2020年8月21日金曜日

2020.08.21 測量野帳を13日間で使い終えた

● 9日から使い始めた測量野帳(LEVEL BOOK)を使い終えた。13日間で1冊。中紙40枚の薄型ノートとはいえ,13日でいっぱいにするとは,なかなか書いたものだな。
 このブログもそうだけれど,大したことは書いちゃいなのだけどね。どうでもいいことをダラダラと長く書いているだけなのだけど。

● でも,4月以降,手書きする量が激減して(その代わり,TwitterのTweetが増えた),もう手書きはやめてもいいかと思わなくもなかったので,そこからするとV字回復だ。
 7月に入ってからはポツポツとながら続くようになっていたので,それが加速したという感じですかね。測量野帳に替えてから書く量が違ってきた。
 ただし,弊害もあるよ。1日の最も長い時間をこの書く作業に使ってしまうことになるからだ。

● どうも体が測量野帳を嬉しがっているような気がする。意識には上がって来なくても,体が反応するってことがあるんだろうか。
 ダイスキンは安価で使い勝手が良くて,こんないいノートはないと思っていたけれど,体は測量野帳を良しとしているという感じ。
 単に,目先が変わった結果の一時的な現象かもしれないんだけど,ずっとダイスキンを使ってきて厭きてきたというのとは違うような気がしている。

● 自分が何を書いているかを顧みれば,高価なノート,高級なノートは要らない。筆記やその後の保存に支障が出るほどの粗悪さでは困るけれども,実用性を満たしていればそれだけで充分だと思っていたし,今も思っている。
 ダイスキンは100円だけれども,実用性においてモレスキンに劣るところはない。が,測量野帳に比べると気分が上がらないのも確かだ(くどいようだが,一時的な現象かもしれない)。
 ちなみに,モレスキンは二度使ったことがあるが,二度とも意気は上がらなかった。

● 野帳に特有の何かがあって,体がそれを感知しているんだろうか。それを相性と呼ぶのか?
 が,野帳を使うのも,今回が初めてではない。そのときも,2冊程度で他に移っている。ずっと使い続けるということにはならなかった。
 思いだした。過去にもこういうことがあった。ノートを替えたら書く量が増えて,快走感を覚えたこと。ダイスキンから無印の「開きやすいノート」に移ったときだ。ノートでこんなに変わるんだと思ったのではなかったか。
 しかし,やはり「開きやすいノート」を使い続けることはなく,ダイスキンに戻ったのではなかったか。

● しかし,今のところは,野帳を広げて何か書きたくて仕方がないという感じが続いている。ダイスキンは本妻,他は側室としても,この側室とはけっこう深い付き合いになりそうな気がする。
 果たしてどうか。流れに任せてみようと思っている。生身の女性ではなくノートのことなのでね。

● にしても。測量野帳は文具店で買っても231円。コクヨの通販サイトで買えば,150円程度のものだ。安いと言っていいだろう。なのにこのルックス,この品質,この使い勝手。
 与謝野鉄幹の「妻をめどらば才たけて 顔うるはしくなさけある」という歌詞の「才たけて顔うるはしくなさけある」という形容を測量野帳に与えたくなる。

● ところで,この「人を恋うる歌」は詞の調子だけでできている。内容はいたって幼稚に思えるのだが,そういう時代だったのだろうか。あの頃の日本は,血気にはやる青年時代だった。
 今どき,「結婚するんだったら,美人で頭が良くて情がある女性がいいですねぇ」という若者がいたら,「おまえ,自分のことを考えたことがあるのか」と一喝されるだろう。
 女性が独身で生きていくことが難しかったゆえ,男は自分を忘れて夢を見ることができた。そういう時代がいい時代だったとは思えない。

● 次は何を使おうか。在庫はどっさりあるのだ。選り取り見取りだ。
 方眼には苦手意識があって経験しているんだけども,方眼ノートもたんとあるぞ。野帳の SKETCH BOOK,NOLTYのメモティ,ほぼ日の方眼ノートなどなど。

● まぁ,しかし。野帳に替えて調子が出ているのだから,調子が出る何かを野帳は持っているのだろう。同じ LEVEL BOOK を続けて使うのがいいだろう。
 9日に LEVEL BOOK を5冊買っているんだしね。

● 世の中にはトラベラーズノートだけをずっと使い続けている人,Campus一本の人,ずっと野帳の人,といったこれひと筋という人が,たくさんいるのだろう。
 そういう人を尊敬する。手帳は毎年同じものでいいのだが,ノートはどういうわけか,そういう具合にならない。

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