2015年5月26日火曜日

2015.05.26 Preppyから出るとすれば

● Preppyをやめて,他のペンに移ることがあるかもしれない。その場合,候補として考えているのは次の3つだ。
 ひとつ目は,プラチナの♯3776センチュリー。理由はスリップシール機構。インクが乾かない。
 Preppyにも搭載されているところがにくいんだけど,Preppyがことのほか気に入っちゃっているのは,これも大きい。
 色はこだわらないけど,ターコイズブルーあたりか。

● ふたつ目は,パイロットのエリート95s。これは単純にノスタルジア。初めて持った万年筆がエリートSだった。中学生になったとき。
 ろくに使わないでダメにしてしまったんだけど,もう一度あの頃に帰りたい。帰ったうえで今度はキチッと使い倒したい。

● みっつ目は,やはりパイロットのキャップレス。ノック式の万年筆。これもすごい技術だ。死ぬまでに一度は使ってみたいかなと思っているんですが。

● 以上,いずれも国産品。万年筆に限らず筆記具は国産に限る。ただし,このあたりが何といいますかね,実利一辺倒というかね,堅実さが勝ちすぎるというか。
 国産品だったら品質に間違いはない。これはもう,圧倒的に信頼している。
 が,品質とか実用性とか,そういうもののほかに,使っていて楽しいとか,五感が刺激されるとか,そういうことがあるのだろう。で,そっちになると,ヨーロッパやアメリカの製品に面白そうなものがたくさんあるんでしょうね。

● 自動車と同じかもね。安心して乗れるのは国産車。燃費もいい。
 でも,総合的なバランスでは国産車に遅れをとるとしても,運転する楽しさとか,メカ好きを刺激する尖りがあるとか,騙しだまし乗らなければならないんだけど,そのことにすら魅力を感じさせるとか,そういうものはイタリアやドイツに一日の長があるようだ。

● が,そういう車を乗りこなせる,乗りこなしたいと思う人は,まぁ,マニアと言いますか,運転じたいを趣味にしている人といいますか,そういう人たちなんだと思う。
 車を移動の手段としてしか考えていない人は,普通に国産車に乗る。

● 筆記具にも似たところがあるように思う。筆記具じたいを愛でる趣味を持った人と,筆記具はあくまで字を書くための道具と心得ている人とでは,選ぶ筆記具が違ってくるだろう。
 ぼくは後者だ。

2015年5月25日月曜日

2015.05.25 ノートに手書き,を始めた頃を思いだす

● 2013年6月にノートに手書きで書くということを始めたとき,買ったノートはダイソーの「ペン差しカバー付A6ノート」だった。それにタダのボールペンで書いた。街でティッシュ替わりに配っていたやつ。
 で,ときどき,そのことを思いだす。何か不都合はあったろうか。何もなかった。

● 不都合などあるはずもない。書ければいいわけだから。今どき,百均だろうと拡販用の無料品だろうと,書くのに支障があるなんて考えられないわけで。
 でも,それから幾星霜(?)。結局,ノートはダイスキンに,ペンはPreppyに落ち着いた。

● 出発点がチープの極みだった影響はあるんだろうな。ノートは百均から出ず。ペンも有名な安価品。
 モノは人を表すとすれば,ぼくという人間もチープなのだろうな。モノがそれを使っている人を表すとすれば,ね。

● それでもいいやと,もちろん思っている。チープで何が悪い,ってね。

2015年5月24日日曜日

2015.05.24 プラチナの古いカートリッジインク

● プラチナの古いカートリッジが6箱出てきた。どのくらい古いかといえば,今のカートリッジは10本入りで400円(+税)だけれども,これは12本入りで200円。
 箱には「青インク」と印刷されているけれども,カートリッジ本体には「BLUE-BLACK」と刻印されている。

● で,Preppyにこのカートリッジを装着してみた。18本目のカートリッジになる。
 12本入り200円のときと今とで,成分や調合を変えていないなんてことはあり得ないだろう。今のカートリッジのほうが青味が強いように思われる。

● 装着してからすぐにカートリッジの中身が減った。インク漏れを起こしたわけではなく,バッファー部に吸収されたのだろう。
 Preppyを使い始めたときの1本目のカートリッジでも,これほどではなかったと思う。
 書き味には変化はない。

● 個人宅もさることながら,企業や役所の倉庫には相当眠っているのがあるのじゃないか。
 カートリッジはもちろんのこと密閉されている。それでも水分が蒸発して固形物がこびりつくようになっているのを見たことがある。
 そうなる前に,使ってやりたいものだ。

● といって,企業ではもはや万年筆を使う機会がなくなっているかもしれない。パソコンとボールペンでしょ。
 もったいないことだし,残念なことだけれども,死蔵されているカートリッジはそのまま死を迎えるか,ゴミとして捨てられることになるのだろう。

2015年5月23日土曜日

2015.05.23 スマホでパソコン並みの入力ができたら

● もしそんなことができるのだったら,今,ダイスキンに書いている雑記メモをスマホで入力して,メールで親しい友人にそっくり送ってしまうだろう。
 その友人には全部公開ってことになるんだけど,それでもたぶんそうするだろう。

● そうすると,ほどよくよそ行きになる。誰にも見せないのが前提で書いていたのが,多少は見られることを意識して書くことになる。
 が,意識しすぎたのでは,エンジンの回転数が落ちる。そこは全部さらしてもいいと思える友人だと都合がいい。

● うまい具合に緊張がかかる。その中にブログのネタがあったようなときは,そこからブログに持っていくまでの距離が縮まる(ような気がする)。
 パソコン並みの入力ができるスマホ。ぼくの夢の機器だ。

● ま,そういう友人はいそうにないから,自分あてにメールするか,Googleの「Keep」に保存していくことになるだろうけど。

2015年5月22日金曜日

2015.05.22 昨日の「大きなお世話」の続き

● まったく大きなお世話だった。
 第一,「ろくな文章も書けないくせに筆記具はモンブラン」という言い方には,モンブランは特別なものっていう含みがある。
 もちろん,ブランド代表としてモンブランをあげたわけだけど,モンブランを普段使いしていて,特別なものと思っていない人もたくさんいるに違いないものな。

● そういう人って,たぶん,ぼくとは住んでる世界が違う。ぼくは自分が属する世界の風景しか見えていない。で,自分が属している世界のありようが普通なんだと思っているわけだ。
 ひょっとすると,普通よりだいぶ下なのかもしれないけどね。

● ぼくは,ダイスキン+Preppyの組合せがよほど気に入っているのだろう。自分が気に入っているから,人にも使わせたくて仕方がない。
 モンブランなんかやめときなよ,Preppyがいいよ,と。

● ダイスキンがあるのに,なぜモレスキンを使う人がいるのか。Preppyがあるのに,なぜモンブランを使う人がいるのか。
 特に,ダイスキン。ダイスキンを一度使ったら,モレスキンに戻る気がしなくなると思うのだけど。

● 世の中には理解に苦しむ事象がある。それを多様性に富んでいるともいうのだろう。

2015年5月21日木曜日

2015.05.21 いつも持ち歩くメモ帳だったら

● A7サイズのセリスキンでもいいんじゃないかね。ダイスキンのA7は今はまず見かけなくなったけど,セリスキンならある。方眼もある。それをポケットにしのばせておけばいいやね。
 もちろん,ダイソーの3冊セットのリングノートでもいいんだけど。

● こういった局面で使うとなると,綴じがいいのかバラがいいのかは,ちょっと悩ましいなぁ。バラだったら,名刺型サイズの情報カードか,メモパッド。
 綴じがいいなら,やっぱセリスキンかなぁ。縦開きだったと思うんだけど,表紙が固いから普通に両面に書けるでしょうね。

● 筆記具はほぼ必然的にノック式のボールペンになるだろう。ボールペンなら万年筆ほどに紙を選ばないから,ノート(メモ帳)のほうは,機能を満たせば何でもOKだ。百均でいいかな。

● いい筆記具を使うと文章が上手くなるか。将棋でもいい盤と駒を揃えると,香車1枚強くなるなんて言うし。
 いいものは使い手の姿勢を改めさせ,それが結果に現れるということでしょうね。となると,上の質問の答えはYESでしょうね。

● いいものには幻惑効果もあるかもしれない。でもなぁ。
 安いものを使って生産性を上げているっていうのが,ぼく的理想。ろくな文章も書けないくせに筆記具はモンブランっていうのは,相当にみっともないように思う。そのみっともないマネを,昔,しちゃったことがあるわけだけども。
 使っている人には大きなお世話だろうな。もし,そういう人がいなくなったら,モンブラン,つぶれちゃうだろうし。

2015年5月20日水曜日

2015.05.20 『問題解決ラボ』の著者のノートの使い方

● 著者っていうのは佐藤オオキさん。新進気鋭の若きインダストリアルデザイナー。
 その佐藤さんが『問題解決ラボ』の中でノート(ノートブックじゃなく)について語っている。

● 紙はレシートの裏でも何でもいい。ただし,小さい紙を好む。
 大きいと,これがいっぱいになるくらいに書かなくちゃいけないのかとプレッシャーを感じるそうだ。

● 目下,メインストリームは次の2つかと思う。ひとつは方眼推奨。もうひとつは,大きい紙を使いなさいという流れ。思考の大きさは紙の大きさの制約を受ける,と。

● なかなか説得力がある。実際,そういうことはあるのかもしれない。
 が,小さい紙を何枚も使って書いて,テーブルに並べて・・・・・・っていう使い方もあるもんね。その場合は,ある程度広いテーブルを用意しろってことですかね。

● ともかくも,人によって千差万別。メインストリームがそうだからといって,それに乗らなくちゃいけないこともない。
 これが自分には快適だと感じられるやり方をためらいなく採用できるのも,たぶん,能力のうちなのだと思う。

● 切り離せない普通のノートは使わないらしい。メモパッドやカードを使っているのだろうか。
 ちなみに,付箋も使わないそうだ。糊があってゴミが付着するのがイヤだ,と。粘着力も中途半端だし。
 ただ,その要件(小さめのバラの紙)を満たしていれば,何でもいい。こだわりはない。ロディアじゃなきゃいやよとか,それはないらしい。

● 実際ね,そうしたブランドにこだわっている人の8割はダメなやつ,っていう仮説をぼくは持ってましてね(といって,こだわらないのがデキる人だというわけではない。たとえば,ぼく)。
 自分は残りの2割に入ると思っててもらえばいいんだけど。

● ある程度,頭の中で形になったら,メモは捨てる。いつまでも持っていない。そうなったあとは,頭の中に保持しているくらいがちょうどいいのだ,と。
 かっこいい。が,佐藤さんはまだ30代の半ば。10年後,20年後には違ったスタイルになっているかもしれない。

● 佐藤さんがここで取りあげているノートやメモは,あくまで仕事を進めるためのヒラメキやアイディアを書き留めたものだと思う。
 落書き的な雑記メモや日記のようなものは想定していない。っていうか,そのようなものは書いていないんじゃないか。

● 唐突に,理系=カード(紙片),文系=綴じノート,という仕分けをしたくなるんだけど,これは少々以上に乱暴だろうな。