2025年7月15日火曜日

2025.07.15 少年老い易く鉛筆減り難し

● あぁ〜ん,惹かれるわぁ〜ん。って,右の写真のことね。メルカリの使いかけの鉛筆の出物です。
 片っ端からギリギリまで使って,それを写真に撮って,どうだとばかり 𝕏 にポストしたいわん(➡️バカの標本)。

● しかし,長いのが多いな。もうちょっと頑張って使って欲しかったかな。
 補助軸のない世界に住んでた人なのかな。鉛筆は短くなってからが面白いんだが。

● 鉛筆が捨てられるか存在を忘れ去られるまでに,どの程度使われるのか。あるいは,捨てられることも忘れられることもなく,最期を看取ってもらえるのか。
 上の写真が標準と考えていいんですかね。さすがにもっと使われてますかね。

● 人様(できれば,小学生とか幼稚園児がいいんだが)が途中まで使った鉛筆を,セカンドランナーとして最後まで使い切る役割を自分が担いたい。
 だから,今もリアルの女児が使いかけにした鉛筆や,大人の(たぶん)男性が短くした Hi-uni を,自宅では使っている。今年中には使い切れないと思う。

● それが終わったら,次の使いかけ鉛筆が待っている。今はBを相手にしているのだが,次は2B,そうしてHB。それらを全部使い終えるには10年を要するんじゃないか。
 10年後まで自分は生きているのかという問題があるが,そこから千数百本に及ぶ未使用の鉛筆を使い始めることになる。大半は使えないまま,自分はこの世を去る。

● 文房具に関しては,使うだけが使うではない,眺めて愛でる,集めて触る,というのも使うのうち,という考え方をぼくは採らない。
 蒔絵万年筆のように,文房具を台座にした工芸品があることは知っている。万年筆として優秀なものも多いだろう。しかし,その種の工芸品は工芸品であって,文房具ではない。

● このあたりは注意深く腑分けして行かなければならないが,ぼくの大嫌いな鉛筆に FABER-CASTELL のパーフェクトペンシルがあるのだが,これも文房具として見るから,その出来の悪さが許せなくなるのかもしれない。
 工芸品として,あるいはアクセサリーだと割り切ってみれば,なかなかのものじゃないかとなるのかも。ぼくはまだそういう見方をパーフェクトペンシルに対して取ることができないでいるんだけど。

● 話がズレたな。文房具は使ってナンボという話だ。
 千数百本の未使用の鉛筆はほとんど使うことのないまま,ぼくは逝くだろう。

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