2026年1月14日水曜日

2026.01.14 計画を嗤う

● これと決めた1本や1冊を末永く使っていける人など,ほとんどいないんじゃないか。目先を変えたくなるのは本能のようなものだ。
 だとすると,必要があってそうなっているはずだ。どんな必要があって? それはわからないけれども,変えたくなったら無理をしないで変えるのが良いと思う。

● これをさらに敷衍すると,場当たり主義がたぶん一番いいのだと思う。
 筋を通すだの,背骨を立てるだのと力むのは下策なのではないか。

● 人生においても計画を立てるのはほとんど無意味な気がする。計画の前提が外部(環境)も自分も現状のまま(現状固定。変化しない)だとすると,計画などむしろ有害だ。
 そうして,外部や自分がどう変化するかを過たず予測するなど,人知を以ってしては不可能だ。

● 先のことはわからない。時代が下るほどそうなってきた。
 日本だけのことなのか他国でも同じなのかは知らないが,“計画” が過剰に評価されすぎていると思う。

● 1年単位の勉強計画だって計画倒れに終わるのが通例だろう。人生の中長期計画など,無意味を通り越して笑止の沙汰と言うべきだ。
 計画というのは,ほとんどの場合,現実逃避の別名ではないのか。場当たり主義で行くと腹を括るのが最善ではないか。

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