書名 じわじわくる文具
著者 松岡厚志
発行所 玄光社
発行年月日 2022.07.13
価格(税別) 1,800円
● 本というのはどんな分野のものであれ(といっても,教科書や学術書や実務参考書などは別だけれど),一夕の歓を尽くせれば,それで用を果たしたことになると思っている。要するに,読み物として面白ければそれでいい。
小説はもちろんだけれども,ビジネス書や自己啓発本も何を説いているかよりも,読み物として面白いかどうかの方が重要だ。
● 本書のような文具を話材にした書籍も同じであって,基本的に学び(具体的な知識や気づき)は求めていない。幸か不幸か,そこまでの向上心はない。読み物として面白く読めれば,それで結構。
で,本書は読み物として面白かった。著者が面白い人だからに違いなのだが,ああ,面白かった,と読み捨てることができる本は貴重だ。二度読むことはない。
● 学びは求めていないと言いながら不謹慎だが,以下にいくつか転載。
どうしてここまで黒が好きになったのか。(中略)黒には高級感があるから? 悪役のような格好良さがあるから? それもゼロではないけれど,一番の理由ははっきりしている。黒は「黒子」になってくれるからだ。(p50)
仕事が丁寧であることは,相手を思いやることでもある。(p60)
高い機能を備えながら,同時にデザインを両立させることは,言葉で言うほど簡単なことじゃない。(p72)
アイデアを求められるときがある。しかし思いつくのは,どれも凡庸なものばかり。なぜなら「かくあるべし」の枠を飛び出ていないから。(p76)
「昔からそうだった」というのは「自分の頃はそうだった」の言い換えでしかない。(p80)
商品とは何かの不便や不満を解消し,人の役に立つものであるという浅はかな思い込みを,自爆ボタンは見事に吹き飛ばしてくれた。(p95)
模倣品や類似品が出回ることは日常茶飯事で,オリジナルを初めて出したメーカーはいつも歯がゆい思いをしている。けれども模倣品は後発の強みを活かして改良していたり,開発費がかからない分,価格も抑えているから,お客さんにとっては都合がいい。(p100)
うまくいかないものに見切りをつけて決別し,新たな地平を血眼になって探す。それが「捨てる」であり,作品の強度を高める秘訣だからだ。多くのクリエイターがアイデア出しに使い捨てのコピー用紙を重宝するわけは,実はその捨てやすさにある。(p104)
アイデアは外の空気に触れたり,街の喧騒に身を置くことで生まれやすい(p104)
私が使う「時代を超えて変わらないもの」のひとつに,ぺんてるのサインペンがある。(中略)絶妙な太さで書かれた文字を見ているうちに,なんだか自信が湧いてくる。(中略)細いペンで頼りない文字を書きながら「自分はダメだ」と落ち込むよりも,太い字で「いいぞ」と思えたほうが調子も出るような気がする。(p116)
これまで商品の撮影現場で出合ったフォログラファーたちはみな,撮るスピードが早撃ちガンマン並みに速かった。(中略)それが実現できるのは撮りたい画を撮るためにはどうすればいいか,経験で理解しているからだろう。(p128)
特許を取得したとて,アイデア自体は保護されない。あくまでそれを実現する技術や仕組みが保護されるのであって,アイデアそのものに発案者の名は付かない。(p132)
紙と人類の付き合いは2千年もの長きに渡る一方で,大量生産され,自宅でも気軽に印刷できるようになったのはここ数十年の話。バッグの中で折ったり曲げたり汚したりして「人類は紙をまだ持ち運び慣れてない」と店主は語る。(p136)
世の中にはわかる人にはぐっとくる,わからない人にはさっぱりわからない趣味の世界がある。(中略)ただ文字を書くだけなら100円のボールペンでいい。その100倍以上の値段を出して,わざわざたくさんのインクを集めて手書きする面白さに理解が及ばない人もいるだろう。けれども沼を楽しむ人たちの,なんと楽しそうなこと。(p152)
じわじわくる文具って,なんだろう。(中略)ぱっと見ただけではわからないが,わかると一生使いたくなる文具。この「わからない」と「わかる」の間に時間差があるものを指す。(p172)
大量消費の時代はとっくに終わり,いいものだけを使い続ける適量消費が作り手,使い手双方にとって健全である(p174)
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