2023年10月21日土曜日

2023.10.21 宇都宮にあるレトロな看板

● 𝕏 で右の写真を何度か見かけた。宇都宮にこんなのあったけな,どこなんだ,と思ったわけですよ。
 昔の文具店が廃業したあとも看板をそのままにしてるっぽいじゃないですか。なら,昔,文具店だったところに違いない。

● ところが,それが間違い。昔のものをそのままにしてるんじゃなくて,レトロを狙ってあえて掛けたらしいんでした。
 伊東屋と月光荘の正規販売店という,これまたレトロな金属板が,入口に貼られている。それも本当に正規販売店を証するものなのか,オブジェとしての意味しかないのか,ぼくにはよくわからない。

● この看板が出ている店は雑貨屋さんですかね。文具店ではない。文具もあるのかもしれないけれど,Tシャツが並んでいたりする。ちょっと入りづらい感じね。
 いやいや,ひょっとしてコーリンやヨット鉛筆も置いているのかもしれないから,一度入って確認した方がいいかねぇ。

● 場所は大通りだ。二荒山神社の近く。
 数えきれないほどこの前を通り過ぎている。けど,この看板は目に入らなんだ。いつも俯いて歩いてるからですかね。

● ちなみに,コーリンもヨットも実需を大きく超える量を生産してしまったようで,今でもメルカリやヤフオクなどで比較的容易に入手できる。ぼくも,こんなにどうすんのよと途方に暮れることができる程度の古鉛筆を集めてしまった。
 が,現在生産されている鉛筆を使うべきだよね。なぜなら,今どきの鉛筆のほうが質がいいからだ。黒鉛の分野にも技術革新はあるだろう。あえて,昔のものを選ぶ理由はないはずだ。少なくとも,実用性の観点からは。

● 世の中とは,人生とは,自分とはこういうものだ,という大枠の見方や,何を大事にするかという価値観は,思春期の後期(高校生くらい)でほぼできあがるものだろう。放っておくと,そこで停まったままになる。
 自身が成長期だった頃の佇まいを残すものを “趣がある” とか “ホッとする” とかいう言い方で肯定し,その後の変化に対応しているものを,“ありきたり” とか “個性がない” という言い方で否定しようとする。そう感じるのは時代の変化に自分が対応できていないからだ,とは考えない。

● 脳は昔を向きたがる。自身の成長期の世相を良しとしがちだ。ということはつまり,それ以後の変化を否定することでもある。過去に安住している方が,脳は楽だから。
 レトロ志向が潮流になることがあるけれども,それはつまり脳が怠慢を決め込んでいるからだと考えれば,まず大きくは外れていないと思う。
 それはノスタルジーでしかないのだが,ノスタルジーに対抗するには最低限のインテリジェンスを必要とする。時代に沿うのはけっこう以上に難しい。

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