2026年9月17日木曜日

2026.09.17 川崎の地上の楽園

● 地上の楽園といえば,青森の魚市場の「お休み処」を第一に挙げたいのだが,川崎にも地上の楽園がある。
 楽園の構成要素は3つ。ノート,鉛筆,それを使うことができるテーブルと椅子。つまり,ノートを広げることのできる場所を地上の楽園と呼んでいる。

● 川崎に来て,ミューザの隣のホテルに泊まっているのだが,このホテルの3階にラウンジ(多目的室)があって,ここがまず地上の楽園になる。
 ここに滞在している間,最も長い時間を過ごすのがここだ。以前は川崎の街を精力的に(?)歩いたりもしたのだけれども,たぶん川崎に対する目線が川崎市民(川崎区民)と同じようなものになってきていると思う。街を歩き回ることはしなくなった。

● この楽園の問題が1つだけある。夏の間だけの問題なのだが,冷房が強すぎて,南極化していることだ。
 冷房を強めにしてくれとのリクエストがあったのかもしれないが,南極に長くいることはできない。暖を求めて外に出ることになる。

● ノートと鉛筆は持ち歩けるから,問題はテーブルと椅子だ。できれば無料で使えることが望ましい。というか,無料でなければ楽園にならない。
 しかし,戸外にも地上の楽園はある。よく探せば楽園だらけ。まず,ラゾーナの5階外廊だ。ここに格好の休憩所がある。

● 昼時にはここで弁当を使う人もいる。ホームレス諸氏のオアシスにもなっている。
 そのホームレス氏を見ていると,何もしないでジッと座っている。禅の三昧の境地に入っているようだ。神々しい。

● 3番目の地上の楽園はミューザの隣のホテルの隣にある広場だ。ここにテーブルと椅子が置いてある。風が強いことが多いので,椅子が飛ばされないように重りをつないでいる。
 どういうわけか,ここに長くいたことはない。風があるとちょっと書きづらいってこともあるけれども。

● 以上の意味での楽園は自宅にある。自宅に籠もることは楽園に籠もることだ。わざわざ楽園を外に求めることもあるまい。しかも,筆記環境は外の楽園よりずっといいのだ。
 が,ずっと自宅に籠もったままだと気分が塞いでくる。移動の効用というのがたしかにある。移動先で自宅にいるときと同じことをする。悪くないと思う。

● と言って,ひと頃,ノマドという言葉が流行ったけれども,ノマドワークを実践するには,金銭的なことはひとまずおいても,相当な体力が必要だろう。メンタルもタフじゃないといけない。
 人が一所に定住するようになったのは狩猟や遊牧から農業に生活手段が移ったからだと言われるが,それだけではないと思う。一所定住の方が楽だからだ。
 ホモ・サピエンスは東アフリカで誕生し,グレート・ジャーニーを経て地球上の各地に散っていったわけだが,グレート・ジャーニーの過程で多くの人が死んでいったことだろう。したくてグレート・ジャーニーをやったのではないと思う。

● 旅行が楽しいのも帰るところがあるからだとはよく言われることだ。ずっと続くものではなく一時的な私的興行だから,旅行は楽しいし,何度も行きたくなる。
 行った先では当事者になることがない。よそ者でいられるから責任が発生しない。そういう気楽さがあるからでもあるのだが。

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