き派なのだが,ペンや鉛筆を取りあげられても,さほどに痛痒は感じないと思う。パソコンかポメラを使う。
 が,本は電子ブックに限ると言われると,いささか反抗的な態度に出るかもしれない。本は紙でなければ読む気がしない。Kindle には Kindle の便利さがあることは理解するのだが,タブレットの画面で活字を読む気にはならない(漫画ならOKだ)。重くても紙の本を持ち歩く。

● 蛇足。表紙に描かれている四宝堂は入りづらそうな店だよね。敷居が高そうだ。
 ドアが閉じられていて,しかも中が見えない。これじゃ客は来ないぞ。一見さん,お断り,のオーラが出ている。
 表紙の場面は閉じているのが似つかわしいシーンなのだろうな,とは思うんだけどね。

2026年1月21日水曜日

2026.01.21 「鉛筆屋のシャープペン」とペコちゃん缶ペンケース

● 今回も北星「鉛筆屋のシャープペン」を持ち出している。普段は鉛筆を使っているので,出先にも鉛筆を持ち出したいわけだが,鉛筆を持ち出すとなると鉛筆削り,補助軸,キャップも自動的に付いてくる。
 鉛筆じたい,1本というわけにはいかない。3本くらいは入れておきたい。

● が,筆箱の容量には限りがある。鉛筆を持ち出すのは諦めた。
 鉛筆の代わりが「鉛筆屋のシャープペン」。先端保護のためにキャップをハメて筆箱に入れっ放しにしている。

● 「鉛筆屋のシャープペン」は鉛筆よりわずかに太い。その違いは1㎜程度だと思うのだが,その1㎜が絶大な違いで,これなら太さを補う必要がない。 
 家でもこれを使えばいいじゃないかと思うことがあるくらいで,補装具がひとつ減ることの清々しさよ。鉛筆もこれくらい太いといいんだが。ドイツ鉛筆の JUMBO では太すぎるんだわ。

● 筆箱はペコちゃんのやつ。嬉々として使っている。ルンルン。
 大きいし,深さもある。けっこう入る。あたりまえだが,必要なものしか入れていない。
 「鉛筆屋のシャープペン」の他に,Preppy(連用日記用),HI-TEC C coleto(手帳用),ミリペンの赤、消しゴム,修正テープ,替芯,予備のカートリッジ,定規,ハサミ。

● 問題はハサミ。携帯用の小さいのを入れてたこともあったのだが,使いづらくてダメだった。ハサミを使うのは出先でこそ多くなる。普通のサイズじゃないと困る。
 微細な切れ味にはこだわらないので,百均の安物で充分なのだが,これが筆箱内で場所を取る。

● ぼくもいい大人なのでね,できれば薄くて小ぶりな缶ペンケースをスマートに持ち歩きたいわけですよ。ボッテリとしたやつじゃなくてね。
 それをさせないのがハサミなんだな。

● というわけで,ペコちゃん。今どきは小学生の女の子でも使わないかもしらんがね。
 ぼくとは長いお付き合いになりそうですわ。

2026年1月20日火曜日

2026.01.20 シャープペンの安い替芯を買った

● 青森駅ビルの Standard Products &ラビナ店で購入。0.7㎜のシャープペン替芯。1個110円なんで中華製と思いきや,MADE IN JAPAN。
 安いのは本数が少ないからかもしれないが,品質もやや劣る。パイロットの “ネオックス・グラファイト シャープ替芯” なんぞと比べてみると,蛍光灯下のテカりが激しい。夜間に使う人はパイロット製品をどうぞ。

● しかし,普通に書く分にはまったく問題ない。しかも,気安く使える。「鉛筆屋のシャープペン」に入れて使っているが,2Bの滑らかさを存分に味わっている。
 上記のパイロットの替芯も,三菱鉛筆の替芯も持っているが,まずはこれから使っていこうと思う。ぼくは安物と相性がいいのだろう。

● MADE IN JAPAN と言っても,具体的にどのメーカーが製造しているのだろうか。パイロットのやつはオリエンタル産業で間違いないと思うのだが,この安いのもオリエンタル産業なんですかね。
 オリエンタル産業じゃなければ三菱かトンボとなりそうなんだが,まさか三菱やトンボではないだろうからね。

● 原料の黒鉛は中国からの輸入だろう。レアアースとともに色々と言われているけれども,影響は今のところはない。今後あるにしても,軽微だろう。
 レアアースも黒鉛も彼の国の現場では売りたくてしょうがないはず。どうなるのかね。日本ではなく,中国がね。中国の輸出規制の影響を言いたがる人は,中国を買い被りすぎてるんじゃないのかねぇ。

● ちなみに,「鉛筆屋のシャープペン」にも不満はない。不満はないと言うより,満足している。使いやすい。この1本をずっと使っていくことになりそうだ(ただし,出先でのみ。自宅では鉛筆を使うので)。
 なかなか壊れてくれそうにないから,これ以外のシャープペンの出番はなくなりそうだ。

● ひと頃,カランダッシュのエクリドールに食指が動きかけたことがあった。カッコいいと思って。
 が,買わなくてよかった。重すぎるのと滑りやすいのと。実物に触れる機会があったことが,動かしかけた食指を止めることができた理由だ。

2026年1月19日月曜日

2026.01.19 高校の教科書を読んでみる?

● 無印の文具売場。BACK TO SCHOOL って,社会人に宛てたものですか。社会人大学(院)に来なさいよということではなく,学生か生徒に戻ったつもりで何か勉強してみませんか,ってことですかね。
 いい大人なら大学のつまらなさはわかっているはず。独学に限ります。今はインターネットがあるのだから尚更。

● 手っ取り早く自分の知的水準を上げたいなら,高校の社会科と理科の教科書を読んでみるのがいいと思う。コロナ禍の支援金10万円を使って準備は完了している。あとは読むだけなんだが,これがなかなかね。
 まぁ,でも少しは読んだんですよ。こんな高度なことを高校生は勉強しているのかというのが率直な感想です。

● 自分もかつては高校生だったわけで,その頃はこんな難しいことを勉強してたのかと唖然とするわけですよ。こんなものを自分はどう捌いていたのか。
 たぶん,捌けなかったんだと思うんですよ。こんなもの,捌けるわけがない。これ以外に,英語だの数学だのもやってたわけですからね。

● このレベルをクリアしているのは,20歳以上の日本国民のうち,どれくらいの割合ですかね。1割なんかいるわけない。1パーセントだって怪しくないですか。100人に1人はいないんじゃないか。現役の高校教師を含めてね。
 ということは,高校の教科書を読んでともかく理解するところまで行ければ,日本国民の上位1パーセントの知識人になれるということですよ。

● 「倫理」を完璧に自分なものにできれば,大学の文学部哲学科なんて簡単に卒業できそうですよ。ま,ぼくは文学部哲学科で何をやっているのか知らんのですがね。
 同様に「政治・経済」を理解していれば,大学の経済学部なんて寝てても卒業できるんじゃないのかね。

● それくらいに高校の教科書は内容が濃いように思いますよ。ほんとに自分もこんな勉強をかつてしていたのか。にわかには信じられない気がしますな。
 社会人大学だの通信制大学だのに学費を払うくらいなら,まずは高校の教科書を買って頭から読み始めるのがいいんじゃありませんか。

2026年1月18日日曜日

2026.01.18 どのくらい書いているか

● 右の写真は,2022年の5月21日に 𝕏 に投稿した自分の投稿。
Kの伊東屋で,コクヨのいろんな紙製品の原紙を展示してたんで,覗いてみたときのもの。
 紙とペンの最適組み合わせを見つけましょう,というものだったのかな。

● ぼくは今は Campus ノートを使っているが,測量野帳も使っていた。
 で,「特に測量野帳はヘビーユーザーに数えてもらってもいいかも。2ヶ月で3冊ほどのペース」と書いているのだが。月に18冊程度になるわけだが,その程度しか使っていなかったのか。

● A6 Campus の中紙30枚を目下使用中。30枚の A6 Campus と40枚の測量野帳の筆記スペースはだいたい同じなんじゃないかと思う。野帳の横幅はA6より狭いから。
 あ,ここでいう測量野帳は LEVEL BOOK を想定しているんですけどね。

● 30枚の A6 Campus は1週間で使い終える。測量野帳もたぶん同じようなものじゃないかな。年間50冊程度。
 とすると,4年前に比べて3倍も書くようになっていることになる。が,これは実感に反する。増えてはいるのだけれども,そんなに劇的に増えるはずがない。

● いやね,ほんとにどうでもいいようなことをチマチマと書いてるだけなんですよ。趣味なんだからそれでいい。
 プロの作家じゃないし,そんなのになりたいともなれるとも思わない。

● 2022年頃にも年に30冊は使っていたと思う。月に2冊半程度。それがなぜ “2ヶ月で3冊” た書いたのかは謎だ。つまらん謎だが。
 それでも,最近の筆記量が増えていることは間違いない。2022年というとまだコロナ禍だったが,毎日が日曜日で暇だったのは,今と同じだ。もっと書いていてもよかったはずだが。

● ともかく,量が増えているのは進歩だと思いたい。何せ,手書きが趣味なのだから。趣味に勤しむ時間が増えたということだから。
 できればもっと増やしたいのだが,物理的にこれが限界だな。日がな一日,ノートを広げているわけだから。これ以上増やすとなると,時間あたりの筆記量を上げなければならない。

● が,2022年当時も今と同じように,日がな一日,ノートを広げていたはずなんだよなぁ。なぜ年に30冊程度しか書けなかったのか。今となってはその方が不思議だ。
 4年前は趣味に勤しむ度合いが薄かったのか。そんなことはないと思うんだがな。

● たくさん書けばいいというものではない? いや,たくさん書かなくちゃいけないんですよ。
 何となれば,ノートも鉛筆も生涯の必要量をはるかに上回る在庫を抱えているからだ。在庫を減らすためにはたくさん書かなきゃしょうかないんですよ。

2026年1月17日土曜日

2026.01.17 「大人の鉛筆」か「鉛筆屋のシャープペン」か

● 川崎ルフロンに入っているヨドバシカメラの文具売場で発見。北星の「大人の鉛筆」。
 タッチペンはどうでもよくて,この長さの「大人の鉛筆」が欲しかったということね。「大人の鉛筆」って長すぎません?

● 長くて困る理由は具体的にはないんだけれども。ノックするときは長さに関係なく持ち替え動作が必要で,長いからといって,動作が増えるわけでもないからね。
 けど,長すぎないかという違和感。

● こちらはだいぶ短い。速攻で買いました。そうだよ,こういうのが欲しかったんだよ,というわけでした。
 以上,今月の7日のこと。

● その短いタイプの「大人の鉛筆」,「鉛筆屋のシャープペン」より短い。通常の替芯は入らない。
 替芯も短いのが出るんだろうけど,通常版の「大人の鉛筆」で短くしてから,こちらに移し替えるのが現実的。
 予め入っている芯はB。2Bに換装。シャープペンは鉛筆よりひとつ濃度を上げたほうがいい感じ。

● 問題は「大人の鉛筆」か「鉛筆屋のシャープペン」か。当面,後者になりそう。理由は軽いから。
 口金は「大人の鉛筆」がカッコいいんだが。口金と軸のバランスは,長い方の「大人の鉛筆」の方がいいように感じる。
 どうでもいいようなものだが,気になり始めると気になるもんだ。

● 「大人の鉛筆」も「鉛筆屋のシャープペン」もれっきとした木軸ですからね。鉛筆用のインセンスシダーを使っている(と思う)。
 ぼく一個は,未だに収束の気配を見せない木軸ペンブームに舌打ちしたいような気分なんだけどね。好きなものを使えばいいさと思うけれども,シャープペンやボールペンの軸なんざ樹脂で充分だろうよくらいに思っている。

● シャープペンやボールペンのくせに高いのも気にいらん。そもそもが,木軸の筆記具なんて鉛筆だけでいいじゃん。
 ところが,「鉛筆屋のシャープペン」なら660円で木軸が手に入る。あなたがイメージする木軸とは違うかもしれないけれども,木軸は木軸だ。

2026.01.17 鉛筆薙刀

● 鉛筆薙刀。蝶のように舞い,蜂のように刺す。しかして,その実態はかくの如し(左の写真)。
 この状態になった Hi-uni を完璧にホールドできるのは,ぼくの知る限り,クツワの安いこの補助軸だけ(ノック式も可)。Hi-uni の金属リングの先は先端に向かって細まっているのでホールド不可と思いきや,クツワだとこの部分を咥えさせてもガッチリ固定してくれる。

● そもそも,なぜこんな削り方をしているのかというと,手回し式の携帯用鉛筆削りでも削れなくなるほどに短くなった鉛筆は手削りしなければならないわけだが,何度も手削りするのは面倒だというズボラ精神の発露による。
 この形にするのは一度でできる。あとは芯ホルダーの芯研器で芯を尖らせるだけですむ。

● ただし,気をつけなければいけないことが1つだけある。補助軸に装着した状態で削っていくわけだが,最後の最後で芯の根元を削ってしまうことがある。
 削り面を水平にしたいと思うわけだ。つまり,芯に対して垂直に削ることになるので,カッターが滑って芯まで削り取ってしまうのだ。

● その状態で書くと,その根本から芯が音もなく折れる。この失敗を何度やったことか。というか,これからもやりそうな気がする。
 そうなればなったで,折れた芯を芯ホルダーに挟んで使うこともできるわけだが,それでは鉛筆を使っているとは言えない。

● 鉛筆をギリギリ短くなるまで使いたいと思って削り面を水平にしている。にもかかわらず最後に芯を折ってしまうと,敗北感(?)がハンパない。ヤッチマッターとなる。
 最初のうちは,折れた芯は捨てていた。が,もったいないから芯ホルダーに挟んで使うことにしたのだが,その間は敗北感を味わい続ける時間になる。

● 薙刀状態にして使うと,筆記音(擦過音)が大きくなるようだ。芯が紙と擦れあう音がはっきりと聞こえてくる。
 ぼくはそれを良しとするが,気になる人は芯を木軸で覆われた状態にしておくべし。

● 思わず知らず,筆圧をかけないで書くようになるかもしれない。筆圧をかけたのでは芯が折れるんじゃないかと不安になるからだ。
 実際には,2㎜芯が折れるようなことはない(根元を削ってしまっていなければ)。通常使用でOKだが,筆圧過多を修正したければ,鉛筆をこの状態にして書かれてみてはいかがか。

2026年1月15日木曜日

2026.01.15 鉛筆は大したヤツなのだ

● 紙に染み込むのではなくて,紙の上に擦りつけられる黒鉛。その違いが鉛筆の得も言われぬ味わいを生む・・・・・・かどうかはわからない。というより,黒鉛の黒さ加減が非常に好ましいのだ。
 ちょうどいい黒。黒々とした黒ではなく,ほどの良い黒。

● 超黒とか極黒ではない普通の黒インクでも,万年筆の黒は重さを感じさせる。だから,万年筆はブルーかブルーブラックに限ると思っている。
 鉛筆の黒はそこまで黒くない。軽やかな黒だ。そこがいい。

● そうして,紙に乗っているだけなのに,消しゴムで消さない限りは経年劣化に最も強い。水に濡れても大丈夫。
 ぼくが書くものだからそんなに堅牢に残ってくれなくてもいいのだが,紙が紙の体裁を保っている間は,黒鉛の文字は文字として残る。鉛筆は大したヤツなのだ。

● 特に,短くなって補助軸に挿して使うようになった鉛筆には何とも言えぬ趣がある。風格すら感じる。高級万年筆にも劣らない筆記具としての風格。 
 ここまて言うと,贔屓の引き倒しになってしまうだろうか。

● では最初から補助軸を使えるように,ハーフサイズの鉛筆を使えばいいか。それはちょっと違う。
 鉛筆のフォルムとしての美しさは,未使用の17㎝超の鉛筆を削って使い始めるその刹那に最もわかりやすく感じることができる。あの長さが必要なのだ。ハーフサイズではそこを味わうことができない。
 補助軸なしで使う期間がなくてはいけない。それがあってこそ,短くなった鉛筆の風格もある。

● 1本の鉛筆を使い切るのは,けっこう長い旅になる。どんなに頑張っても1ヶ月はかかる。
 鉛筆だから1本だけを使うわけではなく,何本かを同時並行で使う。何ヶ月も同じ鉛筆を使い続けることになる。

● 同じノートを使っていると飽きることが時にあるが,ノートは比較的短期間で使い終えるから,目先を変えることをしやすい。
 鉛筆は飽きることはあまりないのだが,もしあったとしても,最後まで使い切ることを優先させると,なかなか途中で替えるわけにはいかない。

● が,途中で替えてる人が少なくないと思う。その場合の “替える” は “それ以上使わないで捨てる” ことと同義の場合が多いだろう。
 鉛筆があまりに安いから,そういうことが気安くできる。

● 小学校では半分になるまで使ったら新しい鉛筆に替えるよう指導しているところが多い,と聞く。残り半分になった鉛筆が家庭に溜まっていく。
 その一部がメルカリに出てくる。それを買えば,一生分の鉛筆を2,3千円で賄えるのだが,小学生を卒業した後で補助軸を使っている人はどれくらいいるのだろう。小学生のときに受けた指導に従っている人が多いんじゃないか。

● それでは鉛筆を使う醍醐味のあらかたを捨ててしまっていることになると思うのだが。
 補助軸を使っている人でも,ハンドル式の鉛筆削りで削れなくなったらお役御免にしているのではないか。効率から考えると,それが合理的かもしれない。
 のだけれども,たまに合理を離れてみることがあってもいいんじゃないかと思ったりはする。

2026.01.15 いくつかの鉛筆−三菱鉛筆創業100年記念の uni

● 北海道新聞のノベルティ。消しゴムはキャメル型だが,三菱鉛筆製。
 消しゴムはずいぶん劣化している。消しゴムとしての用はなさなくなっている。

● こちらは拓殖銀行。当然,バブル崩壊以前。〄あり。三菱鉛筆製かと思われる。
 バブルを知らない人の方が多くなっているのか。バブルがどういう時代だったのかと言うと,バカでも儲けることができた時代だったのだ。

● もちろん,そんなのが長く続くはずもない。ぼくの知り合いにも,バブルで踊ってしまって人生を棒に振った勘違い野郎が何人かいる。
 自分の愚かさの責任は自分が負うしかない。家族は気の毒だが,それを含めてしょうがないね,というのがぼくの見方。

● こちらは National のノベルティ。National なんだからかなり前のもの。
 「幸運の鉛筆」とはありがたや。合格鉛筆があるんだから,こういうのもそりゃあるでしょう。
 メーカーはトンボじゃないかと推測するが,自信はない。硬度表記もないが,であればHBだろう。

● 三菱鉛筆創業100年記念の uni。今から40年近く前のことですか。当時の価格で960円。1本80円。
 現在は100円(税抜き)だから,鉛筆はほんとに安値安定を続けているわけだ。1958年に50円だったのが2026年でも倍にしかなってないんだからねぇ。

● おかげで,ぼくなんかも鉛筆だけはハイエンドを使うことができる。世が世であれば,あり得ないことですよ。
 で,Hi-uni が突出してるってわけでもないよなぁ,などと罰当たりなことを言ったりする。

● 非常に情けないことに,エンドユーザーというのは,そのモノの価値を価格でしか覚知できない。高価ゆえに価値があると思ってしまう。“高価” を購入する。
 1958年の uni には価値があった。今の uni はその他大勢の一人に過ぎない。価格が相対的に爆下がりしたからだ。

● 筆記具として鉛筆が軽んじられているのも,鉛筆が安すぎるからではないかと思うことがある。品質は今のままで,価格を今の50倍にすると,鉛筆の良さを力説する輩がドッと増えそうだ。
 ヒトというのはその程度には愚かな生き物だ。万物の霊長などと言うのは,身の程を弁えぬ愚者の繰り言に過ぎない。猿とそんなに違いはない。

2026年1月14日水曜日

2026.01.14 計画を嗤う

● これと決めた1本や1冊を末永く使っていける人など,ほとんどいないんじゃないか。目先を変えたくなるのは本能のようなものだ。
 だとすると,必要があってそうなっているはずだ。どんな必要があって? それはわからないけれども,変えたくなったら無理をしないで変えるのが良いと思う。

● これをさらに敷衍すると,場当たり主義がたぶん一番いいのだと思う。
 筋を通すだの,背骨を立てるだのと力むのは下策なのではないか。

● 人生においても計画を立てるのはほとんど無意味な気がする。計画の前提が外部(環境)も自分も現状のまま(現状固定。変化しない)だとすると,計画などむしろ有害だ。
 そうして,外部や自分がどう変化するかを過たず予測するなど,人知を以ってしては不可能だ。

● 先のことはわからない。時代が下るほどそうなってきた。
 日本だけのことなのか他国でも同じなのかは知らないが,“計画” が過剰に評価されすぎていると思う。

● 1年単位の勉強計画だって計画倒れに終わるのが通例だろう。人生の中長期計画など,無意味を通り越して笑止の沙汰と言うべきだ。
 計画というのは,ほとんどの場合,現実逃避の別名ではないのか。場当たり主義で行くと腹を括るのが最善ではないか。

2026年1月11日日曜日

2026.01.11 令和の奇跡

● ホテルロビーのテーブルデスクでノートを広げていたら,向かいの席に女子中学生がやってきて,勉強を始めた。
 可愛らしい女子中学生と至近で同じ空気を吸いながら,ノートの何ページかを埋めることができるという至福を味わいましたよ。“人生,捨てたもんじゃないよね”。

● ですが,お嬢さん,貴女はディズニーランドに遊びに来られたのではないですか。泊まりがけで。
 なのに,パークから戻ったら,ホテルで勉強ですか。真面目な方ですね。
 けれども,時にお嬢さん,勉強なんか完全に放擲して遊びに溺れてみてはいかがですか。そういう経験をしておくことも,お若い間には必要かと存じますよ。お母様とご一緒のようですから,なかなかお難しいとは思うのですが。

● そうこうするうちに,今度はどこの国の人かは知らないが,夫婦が隣に座った。
 奥さんの方がA5の厚めのリングノートにボールペンで何やら書き始めた。手書き人が3人揃うなんてのは,令和の奇跡。ここでパソコンを開く人は普通にいるが,ノートを開くのは自分しかいなかったんで。

● このときは夜だった。テーブルデスクの上にスタンドが2つ設置されている。夫婦さんがうまく操作できずに諦めたようなので,ぼくがスックと立ち上がりましてね。
 失礼するよとスタンドを付けてあげたらね,日本語でアリガトーと返してくれた。はい,この夫婦は中国人ではありません。

● 女子中学生も奥さんも,ペンの持ち方がとてもユニーク。見てると面白いね。形として面白い。
 ペンの持ち方に関しては,自己流に勝る正統なしという意見なのだが,いろんな自己流を見れて(といっても2例だが)面白かったよ。おそらく,欧米の方が多様性に富んでいるんじゃないかと思うんだけどさ。

2026.01.11 早矢仕有的 展

● 丸善丸の内本店へ。丸善の創設者,早矢仕有的(変わった名前ですな)の展示をやっているので,これは見ておこうか,と。
 医師であり,事業家でもあり。決して順風満帆ではなく,山も谷もあった。凡人は比較的平坦な人生を歩む。山も谷もあるのは,それだけ活動量が多かったから。

● 由緒があるのは丸の内本店よりも日本橋丸善の方。そりゃそうですわね。
 街の格が日本橋とそれ以外では違ったはず。大手町なんざ新参者だ。

● 福沢諭吉とは最後は袂を分かつんだな。諭吉に言わせれば,相当迷惑をかけられた。
 ハヤシライスも彼の名前が由来らしいのだが,なにゆえに由来となったのかはよくわからない。
 2015年にジュンク堂書店を吸収合併して今日に至る。

● 展示のほかに,今日は講演会もあって,丸善スタッフが何人も張りついていた。
 が,そちらは遠慮しておく。そこまでのお勉強はしなくていい。

● 丸善が扱ってきたのは書籍や文具に限らないが,早矢仕が現役だった頃の書籍や文具を今の感覚で捉えると間違う。書籍も文具も今ほど大衆化されていない。一部のエリートや富裕層しかアクセスしない(できない)ものだったろう。
 その文具の中でも丸善が扱うのは欧州の高級品だったはずで,エリートや富裕層にしても普段着で行けるところではなかったに違いない。

● ということに思いを馳せて,現在の丸善が扱っている商品を目にすると,自分の筆記生活はこれでいいのかと思わぬでもない。(カッコよく言うと)ぼくは文具に “荘厳” を持ち込まない主義なのだが,少しはこだわった方がいいのかもなぁと思った。
 一方で,脱荘厳が文具の進化の歴史なのかな,とも。ま,その辺は人それぞれ,お好きにとうぞ,の世界になるわけだが。

● チェーン展開をしている大手の文具・雑貨店としては,LoFt があり,ハンズがある。その LoFt やハンズと異なる丸善の特徴があるのかといえば,それは特段見当たらない。
 客層の年齢が違うかと思える程度だ。若者は LoFt に来る。が,丸善にあるものは,たいてい LoFt にもあり,逆も真。

● 大衆化とはそういうことだ。誰でも持てるようになったモノは輝きを失う。欧州の高級万年筆も然りであって,ヴィンテージものが往時のノスタルジーに誘う程度のことだ。
 丸善自体も大衆化した。大衆化を拒否してはドンキホーテになってしまう。であればこそ,こうした展示に意味が出ようとしたものだ。

2026.01.10 一生分で3万円

● 今日使い終えたこのノート(右の写真)は,最初から最後まで「鉛筆屋のシャープペン」1本で書いた。わりとビッシリ文字を埋めているのだが,それでも芯1本は使い切れない。
 ノート1冊を使い切るのはまだたやすいが,シャープペンの芯1本を使い切るのはなかなかだ。まして,鉛筆1本を使い切るのは大変なことだ。

● その鉛筆が1本50円で買えてしまうことの不思議。いや,無印良品の鉛筆なら2本で70円だ。
 ダイソーで4本セットで売られているアイボールのゴム付き鉛筆も充分以上に実用的だ。

● 学校を終えても鉛筆を使う人がどのくらいいるのか知らないが,もし彼が22歳なのだとすれば,一生鉛筆を使い続けたとしても,50ダースもあれば,足りるどころかお釣りが来るだろう。
 一生分で3万円だ。3万円分の一生だ。

● ここから導かれることは2つだ。ひとつは,人の一生など,3万円分の鉛筆を使う間に終わってしまうほど,儚く短いものだということ。
 もうひとつは,鉛筆は想像を絶するほど安いということだ。あり得ないくらいに安くなったのだ。

● 今般の中国の対日禁輸騒ぎは滑稽極まる一人相撲で(独裁国家では権力者の顔色を窺わないと自己の安泰を確保できないのだろうから,わかっていてもそうせざるを得ないのだろうと理解はする),見てる分には面白いのだが,その品目に黒鉛も含めるらしい。
 が,市場はまったく反応していない。日本国内の鉛筆生産が止まることはないと見ているのだろうけれども,影響があるとしても軽微であろうことは,素人目にも見えやすい。

● そりゃ軽微なはずだよとぼくなんぞも思っているのだけれども,これは鉛筆がなくなっても困ったことは起きないということでもある。と言っては言い過ぎならば,鉛筆がなくなっても困る人はあまりいないということだ。
 小学生だって鉛筆でなければいけないと決まったものではない。代替手段はいくらでもある。

● 鉛筆使いとしては寂しいことでもある。黒鉛が入らなくなる,それは大変だ,となって欲しいと思わないでもない。
 これだけ安くて,これだけ長く使えるのが鉛筆なのだ。どうも,鉛筆は正当に評価されていない。もっと高価で然るべきだ。

● と言っても,市場の評価が評価のすべてなのであって,個人の見方は個人の数だけ存在するが,評価者になる資格はない。あたりまえのことだ。
 そのうえで,繰り返しになるのだけれど,鉛筆は安すぎる。ノート1冊より安いのはおかしい。

2026年1月10日土曜日

2026.01.10 歴代 Campus の表紙を再現した Campus

● 京都交通博物館の3冊を使い終えた。次はこれ。歴代 Campus の表紙を再現したもの(左端のはそうじゃないけど)。
 Campus 50周年記念で出したものでしょ。昨年3月に新宿の世界堂で買った

● 右から古い順。ただし,4代目はなし。製品としてはあるんだけれども,売場になかった。
 中紙30枚なのに253円もしやがった。普通の Campus なら百均で110円で買えるのにさ。って,そういう比較をするもんじゃないんでしょうけどね。

● ぼくの年代だと初代が懐かしい。懐かしいんだけど,じつは Campus はほぼ使わなかった。
 ルーズリーフ派だったんですよね,当時はね。ルーズリーフの方が古典的な綴じノートよりクリエイティブに見えた(アホですな)。

● B5ルーズリーフ→ワープロ→パソコン→A6綴じノート,という順番ですかねぇ。手書きからデジタルに移行したけど,また手書きに戻った。
 けど,ノートは生前に処分したいですよね。こんなものを残したまま死にたくはない。

● デジタル(ブログとか)に移行できるものは移行して(そうしておけば,クリック数回で全削除できる),紙のノートは処分したい。
 ただし,いきなりデジタルは,ダメだとは思わないけれども,やりたくない。

● あらためて,Campus は凄いものなんだなと思いますよ。この品質でこの価格。罫線にもノウハウが地層のごとく積みあがっている。
 おそらく,製紙会社とのネットワークや販売店とのコネクションにも太い線が何本も通っているのだろう。そういうことを含めて,Campus は凄い。他社がおいそれと追随できるものではない(たぶん)。

● ユーザーとしては,そういう凄さの上澄みをチャッカリいただくことに徹すればいい。
 それ以外はコクヨの問題であって,ユーザーが与り知るところではない。

2026年1月9日金曜日

2026.01.09 ペコちゃん柄の缶ペンケース

● メルカリで300円で買ったペコちゃん缶ペンケースに筆箱を替えた。大ぶりで深さもけっこうあるので,自宅環境をそのまま持ち出すことができそうだ。
 鉛筆3本と補助軸と鉛筆削りも入りそうだが,そうはしないで「鉛筆屋のシャープペン」にしている。手前のVコーンは使わないから,次回から置いてこよう。

● 中身も安物ばかりだ。美観の欠片もない。
 が,書けりゃ何でもいいとは思っていない。Preppy も HI-TEC-C coleto もぼくの審査基準を通ったもの。一応,選んでいるつもりなのね。
 どんな基準で審査してるんだ? 問われると,少々説明に窮するところもあるんだけれども,実用性は完全にクリアしておりますよ。

● どうせ大したことは書いてないんだから,実用性をクリアしていれば,安物でけっこう。いや安物がいい。
 安物の方が気安く使える。ぼくの育ちの悪さあるいは貧乏性によるのかもしれない。そうであっても,気安く使えた方がいい。

● 文具で自分の世界観や価値観を表現するとか,そこまで大げさな言い方をしなくても,自分の好みを追求するという気もない。
 アクセサリーの一種として扱うつもりもない。まして,文具で自分に付加価値をつけようとする発想はない。

● 自分の価値観を表現するのは,文具によってではなく,その文具を使って書いた表現物でやればいい。まさに,文具とはそのためにあるものだ。
 ま,文具そのものにはさほどの興味がないのかもしれない。

● いい大人がペコちゃん柄の缶ペンケースを使うのかと思われるかもしれないけれども,ぼくはそういうことに抵抗がない。平気で持ち歩けるし,人前でそれを使える。
 若いときからそうだったような気もするが,齢をとって厚顔になったのか。というか,誰も自分のことなど気にしてないってことが腑に落ちてきたからかなぁ。自意識の過剰部分が取れてきたということ。

● いや,これはね,元々,女児が使うようなものが好きだったのかもしれないよ。けど,さすがにね,大っぴらにしにくい。
 それが隠居する年齢になって,タガが外れただけなのかもしれないね。そんな気もするんですよ。

● 書くことには直接関係のないモノも2つ入っている。ひとつは,「ほぼ日」の “おちつけ” のピンバッジ。トートに取り付けてたんだけども,ピンが取れてしまった。以後はバッジだけを筆箱に入れている。
 もうひとつは,MONO のブックマーカー。どちらも入れっぱなしで,手に取ることはほぼない。薄くて邪魔にならないから,筆箱がちょうどいい保管場所になっている。

2026.01.09 Campus-Rollbahn コラボの測量野帳をゲットだぜ

● 去年の11月18日にコクヨから告知が出た。Campus-Rollbahn コラボ製品を発売すると。
 その中に測量野帳が含まれる。Rollbahn とは飛行場という意味であるらしい。両者を合わせた図柄の表紙の測量野帳だ。Campus は「大学や専門学校の構内のことをいう」(Wikipedia)らしいが,もう少し広げて学校全般という意味で使っているようだ。

● 測量野帳は当然買う。A6の綴じノートも出れば買うんだが,これは出ないっぽい。出ないだろうな。出るわけないよな。
 ぼくはリングノートは使わないし,綴じノートもA6以外は使わないという偏狭者なので,測量野帳以外に買うものはなさそうだ。

● 文具女子博で先行販売し,1月9日から一般販売する。文具女子博など行くはずもないから,当然,一般販売を待つことななるわけだが,昨年末の文具女子博後にメルカリにいくつか出物があった。
 3,500円で売れてたりしたのだが,何なんですかねぇ,倍以上の値段でも早めに買いたい人っているんですかねぇ。

● はい,今日はその1月9日ですよ。Campus-Rollbahn コラボ製品の一般販売の開始日ですよ。ラゾーナ川崎の丸善に開店3分前に並びました。
 測量野帳3種を速攻ゲット。1冊550円。たぶん,お求めになる人が多いでしょうから,1冊ずつにしておきました。
 急がなくても大丈夫かとは思いますが,早いに越したことはありませんな。

● 念のために Smith にも行ってみた。ここではデルフォニクスが供給するものしか置いてないと思ってたんだけども,測量野帳もあった。
 LoFt にもハンズにも,当然,ある。潤沢に供給されるようだ。

● ふぅむ,急ぐ必要は全然ないかもしれないな。
 販売期間が過ぎて,売場から消えても,忘れた頃にひょっこり現れてるというパターンになるかもね。

● ところで,肝心の野帳でありますけどね。Campus の文字は単なる印刷ではなくて,型押ししてあります。リキが入っている印象があります。
 1冊と言わず,もう少し買っておきたい。が,これからお買いになる方々のために,そういうことはしないでおくのが,ヤチョラー仁義というものでありましょう。


(追記 2026.01.11)

● Campus-Rollbahn コラボの各種ノート,供給は潤沢のようですな。この連休中に売り切れることもなさげ。
 測量野帳3種の中では「屋上」が比較的人気のようなんだけど,あくまで比較的と言うに留まる。文具店で550円で買いましょうね,皆さん。

● 転売ヤーに1,000円も払うことはありませんわ。田舎では買えないところもあるんですかねぇ。あるかもしれませんね。
 その場合は仕方がないんでしょうけどね。むしろ,転売ヤーのおかげで入手できた,転売ヤーさん,ありがとう,ということになりますか。転売ヤーにも社会的意義はあるということになりますな。


(追記 2026.01.13)

● Campus-Rollbahn コラボノート群,3連休を過ぎても川崎の丸善にはまだまだ残っている。測量野帳もご覧のとおり。
 この連休中に買うべき人はだいたい買ったろう。現時点で残っているものは,かなりしぶとく残りそうだ。右から左に飛ぶように売れるというわけにはいかないねぇ。

● Rollbahn や Campus のファンが支えたイベントだったと思うのだけど,鋭角的なファンは文具女子博で買っただろうしねぇ。
 ただし,売り切れているところもある。Smith やハンズにはすでにないものがある。再入荷ってのはたぶんないんでしょうからね。

2026年1月8日木曜日

2026.01.08 「手書き」を味方につければ老後は安泰

● 文具はお金と同じ。持ってるヤツが偉いんじゃない。使ったヤツが偉い。
 いや,“文具” のところに何を代入しても成立しそうではあるんだけどね。

● 持っているかではなくて,使っているか。
 数十万円の万年筆を10本持っていても,もったいなくて使えないとホザいてるヤツより,百均文具でも毎日使っている人の方が偉いというのは,わかりやすい例示でしょうよ。

● で,ぼくは使っているから偉いんだぞ,と自画自賛するようで恐縮なんですけどね。
 660円のシャープペン,3個で110円の消しゴム,そして Campus ノート。わずかなコストで多くの時間を埋められ,毎日続けても誰からも後ろ指を指されることがなく,しかも自分一人で完結できる。飽きることもない。

● こんな「趣味」が他にあるだろうか。「手書き」を味方につければ老後は安泰だぞ。
 いえいえ,別に「手書き」じゃなくてもいいと思うんですよ。要はひとり遊びの術を少なくとも1つ,できれば3つくらい持ってるといいと思うんですよね。

● 問題は,老後に入ってからそうしたものを作ろうとしてもなかなか難しい,ということですかね。
 たとえば,会社を定年退職した後の自由な時間は,それまでの総労働時間よりも長いのだから,どう過ごすのかよくよく考えないといけないと言われるけれども,定年を迎えた時点で勝負はついてるわけですよ。定年になってからバタバタしても始まらない。

● 物事には手遅れということがある。ひとり遊びの術ももっと若いときから練っておいて,定年になったときにはそのまま使える程度に完成させておかないといけない。
 そこのところですかね。若い方々に申しあげたいのですが,若さはすぐに過ぎ去るものですよ。

● 娘や乙女の時期は瞬きする間に過ぎて行く。オバサンと呼ばれる時期がウンザリするほど長いとお思いでしょうが,オバアサンと呼ばれる時間もまた長いものです。
 若いときには若さを浪費するくらいでちょうどいいと思うのですが,何でもいいので,ひとり遊びの術だけは考えておかれた方がいいと思います。老爺心ゆえのお節介かもしれませんが。

● ただし,あまり早くから考えてはいけません。20代で老後に思いを馳せるのは早すぎるでしょう。自分のこととしてリアルに考えること自体が無理でしょう。
 しかし,40になっても考えないのでは,老後に禍根を残すことになるかもしれない。

2026年1月6日火曜日

2026.01.06 連用日記,順調

● モレスキンを使った5年連用日記,6日目。今までのところは順調。
 問題の裏抜けだが,片面に書いた状態だと裏抜けが気になるのだが,両面に書くとかえって気にならなくなる。気になる度合いがゼロになるわけではないのだが,両面使用すると裏抜けが相殺されるというか。

● 大昔のノートはだいたいこんな感じだったのではなかったか。
 当時,自分が万年筆を使っていたわけではないのだから,この記憶は自分が勝手に捏造したものだと思うのだが,この感じは妙に懐かしい。そうなんだよ,こんな感じだったんだよ,と。

● 5年後にはモレスキン2冊が文字で埋まっているのを想像すると,胸が躍る(?)。唯一の気がかりは,モレスキンが5年も保つのかということ。
 保ってくれたとして,5年間かけてミディアムを2冊使った後は,モレスキンに情が移っているかもしれない。5年の苦楽を共にしてきた相棒だと思うようになっているかも。

● 結果,モレスキン全般に対するぼくの評価が変わっている? それはないな。
 モレスキンはポケットサイズをこれまでに2冊使ったが,モレスキンはダメスキン。少なくとも,価格ほどの価値はどう見てもない。
 使い切った2冊は大切にするだろうけれども,モレスキンもなかなかいいノートだよ,となることはない。なりようがない。

● “伝説のノート” などと,悪質とも言えるデッチアゲを加えているのは,いくら何でも日本の商道徳には馴染まないだろうし,こんなノートが存在していること自体が人類の恥部だと思っている。
 Wikipedia 先生は,言葉を選びながら,次のように説明している。
1997年,ミラノでTシャツを生産していた小さな会社,Modo & Modo Spaは,副社長のマリア・セブレゴンディのアイデアによってノートブックの生産を始めた。セブレゴンディは「製品には “物語” があることが重要である」とし,ゴッホやピカソらが使っていたものに似せたノートを売り出すことを思いつき,Moleskineブランドを登録,5000冊を市場に送り出した。
● モレスキンってTシャツを作っていたところが作り始めたノートなんだな。勝手にモレスキンブランドを登録し,自分がパクった先の名声まで取り込もうとした。
 ゴッホも使っていたと言ったって,1997年にゴッホが生きていたかよ。チャトウィンがモレスキンに執心したと言ったって,今のモレスキンだったら歯牙にもかけなかったんじゃないのかね。

● なのになぜモレスキンを使っているのだ? と問われると,まことに恥ずかしながら,と俯くしかない。
 話題に乗ってしまったということだ。結構な量を在庫してしまっているのだ。

● ただし,モレスキンよ。左右ページの罫線の位置は揃っている。これだけのページ数があるのにな。
 そこは大したものだと認めるぞ。以前はそうでもなかった記憶があるんだが。時期の違いというよりも個体差があるんだろうか。

2025.01.06 川崎の Bungu club CLiP's

● できれば乗りたくない路線として圧倒的な知名度を誇るJR南武線。その南武線に乗って平間へ。
 地場の文具店としてネットで有名なフジヤ文具(Bungu club CLiP's)を覗いてみようと思って。

● 川崎駅の駅ビルにハンズ,Smith,有隣堂,無印があり,ラゾーナに丸善とLoFtがある。文具店巡りに恰好な立地。
 こういうところでは,“町の文具店” は存在するのが難しかろう。川崎に来て地場の文具店には行ったことがない。が,ハブとなるエリアから外れるとまだ残っているのだろうか。

● 文具は,基本,どこで買っても値段は同じ。かつ,文具は全国一律の画一的商品だ。
 地方の特産などない。せいぜい,ジェットストリームの軸にその地域のシンボル的絵柄を吹きつけたのがある程度のことだ。

● となれば,文具店が生き残るには店自体に特徴を持たせるしかないはず。大型店なら品揃えで勝負もできようが,町の文具店ではそれも難しい。そもそもが,多様な需要は大都市圏にしかないのではないか。
 そんなわけだから,活きのいい町の文具屋さんがあると聞けば,どんな店なのか確かめてみたくなるではないか。

● で,来てみたんですけどね。外から見る分には,小さな町の文具屋サン。狭い売場にミッシリと商品を詰め込んでいるという感じでもない。
 ともかく入ってみましたよ。平日の昼間だけれども,学校はまだ始まってないんですかね。小学生が何人かいた。母親に連れられた小学生がやって来た。

● 200円の買物をした小学生に品物を渡して,頑張ってねと声をかける。そういう店。
 チェーン店ではあり得ない光景。チェーン店ではお客の個別性は捨象される。誰であっても,お客様というひと色になる。

● 陳腐な言い方になるが,昔から地元に溶け込んで,地元を相手に商売を続けてきた感が濃厚にある。
 しかし,だからといってこの先も安泰というわけではもちろんない。小学生が激減している。デジタル化が進行している。そんなことは先刻承知で商売に臨んでいるはずだ。

● こんなストアペーパーも出している。珍しいでしょ。インターネットでの発信にも努めてもいる(と思う)。
 攻めなくても,守れれば,ということだろうか。ワタクシも HI-TEC-C coleto のリフィルとシャープペンの替芯(uni 0.7㎜ 2B)を買いました。必ず使うでおろうものをね。