2026年2月25日水曜日

2026.02.24 手書きの快

● Campus ノートの白紙を鉛筆で埋めていく。そこに快感がたしかにある。手書きの快感。
 大したことは書いちゃいない。書かなくても困ることは何もない。この快感を掠め取りたくて書いているのだろうかな。

● Campus でなくてもいい。鉛筆でなくてもいい。何であっても手書きの快感は掠め取れる。
 つっても,Campus より安いノートは百均ノートくらいだろうし,鉛筆より安い筆記具はどこぞで配っているノベルティのボールペンくらいのものだろうから,Campus と鉛筆を使うのが安上がりですむ所以でしょうけどね。

● 安上がりですむのが大事なところだと思っている。快感を掠め取るためには量を出さなければいけないからだ。
 ノートをたくさん消費することが,掠め取るための前提だ。たくさん消費するのだから高いノートでは困る。

● これは想像で言うのだが,たとえ貴方の年収が2,000万円であったとしても,この事情は変わるまい。
 気安く大量に使えるものでなければならない。Campus は質が良くて安いんだから,使わない手はない。

● 「書く瞑想」なんていうタイトルの書籍も出ているけれども,書くことには心を整える効果があることは間違いないと,ぼくも思っている。書いて吐き出すことの効果だ。
 しかし,吐き出し切るためには,もうこれ以上書くことはないというところがスタート地点になる。そこからどれだけ吐き出せるか。

● 意識下に沈んでいるものまで吐き出せないといけない。意識に上っているものは,意識下に沈んでいるものを引きずり出すための呼び水に過ぎない。
 そのためには,まず,意識にあるものをすべて吐き出すことが予備作業になる。その予備作業の過程で意識下にどれだけフックをかけられるか。それは神のみぞ知る。

● したがって,上手く行かないこともしばしばある。いや,上手く行かないことが常態だと思っていればいいのではないか。
 たまにズルズルと意識下を引きずり出せたと感じることがあるわけで,そのときは,これが書くことの醍醐味かと思うことになる。

● 巷の「モーニングノート」も pen-info さんの「瞬記」も,そこまで行かないと書く意味の過半はないことになるのではないかと思っている。
 ので,「モーニングノート」を毎朝やっていますという人がもしいたとしても,それは相当に凄いことだと思うのだけれども,意識下に到達できていないのであれば,週に1回か2回にして,1回あたりの排出量を増やしてみるのがいいのではないかと思う。

● そして,その作業を忙しい出勤前の朝にやるのは不可能に近いのではないかと,ぼくは思っている。それをできている人がいたら,それこそ神に近いのではあるまいか。凡人には到底叶わない技だ。
 だから,気張らず焦らず,気長にやるのがいい。短兵急にならないこと。

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