主には「書く」道具について書いてます。手帳,ノート,筆記具,パソコンなどの話題がメインになると思います。といっても,パソコンや文房具のマニアではありません。この分野について知るところはあまりありません。 ごくあたりまえに属することを,試行錯誤ともいえない程度に試しています。 2024年3月から鉛筆党員になりました。
2013年6月7日金曜日
2013.06.07 DIME 2012年10月16日号-365日右肩上がりの手帳術
次の年の手帳が文具店や書店に並ぶ時期って,どんどん早くなってる。9月にはもう出てきてない? せっかちだねぇ。悪いことじゃないけど。
● その時期に,雑誌が手帳の特集を組むのも,例年の約束事。売れるんでしょうね。
でも,毎年毎年,次から次へとこうした雑誌特集とか手帳本が刊行されるのは,要するに決定版はないってことの証明でもある。
● どうなんだろ? こういうものを実用記事として読んでる人と,この種の記事を読むこと自体が好きっていう人と,どちらが多いんだろう。
ぼくはどちらかというと,後者に属すると思う。どの手帳を買うかは決まっている。毎年同じものを使っていて,変える気はサラサラない。進取の気性に乏しい。
● でも,こうした記事を読むのは好きだ。ま,昨年10月に買ったのを,今まで放っておいたくらいだから,好きといっても度合いはしれているんだけどさ。
人さまがどんな手帳をどんなふうに使っているのかって,興味がありますよね。かなり下世話な覗き趣味ではありますけどね。
● この気分をさらに掘りさげると,手帳が人生を変えるって,どこかで思っているのかもしれない。手帳の使い方にもデキる人の共通点があって,それを知れば,そしてそれを真似れば,自分もデキる人になれるかもしれないと思っている,と。
んなこたぁ,ないわけですけどね。
● こうした雑誌特集って,どうしたって宣伝臭が入りこむことは避けられない。メーカーからお金が出ているんだろうからね。
それでもちゃんと読ませる誌面作りのノウハウは,各社とも蓄えているんでしょうねぇ。
2013年5月11日土曜日
2013.05.11 10日間ほどパソコンなしの生活をしてみて
バッテリィ駆動に切り替わるだけだろってことなんですけど,そのバッテリィはとっくに機能不全になってた。パソコンを外に持ち出すなんて一切しないから,それで特に困ることもなくて。
● でも,そんなことじゃ壊れませんよね,普通。だが,しかし。再起動しなくなった。セーフモードでは立ちあがったんで,システム復旧ってのはやったんだけど,やはりダメ。そのうち,セーフモードでも立ちあがらなくなった。
ハードディスクがおかしくなったんでしょうなぁ。電源ケーブルを引き抜く前から弱ってきてたんでしょ。兆しは特に感じてなかったんだけど。ジタバタしないで買い換えるしかないでしょ。
● と気楽に考えられるのは,ひとつには,自分謹製のデータの毀損がなかったこと(まったくなかったわけではないが,ま,たいしたことはない)。
何度か痛い目に遭ってきたから,いかなぼくでもそれなりに学習はしている。バックアップは当然として,自分が作ったデータはパソコン本体のハードディスクには保存しないようにしていた。いまどきは32Gとか64GのSDカードがあるんだもんね。それを装着して,データはそちらに保存。
本体のハードディスクにあったのはCDをリッピングした楽曲データが200Gほど。二重にバックアップをとってある。
● もうひとつは,ぼくが使ってるパソコンはあまり痛手を感じないような値段で購入したものだってことですね。
ここ10年ほどはThink Padを使ってるんだけど,今回壊れたのは3年前に3万円で購入したもの。ヤフオクで買った中古品。
X61っていう型落ちもいいところの製品ですな。CPUはCore2。OSはXP。ハードディスクは500Gに換装してあった。メモリは1Gだったかな。
なので,壊れても経済的なダメージが少ない。で,今度もまた同じX61をヤフオクでゲット。今回は,3万円どころか,1万円台(17,099円)ですんだ。OSはWin7。メモリは2G。ハードディスクは120G。
● これで充分なんですよね。ぼくがパソコンでやりたいこと,現にやっていることって,この1万円台のパソコンですべてできてしまう。
最もパソコンに負荷をかける作業はDVDの再生ですかね。そんなもんですよ。あとは,CDをリッピングする,音楽を聴く,テキストを入力する,書類をスキャンする,写真を見る,ネットに接続する。そんなことは1万円台のパソコンでやれる。自分に15万円ものパソコンを買い与えるのは,豚に真珠を贈るのに等しい。
ちなみに,Office(WordとExcelのみ)は2000を今でも使っている。セキュリティの問題があるなんて言われるけれども,本当なのかね。個人使用のOfficeでセキュリティが具体的に問題になる局面があるのかね。機能的には2000でまったく問題はないんだけどね。
● これについては,森博嗣さんが,『森博嗣のTOOLBOX』(日経BP社)で次のようにお書きになっている。
僕は,人がテクノロジィに憧れる気持ちこそが,テクノロジィの最終的な目標だと考えている。だから,もし,みんなが合理的に考えるようになって,冷静に自分の使用範囲のものだけを選ぶようになったら,技術はもう終盤だと思えるのだ。(p60)
ポルシェに乗っていたからできた,カローラではできなかった,という事態に出会う確率は大変低い。それなのに,10倍ものお金と交換しても,この商品に需要が成立するのは何故だろうか? デジタル製品が,乗り越えなければならない壁がそこにある。とっくに技術者は気づいているだろう。ユーザがまだ気づいていないだけだ。(p61)この本の出版は2005年だ。それから8年経ったけれども,パソコンのポルシェはまだ登場していないように思える。
● ソフトについては,森さんも次のように語っている。
ユーザはあるところで満足し,自分のツールを決めてしまった方が有益なのである。どんどんバージョンアップする必要なんてない。使い慣れたものの方が安定しているし,失敗がない。パソコンのアプリだって同じ。余程の不便を感じないかぎり,僕はバージョンアップをしない。不安定さと無駄な消費時間を買っているようなものだからだ。(p104)多くの方がそうしてらっしゃるでしょうね。いまどき,律儀にバージョンアップにつきあってる人はいないのじゃないか。Officeも2000のままって人,ぼく以外にもたくさんいるでしょうし。
もっとも,ぼくの場合はケチ根性が前面に出ているわけだけど。
● ともあれ,10日間ほどパソコンなしの生活を余儀なくされた。1万円台だろうと何だろうと,パソコンが使えないのはとんでもなく不便。不便なんてもんじゃなくて,理由がないのにイライラしてくるような感じがありましたね。
パソコンとネットはあってあたりまえになってて,あたりまえだからその有難さを普段は忘れてますな。
● ぼくはDVDプレーヤーもCDプレーヤーも持ってなくて,すべてパソコン頼みだし,手書きで長めの文章を書くなんて拷問に近いと感じるようになってるし(そもそも,ノートとか持ってないし),パソコンがないと手も足も出なくなるってところがあった。
であれば,安いパソコンしか買わないことだし,1台だけじゃなくて予備にもう1台持っとけよ,って言われますな。いや,ほんとそうで,スマートフォンがなかったらヤフオクで次のパソコンを手当てすることもできなかったわけですからね。
なので,同時にもう1台,ヤフオクで入手しておいた。こちらは,さらに古いX40という機種。CPUはじつにPentiumMプロセッサ。OSはXP。メモリは1.5G。60GのSSD(換装)。13,000円で落札。
● パソコンのない間,ネットはスマホでつながるしかなかったんだけど,あたりまえながら,スマホではパソコンの代わりにはなりません。効率が悪くてどうにもならない。
どうしてもってときにしかネットに行かなくなる。銀行振込もスマホじゃやりたくないでしょ。ブログの更新なんかあり得ない。
● 第一,スマホで文章は作れない。
REUDOのBluetooth接続の外付けキーボードも試してみたんだけど,使いものにならなかった。しばしば断線する。その後は接続しなくなることも頻出。忘れた頃にまたつながったりするんだけど,これではどうにもならない。
もっとも,ぼくが持っているキーボードはRBK‐2100BTという古めのやつだから,今どきの新しいのを使えば,そんな目には遭わないように改善されているのかもしれない(断線の原因がスマホ側にあるのか,キーボード側にあるのかもわからない)。
● スマホでネットにつながって,行った先のサイトからテキストをコピー&ペーストするのは,できればやりたくない作業だった。なかなか上手くいかないでしょ,これ。
でも,今回,この作業を繰り返すことになって,けっこう慣れてきた感じ。
● 結局,スマホは閲覧は何とかできても,入力は何ともならないことを,体験で痛感。ツィッターにスマホを使っている人は多いんだと思うけど,ぼくはダメ。ごく短い文章もスマホで打つ気にはなれない(だからというんじゃないけど,ツィッターはやってない)。
スマホでノマド・ワークなんてタイトルの本がいくつか出てるようだけど,あり得ないね。スマホでできる仕事ってどんな仕事だ? 結局,業界の宣伝なんだろうな,ああいうものは。
● テキスト入力は,やはりヤフオクで落とした,NECのモバイルギアを引っぱりだして行うことになった。それなりに役に立ってくれたけれども,やはりパソコンに比べればキーピッチが狭くて打ちずらいし,ATOKも大昔のものだからあまり賢くない。
入力速度はガクンと落ちるし,タイプミスは格段に増える。ワープロとしてもパソコンの代わりにはならない。緊急避難的に使うもの以上ではない。これも当然だけど。
● ただ,モバイルギアってハードディスクがない分,壊れないねぇ。ワープロ専用機として危急の備えにはなった。
じつはぼく,モバイルギアは4台持ってるんですよ(バカか)。うち,2台は乾電池で駆動するやつ。今となってはポメラの方にアドバンテージがあるにしても,製品寿命の長さは驚異的だな(テキスト打ち以外には使えませんよ,もちろん)。
● タブレットはどうか。ぼくは持っていないので試しようがない。あれを自分が使っているシーンをイメージできないでいる。
のだが,某演奏会でぼくの隣に座った女性(オバサンだった)が休憩時間にタブレットを取りだして,画面の下半分に表示されるソフトキーボードを巧みに打って,パパッと文章を作っているところを目撃した。
彼女にできてぼくにできないことはないかなと思ったんだけど,2分や3分ならいざ知らず,10分以上あれをやれるか。
● ともかく,パソコンのない暮らしを余儀なくされて,パソコンがないとQOLが明らかに低カすることを発見。っていうか,わかりきっていたことなんだけど,実際に味わってみると痛いほどに実感できた。
CDのリッピングもできなければ,それをスマホに転送することもできない。毎日溜まる書類をスキャンすることもできない(したがって,書類を捨てられない)。銀行振込は(スマホで)できなくはないけどイライラする。DVDも見られない。ブログの更新も滞る。ごく少数ながら読んでくださる方もいるわけで,更新すべきはさっさと更新したいんだけどね。
なんだか,生活そのものが便秘状態になったような感じ。どんどん入ってくるのに,処理して出すことができないんだから。
● 大げさにいうと,黄金週間の後半がスカスカになってしまった。パソコンがないために,予定していたことのいくつかができなくなった。やらずにすんだはずのことをやらなければならなくなった。
そこから玉突き現象が起こる。頭の中で考えていたスケジュールはボロボロ。
● 結論。(今のところ)パソコンは唯一無二のもの。代替品はない。
ネットは生活必需品。ついこの間までネットなんかなかったのにね。もうそこには戻れない。否も応もない。
テレビは見なけりゃ見ないでいられる。たぶんに習慣のものだ。けれども,ネットはよく言われることだけれども,生活のインフラになってて,使わなけりゃ使わないでいられるというわけにはいかないんでした。
● そのパソコンが中古でよければ1万円台で手に入る。それで実用になる。とんでもなくコストパフォーマンスの良い器具になった。
昔を知る者にとっては隔世の感どころか,これまでパソコンと周辺機器に投じてきた金額を計算して,どんより暗い気持ちになったりしますな。今から見れば玩具のような機械と数十万円を引き換えてたんだもんなぁ。
あの膨大な金額。夢を見れた(実現はできなかったけど)代償と割り切るしかないものでしょうね。
* 5月6日に,宇都宮のインターネットカフェに行って,このブログの更新だけはしてきた。こういうとき,ヨメのパソコンを借りるっていうのは,ぼくの発想にはない。パソコンの使用貸借ってのは,夫婦間でもありえないでしょ。
で,それがネットカフェ初体験だったんです。ネットカフェって,寝ぐらを持たない人の居場所っていうイメージができちゃってるかもね。実際,時間帯によってはそのイメージどおりの実態があるのかもしれないけど,楽しいとこでしたねぇ,ネットカフェ。
3時間で1,000円。それでパソコンは使えるし,コーヒーもコーラも好きなだけ飲めるし,ふかふかの椅子で昼寝もできるし,大量のマンガ本も選び放題。「ワンピース」の全巻読みなんてのもできちゃうかも。
お腹がすけば,別料金で食事もとれる。食べものを持ちこんでも,たぶん,咎められることはないだろう。
スタッフの接客もいい。もちろんマニュアル以上のものではないんだけど,3時間もいて1,000円しか払わないんだから,マニュアル以上を求めちゃいけないよねぇ。
夏場の避暑地としてネットカフェはありかも。ぼく,ここで丸一日,過ごすことができそうだ。いや,マジで。
ひと頃(だいぶ前だ),自宅と会社のほかに,一人になれる場所を確保しようって記事が,ビジネス誌を賑わせたことがあったっけ。わざわざ部屋を借りなくても,ネットカフェが代用になりそうな気がする。冷暖房完備で諸手続き無用。
知らない人には,「カフェ」という言葉が誤解を与えそうだ。簡易個室が使えるのだから,どう使うかは使う側の創意工夫を発揮できる余地が大きいと感じた。
* 11日に新しい(中古だけど)パソコンが届き,ネットに接続できた。とりあえず,Google ChromeとiTunesとGOM Playerをインストール。これでとりあえず便秘症状の7割は解消できる。
音楽再生やDVD再生には,もっといいソフトがあるんだろうけど,慣れているし,いろんなソフトを比べてみようっていう向上心もないし。
あとはいくつかのソフトをCD-ROMからインストールしなければならないんだけど(けっこう面倒なんだよなぁ,これ),それはおいおい。
Macintoshは別として,Think Padは昔から憧れだった。「560」の印象は鮮烈だったな。薄型ノートですな。その前に,DEC(のちに,Compaqが吸収合併)の「Digital HiNote Ultra」があったけど。どうも薄型に惹かれていたらしい。
けど,ちょっと手がでなかった。ショップでカタログをもらってきて,ながめてはため息をついていた。そのカタログ,今でも持っている。
弁当箱と呼ばれてた「535」も惹かれる形だった。いかにも道具って感じの無骨なデザインで。堅牢さをデザインで表現すればこうなります,って感じで。Think Padってデザイン的には,あの頃がピークだったかなぁ。それとも,今,現物を見たら古くさいと感じるのか。
XやTシリーズはそのデザインをとどめているところが魅力。もちろん,黒一色に赤のトラックポイントもいいし,キーボードの秀逸さは言うまでもないんだけど。
昔は型落ちしたパソコンなんてタダでも要らないって感じだったんだけど,今はスペックの向上にほとんど関心がなくなっている。
今回落札したX40は2004年,X61は2007年に発売されたもの。そのあたりで,スペック向上の限界効用がほとんどゼロに近い水準に達したと見ていいんでしょう。
パソコンの新たな用途(自分にとっての,ってことですけど)が開発されるのでなければ,現在のパソコンは過剰スペック。「過剰」に対してお金を払う気にはなれないでいる。
2013年3月1日金曜日
2013.03.01 JMAM手帳研究会編 『手帳活用パーフェクトBOOK』
編者 JMAM手帳研究会
発行所 日本能率協会マネジメントセンター
発行年月日 2012.09.30
価格(税別) 1,300円
● 本書でも紹介されているが,手帳を使っている人の9割はスケジュール管理のためと答えているそうだ。
自慢ではないが,ぼくの場合は,スケジュールを管理するのに手帳なんか要らない。小さめのカレンダーにチョコチョコと書いておけば足りる。さすがに寄る年波のせいで,頭の中だけですまそうとすると忘れてしまうことがありそうだけども,スケジュールを管理するのに手帳を使うのはいくらなんでも大仰に過ぎる。ぼくの場合は,ですけどね。
● でも,手帳はずっと使っている。はるかな昔は,当時は市販されていた新潮社手帳(ごく薄いやつ)とか,集英社の「PLAY BOY手帳」なんてのを使っていたこともある。けど,その後はずっと能率手帳。
紙質もいい,目も疲れない,造本もしっかりしていて,安心して1年間使い続けることができる。おそらく,部外者にはうかがい知れないノウハウがぎっしり詰めこまれているに違いない。
● 途中からシステム手帳に替えてみた。といっても,「Bindex」ひと筋。A5サイズを使ったこともあるけども,ここ数年はバイブルサイズを愛用。リフィルはNO.011。要するに,中身は能率手帳だ。
最近注目のバーチカルタイプなんてのは,ぼくには無用の長物。何せ,スケジュール管理に手帳を使っているわけじゃないから。
● スケジュール管理をしない? じゃ,手帳なんて要らないじゃん,と突っこまれそうだ。何に使っているかというと,はやりの言葉でいえば,ライフログを残すためってことでしょうか。日記がわりというか,その日のことをチョコチョコと書いておくわけです。
仕事についても会議の名前程度は書いているけど,それよりも昼や夜に食べたもの,読んだ本のタイトル,CDで聴いた音楽の曲名,そういうものを記録している。それについての感想などは書かない。あくまで,外面的な事実だけを記録しておく。
貼ることもよくする。食べたお菓子の包み紙を貼る。その日見たテレビ番組を新聞のテレビ欄から切り抜いて貼る。映画の半券を貼る。貼るのは好きだな。
コンサートの半券は貼るには大きすぎるので,パンチで穴をあけて綴じこんでいる。システム手帳にこだわっているほとんど唯一の理由がこれで,コンサートの半券を残さないのなら,システム手帳などかさばるだけの邪魔ものに過ぎなくなる。
● 仕事関係は黒,プライベートは緑,読んだ本のタイトルは赤で書く。ページが黒っぽいとイヤな気分になる。仕事,嫌いだもん。緑が多いのが嬉しい。
こうしておくと,記憶喚起力のある手帳ができあがる。数年前の手帳を取りだしてページをめくると,そのときの自分にすっと戻れる。
当然,過去の手帳は捨てない。百円ショップで売っている保存用のバインダーに綴じて本棚(カラーボックスだけど)に並べておく。
● のだが。では過去の手帳を手に取ることがあるのかというと,これが笑っちゃうほどないわけですよ。だったら保存する必要ないでしょ。われながらそう思う。
結局,何なんでしょうね。手帳に書いておくと安心する,その安心感を得るために手帳を使っているってことになりますか。馬鹿っちゃ馬鹿だよなぁ。
● というわけだ。ぼくの手帳の使い方はほぼ固定しているので,いまさら他人様のノウハウを知りたいとはあんまり思わないんですよ。
でも,本書のような手帳本を読むのは大好きだ。手帳というモノがモノとして好きなんでしょうね。
● デジタルに対するアナログ手帳の優位性を強調するのは,本書の性格上,当然のこと。ただ,それを割り引いても,手帳の代わりをスマホにさせるというのは,ぼく的にはあり得ない。
デジタルではコンサートチケットの半券を挟んでおくことはできないからね。スキャンすればいいじゃないかと言われるか。そこまでやれるか。
● こういうガイドブックには,でも,大きなお世話というか,それができりゃ苦労しないよっていうか,そんなことしないだろ普通っていうか,要は些末なことがらも書かれている。わかりきったことも書かれている。総花的ですよね。
ゆえに,本書は読み流すべきものだと思う。雑誌のようにパラパラとページを繰って,目に入ってきたところだけを摘まみ読みすればいい。
2013年2月1日金曜日
2013.02.01 宇田川一美 『ちょいワザ文具術』
著者 宇田川一美
書名 ちょいワザ文具術
発行所 ポプラ社
発行年月日 2012.10.23
価格(税別) 1,000円
● 「毎日のシゴトがはかどるときめき★アイデア」が副題。百円ショップにある文具や台所用品を使った整理術の紹介,といった感じですかね。
● これはいいなと思ったのは,「手作りページストッパー」(p46)。リボンの両端に目玉クリップを結んで,開いた本のページをクリップで挟むという単純なもの。
問題はふたつ。ページストッパーなんてそんなに使うものじゃないから,使わないときは机のひきだしにでも放り込んでおくことになるんだけど,けっこう邪魔だろな,これ。もうひとつは,やはり使わないときの姿がちょっと見苦しいだろうってことかなぁ。
● というわけで,実用書としてじゃなくて,ものの10分間で目を通せるから,気分転換を兼ねて発想の妙(あるいは,発想だおれの妙)を楽しめばよいと思う。
(追記 2013.02.10)
ページストッパー,実際に試してみたんだけど,どうもうまくいかなかった。普通に事務用の丸文鎮(?)を2個買って,両方のページを押さえた方がいいみたい。
2012年12月1日土曜日
2012.12.01 奥野宣之 『読書は1冊のノートにまとめなさい』
書名 読書は1冊のノートにまとめなさい
著者 奥野宣之
発行所 ナナ・コーポレート・コミュニケーション
発行年月日 2008.12.16
価格(税別) 1,300円
● この本が出版された頃は「1冊のノートにまとめなさい」が流行っていて,この本もだいぶ読まれた。
要は,読書ノートを作れってこと。それだけのためにノートを用意するんじゃなくて,メモ帳や日記も含めてすべてを1冊にまとめろ,時系列で書いていけ,ってこと。
● そんな面倒なことやってられるかと思って,もちろん,読書ノートなんてのを作ることは考えなかったんだけど,こうしてブログで記録を残すことを始めている。
それが,この本を再読してみようと思った動機。
● 「読書ノートをベースにしても,外向けの文章を書くのはなかなか大変です。言い回しや構成を練るのはしんどい。思ったことを素直にブログに書いた方が,楽なことは確かでしょう。それでも,読書ノートを使って構成を練ってから書くと,アウトプットの質が上がり,より読まれる文になることは間違いありません」(p149)とある。
そうなんだろうなぁ。だけども,ぼくもそうだけれど,たいていの人は「思ったことを素直にブログに書い」てしまっているようだ。したがって,文章として読むに耐えるブログってあまり多くはない。
● ブログってのはそういうものだと誰もが思っていて,だからこそ,これだけブログが普及しても,単行本と競合することはまずないだろう。
ブログは,理屈としては世界に向けて情報を発信できるツールってことになるんだけど,実際には,書いている本人とごくわずかな仲間内しか読まない(ボログって呼ばれてる?)。あらたまって「外向けの文章を書く」場ではなくて,普段着でチョコチョコ動き回るところになっている。
● 本から抜き書きをする場合,ノートに手書きで写すよりも(その効用は認めるとしても),キーボードでパソコンに打ちこむ方がはるかに楽。
この一点だけでも,読書ノートを作るよりもブログをその代役に使った方が,長続きすることは間違いない。ブログだとわずかながら読んでくれる人がいるから,それが継続のモチベーションにもなるし,整理の手間が一切いらない。
読んでもらうためではなく,自分のためのブログ。それでいいんじゃないのかと今は思っている。
2012年11月10日土曜日
2012.11.10 小日向 京 『考える鉛筆』
書名 考える鉛筆
著者 小日向 京
発行所 アスペクト
発行年月日 2012.04.06
価格(税別) 1,500円
● のっけに次のような文章が出てくる。
なによりも,削ったあとに削りかすができるから鉛筆は楽しい。鉛筆は短くなる代わりに,削りかすという世にも美しいものに姿を変えるのだ。(p14)
● オタクだぁ。著者は女性なんだけど,女性にもオタクはいる,と。ま,いますよね,そりゃぁね。
で,鉛筆削りによってどんな紋様の削りかすができるかとか,鉛筆の削り方とか,マニアックというかオタッキーというか,そんな話が続く。こちらとしては,どうでもいいんじゃないですかとツッコミを入れたくなりながらも,ついつい最後まで付き合わされてしまう。
● ただし,最終章「思考の流れを邪魔しない鉛筆」は,「知的生産の技術」論としても読み応え充分。ひとつだけ引用しておく。
何度でもしつこく書くが,あなたの筆圧には限定値などない。筆記具に合わせてあなたは筆圧を調整すべきなのだから,筆圧が高いので○○○は使えない,のではなく,○○○は筆圧をかけずに使うものなのだからそう用いる,としよう。 (中略)主軸としたいのは筆圧に幅を持たせることで,そのことによって手にかかる負担は軽減され,もっと楽に多くの文字を書くことができる。楽に文字を書く方法が自分のものになれば,考えることもおっくうにならない。(p181)
だったらパソコンを使えばもっと楽ですよ,とも思うんだけどね。これはまた別の話でしょうね。とっさの時のメモとりってパソコンじゃできないからね。
2012年9月19日水曜日
2012.09.19 海保博之 『仕事日記をつけよう』
書名 仕事日記をつけよう
著者 海保博之
発行所 WAVE出版
発行年月日 2012.04.15
価格(税別) 1,400円
● 仕事日記ってなんなの? 業務日誌とは違うの?
著者(大学で心理学を教えている先生)が提唱する仕事日記とは,最初のページに自分の目標を書き,あとは仕事に関する諸々のことがらや,その時々の自分の気持ちを自由に書いていくというもの。
● なぜそんなことをするのかというと,メタ認知力を高めるためだ。内省ができるようになるため。
たとえば,自分の駄目パターンに気づく。しかも,書いておくから数量的に把握できるし,駄目な理由も考えるようになる。
● たしかにね,こういうことをビシッとやっている人は,伸びていく人なのかもしれないね。ただ,言うほど簡単じゃないことはすぐにもわかる。
● 自分の1日の行動を分単位で記録するってのを1週間も続けると,自分に関する膨大なデータが蓄積されると思う。自分の意識とのズレもわかるはずだ。直すべきところ,省くべきところ,合理化できるところなど,いろんなことが見えてくるはずだ。
問題は,たったこれだけのことをやるのが容易じゃないってこと。自分の行動を分単位で記録しておくって,それじたいが人間の自然に反することだからね。
当然,ぼくもやったことがない。できるとも思わない。まして,仕事日記ねぇ。
● 「感謝の手紙」というのが紹介されている。同僚や部下や上司に助けられたことを思いだして感謝の手紙を書いてみるというわけだ(もちろん,出さなくていい)。
こういうのって,けっこういろんな人が説いているような気がするんだけど,実際に書いたことがある人っているんだろうか。やってみれば癒し効果があるのかもしれないけれど。
って,斜にかまえてちゃダメなんだろうけどねぇ。





