2024年7月16日火曜日

2024.07.16 時代の違い?

● リウボウ7Fにあるカルトレリアと美栄橋駅から徒歩3分の丸善以外にも那覇に文具店はあるはずだが,この2つの大手チェーン店にしか行ったことがない。
 で,丸善那覇店。丸善の品揃えはさすがに大したもので,あとは百均があれば,ぼくならすべての用が満たされる。

● 実用性だけをいえば,コンビニの狭い文具売場で充分とも言える。街の文具店は消えるしかなかったものだ。接客もまるでなってなかったし。
 文具店や書店が減ったことを悲しむというか嘆くというか,昔のパラダイスを懐かしむ声を聞くことがあるのだけれども,百均やコンビニを文具店として数えるべきだぞ。

● 吸い寄せられるように学童用品の売場へ。トンボの入学祝いセットがあった。
 もし,当時の自分が小学校の入学祝いにこの鉛筆セットを贈られたら,小躍りして喜んだと思う。今の子はそうでもないような気がする。

● いや,やっばり今の子も喜ぶだろうかね。どうだろうかな。
 就学年齢になっていれば他のお楽しみツールがけっこうあるようになっているんじゃないかな。特に,インドア志向の子に向けてのものは。
 もしそうなら,時代の違いだねぇ。

● 時代の違いと言えば,これもそうだな。いわゆる “往年の名画” のDVDセット。10枚組で1,500円だったり1,800円だったり。
 これじゃ名画座は成り立たない。お金を取るわけに行かないもんね。名画座が消えたのは,こういうものが登場するはるか以前だけれども。

● というか,こうした格安DVDもあまり売れていないだろう。Amazon Prime や Netflix であらかたすんじゃうもんなぁ。
 サブスクのあとにはペンペン草も生えない。

● サブスクが残したものは色々とあるが,そのひとつが “ブツとして残ってしまうことを忌避する気持ち” ではないかと思っている。自分がそうだからかもしれないのだが。
 つまり,DVDやCDが溜まっていくのを耐え難いと感じるようになった。観るなり聴くなりして用がすんだものは,いったん消えて欲しい。また視聴したくなった時に現れてくれればいい。
 ので,だいぶ前にすべてリッピングして,ブツは処分した。

● 書籍も,リッピングはできないが,読んだものは処分。残さない方針。また読みたくなったら買い直せばいい。今はそれが可能だ。
 かつ,読み返す本は自分が思っているほど多くない。100冊に1冊もない。ぼくの場合は,ですけどね。

2024年7月15日月曜日

2024.07.15 羽田空港でカッターを没収された

● 川崎から羽田空港へ。那覇に向かうため。ここでチョンボをやらかした。
 手荷物検査で引っ掛かっちまったんですよ。ミニカッターをペンケースに入れてたんですよ。それが没収の憂き目に遇ったってことです。

● 以前,ハサミが問題になったことがあったので,ペンケースは預ける方に入れてたんだけども,今回はハサミだけを預ける方に入れて,ペンケースは持ち込んじゃったんですよ。
 そのミニカッター,じつは一度も使ったことがない。念のために入れてたやつでした。ので,カッターの存在自体が頭になかった。

● ハサミは刃渡りが短いものはOKなんだけども,カッターは全部ダメです。小指より短いものでもダメ。
 気をつけてくださいね,皆さん。

● でもね,何でこんなものを買ったのかな,と。日光のファミマで買ったものなんだけど,使うことはないことがわかっているのに買ってるんだよね。
 何かに使うこともあるかもしれないと思って買ったのか。ペンケースのアクセサリーとして買ったのか。どうもよくわからない。

● 実用性では普通サイズのカッターに及ばないだろうし,使うシチュエーションとして何を想定していたのか。
 バカですな。小さいモノに惹かれるってのはあるんですけどねぇ。

2024年7月14日日曜日

2024.07.14 コクヨの Campus Junior Pencil

● 川崎はミューザの隣のホテル。3階のラウンジ(多目的室)が自分の居場所と心得ている。自分の居場所があるホテルはいいホテルだ。
 ここも外国人に占領されることが増えているのは,むしろ喜ぶべきだと思っている。日本にいながら日本人であることの孤独を味わえるんだからね。

● 今回は鉛筆(とその一族)は置いてきた。缶ペンケースに鉛筆一族を入れて持ち歩きたいよ,という幼児的願望に突き動かされて色々とやってみたんだけれども,どうも上手く収まらないので諦めたんスよ。
 ハサミを除けばいいんだけどね。除いちゃえばよかったかな。こんなの,入れとく必要ないかもな。

● 缶ペンケースにもいろいろある。二段になってるのもあるし,大きいサイズのもある。
 ぼくは学童に近づきたい,学童が使っているものを自分も使いたい,と思っているのだけど,ならば大きいのを使うのが学童に近づく所以であるかもしれない。
 けど,缶ペンケースといえばこのサイズという刷り込みもある。

● とまれ。コクヨの Campus Junior Pencil で測量野帳に何やら書いているのだが,数ヶ月鉛筆を使い続けて鉛筆に慣れてしまってみると,鉛筆型の軽いシャープペンでも鉛筆に及ばないことを体感する。
 かすかにブレるんだよね。ホントにかすかなんで,それを気にされたんじゃメーカーが気の毒だとも思うんだけどね。

● ただし,鉛筆を使った後に使うと,そのかすかが気になり出す。
 このまま20分か30分も使い続けていると慣れると思うんだけど。鉛筆の記憶が身体の外に出るというかね。

2024.07.14 アトレ川崎の有隣堂を覗く

● 川崎に来たので,文具店巡りでもしようか,と。アトレの有隣堂 → 東急ハンズ → Smith → ラゾーナのLoFt → 丸善。
 ところがね,買うつもりはないんだからね,そんなに回れるわけがないんでした。東急ハンズでもういいやとなりましたよ。“買うつもり” がパワーの源でしょ,何だかんだ言って。

● これは有隣堂で見かけたミドリのコーナー。MDノートとガラスペン,インクが並んでた。
 「インクと紙があれば」に続く言葉は何ですかね。世界は完結する。天下に敵なし。退屈は退散する。
とりあえず浮かんだ言葉を並べてみた。
 鉛筆と紙があれば,でも同じこと。お互い,安上がりの趣味を持ちましたなぁ。

● 有隣堂で最も目立っていたのは岡崎弘子『愛すべき文房具の世界』。「有隣堂しか知らない世界」で有名人になり,固定ファンも多いと聞く。今や,菅未里を凌ぐ文具界の顔じゃないかね。
 この業界は,メーカー人は基本的に寡黙で,販売人が顔を売る。

● けれども,高畑文具王の『人生が確実に幸せになる文房具100』も不発だったんじゃないかな。文具を紹介する書籍を売るのは,文具を売るより難しいようだ。
 シーサー氏の YouTube は人気だが(アンチも適度にいる理想的な状態),すでに峠は越えた感がある。

● この分野で正しい情報など求められていない。「正しい」情報というのが,そもそも存在するのかという疑問もある。
 特に YouTube での情報発信は,エンタメとして成立していなければならない。「有隣堂しか知らない世界」が成功したのも,この要件を満たしているからだ。ブッコローの中の人の功績が大きい。

● エンタメであるためには,適度に短いことは当然として,画面がクリアであることや話し手の声質がいいことなど,求められる要件はいくつもあるが(シーサー氏の動画はこの2つを見事にクリア),どれだけ熱を込められるかが重要になるだろう。
 内容は偏っていても構わない。いや,構わなくはないが,決定的な失点にはならない。

● 書籍と YouTube は同じではないが,基本はやはり熱量でしょ。岡崎さんのこの本はどうなんだろうか。

2024.07.13 A5システム手帳は重すぎるが,「貼る」のに便利

● 今年から手帳をバイブル薄型(ウィークリー)からA5(マンスリー)に替えたんだけど,重量が数倍になった。デカくて重い。泊まりの外出に持って出るのはすこぶる億劫。
 ので,それ用に樹脂製の軽い薄型を買っている。出かけるときはこちらで,というわけなんだけども,リフィルの移し替えが面倒だ。数十秒ですむんだが,その数十秒に耐えられず,重いのを鞄に突っ込んでいた。

● が,そこまでの横着はいかんでしょ。で,移し替えたんだけども,そうすると最初からこっちを使ってればいいじゃんってなる。そうすれば移し替えの手間も要らない。
 母艦と遊撃艇を分けるのはだいたいダメなんだよね。戦争してんじゃないんだから。

● パソコンもそうだ。家に置いておく母艦とモバイル用を分けると,たいていうまく行かない。モバイルにも使えるものをメインでも使うようにした方がいい。
 今どきは,クラウド利用があたりまえになったし,スマホで事が足りるので,この問題は消滅したんだけど。

● ちなみに,手帳を Google Calendar にしようと考えたことはない。デジタルだと「貼る」ができない。
 手帳に貼っておきたいものが出るんスよね。写真で残しておけばいい,ではすまないもの。

● チケットの半券のなんかは写真でいい(現物は捨てる)。展示会の目録も同じ。こういうものはスキャナアプリで写真にしておけばいい。
 手帳に貼る代表は鉛筆のダース箱だな。展開してA5コピー用紙に貼って,手帳に綴じ込む。箱のままにはしておかない。写真を撮って捨ててしまうわけにはもっと行かない。

● あと,写真で残すほどではないものだな。そういうのは現物を手帳に貼っておくしかない。
 たとえば,お菓子の包み紙とか,買った商品のラベルとか。こういうものが,記憶喚起に威力を発揮したりするもので。

● 手帳をA5に替えたのも,「貼る」にはバイブルよりもA5の方が向いてるからだ。
 重量のことはあるけれども,重いのは家にいる限りは問題にならない。齢を取ってくると,否応なくステイホームが増えるだろうと踏んでのことだ。

● 幸いにしてまだ動けるので,そちこち出歩けている。重くて持ち歩くのが億劫だと愚痴をこぼせるのも,出歩ける元気がまだ残っていることの証左だとすれば,億劫よ,ありがとう,と感謝しなきゃいけない。

2024年7月12日金曜日

2024.07.12 ヤフオクやメルカリへのアクセスは程々に

● 昔の鉛筆はメルカリよりもヤフオクの方に掘出しものが多いような気がする。店仕舞いする人が在庫処分するのに利用する際には,ヤフオクが好まれるらしい。
 タダ同然じゃん,送料のみの負担でいいの,と言いたくなるものが結構ある。競り上がっていくこともなさそうな,入札≒落札 と思えるものね。

● 昔の鉛筆も使ってみたいから,片っ端から入札したくなる衝動にかられるのだが,そんなことをしたら置き場所にも困ることになる。
 第一,すでにぼくの余命はそんなに長くはないはずなのだ。不治の病を抱えているとかじゃなくて,年齢から計算してね。残り一生分に必要な鉛筆の少なくとも20倍はすでに手元にある。

● モノ自体は安く手に入るとしても,同時に使用責任も背負い込むような気がしてね。上に述べた状況からして,その責任はとても果たせない。
 という,生真面目で視野狭窄なところがあるもので,涎を流しつつ諦める。
 よって,こういうものにアクセスしないように心がけようと,今,思ったところ。

● ところが,世の中には街の鉛筆研究家みたいな人がいてさ。ヤフオクやメルカリで昔の鉛筆を手に入れて,ダース箱の文言や図案の違いや変遷を見つけて愉しそうに語る人がいるわけですよ。
 それを 𝕏 なんかで披露しているのを読むと,仲間に加わりたいなぁとか思うわけね。

● けれども,それはコレクターへの道に踏み入ることでもあるわけで。
 結果的に要らないモノまでアレコレ買い込むのは仕方がないとしても(恒常的にやっちゃってる),意図してコレクションに走るのはなぁとも思う。アンビバレントなわけですよ。

● というのは大袈裟で,ぼくは基本,文具に使用価値以外の価値は認めない。文具のコレクションに走るのはイージーに過ぎると考えている。
 その拠って来たる所以は,ぼくの貧乏性,育ちの悪さであろうと思うんだけれども,やはり,ヤフオクの出物をチェックするなんてことはあまりやらない方がよろしかろうと思う。

● 使い切れないモノまで所有してはいけない。所有は最小限度に留めること。
 それを個人憲法の第1条に置きたい。断捨離というのは敗戦処理みたいなもので,断捨離を必要としない状態を維持することが肝の心であるはずなのだ。

2024年7月11日木曜日

2024.07.11 ジョイント工法

● ジョイント工法を採用したリサイクル鉛筆。三菱鉛筆の9800EWはその代表的な製品だが,EWの付かない9800もジョイント工法っぽい。そんなことはない?
 むしろ,ジョイント工法が一般的になっていて,伝統的な製法で作られたのは贅沢品になってるんじゃないか。

● いや,ジョイント工法でいいんだけどさ。ジョイント工法と伝統的な工法で書き味に違いが出るとは思えないのでね。
 よほど精巧な触覚を持っている人ならば,ジョイント工法だとちょっと硬く感じるよ,とか言うのかもしれないけれども,鉛筆の書き味はほとんどは芯に依存する。工法の違いによる差がもしあったとしても,芯の違いに吸収されて,それを識別するのは不可能だ(と思う)。

● いや,待てよ。EWの付かない9800は伝統製法ですかね。2枚の板を貼り合わせているっぽくも見えるな。シカとはわからないけど

● はっきりと貼り合わせがわかる鉛筆の方が,使っていて何となくホッとするところはある。ぼくだけのことではないと思う。
 あれは何でだろう。子供の頃に使っていた鉛筆がそうだったから? それもあるのかもしれないけれど,ジョイント工法というのがよくわからないからだとも思う。

● 言葉で説明されればなるほどそういうものかとなるのだが,ではその製造過程を具体的にイメージできるかというと,ぼくの頭脳ではなかなか難しい。
 いろんな形の木材を上手くつないで,そこに芯のための一本の直線の溝を掘るというところが,どうも上手くつながらない。バカでごめん,と言うほかないんだが。