2013年3月1日金曜日

2013.03.01 JMAM手帳研究会編 『手帳活用パーフェクトBOOK』

書名 手帳活用パーフェクトBOOK
編者 JMAM手帳研究会
発行所 日本能率協会マネジメントセンター
発行年月日 2012.09.30
価格(税別) 1,300円

● 本書でも紹介されているが,手帳を使っている人の9割はスケジュール管理のためと答えているそうだ。

 自慢ではないが,ぼくの場合は,スケジュールを管理するのに手帳なんか要らない。小さめのカレンダーにチョコチョコと書いておけば足りる。さすがに寄る年波のせいで,頭の中だけですまそうとすると忘れてしまうことがありそうだけども,スケジュールを管理するのに手帳を使うのはいくらなんでも大仰に過ぎる。ぼくの場合は,ですけどね。

● でも,手帳はずっと使っている。はるかな昔は,当時は市販されていた新潮社手帳(ごく薄いやつ)とか,集英社の「PLAY BOY手帳」なんてのを使っていたこともある。けど,その後はずっと能率手帳。
 紙質もいい,目も疲れない,造本もしっかりしていて,安心して1年間使い続けることができる。おそらく,部外者にはうかがい知れないノウハウがぎっしり詰めこまれているに違いない。

● 途中からシステム手帳に替えてみた。といっても,「Bindex」ひと筋。A5サイズを使ったこともあるけども,ここ数年はバイブルサイズを愛用。リフィルはNO.011。要するに,中身は能率手帳だ。
 最近注目のバーチカルタイプなんてのは,ぼくには無用の長物。何せ,スケジュール管理に手帳を使っているわけじゃないから。

● スケジュール管理をしない? じゃ,手帳なんて要らないじゃん,と突っこまれそうだ。何に使っているかというと,はやりの言葉でいえば,ライフログを残すためってことでしょうか。日記がわりというか,その日のことをチョコチョコと書いておくわけです。
 仕事についても会議の名前程度は書いているけど,それよりも昼や夜に食べたもの,読んだ本のタイトル,CDで聴いた音楽の曲名,そういうものを記録している。それについての感想などは書かない。あくまで,外面的な事実だけを記録しておく。
 貼ることもよくする。食べたお菓子の包み紙を貼る。その日見たテレビ番組を新聞のテレビ欄から切り抜いて貼る。映画の半券を貼る。貼るのは好きだな。
 コンサートの半券は貼るには大きすぎるので,パンチで穴をあけて綴じこんでいる。システム手帳にこだわっているほとんど唯一の理由がこれで,コンサートの半券を残さないのなら,システム手帳などかさばるだけの邪魔ものに過ぎなくなる。

● 仕事関係は黒,プライベートは緑,読んだ本のタイトルは赤で書く。ページが黒っぽいとイヤな気分になる。仕事,嫌いだもん。緑が多いのが嬉しい。
 こうしておくと,記憶喚起力のある手帳ができあがる。数年前の手帳を取りだしてページをめくると,そのときの自分にすっと戻れる。
 当然,過去の手帳は捨てない。百円ショップで売っている保存用のバインダーに綴じて本棚(カラーボックスだけど)に並べておく。

● のだが。では過去の手帳を手に取ることがあるのかというと,これが笑っちゃうほどないわけですよ。だったら保存する必要ないでしょ。われながらそう思う。
 結局,何なんでしょうね。手帳に書いておくと安心する,その安心感を得るために手帳を使っているってことになりますか。馬鹿っちゃ馬鹿だよなぁ。

● というわけだ。ぼくの手帳の使い方はほぼ固定しているので,いまさら他人様のノウハウを知りたいとはあんまり思わないんですよ。
 でも,本書のような手帳本を読むのは大好きだ。手帳というモノがモノとして好きなんでしょうね。

● デジタルに対するアナログ手帳の優位性を強調するのは,本書の性格上,当然のこと。ただ,それを割り引いても,手帳の代わりをスマホにさせるというのは,ぼく的にはあり得ない。
 デジタルではコンサートチケットの半券を挟んでおくことはできないからね。スキャンすればいいじゃないかと言われるか。そこまでやれるか。

● こういうガイドブックには,でも,大きなお世話というか,それができりゃ苦労しないよっていうか,そんなことしないだろ普通っていうか,要は些末なことがらも書かれている。わかりきったことも書かれている。総花的ですよね。
 ゆえに,本書は読み流すべきものだと思う。雑誌のようにパラパラとページを繰って,目に入ってきたところだけを摘まみ読みすればいい。

2013年2月1日金曜日

2013.02.01 宇田川一美 『ちょいワザ文具術』

著者 宇田川一美
書名 ちょいワザ文具術
発行所 ポプラ社
発行年月日 2012.10.23
価格(税別) 1,000円

● 「毎日のシゴトがはかどるときめき★アイデア」が副題。百円ショップにある文具や台所用品を使った整理術の紹介,といった感じですかね。

● これはいいなと思ったのは,「手作りページストッパー」(p46)。リボンの両端に目玉クリップを結んで,開いた本のページをクリップで挟むという単純なもの。
 問題はふたつ。ページストッパーなんてそんなに使うものじゃないから,使わないときは机のひきだしにでも放り込んでおくことになるんだけど,けっこう邪魔だろな,これ。もうひとつは,やはり使わないときの姿がちょっと見苦しいだろうってことかなぁ。

● というわけで,実用書としてじゃなくて,ものの10分間で目を通せるから,気分転換を兼ねて発想の妙(あるいは,発想だおれの妙)を楽しめばよいと思う。


(追記 2013.02.10)

 ページストッパー,実際に試してみたんだけど,どうもうまくいかなかった。普通に事務用の丸文鎮(?)を2個買って,両方のページを押さえた方がいいみたい。

2012年12月1日土曜日

2012.12.01 奥野宣之 『読書は1冊のノートにまとめなさい』

書名 読書は1冊のノートにまとめなさい
著者 奥野宣之
発行所 ナナ・コーポレート・コミュニケーション
発行年月日 2008.12.16
価格(税別) 1,300円

● この本が出版された頃は「1冊のノートにまとめなさい」が流行っていて,この本もだいぶ読まれた。
 要は,読書ノートを作れってこと。それだけのためにノートを用意するんじゃなくて,メモ帳や日記も含めてすべてを1冊にまとめろ,時系列で書いていけ,ってこと。

● そんな面倒なことやってられるかと思って,もちろん,読書ノートなんてのを作ることは考えなかったんだけど,こうしてブログで記録を残すことを始めている。
 それが,この本を再読してみようと思った動機。

● 「読書ノートをベースにしても,外向けの文章を書くのはなかなか大変です。言い回しや構成を練るのはしんどい。思ったことを素直にブログに書いた方が,楽なことは確かでしょう。それでも,読書ノートを使って構成を練ってから書くと,アウトプットの質が上がり,より読まれる文になることは間違いありません」(p149)とある。
 そうなんだろうなぁ。だけども,ぼくもそうだけれど,たいていの人は「思ったことを素直にブログに書い」てしまっているようだ。したがって,文章として読むに耐えるブログってあまり多くはない。

● ブログってのはそういうものだと誰もが思っていて,だからこそ,これだけブログが普及しても,単行本と競合することはまずないだろう。
 ブログは,理屈としては世界に向けて情報を発信できるツールってことになるんだけど,実際には,書いている本人とごくわずかな仲間内しか読まない(ボログって呼ばれてる?)あらたまって「外向けの文章を書く」場ではなくて,普段着でチョコチョコ動き回るところになっている。

● 本から抜き書きをする場合,ノートに手書きで写すよりも(その効用は認めるとしても),キーボードでパソコンに打ちこむ方がはるかに楽。
 この一点だけでも,読書ノートを作るよりもブログをその代役に使った方が,長続きすることは間違いない。ブログだとわずかながら読んでくれる人がいるから,それが継続のモチベーションにもなるし,整理の手間が一切いらない。
 読んでもらうためではなく,自分のためのブログ。それでいいんじゃないのかと今は思っている。

2012年11月10日土曜日

2012.11.10 小日向 京 『考える鉛筆』

書名 考える鉛筆
著者 小日向 京
発行所 アスペクト
発行年月日 2012.04.06
価格(税別) 1,500円

● のっけに次のような文章が出てくる。

 なによりも,削ったあとに削りかすができるから鉛筆は楽しい。鉛筆は短くなる代わりに,削りかすという世にも美しいものに姿を変えるのだ。(p14)

● オタクだぁ。著者は女性なんだけど,女性にもオタクはいる,と。ま,いますよね,そりゃぁね。
 で,鉛筆削りによってどんな紋様の削りかすができるかとか,鉛筆の削り方とか,マニアックというかオタッキーというか,そんな話が続く。こちらとしては,どうでもいいんじゃないですかとツッコミを入れたくなりながらも,ついつい最後まで付き合わされてしまう。

● ただし,最終章「思考の流れを邪魔しない鉛筆」は,「知的生産の技術」論としても読み応え充分。ひとつだけ引用しておく。

 何度でもしつこく書くが,あなたの筆圧には限定値などない。筆記具に合わせてあなたは筆圧を調整すべきなのだから,筆圧が高いので○○○は使えない,のではなく,○○○は筆圧をかけずに使うものなのだからそう用いる,としよう。 (中略)主軸としたいのは筆圧に幅を持たせることで,そのことによって手にかかる負担は軽減され,もっと楽に多くの文字を書くことができる。楽に文字を書く方法が自分のものになれば,考えることもおっくうにならない。(p181)

 だったらパソコンを使えばもっと楽ですよ,とも思うんだけどね。これはまた別の話でしょうね。とっさの時のメモとりってパソコンじゃできないからね。

2012年9月19日水曜日

2012.09.19 海保博之 『仕事日記をつけよう』

書名 仕事日記をつけよう
著者 海保博之
発行所 WAVE出版
発行年月日 2012.04.15
価格(税別) 1,400円

● 仕事日記ってなんなの? 業務日誌とは違うの?
 著者(大学で心理学を教えている先生)が提唱する仕事日記とは,最初のページに自分の目標を書き,あとは仕事に関する諸々のことがらや,その時々の自分の気持ちを自由に書いていくというもの。

● なぜそんなことをするのかというと,メタ認知力を高めるためだ。内省ができるようになるため。
 たとえば,自分の駄目パターンに気づく。しかも,書いておくから数量的に把握できるし,駄目な理由も考えるようになる。

● たしかにね,こういうことをビシッとやっている人は,伸びていく人なのかもしれないね。ただ,言うほど簡単じゃないことはすぐにもわかる。

● 自分の1日の行動を分単位で記録するってのを1週間も続けると,自分に関する膨大なデータが蓄積されると思う。自分の意識とのズレもわかるはずだ。直すべきところ,省くべきところ,合理化できるところなど,いろんなことが見えてくるはずだ。
 問題は,たったこれだけのことをやるのが容易じゃないってこと。自分の行動を分単位で記録しておくって,それじたいが人間の自然に反することだからね。
 当然,ぼくもやったことがない。できるとも思わない。まして,仕事日記ねぇ。

● 「感謝の手紙」というのが紹介されている。同僚や部下や上司に助けられたことを思いだして感謝の手紙を書いてみるというわけだ(もちろん,出さなくていい)。
 こういうのって,けっこういろんな人が説いているような気がするんだけど,実際に書いたことがある人っているんだろうか。やってみれば癒し効果があるのかもしれないけれど。
 って,斜にかまえてちゃダメなんだろうけどねぇ。

2011年1月17日月曜日

2011.01.17 今年もバイブルサイズのシステム手帳

● 今年も手帳はバイブルサイズのシステム手帳。書式は能率手帳と同じもの(能率手帳じたい,いろんなタイプがあるけれども,ここでは最も古くからある古典的な能率手帳を指す)。バイブルサイズを使うのは通算で5年目になる。

● これを使った年はけっこういい年になっている。逆にA5サイズを使った年は受難の年になる。そういうジンクスがあるので,もうずっとバイブルサイズで行こうと思っている。

● もちろん,使い勝手もいい。ぼくは手帳をスクラップ帳としても使っているので(新聞記事の切抜きや映画の半券,食べたお菓子のラベルなんかを貼る),ある程度の大きさは欲しい。コンサートのチケットなんかも綴じこんでいるので,バインダーの方がいい。
 ちなみにいえば,第1ページ目はヨメとの結婚式のときの写真だ。写真を貼りかえるわけにもいかないので,その点からもバインダー式がいい。

● ぼくの場合,スケジュール管理だけなら手帳は要らない。カレンダーに書いてもいいし,ポストイットの付箋に書いて,机のうえに並べておくだけで足りる。
 実用のためになくてはならない道具ではない。あると楽しい玩具だ。それでいいと思っている。っていうか,その方がいいと思っている。

● 昨年度は自分の課に新入社員を迎えたのだが,その新採君にも手帳は必須だ,必ず自腹で買って使うようにと訓戒を垂れた。
 備忘のためのメモはともかく,自分の過去を記録して残しておくってのは,ぼくのみならず,相当割合の人たちにとって,腹が空けば飯を喰うのと同じように自然な行為なのではないかと思っている。

● シンプルだけれどもいろんな楽しみ方ができそうなこの玩具を,十全に活かして楽しんでいるとは思えない。ぼくの使い方はずっと同じだから,安定しているというか膠着しているというか,あまりフレキシビリティはなくなっているけれど,今年も1年間,ぼくの相棒を務めてもらう。
 ともあれ。今年もバイブルサイズ。いい年になればいいなぁ。

2010年11月25日木曜日

2010.11.25 伊東屋の渋谷店で手帳について考えた

● 用事があって渋谷へ。東急百貨店に文房具の伊東屋の出店があったので覗いてみた。ワープロ・パソコンが普及してから,筆記具というものを使わなくなった。文房具全般が自分には遠いものになったと思う。特に万年筆を使わなくなった。

● 手書きで文字を書くのは手帳くらいになっている。その手帳売場を丹念に見て回った。もう来年の手帳は購入済みなんだけどね。
 ぼくは日本能率協会が作る手帳を信頼しているようで,同社の能率手帳,バインデックス(システム手帳)のA5とバイブルサイズを取っ替え引っ替え使ってきた。システム手帳を使うときも中の書式は能率手帳のものに決めている。来年も(3年連続になるが)バイブルサイズのバインデックスを使うつもりでいる。

● ところで,まもなくスマートフォンを購入する予定だ。となれば,スケジュール管理はスマートフォンでやれることになる。だから紙の手帳とサヨナラできるかといえばそうはならない。手帳をスケジュール帳としてしか使っていないのであれば,デジタルで代替可能だけれども,たいていの人は手帳をもっと多彩に使っているだろう。
 スクラップブックにしていたり,スケッチブックにしていたり,雑記帳にしていたり,映画の半券やコンサートのチケットやショップカードを貼ったり綴じていたり,こづかい帳にしていたり,読書録を書いていたり。

● そもそも論をすれば,スケジュール管理にしか使わないのであれば,手帳は不要なのではあるまいか。手帳を使って管理しなければならないほどの予定を抱えている人がどれだけいるのだろう。たいていの人は脳内メモリで管理可能でしょ。せいぜい卓上カレンダーにちょこっと書いておけば足りるのじゃないか。
 それゆえ,手帳をスケジュール管理にしか使っていないというのは,かなり初歩的なところで手帳の使い方に問題ありってことにならないか。デジタルでそっくり代替できるような使い方をしていてはいけないってことだ。もっと楽しく使う方途を考えよう。