2025年1月17日金曜日

2025.01.17 Google カレンダーをやむを得ず使用中

● 手帳のリフィルを15日分までしか持ってこなかった。ので,Googleカレンダーにログを残している。
 帰宅後,手帳に書き移すつもりだが,入力が面倒くさい。不慣れで,効率的な入力方法があるのを知らないだけかもしれないのだが。

● Googleカレンダーは機能が盛り沢山な分,単純な記録には不向きなんだろうか。
 元々,Googleカレンダーは予定管理のためのもので,ぼくのように過ぎたことを記録しておくことは使用のされ方として想定されていないんだろうかね。

● 手書きでノートに書いている日記的雑記はポメラに置き換えてもいいかもしれないが,手帳は紙に限るなと思っている。
 テキストを淡々と入力するだけならデジタルでもいい。後の編集(加筆訂正)まで考えると,ひょっとすると,デジタルの方がいいのかもしれない。

● が,手帳に書く場合には,時間幅を線で引っ張ったり,内容によって色を変えたりする。これはGoogleカレンダーでもできるが,手数がかかる。
 マルで囲んだり,配置もわざとランダムにしたりする。このあたりになると,Googleカレンダーでできるのかどうか。

● 昔,「Sidekick95」を使っていたことがある。テキストエディタとカード型データベースの機能があって,それらを主に使っていた。
 スケジューラーとしてはあまり使わなかったのだが,「Sidekick95」なら紙の代替も可能かもしれないと思う。マイクロソフトの「Outlook」に抗しきれずに消えてしまったが,まことに悪貨が良貨を駆逐してくれたものだ。

● しかし,「Sidekick95」はパソコンで使うものだったから,どちらにしても手帳の代わりにはなり得ないものだった。スマートフォンというデバイスが登場して初めて手帳のデジタル化がリアルな問題になったわけだから。
 電子手帳はママゴト遊びにもならなかったし,シャープの「Zaurus」にはかなり惹かれたものの,手を出さずに終わった。好事家どまりに終わった感がある。
 iPhone と Android が出て,Googleカレンダーが登場するのを待たなければならなかった。

● デジタルの真骨頂のひとつに,スケジュールの共有化ができることが挙げられるが,その必要性に迫られているビジネスマンは言われるほど多くはあるまい。検索が可能と言っても,自分の過去の “予定” を検索する人がそんなにたくさんいるとは思えない。紙の手帳だって,捨てないで保存している人ばかりではないだろう。
 何が言いたいのかというと,手帳に関してはデジタル化するメリットはあまり見えないということね。

2025年1月16日木曜日

2025.01.16 おきなわ文具の博覧会

● ゆいレールの県庁前駅前にあるリウボウの6Fで「おきなわ文具の博覧会 mini」が開催されていた。一も二もなく覗いてみたんですけどね。
 この種の催事って,文具女子博を始めいくつもあると思うんだけど,ぼくは行ったことはないし,行ってみたいと思ったこともない。測量野帳と鉛筆しか使わない人間ですよ。そんな人間が行ってどうするんですか。

● が,たまたま行ったところでやっていたとなれば,話は別。どんなものなのか,行かないからこそ見ておきたい。
 百貨店での催事のゆえか,入場料はなし。

● 自分が時代に添えていないことは自覚している。自覚しているつもりなのだけれども,全然足りなかったかもしれない。
 と思わせられましたよ。何せ,出品されているのが,ぼくが想定する文具とは全然違うものなんですよ。マステ,スタンプ,シール・・・・・・。何と言うのか,名前すら知らないものもあるんですよ。
 この世界に “実用” という概念はない。そんなのも眼中にないと言わんばかりだ。
 というか,これらは文具なのか。文具という範疇に属するものなのか。

● レターセット,伝言カードといったものも,ぼくの生活シーンには登場しない。伝言カードなんてポストイットでいいんじゃね,と思っちゃいますよ。
 最初はへぇぇぇと思ってたんだけども,そのうち頭がクラクラしてきた。どうでもいいと言いたくなる用途に,大枚をはたいてこういうものを使うんですか,令和の皆さんは。

● 皆さんと言っても,女性だね。女性の皆さんは,と言い換えましょう。
 入場者も9割以上は女性。なるほど,文具女子博になるわけだ。
 その女性たちは年齢を問わず,入っている。10代から(たぶん)60代までまんべんなく。何なのかね,女性は世代の壁を軽々と越えるんですかねぇ。

● デコとコラージュ。これが “文具” が使われる2大領域のようだ。今の文具は “知的生産” のための道具ではなくて,“センス” を競うための手段になっているようだ。
 と言うと,別に競っているわけじゃない,愉しいからやっているだけだ,と返されると思う。さよう然り。文具は遊びに供されるものになっている。時間つぶしに使われるもの。梅棹忠夫などもはやお呼びじゃない。

● 知識とか教養と呼ばれるものも,実際の受け止められ方はだいぶ変わってきてるんでしょうねぇ。従前通りの捉え方しかできないと,嘲笑の対象にされるのかもしれないねぇ。
 大学なんてのも行く価値があるかないかという以前に,存在するんだから使い捨てればいい,価値なんかあろうとあるまいと,という対象になっているのかね。使い捨てるにしては少々お高いけど。

● ぼくがどうにか喰らいつけたのは「ぷんぷく堂」くらいのものだった。「半分鉛筆」を購入。
 ハーフサイズの鉛筆が6本。440円。メーカーは不明。軸の太さからするとトンボかと思うけど,わからない。わからなぬても支障はないわけだが。
 ハーフサイズのいいところは最初から補助軸が使えること。難点は鉛筆の美観を失っていること。鉛筆の美観は17cmという長さが醸しているところがある。

● あと,フエキくんの測量野帳2種。たぶん持っていると思うのだが,在庫管理なんてのはやっていないから,すでに持っているのと同じものかどうかわからない。だったら買っておくか,と。
 1冊748円。レギュラー野帳は286円だから,高いっちゃ高いよね。こういうものは。その高さに見合った使い方をする(できる)わけじゃないからなぁ。
 と考えてしまうこと自体が,時代に添えていない所以なんでしょうなぁ。

● 他に,栞も買った。429円。革紐は外して使う。
 もうひとつ,シールも。図案は少女群像(?)。何種類かあったけど,全部を買うわけには行かず,1種類だけ。550円。
 これは測量野帳の表紙に貼るつもりだが,シールもずいぶん買ったので,全部貼りきれるかどうか。

● というわけで,何がしかのものを買って,この展示会に参加できたという安堵感(?)に浸っているが,それは半分で,あとの半分は,つまらないものを買ってしまったという気分なわけね。
 これだから,昭和原人というのは度し難い衆生ということになるのかもしれんね。

● 出展者(社)を列記しておく。
 TO-MEIHAN &colors ant! ant!! ant!!!
 Atelier PONTA Biscuit forme
 Hütte paper works
 KESHIGOME KANNO KiKiKoKo
 nemunoki paper item Panda factory
 Pavilio かよくらふと シイング
 嵩山堂はし本 フロンティア
 文具の博覧会✕mizutama ぷんぷく堂
 Honey Style AIUEO alittlemini
 BUFFET STYLE cobato COMO
 KNOOP WORKS Krimgen
 matushita sachiko PRIMAL PRESS
 ア・ラ・カル堂 大枝活版室 てるふく商店
 トビマツ ショウイチロウ パピアプラッツ
 ペーパーストーリー みんなのはんこ工房
 ヨハク

● 以下は沖縄に拠点を置く人たち。
 LETTER STAND lolo 福木カフェ・商店
 MEGU WAZOUSKI シマノネ
 asamoya works 吉田千呂留 島しまかいしゃ
 絵本作家sava 中村活版印刷所

2025.01.16 トラベラーズ手帳

● ダイソーで補強パッチを買おうと思ってね。補強パッチと言うのかどうかは知らないけど,A5 6穴バインダーに綴じているリーフ(コピー用紙)の穴が破けないように補強するやつね。
 いろんなものを両面に貼るので,コピー用紙に開けた穴はすぐに破けてしまう。補強が必要。

● なぜいろんなものを貼るのかと言うと,“旅するように日常を生きるため”。トラベラーズノートのテーゼを手帳でやろうと思ってるんですよ。
 旅するするように日常を生きるにはどうすればよいか。形から入る。普段はやらないけれども,旅行中はやることは何か。その “何か” を普段からやればいい。

● ぼくの場合は,チケットや御当地モノの包装紙などを保存して貼ることだった。
 昔は,チケットは写真と一緒にアルバムに貼っていた。が,デジカメが当たり前になると,写真はデジタルのままにしておくようになり,アルバムの出番は消えた。

● チケットも写真を撮ってデジタル保存でいいような気がするが,何もかもデジタルというわけにもいかない。
 デジアナ混在だが,その部分はノートよりも手帳で受けとめるのがいいような気がする。自動的に時系列で残すことになるからだ。

● それゆえ,ノートは綴じノート派だが,手帳はシステム手帳に限ると思っている。いくら厚くなっても困らない。
 ノートや手帳を太らせるという言い方があるが,綴じの場合は太らせると言っても限界がある。綴じてある手帳の中紙では足りなくなるかもしれない。

● 本当は何を残して何を捨てるかを,その都度,編集した方がいいし,無意識に取捨選択はしていると思うのだが,残すのを原則にすると,1年の終わりには相当な分厚さになる。
 いくらでも台紙を増やせるシステム手帳が,トラベラーズ手帳には向く。

● 「シールはがし液」なんてのもダイソーにはあったんですね。知りませんでした。ぼくは何でも手帳に貼るので,これは便利かもしれない。
 コンビニやスーパーで売っている総菜のラベルがうまく剥がれないことがあってね。そういうときに役に立ってくれそうですよ。

2025年1月14日火曜日

2025.01.14 鉛筆メインの筆箱は持って来なかった

● 鉛筆メインの筆箱ではなく,今まで使っていたペンケースにコクヨの Campus Junior Pencil(0.9㎜)と鉛筆シャープ(0.7㎜)を入れて持ってきた。
 鉛筆を使うにはいくつかの周辺機器が必要になるが,自宅の筆記環境を持ち出す場合,最も問題になるのは鉛筆削りだ。ハンドル式の鉛筆削りを持ち出せれば問題ないのだが,そんなことはできないから,携帯用の手回し式になる。
 結果,削った後の芯の長さも角度も違ってくる。1日や2日ならいいのだが,それ以上になると少々耐え難いという結論。

● 鉛筆削りと無関係なシャープペンに頼るのが合理的。理に合わせた方が楽だ。
 そこをこらえて鉛筆にこだわると,“面白い人” になれるのかもしれないけどね。面白いというか,ユニークな人ね。
 せっかく携帯用のハサミや修正テープも揃えたんだけども,鉛筆筆箱の出番は少なくなりそうだ。

● というわけで,使うことがあるのかと自分でも半信半疑で買った0.7㎜の鉛筆シャープを使っている。B罫には一番シックリ来るかも。
 0.7㎜が細字,0.9㎜が中字,1.3㎜が太字,といったイメージなのだが,変わるかもしれない。主流になっている0.5㎜が細字,0.7㎜が中字,0.9㎜が太字,になるかもしれない。下手すると,0.3㎜が細字,0.5㎜が中字,0.7㎜が太字になったりするかも。こういうのは慣れだからね。

● 0.5㎜が主流になっているのには,なっているなりの理由があるのだろう。シャープペンは相当な高級品を別として,中高生がメインユーザーだろう。彼らの多くが支持しているのなら,間違いはないかもしれんな。
 一部の跳ねっ返りより,大衆の叡智に従う方がよろしい。大衆は気づいていないが,自分だけはわかっている,なんぞと思っているようでは,その時点で棒にも箸にもかからない大バカ野郎なんでね。跳ねっ返り≒大バカ野郎 でよろしいか。

● 鉛筆党の党員をやめて,シャープペン党に転向するるわけではない。自宅では鉛筆。
 シャープペンは出先で緊急避難的に使うもの。

2025年1月12日日曜日

2025.01.12 ぺんてる のサイドノック式シャープペン

● 先日,ANGERS 丸の内店で買った,ぺんてるのサイドノックのシャープペンは,ダイソーにもあったんでした。0.5㎜のもの。
 ANGERS で買ったものと並べてみると,こんな感じ(右の写真)。写真の上のがダイソー版。先端のガイドパイプ以外はオール樹脂になっている。

● サイドノックの「ピアニッシモは1996年に発売され」「国内の年間販売本数が800万本を超える大ヒット商品でしたが,2008年に惜しまれながら終売となりました」とぺんてるのサイトにはある。
 自動的に芯が出る(あるいは,振るだけで芯が出る)製品が登場し,それらに押されての引退だったのかもしれない。

● 2020年8月に限定復活したらしいのだが,その復活品が現在でも販売されているのかどうかは知らない。
 が,そのピアニッシモとダイソーで売られているものが,どうやら同じ製品のように見える。復活ピアニッシモは200円だったようなのだが,それがダイソーで100円で買えるということ。
 ただし,色は写真の1色しかダイソーにはなかったけどね。

● 安く買えると言っても,それはキッチリと使った場合のこと。目下のところ,使うアテはない。使わなければ100円であっても無限に高い。
 ではなぜ買ったのか。それがわかるくらいなら,こんなに使わない鉛筆やらボールペンやらを溢れさせるようなことにはなっていないわい。

● ところで。ダイソー版の商品袋には「一秒も無駄にしない 持ち替え不要のサイドノック」とキャッチコピーが印刷されている。
 1秒も無駄にできない局面は,しかし,受験生の受験本番くらいしか想像できない。それ以外にそこまで切羽詰まった状況に追い込まれることがあるだろうか。
 この伝で行くと,削らなくてはいけない鉛筆など,無駄だらけのように思われる。

● 駆逐艦か航空母艦のように,徹底的に無駄を省き,効率と合理を追求すると,リアルに生産性が上がるかといえば,そういうわけではない。まともな大人の常識だろう。
 残念ながら,人間は無駄を喰って生きてるようなところがあって,無駄を完全に削り取ってしまうと,栄養失調を通り越して窒息してしまうものだ。効率を上げるためには適度の無駄はむしろ必須であって,サイドノックが「無駄」を省くだけの装置でしかないのなら,さほどの支持は得られまい。

● このシャープペンがそれだけのものなのか,それ以外に何らかの快を提供するものなのか。
 実際に使って検証してみるしかないが,さてその検証に到れるかどうか。

2025.01.12 クラフツマンは消えるのか

● 川崎アザレアにある Standard Products。北星のクラフツマンの売場をチェックするのが習い性になってしまっている。
 左の3列はすべてF。右の3列は5B。3Bと4Bと6Bが後ろの方に隠れている。
 HB〜2Bがない。一番の売れ筋をなぜ置いとかない?

● 桜木町駅前の「コレットマーレ」の5階にも Standard Products が入ってた。こちらも似たようなもんね。
 ただし,ここには12硬度セットがなかった。セットを切らせている店舗には初めて遭遇。
 クラフツマンを置いてない Standard Products なんて意味ねーじゃん。と思う鉛筆派は,絶滅危惧種なのかい。

● 宇都宮東武百貨店7Fの StandardProducts。左側がF。3B,4B,5B,6Bと並ぶ。依然として,HB〜2Bがない。
 どうやら補充はされない雰囲気。クラフツマンのない鉛筆生活に耐えられるか。

● って,耐えられなくはない。北星には9606があるのだし,トンボの2558,MONOもある。三菱の巨人,uniもある。
 クラフツマンは元々,描くための鉛筆を標榜しているのだから,ぼくのように無粋に書くだけの人間には,そもそもがオーバースペックなのだろうし。

● 色鉛筆はね,イケイケドンドンの気配なんですけどね。“描く” をテーマに据えたいんですかね,Standard Products としてはね。
 “書く” だと少々以上に弱すぎるのかもなぁ。

● Fも1箱買ってある。まだ使っていないが,とりあえず試してみよう。
 北星のFは三菱のHBくらいじゃないかと思うんだが,もしそうなら,残っているFをかき集めておこうかと思う。

● 帰宅後,Fを確認。Fでも充分に行ける。間違いなく,三菱のHBに相当する感じ。クラフツマンの滑らかさを味わいかつ愉しむのに,格別の障害はない。
 かといって,硬度別に選ぶことができなくなるのは,憲政の常道から外れることになるよなぁ。憲政の常道だよ。

2025.01.12 消しゴム付き鉛筆について

● トンボの2558と消しゴム付き木物語。価格はどちらも70円だから,百人が百人,2558を選ぶと思うんだけど,木物語のエコっぽさに惹かれる人もいるのかね。
 現に消しゴム付きの木物語が製造されているのは,買う人がいるからだもんね。

● 木物語は消しゴムの有無で20円の価格差。この価格差は大きいね。が,メーカーや販売店はこの価格差をキチッと取れてるか。難しいだろう。
 三菱だと9800と9852が同じ芯で,価格差はやはり20円。しかし,普通の文具店なんだけど,9852を60円で販売しているところがある。トンボ2558は70円なのに。

● してみると,ダイソーで売られている,このアイボール製消しゴム付き鉛筆はどういうことになる? 1本25円。消しゴムを装着するコストが20円だとすると本体は5円?
 という単純な話ではあるまいけどねぇ。よく成り立ってるよねぇ。いや,単体では成り立っていないのかもしれないけどね。

● ぼく一個は鉛筆に付いている消しゴムの有用性をあまり感じていない。鉛筆をクルリとひっくり返すより,単体の消しゴムを摘む方が早い。
 それ以前に,消しゴムは使わないですませる算段をした方がいいものでもあるよね。描く場合はそうもいかないだろうけれども。

● 消しゴム付き鉛筆が有用性を発揮するのは,見え消しで対応するわけにはいかない場面で使う場合だ。典型的には,児童生徒が試験の答案を書くような場合。
 大人になるとそういう場面が消える。それが大人になることのありがたさの最たるものかもしれない。せっかく大人になったんだから,消しゴムは極力使わないことにしよう。

● というわけで,北星9606やトンボ2558と同等で,消しゴムの付いていない鉛筆はないものか。ぼくが知らないだけであるのかもしれないが。