2018年7月30日月曜日

2018.07.30 万年筆はカッコいい?

● 職場でもダイスキンにPlaisirで何ごとかを書きつけることがある。書くことに枠はない。仕事のことを書くこともある。しかし,仕事のことじゃないことを仕事中に思いだして書くこともある。
 ともかく,職場でダイスキンにPlaisirで書いていたよ,と。

● したらば。対面の女子社員が,万年筆,カッコいいね,と声をかけてくれた。
 えっ,千円のだよ。
 でもカッコいい。
 そっか,万年筆はカッコいいのか。使ってる人がカッコいいんじゃね?

● 自分の使っている道具をカッコいいと言ってもらえるのって嬉しいね。それなりに使いこんでいる道具をカッコいいと言ってもらえると,自分がカッコいいと言われたような気分になる。
 しかし,逆にカッコいいと言ってもらえそうな道具を選ぶ方向に行くのは間違いでしょうね。

● 実際のところ,確固たる基準をもって道具を選んでいる人はそんなにいないだろう。外科医がメスを選ぶとか,植木屋がハサミを選ぶとか,大工がノミを選ぶとか,そういうのは別にして,サラリーマンがノートやペンを選ぶときに,そもそも基準なんてないだろう。そのときの気分やなりゆき,見た目や価格で選んでいるはずだ。
 だいたい,会社の支給品を使っている人が多いだろうし。お仕着せに慣れてしまっているのがサラリーマン。

● 現在のサラリーマンにとって,最大の仕事道具はたぶんパソコン。そのパソコンは支給品を使わなければならない。自分はこれがいいからといって,個人のパソコンを持ちこむことは許されない。
 最大の道具が支給品なんだから,あとは推して知るべし。

● それから。サラリーマンが使う道具はどれを買ってもハズレはないようになった。鞄もパソコンも手帳も,これじゃなきゃダメという突出したものはない。極端な話,どれでもいい。
 それがつまり,豊かな社会ということ。基本,けっこうなことなのだ。

● ぼくがダイスキンやPlaisirを使っているのも,選んだというよりは,たんに安さに惹かれただけ。使ってみたら別に支障はないので,そのまま使い続けている。さらにいいものはないかという探究心がないだけだと言える。
 要するに,安さに惹かれて買ったものを,ズボラに支えられて使い続けている。それだけのことだ。

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