できれば,この先30年くらい,今使っている北星9500のような良質な鉛筆で,Campus のような良質な紙に,他愛もないどうでもいいことを,思うさま,好きなだけ書き散らしていく幸せを,できるだけ長く味わってから死にたい。
● 買いすぎてしまった鉛筆とノートを使うことが長生きしたいと思う理由,モチベーションになる。
モチベーションなど何でもいいと思っている。そんなものは不純でも俗っぽくてもかまわない。
● できれば在庫のすべてを使い切って,かつ,それらを処分して,後顧の憂いをすべて消去してから逝きたいものだが,そうそう上手く行くものではないだろう。
死後に恥を残すのは,まぁ,仕方がない。自分が死んでしまえば世界も存在しないのだから,存在しない世界での死後の自分を考えることは無意味だ。
● 死んだ後に恥を残してしまうことを気にして,書くのをやめてしまうのが一番バカげている。
“今を楽しむ” とは,“死後に恥を残すことを怖れない” とほぼ同義であろうと思う。
● まぁ,毎日が日曜日のロートルがあと30年も生きたいとは高望みも甚だしい。こういうのはなるようにしかならないものだ。だいたい,明日何が起こるかわからないのだから。
なるようにしかならないものを考えても仕方がない。禅の世界で言う「莫妄想」はこういう局面でこそ問われるものだろう。
● 結論としては,そんなことは考えないで淡々と日々を過ごして行こうということ。
で,できるだけノートと鉛筆の在庫を減らすように努めて行こう,と。
0 件のコメント:
コメントを投稿