たまに,トンボや三菱を使う子がいて,それはまだ見ぬ都会の風を運んで来るものだった。
● 自分の村には “よろずや” しかなかったけれども,隣の町には文具店があった。今から思えば小さな町の文具屋だったのだが,村の小学生にしたら別世界でしたよ。
憧れの聖地。聖地すぎて滅多なことでは入れなかった。当時は何も買わないで出ることがなかなかしずらい時代でもあったしね。
● その文具店もとっくに消滅している。聖地のあった町じたい,過疎化に苦しみ,人口も半減。町全体をすきま風が通り過ぎる。
昭和30年代にはトリスバーもあったんですよ。電電公社もあった。書店も3つあって,映画館まであったんですから。町を流れる川には屋形船が浮かんでいて,あの中で何をしているのだろうと,子供の想像を刺激したものでしたよ。
● でね,そのコーリン鉛筆にあまりいい記憶がないんだよね。学校の授業や勉強に使った(使わされた)ものにいい記憶があるって人はそんなにいないと思うんだけども,芯折れがあったり,芯と軸の接着が弱くて,書いてると芯が軸の中に潜り込んだりした。
現在の百均中華鉛筆の方がずっといい,と思ってる。
● “よろずや” の取扱いがよろしくなかったのかもな。“よろずや” は素人商売で,サービスなんていう概念はなかったしね。
何が言いたいのかっていうと,昔なんてロクなもんじゃなかったってことね。今の方がずっといい。民度,マナー,教養。そういったものを含めて,たぶん。
しかし,書き味ははっきり劣る。好みの問題の範疇ではないと思う。

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