● ダイスキンで唯一,これはなぁと思うのが,ゴムバンドが黒一色しかないことだ。表紙の色に関係なく,ゴムバンドは黒。黄色にも黒,赤にも黒。それゆえ,ダイスキンは黒表紙のものしか使えないなと思っていた。
とはいっても,オレンジも赤も使ったし,黄色も2冊買っている。が,黒ダイスキンが復活してからは,黒しか買ったことがない。
● もちろん,百円という販売価格が予め決まっているのだから,その枠内で製品化しようとすれば,表紙の色に合わせてゴムバンドを用意するのはなかなか厳しいだろうことは,容易に想像がつく。
96枚のハードカバーノートで百円というだけで驚きなのだ。紙質や製本の堅牢さでダイスキンに劣ると思われるモレスキンが2千円であることを思うと,モレスキン社のボッタクリを考慮に入れてもなお,驚きのタネになる。
● 新型ダイスキンにはブルーやピンクの表紙もがある。ゴムバンドの色もそれに合わせている。これなら,ブルーやピンクであっても使うのに躊躇いは感じない。
その代わり,新型ダイスキンは64枚だ。64枚なのは仕方がないと思う。Seriaのセリスキンはもともと64枚なのだし。
問題は罫線がA罫になったことだ。そのために新型ダイスキンを常用することには,二の足を踏んでいる。
A罫にしたのはなぜなのか。B罫のままなら,引き続き,選択肢に入ったと思うのだが。
● AかBかの違いをことさら大きく感じるのは,ぼくが蠅の頭のような小さな字を書くからだ。A罫では少し間延びがしてしまう。
ダイスキンに方眼を望む声はネットにもけっこうあるのだが,ぼくとしてはB罫ダイスキンに望むことは何もなかった。
● 自分と対話するには書くことが不可欠だ。普通に書ければいいのだから,それ以上の品質は望まない。ダイスキンで何の問題もない。
いや,過ぎたるは及ばざるがごとしで,過剰品質はむしろ邪魔になる。ダイスキンだから何の問題もないのだ。
● 書きながら自分と対話ができれば,それで書いた目的の半ば以上は達したことになる。後々,何かに活用することはあまりなかったし,これからもないだろう。
つまり,読み返すことはない。自分の吐瀉物をしみじみ見返したいとは思わないものだ。
● ダイスキンはけっこう堅牢で,使い終えた後の保管も楽だ。ぼくはカゴに放りこんでいるけれど,几帳面な人は本棚に立てて並べているんだろうか。キチッと立つから並べやすいだろう。
ダイスキンの在庫はまだまだあるので,これからもガシガシ使っていくが,さらにダイスキンを買い増すことはさすがにない(ダイスキン自体が店頭から消えているのだが)。あと何年かしたら,他のノートに移っていく。
● 最終的にはCampusを常用することになりそうだ。ぼくだけではないと思うが,子供のころからコクヨで育っている。
年を取って老いると,子供に戻る。結局,コクヨに帰っていく。
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