2019年7月30日火曜日

2019.07.30 2冊目のモレスキンを使用中

● 22日でダイスキンを使い終えた。使い始めたのは6月20日だから33日間で1冊。これで96枚のA6黒ダイスキンの在庫はなくなった。よくぞ使い切ったものだ。
 が,ダイスキンはまだまだ残っている。黄色とオレンジの96枚A6があわせて3冊。80枚のA6黒ダイスキンが11冊。A罫60枚の新型ダイスキンも数冊。今は販売されていないB6ダイスキンが数えるのがイヤになるくらいある。

● ダイスキンタイプのノートはダイスキン以外にも何冊か手元に残っている。その中の1冊がモレスキン。で,そのモレスキンを使ってみることにした。昨年,宇都宮東武百貨店5階の文具店で500円で買ったもの。
 モレスキンは一度使っている。高価で粗悪というのがそのときの印象だ。
 『万年筆バイブル』(講談社)によれば,プラチナのブルーブラックはインクの流れを抑えるために界面活性剤を使っていないらしい。文字の滲みを避けるために,インクの粘度や表面張力を上げて浸透率を低くもしているらしいのだ。
 そのプラチナのブルーブラックでもモレスキンは裏に抜けた。当然,万年筆以外でも水性インクは軒並みダメ。片面使用を余儀なくされる。

● それを避けようとすれば,水性インクを使うのは諦めるしかない。油性ボールペンか(ゲルインクでも大丈夫だったが)鉛筆を使うしかない。ここまで筆記具を選ぶノートは,もはやノートと呼んではいけないのではないか。
 百円のダイスキンはプラチナのブルーブラックなら裏に抜けることはない。藁半紙なみの紙質なのか,モレスキン。

● それ以来,モレスキンは悪態をつく対象でしかなく,再びの使用はないと思っていたのだが,上述のとおり,別なノートと抱き合わせで買ってしまったのだ。
 知り合いに使うならやるよと言ってみたものの,じゃあ使うよという人はいなかった。だいたい,ぼくの周りにはノートをプライベイトで使うような人はあまりいないんだけど。
 仕方がないから自分で使うことにしたわけだ。

● プラチナのブルーブラックでまず日付を書いてみた。ら,裏に抜けることはないんでした。
 どうせ抜けると思っていたので,使う機会のなかったSARASAのグリーンブラックを合わせてみようと思ってたんだけど,万年筆で裏に抜けないなら,このまま万年筆(といっても,Plaisirだけどさ)を使ってみることにした。

● 裏抜けしないモレスキンはちゃんと使いやすい。これってかつての品質に戻ったってことなんだろうか。ダメスキンになる前の品質に。それとも,従来から言われている個体差の範囲内なんだろうか。
 しかし,こちらの使い方は変わらない。そしてそれはダイスキンでも満たせるものだ。そういうわけだから,モレスキンに2千円の価値があるとはなかなか思えないまま。

● 百円のダイスキンで自分の需要は満たせるわけだから,2千円のモレスキンを使う必要はないのが道理。その道理に反してモレスキンを使っている人たちって,なにゆえにモレスキンを使い続けているのだろうと,どうしても考えてしまう。
 ダイスキン(っていうか,モレスキン以外のノート)では満たせない需要があるのか。それがないとは言えないけれども,その使い方とはどういうものか,ぼくには具体的に想像がつかない。

● Instagramにあがっている使われ方を見ても,どうもそれは感じにくい。もっとも,Instagramにあがるのは“インスタ映え”するような使い方をしている場合が多く,全体性を担保したままその縮図になっているとは考えにくい。
 真にクリエイティブに使っている人は,それをInstagramにあげたりはしないようにも思える。真似したいとは思われないだろうからだ。その人にしかできない使い方のはずだから。

● 何だかね,Instagramを見ていると,モレスキンを使っている自分に酔ってるだけなんじゃないの,と思ってしまうんだよね。つまり,モレスキンは酔わせてくれる。それがモレスキンの魅力というわけだろうか。
 酔わせてくれる理由は,品質ではなくて価格と“伝説”か。ぼくらはしょせんバカでしかあり得ないと思うし,バカというコップの中で何事かを語ったり語られたりしているのだが,この“伝説”に引きずられるほどのバカにはなりたくないと思わんでもない。

● 無価値の価値ということか。モレスキンユーザーは無価値の価値をわかっている人たちなのか。
 しかし,やはり思うのだ。無価値の価値とは禅問答のような言葉だ。無価値はあくまで無価値でしかないと見切れるのが知性というものではないか。
 無駄の効用,無用の用,というのは大いにある。生きること自体がすでに無駄であるかもしれないのだが,それは置いておいて,無駄を省くことも行きすぎれば窒息する。が,無価値の価値というのはあるのか。
iya
● チャトウィンは元祖モレスキンを“トラベラーズノート”にしていたのだと推測するのだが,たしかに旅の記録や見聞を記すのにモレスキンは恰好だと思う。立って書くこともできる。
 しかし,今,チャトウィンが生きていたらモレスキンを選ぶだろうか。たとえば測量野帳を使ったかもしれない。

● ひょっとすると,モレスキンには2千円に相当する価値があるのかもしれない。裏抜けしないこのモレスキン,万年筆でもかなり書きやすいのだ。ほどよく滑る(その分,インクの吸収が悪い。だから裏抜けしないんだろう)。これなら2千円だしても・・・・・・。いやいや。

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