● 若い頃は高価なモノを持ちたいと思った。文具に関しても,万年筆や手帳はけっこう高いモノを買った。
自己演出を考えてた? モノが自分を引きあげてくれると思った? 雑誌に載っているモデルに自分を重ねていた? いずれもあてはまると思う。
● ただ,昔は高級品と安物が歴然としていたように思う。品質と価格は比例するみたいな。だから価格で選べば間違いなかったっていう。
今はグローバル化のおかげかどうか,安くてもいいモノが出てきた。
● たぶん今でも,価格と品質の間にはしっかりと相関があるのかもしれない。わずかな違いに大きなコスト差が存在するのだろう。見る眼がある人は,価格差だけのことはあると納得して高い商品を使うのかもしれない。
ぼくにはそうしたレベルの違いがわからないから,価格だけで選んで,そこそこの品質で満足しているのかも。そうだと言われれば,たぶん,そうなんだろう。
だとすると,ぼくがPreppyとダイスキンを好むのは,まさにコスパに惹かれているからだってことになるんだけど。
● 今,高級品に惹かれないのはなぜか。若い頃にやって気がすんだ? ときに価格と品質が比例しないことがあって,それは文具にわりと多いとわかった? 自分を良く見せるということに関心がなくなった?
が,ペンとノートに関していえば,Preppyとダイスキンに不満がないからだ。ぼくにとってこの300円システムは鉄板だ。実質で満たされているので,文具にステータスを求めたり,自己表現のアイテムにしたりという,邪な発想がわかないのだと思う。
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