随処に主となれば立処皆な真なり。わかったような,わからんような。
● 宇都宮駅ビルの休憩コーナーに移動。市内の高校に通っている女子生徒が何人か勉強していた。
鉛筆を使ってる子はいないか。女子でもシャープペンかボールペンなんだな。鉛筆の子はいなかった。
幸せな時間だったと言いたいのだけれども,家の方が落ちつくね。
● 昨日からポケモン Campus を使っている。全9種。3月にメルカリでノートを買いまくる波が来てしまって,そのときに買ったものの一部だ。
1冊あたり367円の出費になっている。レギュラー Campus の4倍を投じている。ではあっても,1週間で使い切るのだが,1週間たっぷり遊べて367円なのだから安いものだ。
DAISO や Seria で110円で買えるレギュラー Campus は嘘みたいに安いのだ。こんなに安いものを使わなきゃ損だと思うのだがな。
● 手書きは安価でできて,飽きが来ない。したがって,一生続けられる趣味になる。個人的にはオススメだ。
誰にも見せるこたはないのだから,誰かに評価されることもない。好き勝手なことを好き勝手に書いていい。多時間消費型だから,毎日が日曜日になった老人組にこそピッタリの趣味になる。退屈からも自由になれる。
● 1日ノートを開いているのだから,1日何もしないで過ごすことになるわけだ。小学生の日記であれば,“特に何もなし” で終るのだが,老人組の場合はそうはならない。
何もしていなくても,脳は勝手に動くようだ。書くことが枯れることはない。
● 多少は自分と向き合うことになるだろう。自分と会話するというところまではなかなか行けないけれども,頭に浮かんでいることを,その表層だけだとしても,文字にして吐き出すことは,前頭葉への刺激になっているのだと思いたい。
肝はたくさん書くことだと思っている。上述のとおり,自分と会話するというところまでは辿り着けないのだが,そこに近づくためにはまず量を出すことだ。
● 毎日書いていれば,自ずと日記的雑記のようなものになるはずだが,今日はもうこれ以上書くことはないなとなってから,どれだけ吐き出せるか。
これで書くことがなくなったというところがスタートライン。そこからどれだけ粘れるか。
自分と対話するモードに入るのはそこからだ。前頭葉を刺激できるのも,そこからになるだろう。
● そのためには書く量の最低ラインを決めるのがいい。ぼくは1日に4枚(8ページ)書くことに決めている。
A6で4枚だから大したことはない? いや,けっこう大変ですよ。
● 「モーニングノート」はA4で3ページ書くのがルールらしい。朝起きたらすぐに書き始める。A6ならば12ページになる計算だ。それを出勤前に書いてしまうというのだから,畏れ入る。
それに比べれば,A6で4枚くらいチョロいものだろうか。チョロいと言える人もいるのだろうが,ぼくにはなかなかの難敵。どうにかこうにかクリアしているが,実際の運用は4枚目にかかればいいとしている。つまり,実質3枚。
● それでも,毎日それを続けるには,“毎日が日曜日” じゃないと辛い。会社に行かなければならない境遇にいたのでは,少なくともぼくにはできない。できれば2時間で片づけたいタスクだなとは思うものの,とてもとても。
だからこそ,老人組の格好の趣味になるというわけでもある。時間を持て余すという感覚を持たずにすむ。
● それで充分じゃないですか。それが非常に安価でできる。
その昔は,ノートも鉛筆も一般庶民では持てなかったものでしょう。それが湯水のごとく,水道代よりも安い値段で手に入るのだから,いい時代に生まれ合わせたものだ。ありがたいじゃありませんか。


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