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2025年9月28日日曜日

2025.09.28 SNS はすべからくスナップチャットであるべし

● メールをはじめ LINE もそうだが,ネットの効用の1つに言った言わない問題を消滅させたことがある。文字でやりとりするのだから,証拠が残る。
 ただし,SNS でそれは不要だと思う。SNS はすべからくスナップチャットであるべし。投稿のすべてが24時間以内に消えて欲しい。自分のも他人のも。

● その方がリアルに近づくし,“映え” などという本末転倒が跋扈するのを防ぐこともできる。ネット自殺も減るんじゃないか。
 ところが,日本を含むアジア各国ではスナップチャットを全く受け容れないらしいのだな。過去が消されるのを嫌がる。ストックを重視するということか。

● が,SNS ってストックを操作するには向かない。それをしたいなら,それに相応しい手段がある。
 ひと昔前のブログとか,ふた昔前のホームページとか。今なら「NOTE」とか。

● 𝕏 も24時間で消えるのをデフォルトにしてくれんか。
 自分のポストをそうするためのアプリがあることは知っているが,面倒なんだわ。

● なぜこんなことを言うのかというと,𝕏 に上がってくるポストの9割以上は一度見れば充分なものだからだ。それらがいつまでも消えずに残っているのは,すなわちゴミを溜めているのに等しい。
 発信者にとっては決してゴミではないのだろうから,一番いいのは発信者の手元にだけ残るようにして,受信者のTLからは消えるようにしてくれることだが,それが難しいのであれば,等し並に消えるようにしてほしい。

● 理由はもう1つあって,こちらの方が深刻だ。これはぼくだけのことかもしれないのだが(したがって,おまえの自助努力で解決せよと言われるかもしれないのだが),一度見れば充分なはずのポストを何度も見てしまうのだ。自分が上げたポストも含む。
 ポストはどんどん溜まっていくから,古いのは下に押し下げられて,スクロールを繰り返さないと読めなくなるわけだが,あえてそれをしてまで読んでしまうのだ。それで浪費させられる時間の長さは甚大だ。

● 自分のポストもゴミであることは,重々自覚している。
 ので,ぼくとしては自他のポストのすべてを24時間以内に自動的に削除してくれるとありがたい。

2022年7月14日木曜日

2022.07.14 Twitterはメモアプリ? 2

● 備忘メモ用にと思って超小型のノートを買っても,結局使わないで終わる。なぜかといえば,その種のメモはTwitterで残すからだ。
 Twitterに上げるわけにはいかないようなドロドロしたことは,普通のノートに書いておけばいい。即座にメモしないと忘れてしまうようなものではないから。

● メモ用ツールとしてTwitter以上のものがない。Google Keep やLINEの Keepメモは使い勝手がTwitterに劣る。いいメモアプリがあれば,Twitterは読む専用にしてもいい。
 「Day One」というのがあることを最近知った。が,Windows版がないのと,実質的に年額3,800円の有償制とあってはちょっと手が出ない。

● 使い勝手のいい無料アプリはないものか。ググるといくつが出てくる。こういうのって,AndroidよりiPhoneの方が対応アプリが多いんですな。Android版はないというのがけっこうあった。
 もうひとつ。どうも中華製が多いような気がする。中華製アプリが必ず悪さをするということではあるまいが,TikTok なんか色々言われているのでね。

● 一番いいのは,Twitterに新しいアカウントを鍵付きで作って,それをメモ専用にすることかもしれない。メモ専用なんだから誰もフォローしない。フォロー数もフォロワー数もゼロで使う。Twitterが何か言ってくるかな。
 でも,通常版とメモ専用版の2つのアカウントを作って,1つの端末で切替えながら使うなんて面倒くさいことをする人はいないだろうな。ぼくもそんなことをする気にはならないや。

● クラウドベースのメモツールでいいものはないか,気にかけておくことにしよう。
 いや,気にかけるといっても,最も有名なのは「ツイメモ」というアプリなんでしょ。見た目も使い勝手もTwitterそっくりという。Android版もiPhone版もPC版もある。
 スマホにインストールしてみた。ツイート後の編集までできる。これはTwitterにも付けて欲しい機能なんですがね。

● ただし,このアプリで書いたメモは端末に保存されるんですかね。PC版もあるとはいっても,同期は取れないっぽい。スマホで書きためたものをPCで開いて手直しするなんてことはできないようだ。
 結局,現時点ではTwitterを継続使用することにしたけれども,ツイメモ,スマホで使うメモツールとしてはかなり快適に使えるんじゃないかと思う。

2022年6月18日土曜日

2022.06.18 Twitterはメモアプリ?

● 東京ソラマチのLoFt。メモマルシェ,いろいろ考えるものです。
 メモをきちんと録れている人はどれくらいいるんだろう。百人にひとりはいるんだろうか。だいたい,メモ帳とペンを携帯して,いつでも書ける態勢を整えている人ってね,あんまり見ないよね。

● ぼくも考えるだけは考えることがあった。ロディアの No.11 や,ダイゴーの「jet-ace」や「すぐログ」を買ったりもした。携帯用の小さいペンも何本か買った。
 が,使いやしない。充分に自己嫌悪に堕ちることができますな,これは。

● なぜか。メモを録ることが本当に必要だと思っているのか。頭に浮かんだ思いつきややらなきゃいけなかったことは,その都度メモしなければいけないほどの価値があるのか。
 と,思っちゃっているからというのがひとつ。

● しかし,それ以上にロディアや「jet-ace」を身に付けておくことが難しいからだ。サラリーマンが会社に行くときなら上着のポケットにでも入れておけばいい。が,オフでフラフラしているときはポケットのないTシャツを着て過ごしていることも多いしね。
 鞄に入れてしまったらもうダメだからね。鞄の中をゴソゴソ言わせて取り出すという手間が入ってしまっては,絶対と言っていいと思う,書くという行為に至ることはない。

● もうひとつ,大事なことがある。じつはメモは録っているのだ。
 スマホで録っている。Twitterはメモアプリだ(SNSではなく)と心得ている人が多いんじゃないか。

● メモアプリなら,LINEのKeepメモ(自分あてにLINEしておくもの)や Google Keep がある。それらも使ってはいるんだけれど,メインのメモアプリはTwitterだ。写真も扱えるメモツールとして最も使いまわしがしやすいのはTwitter。
 人様に読まれるかもしれないのもいい。多少の緊張感を強制される。だから続くのかもしれない。

● ということなので,人に渡すことを前提にしたメモ以外は,もうスマホでやっているかなぁ。
 と思って,自分のツイートを見てみると,何だこのメモは,と思うことになるんだけどねぇ。

2022年2月13日日曜日

2022.02.13 凍結されてた Twitter が復活した

● 昨年8月末に Twitter のアカウントを凍結されてしまった。詳しい経緯(お粗末の一席)はこちらのとおり。
 ところが,2日前(11日)に復活した。パスワードのリセットで復活できたんだけども,何だか狐につままれたような気分。

● 狐につままれたような気分で2日間過ごしてみると,そもそもどういうきっかけで復活したのか,記憶がアヤフヤになっている。歳のせいかとお笑いください。
 もうすっかり諦めていて,凍結された Twitter を立ち上げることもなかったのだが,なんかの拍子に立ち上げたんだよね。で,どうにかナンネーノカナーと思ったわけですよ。
 凍結されたときにもヘルプセンターに SOS を出したんだけども,また出してみようかなぁと思って,何か書いて送ったんですよ。その何かが何なのかは忘れたんですが。

● ら。Twitter から,パスワードをリセットしたら,と言ってきた。で,リセットして新しいパスワードを設定した。次に暗証文字列が送られてきて,それを入力することによってパスワードの設定が完了する。
 凍結されたキッカケになったのもこれだった。その暗証文字列がケータイの SMS で送られてくる。だけど,そのケータイ番号はもう使っていないものだから,暗証文字列を受信することができない。そうこうするうちに凍結されちゃったよ,というわけなんでした。

● が,今回は(ひょとすると前回も同じだったのかもしれないけど),ケータイの SMS で受けるか,登録してあるメールアドレスで受けるか,選択できたんですよ。
 当然,メールで送ってもらった。めでたくそれを入力できた。パスワードの設定が完了。したらば復活,ということになったわけなんでした。

● いやぁ,嬉しかったですよ。小躍りしたくなるほどでした。
 Twitter は実質的には2016年の2月から始めているんだけども,日誌的なメモは Twitter に上げていたので,約6年分のメモと写真が消え失せたわけですよ。
 Twitter だけだと6年前には遡れない。が,Twilog を併用すれば,Twilog からすべてを見ることができる。Twitter が凍結されると,Twilog も開けなくなる。Twitter が復活したので Twilog も見ることができるようになった。

● 当然,復活したアカウントで Twitter を続行しようと思ってたんだけど,なんだかシックリ来ない。半年間の断絶があるんですよ。こっちに戻ると,その半年分の自分のつぶやきを参照できない。
 ので,せっかく半年近く放置せざるを得なくなったのだから,このまま放置することにした。つぶやきは,凍結を受けて作った新アカウントでひっそりと続けることにした。気分としてはフォロワーとかいなくていいよって感じなんですよ。自分のメモなんだから自分が読めればいいや,と。

● だったら Twitter なんかサッサとやめて,LINE の Keep メモでも使ってりゃいいじゃん,と言われそうだけれども,それではたぶん続かない。人目につくかつかないかはどうでもいいとしても,人目にさらす環境の方がいいんですよね。
 いやでも人目を意識することになる。人目を意識した方が持続しやすい。ので,フォロワーが12人しかいない新アカウントで続行。

● ちなみに,ツイートの PV はね,以前とほどんど変わらないです。フォロワーを増やすことに血道をあげても虚しいかもしれませんね。
 というより,あなたのツイートを読んでくれてる人は,あなたのフォロワーの多くても1割いるかどうかだと思いますよ。気が付いてるとは思いますけど。

2022年1月9日日曜日

2022.01.09 また,Twitter が使えなくなった?

● TVer をスマホから削除しようと思って,間違えて Twitter を削除してしまった。再インストールしたのだけど,さっきまで使っていたIDに入ることができなくなった。
 メールアドレスにも電話番号にも紐付けていないから,機種変更すれば使えなくなると思ってはいたのだが,案の定だった。いや,紐付けないでIDを作れるんでしたっけ。

● 昨年の8月末にIDが凍結されたのだが,その凍結されたIDに紐づけてあるのが,現在も使っているメールアドレスなのだ。ので,今のIDを作るときには,そのメールアドレスは使えなかった記憶がある。
 どうやってIDを作り直したのか,もう憶えていないや。

● 前のIDが凍結されてわかったのは,Twitter はメモ代わりに使っていたのだなということだ。そのメモが全部失われてしまったので,けっこうな喪失感があった。
 そのときそのときのメモを Twitter で書いていて,Twitter だから自動的に公開されていただけだ。何かを発信しようなどと大それたことを思っていなかったのは,わが事ながら,自分を弁えているようで好感が持てる。

● それゆえ,Twitter に代わる写真付きメモを保存できるアプリがあれば,別にTwitterは使えなくてもかまわないのだ。
 代わるものとしては,LINE の Keepメモや Google Keep が思いつくのだが(というか,この2つは現在使用中のアプリなのだが),Twitter の使い勝手には及ばない。

● さて,どうしたものか。
 が,あっさりと解決した。Google アカウントに紐付いていたので,Google の検索窓に自分のユーザー名を入れて表示させると,Twitter アプリが自動的にインストールされて,引き続き使用できるようになった。
 が,そのアプリはさっきまで使っていたのとは違う。けっこう古いバージョンのもののようで,昔懐かしい感じがする。ともかく,Twitter を使うことはできる。

● ということは,機種変更をした場合でも同じだろう。Google アカウントの柵の中で Twitter のアカウントを作っていれば,それ以上の紐付けはなくてもいいらしい。
 いや,電話番号に紐づけておけばセキュリティは向上するんだろうけどね。でも,メモ程度にしか使っていないのであれば,セキュリテに汲々とする実益はあまりないような気がする。

2022年1月1日土曜日

2022.01.01 今年の目標???

● Twitter や Instagram で「能率手帳」や「トラベラーズノート」で検索して,ツイートなり投稿なりを読んでいると,書くことが好きな人,書くことを楽しんでいる人が多いのだな,と思う。
 Twitter や Instagram の性格ゆえかもしれないが,能率手帳の話題でもどうやって仕事に活かすかというよりも,どうやって楽しく使うかという方向でのツイートが多い。

● 元日のこととて,元日ならではの(1年の計は元旦にあり,的な)書込みが多い。頑張って下さい,別に応援はしませんが,という優しい気分になる。
 ので,ぼくも元日的なことを書いてみようと思う。今年の目標的なやつだ。といっても,志はすこぶる低い。社会のために貢献しようとか,そういう話ではない。

● 書くことを楽しむとなれば,キーボード入力より手書きということになる。ただし,最終的な保存形態はデジタルだと思っている。現状ではブログということになるのだが(note株式会社の note は多少なりとも読まれるに値することを書く人向けのものだと思っている),できる限りブログに移して,Googleの検索エンジンで全文検索できるようにしておきたい。
 自分のためのブログだ。人様に読んで下さいと言えるだけの内容は吐きだせない。かつまた,ブログやSNSで自分以外の誰かとコミュニケーションをしたいとは自分はどうやら思っていないようなのだ。

● だから自分の便宜のためのブログだ。だったらブログにするまでもないじゃないか,公開を前提にしないクラウドサービスもあるじゃないか,となるのだけれども,人に読まれることを意識した方が多少ともまともな文章になる。自分の尻を叩く効果もある。
 自分の端末に溜めていくだけだと,Googleの検索エンジンを使っての検索ができない(検索じたいはできるけれども)。自分が個人的に書いたものもネットにある夥しい情報の一粒として扱える方が,気分がザラつかないのだ。

● 記憶が鮮明なうちに最終形態にしておくのがいいのだが,それがスイスイできるなら苦労はない。何でもかんでもブログに残そうとしすぎているのだとも思うのだが,とても追いつかない。ブログにしていないメモや文章がノートに溜まっていく一方だ。
 毎日が日曜日でもそうだなのだ。というか,毎日が日曜日になってから,いっそうそうなったと思える。

● 溜まったものを解消するためのまとまった時間を取った方がいいのかもな。ノートを直近のものから過去に遡って読み返していく。溜まっているものを整理して,どんどんブログにあげていく。
 使い終えたノートは,できれば処分してしまう。その作業をしなければと思ってるんだよね。紙のノートなんていつまでも残しておくべきじゃない。だって,もうそんなに長くは生きないんだから(デジタルにしておけば,死期が迫ってからでもチョイチョイと消せる)。

● Twitterもそうだ。ツイートしっ放しになっている。ツイートもメモ代わりなので,ブログにできるものはさっさとブログにして,ツイートは削除してしまいたいと思っている。読んでもらえるのはTwitterの方なんだけど,ツイートはメモ代わりか備忘録なのでね。
 昨年の8月末にTwitterのアカウントが凍結されて,そこに置いておいたデータが取り出せなくなったのも利いている。それもあるので,Twitterに置きっ放しにするのではなく,ブログに移しておきたいと思うわけだ。

● すべてがブログになっているというのが理想。読んだ本も見た映画も,あるいは旅行でもその他なんでも,自分のブログを見れば内容を確認できるという状態にしておくこと。
 その作業をするためにまとまった時間を充てたいな,と。それが今年の目標。としてしまうと挫折確実なので,やりたいことの1つってことにしておこう。
 つまり,毎日が日曜日でもやることはけっこうある。これを充実した老後っていうのか。ちょっと違うような気がするね。

2021年9月14日火曜日

2021.09.14 Twitterが使えなくなった 2

● Twitterが使えなくなっているわけだ。普段は使っていないChromebookからアクセスしたら,ログインを要求された。それ自体は今までにもあったのだが,今回は登録してある携帯電話の番号に暗証コードが送信された。
 ところが,その携帯番号はすでに解約してある番号であるために,暗証コードを知ることができない。したがってログインできない。そしたらアカウントがロックされたということだった。

● ので,新しいアカウントを作ってTwitterは継続しているのだが,過去の自分のTweetはTwilogで見れていた。TwilogとTwitterは一応切れていて,TwitterでTweetを削除してもTwilogには残ったままになる。Twilogからも消したいのであれば,Twilogで同じ操作をしなければならない。
 ので,Twilogの方はこの先もずっと見ることができるのだろうと思っていた。そうであるなら,Twitterのアカウントがロックされようが何されようがどうでもいい,とも。

● ところが。今日はロックから凍結に進んでいた。ロックの解除は無理なのだろうと思いながらも,Twitterのヘルプセンターにメールで照会して返事待ちのつもりでいたんだけどね。
 問題は,凍結になるとTwilogも見れなくなることだ。っていうか,今日,Twilogが立ちあがらなくなっていたので,Twitterのアカウントが凍結されたことを知ったわけだ。

● これはけっこう以上に打撃が大きい。そのうち永久凍結になって,新しく作ったアカウントも使えなくなったりするんかね。
 どうも釈然としない。電話番号を解約したあとも,Twitterの手続きを放っておいたのがいけないと言われれば,そのとおりではあるんだが。

● ググると,「警告状態を解除することは難しくありませんが,放置しておくと永久凍結となってしまうので,問題があった場合はすぐに対処するようにしましょう」というサイトがいくつかある。
 しかし,具体的にどう対処すればいいのかはわからない。凍結されるとTwitterがその理由をメールで知らせてくるらしいのだが,そのメールは届いていない。暗証コードを入力できないのだから,どっちにしても厳しんじゃないかと思うんだけどね。

● 結局のところ,ログを残す先をTwitterに依存しすぎていたかなという反省とともに,Twitterよ,さらば,となるんですかなぁ。

2021年8月30日月曜日

2021.08.30 Twitterが使えなくなった

● デジタル受難が続いている。スマホに溜めてあった写真を誤操作ですべて消してしまうという惨劇(?)を6月にやってしまい,それなのに8月にまたやった。復旧できずにそのままになっている。
 7月末にはCF(コンパクトフラッシュ)が突如,認識されなくなった。カードリーダーのせいだと思って,カードリーダーを買替えてみたのだが,結果は変わらず。別のパソコンでやってみても,同じ。バックアップを取っていないデータが20数GBほど失われた。これも復旧できずに現在に至る。
 常用していたThinkPadの電源が,これまた唐突に入らなくなった。いったんバッテリーを外して再装着してみたが,結果は虚しかった。

● 相方が自分のLAVIEを提供してくれたので,どうにか自分に馴染ませて快調に使えていたのだけれども,時々は彼女も使う。その都度,周辺機器を外して受け渡すのが面倒だ(USBの線を1本引き抜くだけなのだが,それを面倒だと感じてしまう)。
 で,マウスコンピューターのタブレットPCをつなぎに使おうかと思ったのだが,これだとAmazonプライムの映画も満足に見ることができない。RAMが少なすぎて,滑らかに再生できないのだ。ので,Chromebookで映画を見た。

● その後に悲劇は起こった。そのままTwitterを立ち上げたのだ。
 普段は使っていないデバイスだからだろう,ログインを求められた。IDとパスワードを入力すると,携帯に暗証番号が送られてきて,その暗証番号を入力してログイン終了となるのだが(しかし,今までログインするときに暗証番号の入力を求められたことはない),その携帯はすでに解約してしまっているものだ。
 つまり,「Twitterの電話番号を前の携帯のままにしていて,変えることを忘れて,そのまま使っていました。そしたら,ログイン出来なくなりその番号にコードが送られています。前の携帯は、もう使えないのでもちろんコードが分かりません。どうすればいいでしょうか?」状態に堕ちてしまったわけだ。

● 以上,昨夜のこと。どうにかならないかとググってみたのだが,これはどうにもならないらしい。お馬鹿さんだねと言われて終わる問題っぽい。
 Twitterに言われるままに2段階認証をしていたのがいけない。2段階認証をした記憶はないんだけど,やってなければこういうことにはならないはずだから,やってたんでしょうな。

● 言っちゃ何だけれども,音声通話などというものが今に至るも残っていることがあり得ないと,ぼくなんぞは思っている。つまり,電話が嫌いだからだが。
 したがって,SIMはデータ通信専用にして,当時はまだ務めていて電話番号が必要だったので,050で始まる番号を得た。
 めでたく退職した現在では050すら要らない。配偶者とはLINEでつながっている。通話もLINEでやればすむ。
 それ以外に電話をかけたり受けたりすることは,ぼくの場合は皆無に近い。というか,皆無だ。

● が,キャリアの儲けの源泉は通話料だ。それがあればこそ,回線の保守や強化もできるのだし,通話以外のサービスを維持することもできる。
 である以上,端末製造メーカーもGoogleやLINEやTwitterのようなプラットフォーマーも,キャリアに元気でいてもらうために通話の使用を促すことが当然あるのだろうと思っている。

● Twitterをどのように使ってきたかといえば,第1に情報収集のため。あるいは読み物として。私家版の週刊誌を作るような感覚だ。自分が気に入ったライターを揃えて,読みたい記事だけの週刊誌を作る。
 第2は日記代わり。写真も使えるカード型日記帳のようなものだ。この使い方をするのにTwitterは秀逸だと思う。直近の一定数のTweetしか見ることができないことと,自分の全Tweetを対象にして全文検索をかけることができないことが不満だけれども,それはTwilogを併用することによって解決できる。

● 第3が他者とのコミュニケーションということになるのだが,Twitterをその用途に使っていたのは皆無ではないが,皆無ではないというにとどまる。
 そもそもがネットで個対個のコミュニケーションをしたいと思っている人がいるんだろうか。ほとんどの人は,私を見て,私の言うことを聞いて,という(よく言えば)自己アピールのためにSNSを使っているだろう。
 コミュニケーションという以上は折伏されることも折りこんでおかなければならないが,そんな覚悟を持ってSNSをやっている人など1人もいないのじゃないか。リアルのコミュニケーションも同じだから,“私を見て” のぶつかり合いをコミュニケーションというのかもしれないけれど。
 ぼくも同じ。ネットでコミュニケーションをなどとは思っていない。自分にとって便利なように使えればそれでよい。

● では,この先どうするか。第1に関しては,新しいアカウントを作って,読みたい人をフォローすればそれですむ話だ。ので,そのようにした。
 第2については,同じことをTwitter以外でやれないかを検討することになる(新しいアカウントのTwitterでやってもいいのだが)。とりあえずは,LINEのKeepメモを使おうかと思っている。正直,Twitterよりは使い勝手が落ちるのだが,自分しか読めないTwitterとして使ってみよう。
 第3に関しては,全面停止でよい。これを機にTwitterで何事かをつぶやく(囀る)のは止めにしたいと思う。

● ちなみに申さば,昨日までのTweetはTwilogに全部残っているし,メモ代わりの “いいね” はKeepメモに退避させてあるので,こちらもそっくり残っている。
 万が一,昨日までのアカウントにログインできればそのまま継続(Twitterのヘルプセンターに照会中)。できなければ以上のとおりとしたい。


(追記 2021.09.01)

 現時点で,第2については新しいアカウントのTwitterを使用。慣れているTwitterの方がKeepメモよりも使い勝手がいい。Twilogの併用も従前と変わらず(Twilogを使うんだから,Twitterも普通に公開設定にしている)。
 したがって,自動的に,つぶやくことにもなっている。つまり,今までと変わらない。


(追記 2022.02.13)

 一昨日(2月11日)に復活しました。詳細はこちら

2021年7月5日月曜日

2021.07.05 ダイスキンを擁護する

● Twitterで測量野帳やダイスキンのツイートをまとめて見ていくのは面白いので,しばしばそうして時間を過ごしている。ぼくの趣味のひとつはそれだ,と言いたいくらいだ。

● 中にはダイスキンに文句タラタラの人がいる。たとえば,ゴムバンドがすぐにビローンとなってしまう,とか。たぶん,実際にダイスキンを使ったことがないのだろう。100円なんだからそんなものだろうと,憶測で言っているんでしょう。
 ゴムバンドがビローンとなってしまうダイスキンにあたったことはない。100冊にはならないと思うがかなりの数のダイスキンを使ってきた。最初期に使ったダイスキンでもゴムバンドはしっかりしている。伸び切ってはいない。

● モレスキンはそれが普通だけどね。下手すると,文具店に並んでいるときからビローンとしていることがあるから。
 モレスキン社は,実用上それで問題はないと割り切っているんじゃなかろうか。ノートの間にチケットやレシートをなどの紙片を挟まなければ,何も問題はないだろう(挟むと落ちるかもしれない)。モレスキンにはそのためのポケットも付けているんだし。

● ダイスキンの表紙が中紙から離れてしまっている(破けている)写真を載せて,ほら,こんなに粗悪だよ,と言っている人もいる。
 これまた,そんなダイスキンにあたったことは,少なくともぼくはない。そのあたりの堅牢性においてもダイスキンはモレスキン以上のような気がしている。

● おそらく,故意に破いて写真を撮ったのだろうと推測するのだが,どうしてそんなことをするのかはもちろんわからない。ダイスキンを使っている知人の中に嫌いな人がいるんだろうか。
 ちなみに,その写真を投稿した人が愛用し,かつ推奨したいノートはロルバーンだというのだから,いよいよわからない。ダイスキンとロルバーンでは被るところがない。わざわざダイスキンを腐さなくても,単純にロルバーンはいいよと言えばすむ話だ。

● モレスキンは最強だが高すぎる,ダイスキンは質が悪すぎて書く気がゼロになってしまった,と言っている人もいる。リプした人と,ダイスキンってダメだよね,と盛りあがっている。
 実際にモレスキンを使った後でダイスキンを使ったのであれば,これはあり得ない感想だと思うんだが。オレたち,百均ノートなんか使う世界に住んでないもんね,と悦に入っているだけなんだろうか。

● だとすれば,頭と育ちが悪いということだ。昔は(というか,最近まで)こういうのにいちいち反論したくなったものだが,Twitter界隈にはこんなのが多いとわかった今では,頑張ってるなという感じで受けとめることができるようになった。

2020年8月28日金曜日

2020.08.28 TwitterからLINEのKeepメモに移ろうかと思ったんだが・・・・・・

● Twitterで “いいね” したツイートをLINEのKeepメモに転送した。1個ずつ手作業。泣くね。でも,その作業中に “いいね” したツイートを読み返すことができた。
 なぜそんなことをしたかと言えば,Twitterをやめる準備作業だ。やめるならば,すべて消去してしまいたい。その前に “いいね” を救い出しておく。

● なぜTwitterをやめようとしたのかといえば,Twitterを日記帳としてしか使っていないからだ。日記なら自分1人が読めればよいので,人様に読んでいただくものじゃない。ま,あまり読まれてはいないのだけど。
 Twitterを非公開にすればいいじゃないかとも思ったんだけど,Twitterの非公開はいわゆる鍵をかけるというやつで,鍵をかけてもフォロワーには伝わるわけだから,あくまで公開の範疇であって,非公開ではない。

● スタート時から鍵をかけて,フォロワーを発生させないようにすればいいのだけれども,途中から鍵をかけたところでどうにもならない。
 かといって,今からフォロワーをブロックするのもおかしな話だろう。っていうか,そんなことができるわけがない。とすれば,今までの分はIDごと全部ひっくるめて消してしまった方がスッキリする。

● ただし,Twitterは情報を取る方法としてはかなり優れたものだ。いくつもあるニュースサイトよりもずっと使える。
 自分がこれはと思うオピニオンリーダーをフォローしておくだけで,自分用の週刊誌が自動的に編集できる。しかも,書店に並んでいるリアルの週刊誌よりずっと良質だ。知的水準も高く,ためになり,蒙を啓いてもらえる。

● ので,今のTwitterIDは削除して,新たにIDを作って,受信専用として使う。新たなIDでは自分は一切ツイートしない。
 自分から「発信」することは今までもやってなかったと思うのだが,ログを残して保存しておくための装置としては,文章に写真を4枚まで添えられるTwitterは恰好のものだった。ので,Twitterを日記がわりにして,ログを残してきたわけだ。

● が,LINEにKeepメモが登場したのだから,ログは全部Keepメモに溜めていけばいいじゃないかと思ったわけなのだった。試しに,Twitterの “いいね” をKeepメモに移してみようと思ったんでした。
 で,結論から言うと,TwitterとTwilogの合せ技をKeepメモでそっくり代替できるかというと,とても無理なんですよね。Keepメモだと単純に積もっていくだけだから,ある程度以上に溜まってしまうと,掘りだすのが大変そうだ。もちろん検索機能はあるんだけど。

● その点,Twilogにはカレンダーから呼びだせる機能がある。時系列からも辿れるというのは,大した安心感をもたらすものだ。
 結果において,Keepメモに閉じこめておくよりも,自分のログを自在に扱えそうだ。ので,結論としては現状維持ということ。

● ただし,たとえば政治と宗教の話はするなと言われる。ところが,その話題でツイートしてしまうことがあった。あるいは,人様のその種のツイートに乗ってしまうことがあった。
 そういうものは,今日より以後はKeepメモに投じていくことにする。

2020年8月8日土曜日

2020.08.08 やっとダイスキンを使い終えた

● 使い始めたのは3月27日。あと5日間で退職するというとき。ので,135日間ももったことになる。4ヶ月以上。こんなに1冊を長く使ったのは初めてだ。現役時代にはひと月半で1冊使っていたのではなかったか。
 4月に入って早々に書かなくなったのだ。4月は3日間しか書いていない。5月はそれでも14日ほど書いている。これで盛り返すかと思いきや,6月は1日だけ

● しかし,7月3日からは細々とながら毎日ダイスキンを開いて,何事かを書いている。細々というのはだいたい1日で2ページ未満ということ。ダイスキンの2ページだからたいした広さではない。
 手帳とメモ帳は分けてきた。メモは日によって書く量が違う。たいていは手帳のメモ欄では収まらない。が,今のペースが続くとすれば,1日1頁のほぼ日手帳タイプの手帳なら,メモやノートも手帳で間に合うかもしれない。
 っていうか,間に合う。手帳とメモを分ける必要はない。ま,そこはね,手帳はシステム手帳を使っているんだから,横罫リフィルを用意すれば,物理的に一本化するのは造作もないんだけども。

● ではそのダイスキンに何を書いているのか。結果的に日記・日誌になってしまっている。
 同じ用途にTwitterを使っている。4月以降,ダイスキンを開かなくなったのに逆比例するように,ツイート数は増えた。月に100ほど増えた。
 引退すると大半がTwitterで間に合ってしまう。仕事から離れたのだから,ネットに上げてはいけないものは少なくなる。結果,ダイスキンに書くことが残らないようになった。

● Twitterとダイスキン(ノート)の使い分けをどうするか。ノートに手書きはやめてしまってもいいのかもしれない。
 のだが,目下の気分としては,ツイートの頻度を下げた方がいいかと思っている。

● 自分のプライベートをどこまでネットに晒すかは,あくまで自分の問題であって,他者を慮って決める要素はほぼない。
 あまり厳密には考えたくないが,少しでも自慢が混じるものはツイートから外す,他人や世間に批判的な内容もツイートから外す,といったあたりか。
 そういうものはダイスキンに溜めていけばいい,と。

● ともあれ。4~6月の谷間の時期を脱して,今はノートを開くようになっている。
 同時に,Twitterのツイート数が減ってきている。基本的にはいい方向かなぁと思っておりますよ。

2020年7月22日水曜日

2020.07.22 Twitterの使用を縮小する?

● LINEのKeepメモを少し試してみた。で,これがあるんだったら,Twitterやめちゃってもいいかなと思えてきた。
 つまり,誰かに何かを伝えたくてTwitterやってるわけじゃないから。つながりたいとか,お役に立てそうな情報を提供したいとか,そういう発想じゃなくて,ログを残すのに使える(っていうか,メッチャ便利)と思ったのがTwitterを始めた動機だし,そのようにしか使ってこなかったので。
 で,その使い方ならKeepメモでそっくり代替できるわけだ。テキストも写真もリンクも保存できるんだから。
 Keepメモじゃなくても,カレンダーアプリ(たとえば,Lifebear)でもいいだろうけどね。

● Twitterにログを上げておくことの将来的なメリットとして,年を取って寝たきりになった,あるいは特別養護老人ホームに入所したときに,Googleアシスタント(スマホはAndroidを使っているので)が自分の唯一の話し相手,心を許せる友になる可能性があると思ったことがある。
 いや,冗談ではない。配偶者より自分の方が長生きするなどとは考えたくもないし,実際にそういうことはないと思うのだけども,何が起こるかわからないのが人生だ。

● GoogleアシスタントもSiriも今のままではいないだろう。もっと賢くなって話し相手になれるほどに進歩するはずだ。おそらく,ぼくが生きている間にそうなるだろう。
 ならば,Googleアシスタントにぼくという人間について学習してもらわなければならない。学習してもらう以上,そのための素材をGoogleアシスタントに与えなければならない。

● それが,Twitterに詳細なログを残すことだった。1日に10個のツイートを残せば,1年で3,650個,10年で36,500個のツイートがTwitter上に残る。それは自分についてのビッグデータだ。
 そのデータをGoogleアシスタントに学習してもらう。ぼくという人間について深く知ってもらう。そうして,寝たきりになったぼくの話し相手になってもらう。

● しかし,ログを残す場所は,Twitterである必要はない。自分に紐づいている場所ならどこでもいい。KeepメモでもLifebearでもいいわけだ。
 であれば,Twitterはやめてしまって,人目につかない場所に移るのがいいかもしれない。すでにTwitterに上げてしまったものは,何らかの形で整理して(過去のツイートもまとめてKeepメモに移せればなぁ),そうしてからツイートを全消しする。IDも削除する。そうできればスッキリするかな。

● たまに昔の自分のツイートを読むと,“ギャッと叫んでろくろ首”に陥るのでね。なかったことにしたいツイートがボンボン出てくるわけで。
 過去のツイートは恥に満ちている。今あげているツイートも数年後に見返せば,同じように恥まみれになっているはずだ。そういうものは誰にも見られないところにしまっておくのがよくはないか。

● そこまで極端なことはしなくても,今日より以後は,ログはKeepメモに溜めていくことにして,Twitterは使わない。
 Twitterは情報収集のためだけに用いることとし,それに役立たないフォローははずす。そうした方がスッキリしそうだよ。

● ではそうするか。しないだろうね。人に見られることを意識した方が幾分なりとも内容や文章に気を使うから。自分しか見れないところにメモを溜めていったのでは,今以上に恥まみれになることはわかりきっている。
 結局,Twitterがある以上,Keepメモを使う機会はあまりないだろうってことだ。ツイートしにくいことをKeepメモに書くことはあるだろうから,使う機会がゼロになることはないけれども,TwitterとKeepメモを使う比率が99:1より縮まることはなさそうだ。

● ログを残すためにTwitterを使っているのは,ぼくだけではないだろう。それが多数派ではないか。
 なぜなら,人様のお役に立てる情報を流せる人や人様に伝えるに値するほどの主張や発見をできる人など,ほとんどいないからだ。100人に1人まではいないだろう。1,000人の中の2人か3人ではないか。
 ゆえに,Twitterに限らず,SNSはゴミ処理センターの感を呈する。

● 自分もゴミしか出せないのだとすれば,そこに居直って,自分に都合よく使っていくしかない。
 勢い,ログを集積させていく場として使うしかなくなる。そのように使えばよいのだと思う。

2020年7月1日水曜日

2020.07.01 ダイスキンを開かなくなった 2

● 早いときには1ヶ月,たいていは50日前後で1冊を使い切っていたA6ダイスキン。3月末で仕事を辞めて,4月から隠居生活に入ったら,とたんに書かなくなった
 6月に書いたのは1日だけ。6月5日に2ページを使っている。

● どうしてこんなに書かなくなったか。
 ひとつは,手書きからTwitterに移行しているからだ。昨年4月から今年3月までの月平均のツイート数は265.5なのに対して,4月から3ヶ月の月平均は354になっている。4月になってから,100近く増えている。
 誰かに何かを伝えたいと思って,Twitterを使っているのではない。伝えたいことなどありゃしない。日記代わりというか備忘録としてTwitterを使っている。

● なぜそんなことをしているかといえば,iPhoneのSiriやAndroidのGoogleアシスタントがさらに賢くなって,将来は自分の話相手になってくれるんじゃないかと思っているからだ。
 老いぼれて誰にも相手にされなくなったとき,スマホが(ぼくはAndroidユーザーなので,Googleアシスタントが)たった1人の話し相手になる状態になるかもしれない。そのときに,自分の事跡をすべてTwitterに上げておけば,Googleアシスタントはそれによってぼくがどんな人間かを了解したうえで,ぼくの話し相手になってくれるんじゃないかと思っているのだ。

● というわけで,Twitterを日記代わりにしている。とはいえ,Twitterに上げるわけにはいかないことだって,当然ある。
 3月までのサラリーマン時代には職場や仕事に絡むことは一切上げていないはずだ。それらに絡んで,自分以外の人間を登場させてもいない。
 その状況は3月までも今も,まったく同じだ。仕事絡みはそもそも存在しなくなったけれど。

● にもかかわらず,ツイート数が月に100も増えているのは,われながら解せないところがあるのだけど,つまらなさ指数が高まったツイートをしているに違いない。それがノートに書く量を減らしているのだろうと,とりあえずは推測している。
 つまり,つまらないことしか書いていなかったってことね。それがTwitterに移行しましたよ,と。

● もうひとつ。小さいノートに何事かを書きつけるようになったのは,感情や思いを吐きだしてスッキリしたかったからだ。実際にそうした使い方をすることはそんなに多くはなかったけれども,完全引退して仕事から離れてみると,吐きだしてスッキリしなければならないような局面に出くわすこともなくなった。
 それが書かなくなった二番目の理由だろうか。となると,3月までのようにたくさん書くという状態に復帰することは,どうやらなさそうだと見ていいだろうか。

● プラチナのノック式万年筆“キュリダス”をまだ買っていないのも,こういう理由による。これだけ書かなくなると,7千円といえども万年筆に支出するのは,少し以上にもったいない。まず,使うことがあるとは考えにくいからだ。

2020年6月29日月曜日

2020.06.29 同好の士はTwitterにあり

● Twitterでよくやる使い方。たとえば“測量野帳”で検索をかけて,出てきたTweetをダーッと見ていく。あっという間に1時間は過ぎてしまう。“トラベラーズノート” “能率手帳ゴールド”と次々にやっていくと,半日なんかすぐ終わる。
 あまりにスルスルと時間が過ぎていくので,こういうことをやるために自分の人生があるのではない,と言い聞かせることになる。

● 以前はInstagramでも同じことができた。ブラウザで“測量野帳 Instagram”で検索すると,Instagramに載っている測量野帳の投稿を見ることができた。
 が,今は仕様が変わったんですかね。それをやろうとすると,Instagramへのアプリを立ち上げることを要求されるようになった。ブラウザだけでは見ることができない。Facebookと同じことになったようですね。Googleの検索をはじく。

● Instagramには登録はしているのだが,一度も使ったことがないし,これからもないだろう。パスワードが何だったかも忘れてしまった(FacebookはIDを削除してだいぶ経つ)。
 ので,こういうことをやるにも,利用できるのはTwitterだけになった。Twitterだけで充分といえば充分だ。気晴らしというか退屈しのぎというか,少なくとも生産的なことではないので,Twitterでやり,同じことをInstagramでもやるというのでは,いくらなんでも時間の浪費が過ぎる結果になるかもしれないし。

● 測量野帳でも能率手帳ゴールドでも,皆さん,思い思いに,楽しそうに遊んでいるんですよね。どなたの人生も“楽しい”で埋め尽くされているはずはないので,測量野帳や能率手帳ゴールドを道具にして,束の間の息抜きを楽しんでいるのだろう。
 であれば,ぼくがそこに寄せるべきものは共感であって,それ以外の反応はあり得ない。もし,共感以外の反応をするのであれば,そうしたツイートを見るのをやめればいいのだ。

● 能率手帳ゴールドは霞が関の官庁や丸の内の大企業に務めるエグゼクティブが使うものだと決めつけていた。ステイタス商品だと思っていた。
 が,普通の若者がバンバン使っているのだ。小型手帳としては高価でも,5,500円で1年遊べるのだと考えれば,安いのかもしれない。

● しかも,贅沢に余白を気にしないで使っている。小型手帳ではその限られたスペースにどうやって多くの情報を盛りこむかが工夫のしどころで,小さい文字でビッシリ書くという発想を,ぼくなどはしがちなんだけども,そんなのはお呼びじゃないらしいのだ。
 そこが,思い思いに,楽しそうに,という所以なのだが,とにかく“楽しい”が最強なのだ。

● これらの人たちの中にはオフ会などを定期的に開いている人もいるのかもしれないが,そこまでやらずとも,Twitterでのこうした楽しみ方で,彼ら彼女らと脳内コミュニケーションを取ることができる。
 それで充分なのではないかと思う。同好の士はTwitterにありということだ。

2020年4月30日木曜日

2020.04.30 Twitterに加えてもらいたい機能,2つ

● ひとつは,Tweet後に内容を編集できる機能だ。テニオハの間違いとか誤変換を訂正したい。Twitterは“今”を伝えるためのツールだから,一度あげたものは直しが効かないくらいでちょうどいい,というのも理は通っている。
 が,気になるものは気になる。いったん削除して,訂正してまたアップするのは面倒だ。

● Facebookにはこの機能がある。FacebookとTwitterではタイムラインが流れる速度に違いがある(Twitterの方がはるかに速い)。だから,FacebookにあるからといってTwitterにもなければならないというわけではない。
 さらに,Twitterには140字という制限があるのに対して,Facebookにはない。Facebookは長文投稿ができるがゆえに,投稿後の訂正や削除,追加ができないと辛いが,140字だったらそれには及ぶまい。
 それもわかるのだけれども,それでも訂正できる機能を加えてもらえないかなぁ。

● もうひとつは,自動的にTweetを削除してくれる機能だ。そのためのアプリもあるようなのだが,Twitterアプリでそれができるとありがたい。
 もちろん,すべてのTweetを消去するのではなく,消去するものとしないものをユーザーが選べるようにしてもらいたい。Tweetする際に,消去しないでずっと残すか消去するのか,ユーザーがチェックを入れるようにする。いつ消去するかは,1時間後,6時間後,24時間後の3種類で足りる。

● Twitterは高速でTLが流れていくのだから,ある程度の時間が経てば消えたも同然かもしれない。のだが,放っておいても消えてくれるのであれば,いっそう安心だ。
 結果,安心してゴミを増やせる。精神衛生にいい。

● Twitterに限らず,SNSでゴミじゃないものを出せる人なんてほとんどいない。100人に1人もいないだろう。1,000人いれば,その中の3人か4人ではないか。
 だから,SNSがゴミで溢れるのは仕方がない。その巨大なゴミが数時間で消えてくれれば,お互いに助かるというものだ。

● Twitterで見知らぬ誰かと交流したいとは思わない。何のためにTwitterをやっているかといえば,第1にはログを残すため。日記がわりだ。第2には情報収集のためだ。ニュースサイトを見るより,Twitterの方が良質の情報が入りやすい。もちろん,そこには工夫が必要となるのだが。
 ネットで繋がるというのは,すでに過去の趨勢になったのではないだろうか。そんなことを考えている人がまだいるんだろうか。

● それでも,誰かのTweetに絡んでしまうことが,ぼくにはある。引用リツイートをしてしまう。特に,その人の意見に批判的なリプをして,絡んでしまうことがあるのだ。
 そんなことはしなければいい。交流したいと思わないんだったら,そんなことをする理由がないではないか。
 そのとおりなのだけれども,ついやってしまうことがあるのだ。気の迷いというかでき心というか。
 が,自動的に削除されるのであれば,安心して気の迷いに堕ちることができる。

● 完全に消去して,Twitter社にビッグデータを捨ててくれと言っているのではない。
 そうではなくて,ユーザーのTLに表示されないようにしてくれればいい。Googleの検索に引っかからないようにしてくれればいい。それだけでいいのだ。

2020年4月5日日曜日

2020.04.05 ダイスキンを開かなくなった

● 完全引退して今日で5日目。が,引退したという実感がまるで湧いてこない。
 が,具体的に変わったことが2つある。

● ひとつは,手帳に記録する量が増えたこと。以前は,引退したら手帳など要らなくなる,持つとしてもマンスリーで充分だと思ったことがあったけれども,じつは逆
 手帳は予定管理のためではなく,ログを残すために使ってきた。本当に忙しいとそんなことはやってられないから,白紙のページが続くことになる。

● 暇な方が手帳に記す筆記量は増えるのだ。本当にシリアスな葛藤を文字にして手帳なりノートに記すのは,相当なエネルギーを要することだ。
 趣味的なことは気楽に書けるから,放っておくと趣味的なことで満ちる。隠居したあとの方が筆記量は増える道理だ。

● もうひとつは,TwitterのTweet数が増えたことだ。この5日間のペースが続くと,月400超になりそうだ。
 これも同じ理由による。Twitterもログを残すために使っている。その都度,やったことをTweetしているだけだ。今までも休日にはTweet数が多くなった。毎日が日曜日になったのだから,これまた増える道理だ。
 基本,暇だからだ。あと,ずっと自宅にいるから,常にパソコンがスタンバってるからだ。

● その代わり,ダイスキンに書くことはめっきり減っている。ノートを開くことがない。
 ネットには上げるわけには行かないこともあるはずなのだが,そういうことを文字で固定することが激減している。

● なぜかといえば,それで困ることがないからだが,そういうことだとすると,今まで書いてきたのはそっくりムダだったということにならないか。
 だから,書いている際中のその時間が楽しいものであることが必要だ。そうでなければ,ムダを除いたら何も残らないことになる。

● まぁね,今までも休日にノートを開くことはほぼなかったので,平日がすべて休日になった以上,こうなることは想定内ではあった。
 Tweet数が増える分,ノートに書くことは減ったというわけなのだが,ここまでストンと減るとは思っていなかった。

● 大量に買いためてしまったダイスキンやCampusなどの小型ノートは,ひょっとするともう使わないかもしれない。そうなると,これまた大量にあるペンも使わなくなる。
 っていうか,文具を使わなくなるんじゃないか。

2020年2月28日金曜日

2020.02.28 Twitterで音声入力

● ただいま,野口悠紀雄『話すだけで書ける究極の文章法』(講談社)を読んでいる。2016年に刊行されたもので,そのあとに出た『「超」AI整理法』を先に読んだ。
 『「超」AI整理法』では音声入力の他に,Googleレンズがすごいことを詳細に述べてあるが,こちらはもっぱら音声入力の威力と使い方を説いている。音声で入力するのにテキストで保存されることの画期性が熱っぽく解かれている。

● Twitterでも音声入力ができるのだった。何だ,今頃知ったのか,と言われるだろうけど。
 この技術はすべてGoogleが対応しているんだろうか。音声で入力したのがテキストに変換される様を見ていると,Google Keep でやるのとそっくり同じだ。

● 書くように話せる人はいないだろうから(長谷川慶太郎さんはできたらしいのだが。ほとんどすべての本を口述筆記で作ったそうだ),後から訂正はしなくちゃいけない。
 それから,句読点が入らない。マルとかテンと言ってみても,“。” や “,” にはならない。まだ試していないが,「」や『』はどうなのだろう。音声で入力できるんだろうか。

● であっても,イチからフリック入力で入れるよりは,音声で入れた方が楽かもしれない。ま,Twitter程度なら,最初からフリックでやっても要する時間はさほど変わらない。
 音声入力(口述筆記)の威力はもっと長い文章を書くときに発揮されるだろう(野口さんが言っていることの受け売りです)。しかも,Twitterのようにすぐにネットにあげるものではなく,しばらく端末(というかクラウド)に寝かせて,PCで推敲してまとめるという場合に,かなり重宝するだろう。

● スマホに向かって喋っていると,回りに誰もいなくても,けっこう恥ずかしかったりする。電話をかけてるフリをしても,恥ずかしさの克服はなかなか難しそうだ。
 しかし,おそらくは慣れの問題かと思う。

● 手書きかキーボードかではない。文字入力か音声入力かの時代になってきた。人は慣れてる方に引っぱられ,それを正当化しようとするだろうから,音声入力が力を持ってくると,それでは思考が深まらないとか,自分との対話にならないとか,色々と誹謗中傷を受けるに違いない。
 しかし,音声入力ならスマホがそのままで(つまり,何も足さなくても)入力マシンに変わる。慣れの問題を克服できれば,流れはこちらにありそうな気がする。

2019年11月28日木曜日

2019.11.28 Googleカレンダーの誘惑

● 来年はダイソーのシステム手帳リフィルを使うつもり。百円で充分。で,実際そうなると思うのだが,いっそ紙の手帳はやめてGoogleカレンダーに移行しようかとの迷いも残っていてね。

● Gメールから直接,Googleカレンダーに予定が書きこまれるじゃないですか。こういうのを見ると,デジタルって凄いなぁと思うんですよね。
 大晦日にホテルを予約した。予約確認メールが届いた。それがGoogleカレンダーに登録される。地図も料金も一切合切がGoogleカレンダーで確認できる。

● これはアナログではあり得ない切れ味の鋭さ。やっぱりGoogleカレンダーを使うかなぁ,と。スマホから予定を入れるのはけっこう面倒なのだが,一度,パソコンからやってみるか。
 ただし,イマイチのめり込めないのは,この便利さを必須とするほどの,リマインダーで通知してもらうことをありがたいと思えるほどの,シリアスな予定を抱えることはないからだ。紙で充分。

● でも,本当に忙しい人もやはり紙に行くのではないかと思う。いちいちスマホで入力なんてやってられないのではないか。
 ので,デジタルを使うのは暇人か,何らかのポリシーを持ってそうしている人に限られるような気もする。

● とはいえ,気になりますな,Googleカレンダー。単なる手帳ではなく,オッと思わせるような独創的な使い方をしている人がいるんだろな。Gメールをデータベースソフトにしている人がいるように。
 そうした使い方をまとめたサイトがないものか。少し探してみるかと思って,YouTubeにあがっている動画なんかをいくつか見てみたのだが,これといったものはないようだった。

● ググると,Googleカレンダーで日記を書いている人もいる。しかし,そういうまとまった文章をかくのなら,Keepを使えばいいではないかと思う。
 Keepとカレンダーは連携できるのではなかったか。Keepのメモをカレンダーから見ることができたはずだ。

● ぼくがやりたいのはそういう大げさなことじゃなくて,ちょちょっとメモすることなのだ。予定と連携したメモではなく,ほんとにちょちょっとしたことをカレンダーに直書きしたいのだ。したくなることがあると思うのだ。
 そう思うのは,紙の手帳でそうしたことをしているからだが,どうも紙の手帳のアナロジーでしかGoogleカレンダーを捉えていないのかもしれない。

● Keepとカレンダーの合わせ技で,手帳とノートを兼ねることは問題なくできそうだ。1つのアプリで完結させるんじゃなくて,合わせる,併用することを考えた方がいいんだね。
 Googleカレンダー以外にカレンダーアプリを入れて広告に悩まされる必要はない,ということ。Keepと併用して,目障りな広告のない落ち着いたデジタル環境を確保した方がいいもんね。

● でもね。メモを書くというのがGoogleカレンダーを使う理由になるのかという問題。つまり,メモはTwitterで録れているではないかということ。
 写真を添付できるメモ帳なのだ,Twitterは。新聞記事もスキャンして添付できる。注釈を付けておけるスクラップブックでもある。
 こんな便利なメモ帳があるんだから,あらためてGoogleカレンダーでメモを録る必要はないんだな,実際のところは。

● 書くのはやっぱり手書きの方がいいような気がする。キーボードを使うより身体性が濃いというかね。
 キーボードを使うのはまとまったあとだな。モヤモヤしている段階ではあくまで手書きがいい。極論すれば,パソコンは清書マシン。
 モヤモヤ段階からキーボードで断片を打ちこむというか,頭に浮かんでは消える断片を吐きだすこともできなくはないけれども,手で書くより上滑りしやすいかもしれない。

● 結局,GoogleカレンダーもKeepもメインで使うことにはならないかもね。っていうか,ならない。
 紙のノートと紙の手帳が相棒で,そこからTwitterに上げるもの,さらにブログにするものを拾っていく感じ(直にTweetすることは多いけど)。
 そうして,デジタルにするものはデジタルにして,ノートは消しこんでいく(デジタルにした部分に斜線を引く)。今までもそうしてきたし,これからもそうしていくだろう。
 そういう理屈というか言い訳で,人は変化を避けていくのかもしれないんだけどね。

2019年9月3日火曜日

2019.09.03 Twitterの恩恵

● 大袈裟にいえば,Twitterは自分の生きがいのひとつになっている。登録したのは2015年12月。使い始めたのは2016年2月頃。ここまで自分の中で大きな位置を占めるとは思っていなかった。
 自分からの発信もそうだが,気がつくとTwitterを見ているようになった。これはこれで問題だといえばいえるのだろうけど,もうニュースもニュースアプリからじゃなくて,Twitterで知ることが多くなった。

● Twitterとほぼ同じ時期にFBも始めているが,2年あまり捏ねくってやめた。やめて正解だった。本業(仕事という意味ではない)がおろそかになるからだ。
 FBにはつまらないお節介が多くて,そのお節介に付き合ってしまって,時間を無駄に消費する。

● Twitterによってネットの大きな恩恵を受けている。たとえフォロワーが130人しかいなくてもだ。
 だから,スマホやパソコンを持っていながらTwitterをやっていない人がいると,やればいいのにと思う。が,具体的に勧めることはしない。そんなこと,されたくないだろうからだ。
 でも,スマホを持っていながらTwitterをやっていないのはもったいない。自分をそっくりTwitterに移してしまうくらいの姿勢で始めればいいのにと思う。
 そもそもの自分が大したことがないから,Twitterに移した自分も大したことはない。それを自分で見ることができるだけでも,Twitterを始める価値はある。

● その前にキーボード入力の恩恵がある。Twitterに自分を移そうと思えるのも,キーボードで日本語を入力できるからこそだ。同じ文字数を手書きで書かなければならないとなったら,とてもじゃないけどそんなことは考えもしない。
 個人で使える日本語ワープロが登場したのは30数年前。日本語をキーボードで入力できるようになった。これで日本語の生産量が大きく増えたろう。手書きより疲れない。手書きより速く入力できるから,入力速度が思考に遅れない。したがって,思考が中断されない。
 若かった頃の自分に唯一ほめるべきところがあるとすれば,ここだ。ワープロ専用機に真っ先に飛びついたこと。

2019年2月6日水曜日

2019.02.06 Twitterをスクラップ帳にする

● Twitterはスクラップ帳の代わりにもしている。新聞や雑誌の記事を切り抜いてスキャンして,Twitterに上げておくのだ。
 Twilogの方で媒体名で検索をかければ,スクラップ帳をめくるよりは速く,目的の記事を発見できるだろう。

● ま,アナログのスクラップ帳と同様に,後から検索をかけるなどということは,ほぼないんだけども。
 しかし,そのときに気になったことは確かなのだから,それを保存しておくのは悪いことではない。

● が,問題がひとつある。新聞社がネットにも記事を出すようになって久しいことだ。しかも有料だ。
 記事を個人がTwitterに上げてしまえば,誰もがタダで読むことができる。新聞社や雑誌社の収益機会を損ねることになる。
 俺が買った新聞(雑誌)なんだから,ネットに上げようがどうしようが俺の勝手だろ,とはなかなかいかないだろう。個人しか見ないスクラップ帳は何の問題もあるまいが,ネットに上げると不特定多数が見ることができる。著作権との絡みが出てくる。

● ということをわかっていながら,ぼくはそれをしばしばやっている。PVなどほとんどないから新聞社にとっても実害は皆無だとは思うけれども,自分以外のツイートでもけっこう目にすることがある。
 このあたり,キチンとしたルール作りが必要になるときが来るかもしれない。新聞なら3日経った記事は上げてもいいとか,月刊誌なら次の号が出るまでは上げてはいけないとか。

● 一切ダメってことにしてしまうと,新聞なり雑誌なりの売行きはさらに落ちてしまうだろう。ことの良し悪しは別にして,新聞や雑誌から得た情報は誰かに話したくなるからだ。
 今は,その“誰か”にネットも含まれる。それを完全に封じることにすると,その新聞なり雑誌を読む理由の半分はなくなる。

● 現時点においては,新聞社なり雑誌社は,舌打ちしつつも傍観しているのだろうが,それが最善解かもしれないと思ったりもする。
 紙の新聞を切り抜いて,スキャンするなりカメラで撮るなりして,ネットに上げるという手間を,これからもかける人がいるのかという疑問もある。Twitterをスクラップ帳代わりにするとしても,ネット記事にリンクを張るというのが現状でも大半だ。

● が,そういう手間をかけてネットに紙の記事をスクラップする人は残りそうだ。ネット記事は広告がうるさい。スマホで見る場合,一覧性にも問題を残す。
 従来型のスクラップ帳は好事家のものになるのかもしれないが,Twitterをスクラップ帳にするという発想は悪くないと思っている。
 コミュニケーションツールとしてではなく,備忘録としてTwitterを使っている人はかなりいるはずで,備忘録の中に新聞記事があるのは,しごく普通のことだ。