主には「書く」道具について書いてます。手帳,ノート,筆記具,パソコンなどの話題がメインになると思います。といっても,パソコンや文房具のマニアではありません。この分野について知るところはあまりありません。 ごくあたりまえに属することを,試行錯誤ともいえない程度に試しています。 2024年3月から鉛筆党員になりました。
2016年8月19日金曜日
2016.08.17 文房具なら高級品の世界で遊べる
● これが車だったらどうか。ポルシェだ,フェラーリだとなったらどうなる? っていうか,そういうのは最初から諦めるな。
オーディオだったら? 凝り始めたら青天井だ。それがわかっているから,ぼくは基本的には近寄らないことにしている。携帯音楽プレーヤー+イヤホンにとどめている。今はそれでどうにかなる時代だし。
● 文房具なら,やろうと思えば高級品の世界に遊ぶことができる。万年筆なら15万円,ボールペンやシャープペンなら3万円もあれば,高級品の世界の扉を開けることができるだろう。
複数持っても100万円ですむ。車1台分もあれば,高級品の世界の中で一生遊べるだろう。
● ただね,文房具だって昔は高かったのだ。誰でも使えるものではなかったのだ。日本だって昭和40年代まではその残滓があったのではないか。万年筆がステイタスになり得た時代。
昭和50年代に入っても,湯水のごとく使えるものではなかったと記憶している。文字どおりに誰でも使えるようになったのは,百円ショップという形態の流通店舗ができてから。ということは,平成10年頃からだ。
● ノートやペンなら,今は誰でも好きなだけ使うことができる。一部のお金持ちのものではなくなった。が,何でもそうだけれども,大衆化するとそのモノの輝きは消える。
使う人は使うけれども,使わない人の方が多い。使わない人は経済的な理由で使えないのではなく,自分のライフスタイルの中に文房具を使うというシーンがないだけなのだ。
● でも,ノートやメモ帳の使用量は増えているだろうな。ちょこっと使って捨てるという使い方が多くなっているように思う。安くて湯水のごとくに使えるから。
誰でも使えるようになったのはいいことに違いないんだけど,資源の浪費という問題も生んでいるのだろう。IT化の進展に伴う紙使用の増加に比べれば,取るに足らない問題ではあるだろうけど。
● でね,高級品の世界に遊ぶ人っていうのは,こういう浪費はしないのじゃないかと思うんだよね。高級品の世界に遊ぶっていうのも悪くはないかな。
ぼくは,目下のところ,高級品の世界で遊びたいとはまったく思っていないのだけど。
2016年8月17日水曜日
2016.08.17 万年筆の魅力ってなに? 2
万年筆はたんに紙にインクを載せるというのではなく,ペン先で紙を削っているような感覚がある。紙をひっかくような感じといいましょうか。これが太古の感覚を呼びさます。
ブルーブラックインクの風合いがいい。
水性やゲル,低粘度のボールペンのように滑りすぎることがない。適度に抵抗がある。その抵抗が心地いい。● ボールペンにはない万年筆の魅力って何なのだろう。ジェットストリームやSARASAなど書きやすい低粘度油性,ゲルインクのボールペンはたくさんある。
が,それよりも万年筆の方が,書いていて飽きがこない。長く書いていても疲れない。
● アナログの中でも特にアナログな感じがする。万年筆と鉛筆がそうですね。
対して,ボールペンは,アナログな筆記具の中ではデジタルな感じがする。まったく気分的な感覚ですけどね。
● とにかく,ダイスキンにPreppyを滑らせるのは,たしかに快感を伴う行為なのだ。次は,先日買った三菱鉛筆の「プレミアムノートブック」に,これまた先日ヤフオクで購入したパイロットの「Elite」を合わせてみようと思っている。どんな快感を得られるのか,あるいは得られないのか。
ダイスキン+Preppyから,Campus(or「開きやすいノート」)+Eliteの組合せに,メインが移ってしまうかもしれない。それはそれで,全然OKだ。
2016年8月16日火曜日
2016.08.16 宇都宮駅ビルのスターバックスで
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| これはぼくのテーブル |
ペンも透明軸の黒の油性ボールペン。会社や役所で事務用に使われているものか,あるいはやはり百均で何本かのセットで100円で売られているものかと思われた。
● 要するに,ノートやペンにはまったくこだわりのない人のようだ。ぼくもダイスキン+Preppyの300円システムをいたく気に入っているので,安いものを使っている点では彼と同じなんだけど,一応,安いなりにこだわってはいるのだ。
彼はそうしたこだわりも持っていない。書ければよし。潔いこと,このうえない。
● ぼくもかつてはそうだった。ノートに手書きを始めた当初は,ペンは景品でもらったボールペンだった。書ければいいのだ。どうせ大したことを書くわけじゃない。
弘法筆を選ばずを地で行くならば,そのスタイルでいいではないか。ので,そのオジサンとかつての自分に対して,少し羨ましさも感じたのだ。
● ところで,件のオジサン,ノートを広げたものの,書きだす様子はなかった。何も書かないで出ていったようだった。
退職して無聊をかこっているのだろうか。家にいると粗大ゴミ扱いされるので,ノートとペンと財布を持ってスタバに来てみたってことだろうか。
来てはみたものの,ここも自分の居場所じゃないと悄然として立ち去ったのだろうか。
● というようなストーリーを作ってしまったんだけど,失礼だったかもしれない。そんなことでは全然なかったのかもしれない。
2016年8月15日月曜日
2016.08.15 手帳の使い方に小さな変化
ログを残すために使っている。ずっとそうだ。
● ログを残すんだから,色々書いている。雑多なことを色々と。仕事で何をしたか,読んだ本のタイトル,行った店(スーパー,カフェ,酒場など何でも)など。
が,手帳に書くのは外形的なことだけ。その本を読んでどう思ったかとか,その酒場で飲んだ酒が旨かったかとか,そういうものは手帳に書くことはない。書くスペースもない。
システム手帳だからメモ用のリフィルを用意すればスペースはいくらでも確保できるんだけど,そういうことはしない。手帳とは別にメモ帳を用意して,そこに書きたければ書くというスタイルだ。
● で,今まではその日食べたもの,飲んだものを書いていた。朝,昼,夜,他の4つに分けて。
でも,それをやめた。理由は2つあって,ひとつはしばしば書き留めるのを忘れることだ。必要がないから忘れるのだろう。もうひとつは,書いても見返すことがないことだ。見返す必要がないから見返さないのだろう。
つまり必要がないことをやっていても仕方がないということ。やめよう,やめよう。
● で,今日からスパッとやめることにした。でもね,必要がないことをやめるってことになると,手帳にログを残すこと自体,どうなのよ。必要ないんじゃない?
2016.08.13 『システム手帳STYLE』をザッと立ち読みして
● システム手帳はぼくも使っているんだけど,使い方はかなり淡いというか薄いというか,ごく普通だ。
が,このムックに登場する人たちは,特にこのムックの編集長がそうなのだが,イッチャッテル人ばかりだ。システム手帳の向こう側に行ってしまっている。
何もそこまでシステム手帳にこだわらなくても,もっと合理的で楽なやり方があるじゃないかと思う。
● でも,そんな合理や楽に捕まって,足をとられているようでは,人を惹きつけることはできないんでしょうね。合理や楽って普通のことだから。普通では人を惹きつけない。
不合理だろうと面倒だろうと,これにホレたんだ,オレはこれで行くんだよ,誰が何と言おうとな,というイッチャッタ感がすなわち魅力だ。
● でもシステム手帳はね,閲覧のためのシステムであってさ,入力するにはかなりできそこないの装置だよ。あのリングがね,書くときにかなり邪魔になる。いちいち外して書かなきゃいけない。
ここのところをどうにか工夫できれば,スケジュールとメモの一元化が可能になるんだけれども,うまい工夫はあるだろうか。
ぼくはないと思って,メモはダイスキンに任せているんだけど。
2016年8月13日土曜日
2016.08.11 有楽町LoFtに行ってみた
いろんなノートやメモ帳が展示(?)されていた。こんなにたくさんのノートやメモ帳があるのかと思った。
特に目についたのは(何らかの興味を先に持っているから,それが目につくのだろうね),コクヨのSYSTEMIC。リングノート用のSYSTEMICがズラッと並んでいた。
● A6綴じノート用のSYSTEMICは持っている。じつによく考えられている。痒いところに手が届くとはこういうことかと思わせる製品だ。
単なるノートカバーではない。使いやすさ,実用性を妥協なく追求するとこういう製品になるという見本だ。
● FILOFAXのリングノート。モレスキン様のゴムバンドが付いている。が,このノートの肝はそこではなくて,リングノートなのにリーフの差し替えができるところ。
差し替えができるリングノートはすでにある。LIHIT LAB.の「ツイストリング・ノート」だ。リングがルーズリーフバインダーのようのパカッと開く。その状態にしてリーフを差し替える。
FILOFAXの方は,紙に切り込みが入っているらしい。リングは閉じた状態のまま差し替えができる。
● 1テーマ1ページでカードのように使うのなら,このノートは有効だ。あるいは,学生のノートのようにあとで科目毎に整理しようというなら,とりあえずこのノート1冊を持ち歩けばすむ。
が,ほとんどの人はそうした使い方はしていないと思われる。したがって,こうしたノートはアイディア倒れになるはずのものだ。
● けれども,「ツイストリング・ノート」はかなり売れているようだ。なぜか。
たぶん,日記帳が売れるのと同じ理由だろう。つまり,購入者が自分を買いかぶっているから売れるのだ。
そういういうノートをシステマティックに使いこなしている自分,というイメージを持ってしまうのだろうね。悪いんだけど,そんな自分なんて実在しないよ。
● 有楽町Loftはモレスキンの品揃えも豊富だ。ぼくが知る限りは日本一。モレスキン社が出している筆記具やケース類も,ここに行けば実物を見ることができる。
が,今回は何も買わず。ほほぉ,こういうのもあるのか,どんな人が買うんだろうかと思いながら,見て回っただけ。ノートはダイスキンでいいし,ペンは200円のPreppyでいいからね。
● 9月になるとLoftには「ほぼ日手帳」が並ぶ。店内のレイアウトが大きく変わるだろう。
その「ほぼ日手帳」,今年は本体のみ購入予定。自分用ではなく贈答用に。そのときは,この店で買うだろう。
2016年8月10日水曜日
2016.08.10 MdN編集部編 『新 手帳で楽しむスケッチイラスト』
書名 新 手帳で楽しむスケッチイラスト
編者 MdN編集部
発行所 エムディーエヌコーポレーション
発行年月日 2016.07.01
価格(税別) 1,200円
● ヨドバシカメラ宇都宮店の文具売場に2冊置いてあった。そのうちの1冊を三菱鉛筆の「創業130年限定セット プレミアムノートブック付」と一緒に購入。
● 内容はタイトルのとおり。18人の手帳を紹介。併せて,取材の様子を文章で載せている。
紹介されている手帳の印象を一言で言えば,ひじょうに楽しそうな手帳だということ。実際にはいくらスケッチやイラストを描くのが好きだといっても,毎日飽かずに続けるのは大変なことだと思うけども,大変であっても続けられるのは好きだから,っていうのも事実だろうな。
● 彼らが使っている手帳は,「ほぼ日手帳」であったり,トラベラーズ・ノートであったり,モレスキンであったり,コクヨのCampusノートであったりと,種々様々。
ただ,一人の例外もなく,複数の手帳(ノート)を使っている。描くためのものと仕事用。
中には7冊も使っている人もいて,少々驚いた。ここまでになると,使い分けのルールがよほどシッカリしていないと混乱するんじゃないかと思うんだけど,逆にそのルールはラフにしておかないと使い分けなんてできないものなんだろうか。
● 手帳は仕事のスケジュール管理のために使うものというのは思い込みに過ぎない。それを広く知らしめたのは「ほぼ日手帳」の功績だと思う。
「ほぼ日手帳」は手帳本体のインパクトもさることながら,「ほぼ日」のサイトや「ほぼ日手帳公式ガイドブック」によって,手帳は自由に使っていいのだ,こんな使い方をしている人がいるんだよ,という啓蒙(?)を継続した功績の方が大きい。
結果,「ほぼ日手帳」のユーザーも増えたろうけど,「ほぼ日手帳」ではない手帳やノートを使って,「ほぼ日」が提唱する使い方を始めた人はそれ以上に増えたのではないか。
もちろん,本書にも「ほぼ日」以前から手帳に絵を描いていた人たちが登場しているわけで,そうした自由な使い方は「ほぼ日」が創造したわけではないけれどもね。
● 絵心があれば,ぼくもやってみたいよ。小学校の夏休みの宿題の絵日記。その大人版。
けどなぁ,ぼくに絵心はないんだよね。小学校の図工の成績は1か2だったしな。教師の教え方がぼくに合わなかったのかもしれないな,と思っておくことにしようか。
ともかく絵を描くことについてはコンプレックスがあってね。
● でも,今,ぼくの目の前に「学習色えんぴつ 12色」っていうのがあるんだよなぁ。何でこんなものがあるのかなぁ。


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