2019年10月22日火曜日

2019.10.22 アイデアプロセッサ

● スマホに“ひとり会議”というアプリを入れてみた。自分を相手にLINEするみたいなアプリ。唯一,気がかりなのはスマホ入力で実用的な速度が出せるかということ。
 本気でそれをやろうと思ったら,やはりキーボードでWindows用もあるのでこちらも入れることにした。580円。昔,“Inspiration”を秋葉原まで買いに行ったことがあった。

● アイデアプロセッサと呼ばれていたジャンルのソフトね。1万円ほどだったか。実際にはまったく使わなかった。アイデアプロセッサという言葉に負けたね。
 それに比べれば,580円だからね,安くなったものだ。OfficeソフトだってGoogleはタダで出しているんだからね。
 ユーザーの裾野が広がったということじゃないよねぇ。ネットが主戦場になるとこうなるってことなんでしょ。よくわからないけど。

● で,Microsoftストアでポチッとした(ムダに入力項目が多くないか,Microsoft。住所なんか入れさせてどうするんだ)。
 ら,どこにインストールしますか,リンクされているデバイスがありません,だと。
 バカか,今購入手続きをしたデバイスにインストールするんだよっ(→ 無事にインストールできました)。

● アイデアプロセッサといえば今泉浩晃さん考案の“マンダラート”も有名だ。以前はMac版しかなかったのだが,今はAndroid版も複数あって,1つをインストールしてみた。
 やはりPCでも使えた方がいいと思い,ググってみたら吉井良平さんがEXCELで作ったものがあったので,ダウンロードさせてもらった。

● アイデアプロセッサってのは文字どおりにクリエイティブ系が使うものだと思い込んでいた。ので,クリエイティブ系に憧れていた自分も“Inspiration”なんぞを買ってしまったわけだけども,よく考えてみたらさ,こういうのを使うクリエイティブ系って,クリエイティブ系としては一流とは言えないかもしれないねぇ。
 むしろ,ぼくのようなクリエイティブ系に憧れるノン・クリエイティブ系が買うものかもな。

● というわけなので,“ひとり会議”も“マンダラート”も入れただけで満足ということになる気配が濃厚だ。
 このアプリを(特にPCで)使い倒すことになると,ノートに手書きという局面は消滅するはずなのだ。たぶんそうはならないと思うんですよね。

2019年10月19日土曜日

2019.10.19 トラベラーズファクトリー ステーション

● 上野東京ライン開通後は新橋駅が自分のターミナルになった。東京駅は通過するところ。
 ま,それというのも,ぼくの場合は,東海道新幹線で西に向かうということがまずないからだ。京都なんて行かない。大阪も行かない。東海道新幹線,もう何年乗ってないだろう。
 京葉線に乗り換えて舞浜に行くことも,絶えてなくなった。かつては年パスを持っていて,年に50日はTDRで過ごしていたこともあったんだけどね。子供が小さかった頃だ。
 奥様もTDRはお好きなはずなのだが,行ってみたいと言うことはない。おそらく,入場料が数次にわたって値上げされたのが効いているとにらんでいるんだが。

● 今日はその東京駅で降りた。で,地下街をフラフラと歩いていたら,「えっ,こんなのがあったの」と思うお店に出くわした。
 「トラベラーズファクトリー ステーション」。2017年4月27日にオープンしたらしいのだけど,ぼくは全然知らなかった。

● アンティークショップのような佇まい。あるいは,掘出し物があるんじゃないかと思わせる古書店のような佇まい。
 もちろん,狙ってそうしている。トラベラーズノートは革カバーにリフィルを挟む方式だから,長く使っていると味がでる。経年劣化とは無縁の世界だ。
 そんなに長く使われたんじゃ儲けが出ないんでは。そこはリフィルで儲けさせていただきますよ,ということだろう。

● トラベラーズファクトリーではペンも作っている。真鍮製だ。これまた,使い込んでいくと味が出る。使っていく中でできた傷も勲章。そういう趣になる。
 となれば,アンティークショップの佇まいは必然だ。ピカピカであっちゃいけない。

● 巧いなぁと思うんですよねぇ。ずっとここにいたくなる。トラベラーズノートを使う自分をイメージしてうっとりしてしまう。
 トラベラーズノートって安いものじゃないけど,買ってしまおっかなぁと思わせる。だってね,ここのサイトには「憂鬱な満員電車での通勤や通学さえも旅するような気分になれたらいいな。そんな妄想から,トラベラーズファクトリー ステーションの構想がはじまりました」とあるんですよ。
 ツボを押さえているというかねぇ。いやね,“満員電車での通勤や通学”で“旅するような気分”になんかなれっこないんですよ。無理にそういう気分にさせたにしても,そんな無理が続くわけがないんですよ。
 そんなことはわかってるんですよ。でも,「憂鬱な満員電車での通勤や通学さえも旅するような気分になれたらいいな」ってすごく共感するじゃないですか。

● 切符(硬券)の栞とか,懐かしのブルートレインのヘッドマークのシールなんかも売られている。
 けれども,まぁ,トラベラーズノートですよね。こんなふうに使ったらいかがですか,というサンプルの展示もあって,なるほどなぁと思う。こんなふうに遊べるんだったら,トラベラーズノートって全然高くないじゃん,とか思うわけですよ。
 したがって,問題は,ここまでトラベラーズノートで遊べるのか,俺,ってことなんですよね。

● 「TRAVELER'S TIMES」のNO.12と13と14があったのでもらってきた。「旅は,思考する。旅は,発見する。旅は,想像力を解放する。旅は,自らの内面をさらけ出す。そのすべてを受け入れ,ここに書き留めよ。」という標語(?)も格好いいけど,表紙の写真がね,巧いわなぁ。このイメージ戦略,統一感に乱れがない。
 これじゃあね,いくら安くてもダイソー版のトラベラーズノートは売れないでしょうね。いや,一定程度は売れるだろうけれども,トラベラーズノートユーザーを引き抜くことはできないでしょ。一度や二度はおもしろがって買うかもしれないけれども,それ止まりでしょ。トラベラーズノートの特徴はトンガリで,ダイソー版にはこのトンガリがないからだ。
 そこが“モレスキン vs ダイスキン”との違い。“トラベラーズノート vs ダイソー版のトラベラーズノート”はそもそも成立しない。

● ということで,トラベラーズノートを買ったのかというと,買わなかった。結局,貧乏性が足を引っぱるのだ。トラベラーズノートのイメージに吞まれたいと思うんだけど,貧乏性がそれを上回るのだ。
 いつも持ち歩いているダイスキンに書き留めよ,それでいいじゃん,と思ってしまうのだ。これって消費者として賢いのではない。跳躍力がないだけだ。困ったものなのだ。

2019年10月15日火曜日

2019.10.15 Googleカレンダーを試してみる

● 昨日はスマホのアプリをいくつかダウンロードして試してみた。ジョルテ手帳も。うまく行けば紙の手帳をやめて,こちらを専ら使おうかと思って。
 が,結局,アンインストールした。自分には使いこなせる自信がないというか。

● 忙しい人は紙の手帳でなければにっちもさっちもいかないはずだと思っている。デジタルなら予定表を共有できるとか言ってみたところで,あんなものは暇人の手慰みにしかならないだろう。
 ぼくは来年4月から仕事というものを持たない人間になる。そうなればデジタル手帳で充分だろうと思う。

● 要は手帳といっても予定管理をするのではない。予定などなくなるとまでは言わないけれども,たぶん頭で憶えていられる程度だろう。週に2つか3つ程度のものかと思う。
 なので,手帳はログを残していくために使う。特に,現在,紙の手帳に書いていることで,デジタルでも書き留めておきたいと思うのは,呼んだ本,見た映画,(WALKMANで)聴いた音楽のタイトルだ。

● で,その程度だったら,手帳アプリを引っぱってこなくても,スマホに最初から入っているGoogleカレンダーでできるかもしれない。これなら広告も表示されないしね。
 っていうか,実際にやってみたらできた。絶対に予定が入らない(普通は寝ている)時間帯の欄をメモ用に充てればいいのだ(ま,映画は実際に見た時間帯に記入すればいいのだけどね)。

● ログを残すのはGoogleカレンダーで問題なくできる。入力は主にパソコンでやり,スマホはビューワにするのがいいだろうが,細かな変更はスマホから行う。
 さて,どうしようか。今日からデジタルに替えようか。来年からにしようか。せっかく買ったダイソーのバイブルサイズの週間リフィル,使わない可能性が高くなった。100円だからいいんだけどさ。

● 一覧性は紙の手帳(マンスリーであれウィークリーであれ)が勝る。これは実感した。
 もうひとつ。デジタルで残す場合,始期と終期を厳密に入力しがちになるのではないかと思った。それだとログを残すこと自体が億劫になる。
 そこはむしろラフでなければならないと思うが,デジタルはラフであることを邪魔してくる。

● 細かくログを残したい人には,デジタルはピッタリだろう。何を食べたかとかね。写真も載せられるはずだから,料理の写真も一緒に残せる。
 その料理についての感想も書きたいだけ書いて保存できるだろう。完璧主義者には恰好だと思う。

● 気持ちはデジタルに傾いている。自分をもっとスマホに知ってもらって,5年後か10年後,話相手がスマホしかいなくなったときに,良い話相手になってもらうために。
 ま,こういうものは使ってみないことには始まらない。自分にも使えそうだと思えたこと。方法論が具体的に見えてきたこと。ならば,使ってみるかという。
 ま,そこまで構えて使うものでもないと思うが。


(追記 2019.10.16)

● と,ここまで書いておいて何なのだが,やっぱり来年も紙で行くことにした。しばらくいじってみたのだが,やはり一覧性の問題が引っかかった。
 紙なら文字の大きさも書く時点で任意に選ぶことができる。

● デジタルでログを残す作業はTwitterですでにやっている。さらにGoogleカレンダーにログを書いておくのもなぁ。
 Twitterですでにスマホには自分の好みや興味や時間の使い方は伝わっていると思う。Googleカレンダーを使うまでもなく,良い話相手になってくれるだろう。

2019年10月9日水曜日

2019.10.09 ダイスキンに復帰

● 中紙は50枚の百円ノート,昨日で使い終えた。23日かかった。紙はちょっと厚めで万年筆でも裏抜けの心配はないのだが,紙質を含めてダイスキンの方がいいかな。
 単に長く使っているから,感覚がダイスキンに最適化してしまっているだけかもしれないのだが。

● まぁ,ノートは何であれ,手書きで書くのは楽しいから,筆記自体が自分の趣味のひとつだと言いたいくらいなのだが,書いたものを保存しておくのはどうか。
 保存するに値するものは書いていないのは明らかだ。書いている本人が,自分の書いたものをすべて読み返さなければならないと言われたら,けっこうな苦役になると思っているから。

● 生前に処分しておかなければならないものはいくつもある。今住んでいる家もそうなのだが,書きためてあるノートもそうだ。たぶん,奥様より自分の方が早く死ぬと思うのだが,こういうものを残しては残された奥様の負担を増やすことになる。自分が死んだ後にノートを読まれるのは別にどうでもいいんだが。
 いずれはビニールテープで結わえてゴミステーションに持っていくことになると思う。書くことじたいに意味があって,読み返して役に立てるのは二義的な話なのだ。

● で,今日からダイスキンに復帰した。96枚のオレンジダイスキンを何冊か買いためてしまったので,これから使っていこう。
 使ってみると,ダイスキンが一番だなと実感する。横罫じゃヤダという人には,ダイスキンは選択肢にならないだろうが,ぼくのように横罫オンリーの人間には,ダイスキンは欠点が見当たらないノートだ。
 モレスキンを超える品質で百円なのだから,欠点のあろうはずがないのだ。

2019年10月6日日曜日

2019.10.06 原稿用紙と便箋

● 小山の駅ビルに「Can★Do」が入っている。そのCan★Doにしかないものではないと思うのだが,モレスキンサイズの原稿用紙があって。
 原稿用紙って,何か惹くものがある。その小さな原稿用紙を手にとってパラパラとめくってみた。

● もとより,使い途などあろうはずがない。原稿用紙を必要とする筆記ならパソコンでやりたい。あの原稿用紙を仮に使うとすれば,普通にメモ用紙としてだろう。
 それでも原稿用紙に惹かれるのは,作家やプロとして文章を書く人たちへの憧れがあるからか。子供時代は学校で原稿用紙を使わされた経験があるので,過去へのノスタルジーを刺激されるのか。

● あと,便箋。大学に入学してからの数年間,高校の友人と“文通”をしていたことがある。コクヨの安い便箋(書翰箋というやつ)を使っていた。
 その友人とももう長く会っていない。どちらかが家庭を持ってしまうと,男の場合でも疎遠になるものだ。
 彼はパソコンもスマホも使わないタイプなので,電話か手紙しか連絡手段はないのだが,こちらから電話をかけることはないし,かかってくることもない。今さら,初老の男どうしで文通でもあるまい。

● しかし,文具店に行くと.便箋や封筒も見る。どうもそっち方面に風が吹いているようなのだ。売場面積も増える傾向。遊び心いっぱいの便箋や封筒が並んでいる。おそらく,女性が買っていくのだろう。
 ノートは自分ひとりで使うものだから,実用性に問題がなければ何を使ってもかまわない道理だが,手紙は相手に届くものだから,何でもいいというわけにはいかないか。

● 便箋を使ってやってみたいのは,いろんな筆記具を試すことだ。ノートではPlaisir1本やり。時々,ゲルインクのボーペンも使ってみることがあるけれども,すぐにPlaisirに戻ってしまう。
 便箋だったらたとえば“ぺんてる”のプラマン,呉竹のレターペンなんかを使ってみたい。どちらも持っているのだが,目下,使う局面がない。

● それらを使ってみたいので,誰かに手紙を書きたい。ま,しかし,手紙を出す相手はいない。どうしてもといえば,自分に手紙を出すという手があるけれど。
 ノートに思いついたことやその日やったことを書くのと,自分に手紙を書くのとでは,趣がだいぶ異なる。何より,かなりこそばゆい。

● 書くとすれば,中学時代の自分にか。星雲の志に燃えていた(燃えていなかったか)社会人になったばかりの自分に書くか。
 おまえの人生,ぜんぜん大したものにならないから,あんまり自分を孤立させてまで自分の道を行こうとしなくていいよ,とか。老境にかかる頃にまさかという坂を転げ落ちることになるよ,とか。あんまり自分のことにかまけていないで,家族も大事にしてな,とか。自分の豆腐メンタル,神経過敏にけっこう苦しむから,図々しくいくことを心がけな,それって教養より大事だよ,とか。おまえより頭のいい人なんか佃煮にするほどいるんだから,あんまり頭で勝負しようとしない方がいいよ,とか。

2019年10月5日土曜日

2019.10.05 能率手帳への未練

● 宇都宮の東武百貨店に立ち寄った。東武ブックセンター(落合書店)の手帳売場で能率手帳をしみじみと見てしまう。
 先日,ダイソーのシステム手帳リフィルを買って,手帳選びは終わったはず。未練だぞ,俺よ。

● 右の写真,見づらいんだけど,デスクに秘書! なんてコピーもあってさ。30年以上もその秘書を使って来たわけでさ。
 糟糠の妻を離縁したというか,長年仕えてくれた秘書を馘首したというか,何だか切ない気持ちになってさ。

● どうしようかなぁ。ダイソー手帳はやめて,能率手帳をずっと使うことにしようかなぁ。
 といって,来年4月からぼくは完全引退の予定。仕事を持たない身になるのだ。時刻メモリが入った能率手帳をどう使おうというのだ。
 環境が大きく変わるのだから,手帳ももっとザックリしたものに変えた方がいいと思ったのだ。能率手帳を使い続けるのは,現役を引きずるようでイヤなのだ。

● 手帳は1年使うものなのだから,どれを買ったって安いものだ。世の中に高い手帳というのはないと思う。
 さあて,どうしようかなぁ。

● 東武ブックセンターに隣接して文具店が入っている。その文具店で「Bun2 10月号」をもらってきた。
 手帳特集なのだが,手帳はね,例年と同じというか,わりと情報量が少ない感じ。こういう手帳があるのはもう知ってるよっていうかさ。

● それよりもナカバヤシの折りたためるクリップボードに注目。A4をたたんでA5にして持ち歩ける。ゴムバンドが付いているので開かないようにできる。
 問題は使う局面がぼくにあるか。ないという結論。クリップボードは立って書くのに適している。逆に,机において使うものではない。立って書く局面が完全引退後の自分にあるとは思えない。

2019年10月2日水曜日

2019.10.02 来年の手帳はダイソー

● 仕事は来年3月で完全引退の予定。もしどこかから請われれば(請われないと思うけど)続けるかもしれないけれど,まぁ,もういいかなと。
 経済的には困窮しても,自分のやりたいことだけをやる生活に切り替えたい。

● 2つの潮流というか,対極的な考え方がある。
 ひとつは,年をとって定年退職を迎えるようになったら,君にできる最大の社会貢献は元気でいることだよ,というもの。
 医療だの介護だの,そういうもののお世話になるのは,現役世代の負担を増やすことになる。元気でいて現役世代の負担を増やさないのが,君にできる最大の社会貢献だ。

● で,元気でいるために最も効果があるのは働くことだ。働ける限りは働いた方がいいよ。朝起きる理由があるというのは,君が思っている以上にありがたいものだよ。
 仕事をしていれば社会との接点を保つことになるわけだし,若者(特に異性)と話をすることもできるだろう。君ね,20代の女性と話ができるなんて,仕事してなかったらあり得ないことなんだよ。
 惚けないためにも仕事をするのが一番。こんないいことはないんだ。おまけに,タダだってありがたいくらいなのに,給料までもらえるんだよ。

● もうひとつの考え方は,60~75歳は黄金の15年だというもの。後期高齢者になると自分の身体に何が起こるか,さすがに想定しにくくなる。何が起こっても不思議はない。
 しかし,75歳までは身体が動く。若者と同じようなわけにはいかないとしても,行きたいところには行けるし,食べたいものは食べられるだろう。しかも,第一線から退いて,背負うものも少なくなる。しがらみからも自由になれる。今まで生きてきたご褒美の時間だよ。

● その黄金の15年を仕事で埋めてしまっていいのかい。充実の手段が仕事しかないって,本当にそれでいいのかい。それはひとつの貧しさではないのかい。
 いや,君が後悔しないんだったら,いいんだよ,ずっと仕事をしていても。実際問題として働かざるを得ない人もけっこう多いし,その年で仕事があるというのはありがたいことには違いないんだしね。
 でも,本当に後悔はしないんだね。黄金の15年を仕事で埋めてしまう人生で。

● どちらがいいのか,正直,ぼくにはわからない。特段やりたいことがなくて,仕事をしていられればというのなら,そうすればいい。
 これはどうしてもやりたいという積極的にやりたいことっていうのは,正直な話,ないかな。どうしてもっていうことになるとね。
 ので,半分は逃げかもしれないんだけど,組織の中で仕事をするっていうのは自分が一番苦手なことかもしれず,その苦手なことを22歳のときからずっとやってきて,まだ続けている。もういいんじゃないかと思う。

● 相方はぼくより10歳若い。が,一緒に辞めると言っている。ので,可処分所得は4分の1になる。経済的にはキツキツになるが,お金じゃないよなとも思う。
 ま,多少の蓄えはある。月額13万円程度だろうが,年金も出る。年金制度が今のままなら,10年後には相方の年金も出る。
 というわけで,とにかく辞めちゃおう,と。

● やっとここから本題。ので,手帳も長年使ってきた能率手帳から,来年はダイソーの週間リフィル(バイブルサイズ)に変更する。それを今日,買ってきた。
 同じサイズの月間リフィルもある。マンスリーとウィークリーの組み合わせにもできるのだが,そういうことは今までもしてなかった。当然,来年も同じ。
 実際のところ,マンスリーでもウィークリーでもいいのだが,今までウィークリーのレフトタイプを使ってきたので,あまり落差の出ない1週間1頁(見開き2週間)のダイソーリフィルで行くことにした。

● ダイソーリフィルがずっとあるという前提で,あと4年間はこれを使おうと思っている。理由は単純で,保存用バインダーがあと4冊残っているからだ。無印のやつとかね。
 それらに所を得させるというか,買った以上は使ってやらないとっていうか,使い途を作らないとっていうか。

● 今までもそうだったが,予定を管理するのではなく,ログを残しておくための手帳だ。バーチカルなんていうのは,お忙氏にはいいだろうけれど,ぼくには無縁のものだ。
 月間リフィルを使わないのは,月の予定を一覧するという状況がそもそもないからだ。来年4月からは予定じたいがなくなるはずだ。
 週間をやめて月間のみにするのはありだ。要するに,「時間を積極的にデザインする」必要はない。記憶を喚起するフックを作っておくのが手帳を使う目的だ。

● ノートはずっと前からダイスキンだった。これで手帳も含めて,身も心もダイソーマンになるわけだ。
 自分が安くなったような気がする? そんなことはない。客観的にはこれ以上は安くなりようがないほどに安いかもしれないのだが,客観は置いておく。
 持ち物が安いからといって自分が安くなることは論理的にあり得ない。気分的にはあり得るだろうが,そういう気分になることを拒否すればいいだけだ。ダイスキンとダイソー手帳をエルメスのトートに容れて持ち歩くつもりだ。

● リフィルの強度や紙質に問題があるようには見えない。百円手帳でぼくはいい。
 ダイスキンとシステム手帳のリフィルに関しては,ダイソー製品に無印良品につながるものを感じたりもする。機能以外のものを削ぎ落としてシンプルな形状にすれば,こういう形になるよな,と。