● Hi-uni を使っている。持ち方は独特の宇野流。こういう持ち方って,今どきの若者から始まったことじゃなくてね。昔っからあるんですよ。鉛筆の持ち方は最近乱れ始めたわけじゃない。
筆圧がどうたらこうたら,小さい頃からスマホをいじっているから指の筋肉がどうたらこうたら,なんて関係ない。昔から乱れている。
乱れているのが普通。いいと思うんです,それで。自己流に勝る正統なし。
● 乱れているというのを多様性に富むと言い換えても同じことだが,その多様性に耐えられない人が時にいる。多様性に正否というモノサシを当てて正の一色に染めたいと考えてしまう人だ。
多様性というのは散らかっているということだが,その散らかりに耐えられない。整理したいと思ってしまう。
整理するのはいいことだという世間一般の認知があるから,勇んで整理にかかろうとする。以上をひっくるめて,頭が弱いのだと思う。
● 乱れている=多様性に富む=散らかっている のが自然であって,自然を相手に喧嘩しても始まらない。
したければすればいいのだが,その矛先がこちらに向かってくると,迷惑なことこの上ない。
● もう一点。どうでもいいことをどうでもいいと見切れないところ。
専門家というのは(自称も含めて)些末なことにこだわることがある。自分が専門にしていることは重要なことなのだと思いたいんだろうか。分業化の最大の弊害はここだと思っている。
● バカには「総合職」が向いているのだ。分業化,専門化に逃げる方がじつは楽なので,バカほどそっちに行きたがる。バカでも務まるのは専門職の方であることを,バカなりにどこかでわかっているんだろうな。
そうして,どうでいいつまらないことで声をあげて,自分の存在価値を作ろうとする。騒々しい社会になる。

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